あさひ市で暮らそう〜小さな神様はみんなの望みを知りたくて人間になってみた〜

宇水涼麻

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4 釣り船

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 あまりに大袈裟な真守に洋太が顔をしかめた。

「どうしたのだ?」

「あれですよっ! あれを見て、何も感じないのですか?」

 親子としての話し方にすることを提案したのは真守であるにも関わらず、興奮状態の敬語だ。

「んー? わからん。水萌里はわかるのか?」

 水萌里はもう一度それを見てから首を横に振った。

「ああ! もう! 洋太は見たことないかもしれないけど、水萌里は魚を見たことぐらいあるだろう?」

「あるけど、何を驚いているのかがわからないわ」

「あの魚拓だよ。よく見て! 真鯛だよ。真鯛!  普通は四、五十センチさ。それなのに、あれは九十センチの重さ八キロだよ。
すごい! 素晴らしい! ワンダフル! アメージング! 羨ましい! 釣ってみたーーい!!」

 真守は神に祈るように天井に向かって願った。隣に神様がいるのに……。

「つまり、叫んでしまうほど大きくて、それに感動しているってことなのね?」

「そうさっ! 下調べで飯岡の釣り船では大当たりがわりとあることは知っていたんだよ。でも、実際に見ると心の震えが段違いだ!」

「実際に見たわけじゃなくて写したものを見ただけだろ……」

 洋太のツッコミに水萌里も同意したが、興奮して崇めるように魚拓に手を伸ばしている真守には聞こえていないのか、聞く耳を持っていないのか。

「記録ホルダー王に、俺はなるっ!」

「海賊王か……」

 拳を固めて魚拓に誓った真守に冷たい視線を向けた水萌里のツッコミは洋太には理解できていない。

「こっちには写真もあるぞぉ」

 洋太の指さした方に視線が向く。

「うぉぉぉ!! なんて大きさのヒラメだぁ!」

 負けを認めたかのように手を畳につけた。その写真には八十センチの五キロとある。

「記録ホルダー王は難しそうね」

「いや、俺は諦めない……。いつか……いつか……これを超えるものを釣り上げてやるぅ!!」

 ちなみに、真守はまだ釣り船での釣りをやったことがなく、フナ釣りを少しやったことがあるだけなのだった。後日、これを知った二人は「「アホだ」」と呟いてしまうのだが、今は「「はいはい頑張れ」」と少しばかりは応援の気持ちになっている。

「でも、荷物の中に釣り竿なんてあった?」

「レンタル竿が充実しているのはリサーチ済み!」

 ニカッっとサムズアップした真守の笑顔に二人は引き攣り笑いを返した。

 そこに「待ってました!」の定食が届いた。

「まあ! 志ら魚ってキレイ!」

 丼に感嘆の声を上げたのは水萌里だった。

「半透明で銀色に輝いているなんて神秘的なの。足が早くて当然な姿ね」

 水萌里が誰も聞いていない解説を無視して真守は洋太に食べ方を教えている。

「この天ぷらはシラスの天ぷら? なんて素晴らしいアイディアかしら!
そして何よりもこのアラ汁よ。こぉんなに大きな鯛アラ入りだなんて、贅沢だわぁ!」

 そういうとまずはアラ汁を口にする。

『どうやら水萌里はしょくにはうるさそうだ。ということは美味しく食べることも心得ているのだろうな』

 真守と洋太はそう考えて水萌里にならってアラ汁を手にした。

「ほぉ…………」

 水萌里が顔を緩めた。

「美味いっ!!」

「なるほど。これが美味いという感覚か。くせになりそうだな」

 それから三人はおしゃべりもせずに丼に喰らいついた。

 一息ついた後、水萌里がもう一度メニューを見た。

「アブラボウズって何かしら?
赤ムツは高級魚のどぐろらしいわ。
お刺し身定食は五種も入っているんですって!
煮付けも焼きものもあるわ!」

「わかったわかった。また来よう」

「鯛料理もあるわよ」

「真鯛!」

 真守が思い出したと魚拓を崇める。

「魚は人間を幸せにしそうだな」

 二人の様子を見た洋太は他のお客たちの顔も見た。誰も彼もが喜び、笑顔と驚きで食事をしている。

「確かにそうね。基本的に食べ物は人を幸せにするわ」

「「洋」という名前の意味を考えても、まずは漁にたずさわる仕事がいいだろうな」

「仕事?」

「人間を知るために必要なことだ。働かなければ飯は食べられないしな」

「働く……。是非やってみたい!」

 二人には洋太のやる気がとても微笑ましかった。



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