あさひ市で暮らそう〜小さな神様はみんなの望みを知りたくて人間になってみた〜

宇水涼麻

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5 移住のHP

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 洋太と水萌里が出かけるというので、真守も一人出かけることにした。国道近くにあるビルの一つへ向かう。戸惑うことなく二階へ上がると一番手前の部屋のドアをノックした。

「おっ! 田中さん。こんにちは!」

 とびきりの笑顔で迎えてくれたのは旭市観光物産協会旭市移住サポートセンターの職員江野であった。

「江野さん。報告遅れてすみません。引っ越しも終えて息子も合流しました」

「とんでもない。息子さんも来てくれてよかったですね」

「ええ。お陰様で。江野さんのサポートで不安なく移住できましたよ」

「いやいや、田中さんのやる気の賜物ですよ」

 親しく話す二人の出会いは洋太が生まれる二ヶ月ほど前のことである。

 ★★

【旭市に生まれる】

 真守の夢の中に天照大御神が現れて指示がされた。真守はバチッと目を見開くとすぐにパソコンに向い『旭市移住』と検索した。

 出てきた画面に真守は面食らった。そして顔を緩めた。
 
【あったか旭】
 ガチガチのお誘い文句ではなく、写真を全面に出し、緩やかさを感じさせるスタート画面。

『ふーん。これはなかなかに誘われるな』

 流れている写真は一つ一つが『あさひ』という言葉からのイメージを強調したと思われる『おひさま』とのコラボレーションを楽しむような景観のもので、ついついそれを何周か見入ってしまうほどに魅力的だ。

 その後に続く謳い文句うたいもんくにもますます顔を緩めた。

『なんだ、この街は? 緊張感を壊してくるなぁ……はははは』

 ☆☆☆
 MESSAGE
「このまちでずっと暮らそう。」
何気ない瞬間にふと思える、身も心もあったまるまち。
千葉県の北東部、都心から約90分とアクセスのよい旭市。
九十九里浜の雄大な海岸線を抱く、海とともに生きるまちです。
サーフィンをはじめとした海での愉しみはもちろん、全国トップクラスの生産量を誇る新鮮な農畜産物や子育て世代にうれしい交流施設、千葉県内最大規模の総合病院まで。
日々の暮らしが充実、いざというときも安心だから、子育て世代からセカンドライフを楽しむ方まで、
誰もがいきいきと暮らせます。
美しい海とあたたかな気候に恵まれ、やさしい人のつながりが生まれる旭市で、あなたも「あさひ時間」を重ねてみませんか?
 ☆☆☆

『あさひ時間ねぇ。上手いこと言うな。確かにゆるゆるとしたイメージが浮ぶよ』

 画面をスクロールしていく。すでに真守自身がゆるゆるとニヤニヤとしていることに本人は気が付かない。

『いやいやいや、もっとガツンと利点をアピールするものでしょう? これじゃあイメージ映像じゃないか』

 疑問をもちながらも顔がニヤけてしまう真守はその押し付けではないページに好感をもち、誘われるままに『知る』をクリックする。

 これまた田舎を感じさせる写真が並ぶ。

『へぇ。それなのに都心まで九十分か』

 さらに成田空港まで一時間ほどというのだから、利便性がいい。

 あっという間にHPに引き込まれていった真守は朝の七時を過ぎると車に乗り込んでいた。
 時間もあるので都心を抜けてすぐに高速道路を降りる。降りてすぐに『東京ディズニーリゾート』の看板が目に入った。真守にとって普段はあまり意識しない施設であるが、こうして新しい場所へ向かうことになるとなんとはなしに目に入るものだ。

『ディズニーまでも九十分ってことか』

 ウキウキとした気分になっていつの間にか出ている鼻歌に合わせて、サングラスのブリッジをクイッと上げた。

あさひに向かって朝日に向かう……ブフッ!』

 先程見た写真の影響をモロに受けた自分の頭に浮かんだくだらない冗談にも笑ってしまうくらいに、真守は浮かれていて、それだけ旭市を楽しみにしていた。
 正直なところ、真守は『旭市』を全く知らなかった。HPを見るとどうやら遊び目的の観光にも、食べ物目的の観光にも適していて、それでいて都心に近いというまさに少ない休日を充実させるに相応しい街であるようだ。これまで知らなかったことが悔やまれる。

「引っ越ししたら、やること多くてこまっちゃうなあ」

 ニヤけて大きな独り言を発する。車に流すBGMも今日はなんだか明るいものを選んでしまい、どんどんとテンションが上っていった。

「こんなに楽しみな引っ越し準備は久しぶりだな」

 真守はこれまでも何人もの神様を世話してきた。父親が同じ体質だったので、神様と兄弟という設定での引っ越しもあった。極寒の土地や、酷暑の土地、深い山の中や過疎化が進みすぎて不便な土地も経験してしてきている。

 真守の車はすでに市街地から山間に入っている。山間といっても関東平野の南側である千葉県だ。坂道もゆるゆるとしていて、脇に木々が多くなったなあという程度のものである。

 そろそろ良い時間だろうと、コンビニに車を停めて携帯電話を取り出した。

「はい。旭市観光物産協会です」

 澄んだ女性の声に少し落ち着きを取り戻した真守だった。
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