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3 あさピーと志ら魚
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「人間のことをご存知ないのですから当然でございます。そのための我らでありますゆえ。
洋神様がお生まれになったこの地は、気候に恵まれておりまして人々も穏やかに暮らしております」
「なるほどな」
小さな小さな神は大きな奇跡を起こせる訳では無い。人々に気が付かれない小さな幸運を作っているのだ。
「我らは、生まれたばかりの神々様にその地の特性を把握していただき、その地にあった幸運が何であるのかをご理解いただく役目を担っております。そして、今回、洋神様にお仕えすべく、わたくしたちが天照大御神様より命を受けました」
「天照様が俺を知っていてくれているのか?」
「もちろんでございます。天照大御神様は八百万全ての神々様をご存知でございます。洋神様のお名前も天照大御神からの賜り物でございます」
少年は誰に聞かずとも自分が「洋神」と呼ばれる存在だと理解していた。真名は別にあるが、それは秘匿するものだということも本能のように知っている。
「まずはこちらをお受け取りください。御手を失礼いたします」
男が少年の手をとるとどこからか腕輪のようなものが現れて、少年の手首に巻き付いた。すると少年がフワッと輝く。
「うわわわわ……」
少年はぐんぐんと背が伸び、髪はシュルシュルと短くなっていく。
変化が止まると、そこには凛々しい青年の姿があった。青年は青かったはずの髪が黒くなっていることを確認するように前髪をちょちょいと弄んだ。黒服の男を見上げていた身長も目線が同じほどに伸びている。服も着物から青いポロシャツに白のスラックスになっていた。
「これで人々に認識されます。神力は封印されておりますので、ご無理はなさらないでください」
「え?」
青年は空を飛ぼうと体を何度か動かすが、その気配は全く現れない。
「人々は飛びませんから」
男が苦笑いする。
「現在の洋神様は人と同様のお力に近しくなっております。これからしばらくの間、我ら二人と家族としてこの街に住まい、人々の声に耳を傾けていただくことになります」
「ふーん。面白そうだな」
「わたくしは真守。洋神様の父親役です」
「水萌里です。母として努めさせていただきます」
「わかった。よろしく頼む」
「こちらは手土産にございます」
水萌里が手渡したのは手のひらサイズの「あさピー」人形であった。
「ははは。これは可愛らしいな」
「この地で大切にされている人形でございます」
洋神はそれを胸ポケットにしまい、宝物を確かめるようにポンポンと叩いた。
「本日より、洋神様は我々の息子「田中洋太」として生活していただきます。では、家へ参りましょう」
三人は青い車に乗り込んだ。
「折角ですので、朝飯を食べていきましょうか」
「何っ!? 俺は飯が食えるのか!?」
後部座席の洋太が身を乗り出そうとしてシートベルトに引き止められた。
「もちろんです。というより、飯を食べなくては倒れます。人並みでありますから」
真守の軽口に助手席の水萌里はクスクスと笑い、洋太は目をキラキラとさせた。
一旦コンビニに駐車すると真守と水萌里はトイレに行ってそれなりの服に着替え、再び車に乗り込む。
「近くに名物の生志ら魚が食せる店があります。そちらでいいですか?」
「もちろんだ!」
「海の幸にも恵まれた街ですので、きっと美味しいですよ」
「お前たちはそれをもう食してみたのか?」
「いえ。私達も引っ越してきたばかりなのです。洋太と一緒に、という方が自然ですので」
「家族ですから口調も変えましょう。洋太はまわりから自然な話し方も覚えてほしい」
「よし。わかったっ! まかせておけ」
まだまだ上から言葉に水萌里は笑いをこらえていた。
旭市飯岡の特産の一つが「志ら魚」であるため、家庭用としてもお土産物としてもあちらこちらにその看板が目につく。冷蔵での郵送も可能であり、のぼりもなびいていた。
それらを見ているだけで洋太はワクワクして車窓から流れる景色にキョロキョロとせわしなく動いている。
「下へ来ると景色が変わって面白いな」
「洋太はずっと灯台から見守っていたんだものね」
「ああ。あの景色は絶景で好んでいたが、こうして身近に見るのもまた良いものだ」
車は志ら魚を食せる店の駐車場に滑り込んだ。
店内に入るとすぐに座敷へ通される。
定食をそれぞれ注文して待ち時間に店内に飾られてあるものを興味津津に見ていく。
「あの赤いのは何だ?」
「魚拓っていって、釣った魚を写し取って記念にしておくものですよ。
ええ!!」
