上 下
13 / 26

13 誤解

しおりを挟む
 教室の後ろの扉から、窓際の席に向かってベルティナが一歩歩き始めた。
 その時、突然、右手首が掴まれた。ベルティナがゆっくりと振り返るとエリオだった。ベルティナは、何も目に入らない無機質な目でエリオを見ているようで見ていない。エリオは、そんなベルティナの表情を悲しげに見つめた。しかし、すぐにキリッと表情を変えた。

「イルミネ、僕とクレメンティとセリナージェとベルティナは、1、2時限目は休む。さらに、遅れるようなら臨機応変に頼んだよ。クレメンティ、お前は、僕と来るんだ」

 そう言って、エリオはベルティナの手を繋ぎ直し、ずんずんと引っ張っていった。

「「は、はいっ!」」

 クレメンティとイルミネは、数拍遅れて、気がついて返事をした。クレメンティは、急いでエリオを追う。

 エリオがベルティナを引っ張ってきたのは、いつものランチの場所であった。
 
 エリオがハンカチを取り出し、芝生に敷いてくれる。

「どうぞ」
 
 笑顔で導くエリオに、ベルティナは素直にしたがった。

 座った途端、ベルティナの目から涙が溢れた。ベルティナもセリナージェの気持ちを思うと、泣きたくてしかたなかったのだ。でも、セリナージェの隣で泣くわけにはいかない。
 そう思って我慢していたが、エリオの優しさに耐えられなくなってしまった。エリオが、ベルティナの隣に座って、背中にふれていてくれた。エリオとクレメンティは、ベルティナが落ち着くまでジッと待っていた。
 

「何があったの?」

 ベルティナが涙が止まった頃、エリオがベルティナの顔を覗き込んで優しく問いかけた。ベルティナは、エリオの顔を見てから、クレメンティの顔をチラリと見た。そして、すぐに視線を下に逸してしまう。そんなベルティナの態度に、クレメンティは首を傾げている。

「ベルティナ、今思っていることを、そのまま言ってごらん。バラバラでも、意味がわからなくても構わない。僕がきちんと君を導くよ」

 エリオは微笑んだまま優しい口調で声をかけた。 

「レム。ふ、ふぅ。セリナは今とても傷ついているわ。はっ、はぁ。だから、もう、セリナに近づくのはやめてほしいの。ふぅ」

 下を向いたまま、一生懸命落ち着こうとしているベルティナは、大きく息を吐きながら、なんとか言葉を紡いだ。

「なっ!何を言ってるんだい、ベルティナ。昨日まで、僕たちを応援してくれていたんじゃないのかい?!」

 ベルティナはクレメンティの大きな声にビクッとして、膝にあった手をギュッと握りしめ、肩を小さくした。
 エリオは、興奮したクレメンティを手で制して、クレメンティに向かって小さく首を振った。そして、ベルティナの顔を覗き込むように姿勢を低くした。

「ねぇ、ベルティナ、レムを応援してくれていただろう?」

 エリオの口調は、ゆっくりでどこまでも優しい。

「もちろんよ!もちろん、していたわ。でも、でも、それは、セリナが傷つかないことが大前提よ。私はレムよりセリナを優先するわ」

 やっと、ベルティナが顔をあげて訴えた。エリオは、ベルティナと目が合ったことで、話がキチンとできそうだと判断した。

 エリオは、ベルティナの背にあった手を少し上げて、ベルティナの頭を撫でた。

「それは、当然さ。君たちはまるで姉妹のように、家族のように、仲良しなのだから」

 頭を撫でながら、優しく言葉が紡がれる。

「そうよ!でも私、私は、レムがこんなことをできる人だなんて、思わなかったの。それも知らずに応援していたなんて、私もレムと同罪だわ!私がセリナを傷つけたのよ!私が悪いの!」

 ベルティナは、また下を向いて、頭を左右に何度も振り、自分を虐げた。

「ベルティナ!!そんな!僕が何をしたんだ?お願いだ。ちゃんと教えてくれっ!」

 ベルティナはまたしも泣き出す。クレメンティは、何を言われているのかわからず慌てていて、ベルティナを急かす。

「ベルティナもクレメンティも落ち着いて」

 エリオが2人の顔を優しい瞳で目尻を下げて交互に見つめた。

「ベルティナ、事態が正確にわかっていないときには、自分を責めてはいけないよ。君が一生懸命に取り組んでいることも、セリナを大切に思っていることも、僕たちはわかっている」

 エリオがベルティナの頭をなでながら、もう片方の手はベルティナの手と重ね、顔を覗き込んだ。ベルティナはエリオと目が合うと落ち着くようで、手を裏返して、エリオの手をギュッと握った。

 エリオは、クレメンティに向き直った。

「レム、こういう時に急ぐのはよくないよ。レムの不安な気持ちはわかる。だからこそ、ちゃんと把握できるようにしよう。な」

 エリオは、ベルティナの手を握っていた手を、クレメンティの肩にそっとおいた。
 クレメンティが目を伏せて、頷いた。

「ねぇ、ベルティナ。今日のこの事態には、ロゼリンダ嬢たちが絡んでいるんだね?でないと、あの席は考えられないよね?」

 エリオは、ベルティナを導いていく。ベルティナは頷く。

「ベルティナ、ゆっくりでいいんだ。何があったのかを話してみて…」

 ベルティナは、途切れ途切れに昨夜の話をした。セリナージェの気持ちを考えると涙が止まらず、うまく話せない。それでも、エリオとクレメンティは、辛抱強く聞いてくれた。
 ベルティナが気がついたときには、クレメンティの顔は真っ赤で目には怒りが表れていた。
 
