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18 本当の夢

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 セリナージェとベルティナは、初等学校の卒業までたったの半年だったので、初等学校へ行かずに、家庭教師で勉強することになった。ベルティナは大変賢く、家庭教師でさえ、感心していた。ベルティナは特にその理由を話さなかった。タビアーノ男爵領のあの教師に、固く口止めされていたからだ。

 ティエポロ侯爵は、なんやかんやと理由をつけては、ベルティナをタビアーノ男爵家に返すことをしないどころか、タビアーノ男爵夫人とベルティナを会わせもしなかった。

 ベルティナは、普通の人並の体型になり、落ちくぼんだ目が元にもどると、なかなかの美人であった。セリナージェとの庭遊びでは、三月もすると、随分と転ばなくもなった。

 しかし、半年もすると、ベルティナの姉が州都の中等学校を卒業して、タビアーノ男爵家は、領地へと戻ることになった。さすがにもうベルティナを返せとタビアーノ男爵は息巻いた。しかし、ティエポロ侯爵が金を積み、ベルティナを侍女として買い取ると言うと、喜んでサインをし、金を持って帰っていった。
 子爵家男爵家の子女が、州長の子女の側近や専属侍女になるために、州長の家で暮らすことは珍しくはない。だが、金を積まれることは、大変珍しい。金に目のないタビアーノ男爵は、そんなことには気が付きもしなかった。

 だが、ティエポロ侯爵は、ベルティナにそのことをいうつもりはなかった。あくまでもセリナージェの友人でいてほしかったのだ。

 ティエポロ侯爵の願い通り、ベルティナとセリナージェは、大の仲良しになり、今日も二人で過ごしている。

〰️ 〰️ 〰️

 ベルティナの姉が州都の中等学校を卒業したと入れ違いに、ベルティナとセリナージェは、中等学校へ入学した。
 中等学校に入学したベルティナは、打って変わって悪い成績になった。それを訝しんだティエポロ侯爵夫人は、ベルティナに聞いてみた。

「良い成績を取ると、また殴られるの。お兄様がそうだったの。それはイヤだから、わざと間違えているんです。お父様に届く成績表が、悪くなるように」

 ティエポロ侯爵夫人は、泣きながらベルティナにすべてを話してほしいと訴えた。この1年でティエポロ侯爵夫人を自分の味方であると判断していたベルティナは、タビアーノ男爵領の恩人の教師について、話をした。

 ティエポロ侯爵は、その教師をすぐさま州都の初等学校の教師に任命し、引き抜いた。
 ティエポロ侯爵の心配は的中していた。その教師がブルーノとベルティナを助けていたことが、ベルティナがタビアーノ男爵領を出てから半年以上もしてから発覚し、その教師は大幅減俸された上、小屋のような住まいにさせられていた。ティエポロ侯爵がベルティナを指名したことが、その教師が原因だと思われていたのだ。

 1年ぶりに教師と再会したベルティナは、痩せ細った教師に何度も謝りながら泣いた。教師は、ベルティナの元気な様子にとても喜んでいた。 
 

〰️ 〰️ 〰️

 こうして、ベルティナは、今でもティエポロ侯爵家に住み、タビアーノ男爵家の者とは、すでに7年も何の連絡もとりあっていなかった。
 それは、すべてティエポロ侯爵が望み、そう行動してくれてくれていたからであった。とはいえ、タビアーノ男爵からも、ベルティナを心配するような手紙は一度も来ていない。
 州都で侯爵家の隣にあるタビアーノ男爵家の屋敷は、とうに売られ、違う男爵家がすでに住んでいた。それからは、タビアーノ男爵が、州都に屋敷を持ったという話は聞かない。余裕がないのか、必要がないのか、そこまではわからない。


〰️ 〰️ 〰️

 ベルティナは、ティエポロ侯爵に養子縁組の話をされ、自分がタビアーノ家のことをすっかり忘れていたことに今更気がついた。
 それだけ、以前と今では差が大きすぎて、ベルティナの精神上、普段は忘れていなければ正常でいられないような体験であったということだろう。

「妹と弟は、どうしているかご存知ですか?」

 思い出したくはないあの家の風景が頭に浮かび、ベルティナの声は震えた。確かに妹も弟も虐待には関知していない。が、虐待をする母の腕や、ベルティナを蹴るメイドの背中にはいつも彼らがいた。それでも、聞かずにはいられなかった。 

「ああ、時々、ジノベルトが見に行ってくれているんだ」

 ジノベルトが、ベルティナを見て頷いた。

「ベルティナの妹も弟も元気だよ。虐待はされていない。ベルティナには、実は兄が二人いたそうだね。下の兄は行方不明だそうじゃないか。
実質、子供が二人いなくなったわけだから、タビアーノ家も楽になったのではないかな。または、君のことが父さんにバレて虐待ができなくなったか。
妹は、中等学校には来てないけど、初等学校では中ぐらいだったそうだよ。弟は今初等学校で頑張っているよ」

 ベルティナは、ポロポロと泣き出した。自分が逃げたことで、妹や弟に何かなくて本当によかった。

「ありがとうございます。ありがとうございます」

 ベルティナは泣きながらお礼を言い続けた。すると、後ろから抱きしめられた。

「今まで、何も知らなくてごめんね。ベルティナ、私のお姉様になって、お願いよ」

 セリナージェも泣いていた。ジノベルト夫妻が、双子の姉たちが、お義父様が、お義母様が、抱き合うベルティナとセリナージェを笑顔で見つめていた。壁際には、執事長、メイド長はじめ、すべての使用人たちが並び、涙を流してくれていた。

 この暖かい家族が本物の家族になるなんて、ベルティナはもう何もいらないと心から思っていた。

〰️ 

 その日の夜、ベルティナはセリナージェのベッドにいた。

「セリナ、私、もう一つあなたに内緒にしていたことがあるの」

 ベルティナは、隣にいるセリナージェの方へと体を向けた。

「え!何?いなくなるって話じゃないわよね?」

 セリナージェは、ガバリと、起き上がりベルティナを見た。

「ふふ、違うわ。あのね、私の夢の話なのだけど」

「うん」

 セリナージェは再び横になり、ベルティナの方へと体を向けた。

「本当の私の夢は、文官になることではないのよ。セリナの専属侍女になることが夢だったの。あなたがどこに嫁ごうとも、付いていくつもりだったのよ。あなたの姉になっても侍女にはなれるのかしら?」

「あ、あの、ベルティナ。それって、もし、私がピッツォーネ王国に嫁ぐことになっても、来てくれるってことかしら?」

 セリナージェは、目元まで布団を被り、真っ赤になってチラチラとベルティナを見ている。

「ふふふ、セリナは、そんなにレムのことが好きなのね。そうだわ!私はレムの秘書になるわ。それならセリナの姉でも、セリナの家にいることに不思議はなくなるわよね」

「ベルティナ。大好きよ!」

 セリナージェは、ベッドの中でベルティナに抱きついた。
 
 ベルティナは、侯爵令嬢になるのだから、エリオの爵位が何であれ、問題はなくなったということに気がついていなかった。今日は幸せなことが多すぎて、ベルティナは、考えることができなくなるくらいであったのだ。
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