洋太が指さしたものを見た真守はその説明書きに驚き、目をかっぴらいて仰け反った。魚はスーパーのものしか知らない水萌里は首を傾げていた。
洋神様がお生まれになったこの地は、気候に恵まれておりまして人々も穏やかに暮らしております」
「なるほどな」
小さな小さな神は大きな奇跡を起こせる訳では無い。人々に気が付かれない小さな幸運を作っているのだ。
「我らは、生まれたばかりの神々様にその地の特性を把握していただき、その地にあった幸運が何であるのかをご理解いただく役目を担っております。そして、今回、洋神様にお仕えすべく、わたくしたちが天照大御神様より命を受けました」
「天照様が俺を知っていてくれているのか?」
「もちろんでございます。天照大御神様は八百万全ての神々様をご存知でございます。洋神様のお名前も天照大御神からの賜り物でございます」
少年は誰に聞かずとも自分が「洋神」と呼ばれる存在だと理解していた。真名は別にあるが、それは秘匿するものだということも本能のように知っている。
「まずはこちらをお受け取りください。御手を失礼いたします」
男が少年の手をとるとどこからか腕輪のようなものが現れて、少年の手首に巻き付いた。すると少年がフワッと輝く。
「うわわわわ……」
少年はぐんぐんと背が伸び、髪はシュルシュルと短くなっていく。
変化が止まると、そこには凛々しい青年の姿があった。青年は青かったはずの髪が黒くなっていることを確認するように前髪をちょちょいと弄んだ。黒服の男を見上げていた身長も目線が同じほどに伸びている。服も着物から青いポロシャツに白のスラックスになっていた。
「これで人々に認識されます。神力は封印されておりますので、ご無理はなさらないでください」
「え?」
青年は空を飛ぼうと体を何度か動かすが、その気配は全く現れない。
「人々は飛びませんから」
男が苦笑いする。
「現在の洋神様は人と同様のお力に近しくなっております。これからしばらくの間、我ら二人と家族としてこの街に住まい、人々の声に耳を傾けていただくことになります」
「ふーん。面白そうだな」
「わたくしは真守。洋神様の父親役です」
「水萌里です。母として努めさせていただきます」
「わかった。よろしく頼む」
「こちらは手土産にございます」
水萌里が手渡したのは手のひらサイズの「あさピー」人形であった。
「ははは。これは可愛らしいな」
「この地で大切にされている人形でございます」
洋神はそれを胸ポケットにしまい、宝物を確かめるようにポンポンと叩いた。
「本日より、洋神様は我々の息子「田中洋太」として生活していただきます。では、家へ参りましょう」
三人は青い車に乗り込んだ。
「折角ですので、朝飯を食べていきましょうか」
「何っ!? 俺は飯が食えるのか!?」
後部座席の洋太が身を乗り出そうとしてシートベルトに引き止められた。
「もちろんです。というより、飯を食べなくては倒れます。人並みでありますから」
真守の軽口に助手席の水萌里はクスクスと笑い、洋太は目をキラキラとさせた。
一旦コンビニに駐車すると真守と水萌里はトイレに行ってそれなりの服に着替え、再び車に乗り込む。
「近くに名物の生志ら魚が食せる店があります。そちらでいいですか?」
「もちろんだ!」
「海の幸にも恵まれた街ですので、きっと美味しいですよ」
「お前たちはそれをもう食してみたのか?」
「いえ。私達も引っ越してきたばかりなのです。洋太と一緒に、という方が自然ですので」
「家族ですから口調も変えましょう。洋太はまわりから自然な話し方も覚えてほしい」
「よし。わかったっ! まかせておけ」
まだまだ上から言葉に水萌里は笑いをこらえていた。
旭市飯岡の特産の一つが「志ら魚」であるため、家庭用としてもお土産物としてもあちらこちらにその看板が目につく。冷蔵での郵送も可能であり、のぼりもなびいていた。
それらを見ているだけで洋太はワクワクして車窓から流れる景色にキョロキョロとせわしなく動いている。
「下へ来ると景色が変わって面白いな」
「洋太はずっと灯台から見守っていたんだものね」
「ああ。あの景色は絶景で好んでいたが、こうして身近に見るのもまた良いものだ」
車は志ら魚を食せる店の駐車場に滑り込んだ。
店内に入るとすぐに座敷へ通される。
定食をそれぞれ注文して待ち時間に店内に飾られてあるものを興味津津に見ていく。
「あの赤いのは何だ?」
「魚拓っていって、釣った魚を写し取って記念にしておくものですよ。
ええ!!」
洋太が指さしたものを見た真守はその説明書きに驚き、目をかっぴらいて仰け反った。魚はスーパーのものしか知らない水萌里は首を傾げていた。
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