『ドン!』クレメンティが地面を拳で殴りつけた。

「レム、お前も落ち着いて、キチンとベルティナに説明したほうがいい。
いや、こうなったら、セリナも一緒に話をしよう。ベルティナ、寮の共同談話室にセリナを連れてきてくれるかい?」

 ベルティナは頷いて、3人は寮へと戻ることにした。

〰️ 〰️ 〰️

 ベルティナは、朝と打って変わって、セリナージェの部屋に入り込み、嫌がるセリナージェにフード付きのローブを被せ、無理やり部屋の外へと出した。そして、エリオとクレメンティが待つ、共同談話室へと、セリナージェを引っ張ってきた。

 談話室に入るとクレメンティがこちらに来ようと立ち上がったが、エリオが押さえた。エリオたちが待つテーブルへと進み、セリナージェをクレメンティの隣へ座らせる。

「セリナ、大丈夫かい?レムから話があるから、聞いてほしい。何も言わなくていいからね」

 エリオの言葉にセリナージェは、小さく頷く。フードを深く被っているので、顔は見えない。

「セリナ、嫌な思いをさせて済まない。実は、夏休みにティエポロ領から寮へ戻ってくると、ピッツォーネ王国の両親から手紙がきていたんだ。それには、僕とロゼリンダ嬢の婚約話が書かれていたよ」

 セリナージェの肩が大きく揺れた。

「でも、両親からの手紙は、僕の気持ちを聞いてくれる内容だったんだよ。だから、僕はロゼリンダ嬢との婚約話を断ることと、好きな女性がいることを書いて両親にすぐに返信をした。ティエポロ領から戻ってすぐに書いたんだけど、まだ両親には届いてないかもしれないな。だけど、僕の両親は、僕の気持ちを無視して話を進めるような人たちじゃない。それに、僕の気持ちはもう決まっている」

 エリオは立ち上がり、ベルティナの手をとり、離れたテーブルへ行った。クレメンティが椅子をセリナージェの近くに寄せ、背中を擦りながら、セリナージェの耳元で、話をしているのが見える。




「ベルティナ、よくセリナを連れてきてくれたね。大変だったろう?ありがとう」

 エリオはベルティナの手を握ったまま、もう片方の手でベルティナの頭をナデナデして、ベルティナを優しく見つめた。

「え?あ、そうね」

 ベルティナは、エリオのその暖かな両手の温度を全身で感じて、少しポッーとエリオを見つめて、考え事をしていた。
 ベルティナは、朝には、一人ではできなかったことを、セリナージェにした自分に驚いていて、それをホワホワした、頭で考えていた。

「本当に助かったよ。レムから、両親の手紙については聞いていたんだ。はっきりしたことは何もないのに、君たちに伝わるなんて思ってなくて。後手にまわってしまってすまなかったね」

 少し下を向いてそう説明するエリオの声をベルティナは上の空で聞いていた。だが、エリオの両手がベルティナの手をすっぽりと包んでいて、とても暖かくて、その暖かさだけは、鮮明に感じていた

『なぜあんな無茶ができたんだろう?……そうだ、私、エリオのことを信頼しているのだわ。エリオが連れてきてほしいと言うから、任せても大丈夫って思ったのだわ。エリオは、いつでも私を支えてくれているのだわ。この暖かな手を私は信じているわ』

 そう思ったベルティナは、まるで当たり前のように言葉にしていた。

「私、エリオが好きみたい。あなたのことをとても信頼しているの」

 2人の間に沈黙が流れる。

 そして、先に我に返り、ベルティナの突然の告白に慌てたのはエリオであった。我に返ったのに、『アワアワ』としていて何も答えない。ベルティナは、そんなエリオを見て、告白してしまった自分にびっくりしてしまった。

「エ、エリオっ!友達としてってことよ。今日もセリナを助けてくれたし、頼りになるなぁって思って。あまり深く考えないで」

「あ、そうか。そうだよね。うん、わかった。ありがとう」

 ベルティナは自分で友達だと言ったくせに、エリオにそれを認める発言をされて、心のどこかでがっかりしていた。その気持ちが何を表すのかは、考えることを、これまた心のどこかで拒否していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

公爵子息に気に入られて貴族令嬢になったけど姑の嫌がらせで婚約破棄されました。傷心の私を癒してくれるのは幼馴染だけです

エルトリア
恋愛
「アルフレッド・リヒテンブルグと、リーリエ・バンクシーとの婚約は、只今をもって破棄致します」 塗装看板屋バンクシー・ペイントサービスを営むリーリエは、人命救助をきっかけに出会った公爵子息アルフレッドから求婚される。 平民と貴族という身分差に戸惑いながらも、アルフレッドに惹かれていくリーリエ。 だが、それを快く思わない公爵夫人は、リーリエに対して冷酷な態度を取る。さらには、許嫁を名乗る娘が現れて――。 お披露目を兼ねた舞踏会で、婚約破棄を言い渡されたリーリエが、失意から再び立ち上がる物語。 著者:藤本透 原案:エルトリア

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...