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8 夏休みのお誘い

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 夜、寮で食事の後、ベルティナとセリナージェは、いつも、セリナージェの部屋で勉強したり、おしゃべりしたりしている。

「レムのお勉強ははかどっているの?」

「私が教えられることなんてないのよ。レムは優秀なの。だから、そのぉ、教えるというより、一緒にお勉強しているの」

「まあ!それはよかったわね。ねえ、セリナ、もうすぐ夏休みよ。レムを領地へお誘いしてみたら?」

 ベルティナは、名案とばかりに、両手の平を胸の前で『パチン』とさせた。

「え!そ、そんなこと!!
………来てくれるかしら?」

「きっと大丈夫よ。」



 クレメンティがセリナージェ誘いを断るわけもなく、クレメンティが行くならもちろんイルミネもエリオも行くことになる。

 こうして、5人は、夏休みをティエポロ領で過ごすことになった。

〰️ 〰️ 〰️

 ティエポロ侯爵州ティエポロ侯爵領は、スピラリニ王国の中では北に位置しており、夏は王都より幾分か涼しい。

 クレメンティは、隣国の公爵令息なので王城から護衛が出されることになったが、クレメンティがあまり大事にしたくないと固辞して、騎馬騎士4名という護衛のみになった。これなら、侯爵令嬢の帰省には普通の護衛であろうから目立たなくて済むだろう。
 道中、何事もなく、州都に到着した。セリナージェの家族は、仕事の都合で、今年の夏は帰省できるかどうかもまだわからない。

 5人は、お忍びで州都探索にでかけた。さすがに侯爵州の州都だけあって、かなり大きな都市だ。
 お昼前に出掛けたので、屋台街へと足を向けた。近くに行くだけで、肉の焼ける香ばしい匂いが広がる。焼き肉やサンドイッチを買い、設営テーブルに付く。クレメンティは、さっそく串肉を外そうとした。

「レム、何をしているの?」

 セリナージェがクレメンティの手元を見つめる。

「だって、このままじゃ食べにくいだろう?」

「レムって、串肉食べたことないの?」

 ベルティナがびっくりして聞いた。

「ブッ!ブハハ!そんなわけないじゃん!」

 イルミネは腹を抱えて笑っていた。

「じゃあ、どうして?」

 セリナージェが首を傾げてクレメンティを見た。

「セリナのため?かな?」

 エリオが、代わりに答えた。クレメンティが赤くなる。

「やっだぁ、そうだったの?レム、ありがとう!でも、郷にいれば郷にしたがえ、よ。こういうところでは、これが正解なのよっ!」

 セリナージェは、串を持ち上げて、串肉にかぶりついた。クレメンティは、目を見開いた。

「わあ!美味しい!」

「こう食べないと美味しくないわよね。フッ、ハハ!」

 ベルティナも肩を竦めて笑った後に、同じようにかぶりつく。クレメンティはベルティナの姿にも目を丸くしていたが、イルミネは大笑い、エリオはニコニコとしていた。

「いいねぇ!二人とも!楽しみ方をよく知ってるじゃないか。うん!美味い!」

「どれ?  ほぉ!本当に美味いな。レムも食べよう!」

 たくさん買ったはずの串肉は、あっという間になくなり、サンドイッチもすべて平らげた。

 市街地をブラブラと歩くとかわいい雑貨屋さんがあった。

「わぁ、これ、かわいい!」

「本当だ。どれもステキね」

 セリナージェが喜んで近づいたそこには、色とりどりのビーズが使われた髪留めピンが並んでいた。

「あ、あの、セリナ、どれかプレゼントさせてくれないか?」

「え!」

 セリナージェが赤くなる。

「す、すまないが、まだ、君の好みがわからないんだ。君はどれがほしいの?」

「あ、あのぉ……。レムはどの色が私に似合うと思う?」

 クレメンティは、どうしたらいいかわからなくて、あわあわとしていた。イルミネが、髪留めピンを一本を取り、セリナージェの耳の上辺りに合わせる。

「うーん、これはちょっと違うみたいだね。こっちは?うーん、こっちもなんか違うねぇ。レム、ちゃんと選んであげなよ」

 クレメンティとセリナージェは、お互いに顔を赤くしながら、髪留めピンを選んでいた。ベルティナには、そんなセリナージェが眩しかった。


 3人は2人から少し離れたて、他の物を見ていった。

「ふふ、これ、かわいい!」

 そこには、いろいろな模様が刻まれた鉄の刺しピンブローチだった。

「べ、ベルティナ!よかったら、お揃いで買わないか?」

 エリオはどもりながらベルティナに声をかけた。

「まあ!それはステキね!5人の仲間の印になるわっ!」

 イルミネは、ポカンと口を開けたあと、大笑いを始めた。ベルティナは、何が可笑しいのかわからない。エリオは、イルミネを肘でど突いていた。
 結局、それぞれのお気に入りを5人とも買った。今日は全員で同じ左胸につけている。

「ふふ、本当にチームみたいね」

 セリナージェは、ピンブローチを撫でていた。

「じゃあ、チームで明日は何をする?」

 エリオが茶目っ気たっぷりに聞いてきた。こんなにテンションの高いエリオも、珍しい。

「遠乗りに行きましょうよ!」

 ベルティナは、セリナージェの方を向いた。セリナージェが、大きく頷いた。

「遠乗り?セリナは馬に乗れるの?」

 クレメンティは、今日は驚きの連続のようだ。

「ええ!自分の馬を持ってるわよ。もちろん、ベルティナも」

「「ねぇ!アハハ!」」

 二人で目を合わせて、同じ角度に頭を傾けていた。あまりのピッタリに本人たちが笑ってしまった。

「ハーハッハッ!二人は規格外でいいねぇ!すごく面白いよ」

「ああ、いつまでも一緒にいたくなるな…」

「え、あ、うん…。そうだな…。ずっと、一緒にいたいな」

 エリオとクレメンティの声は、はしゃぐセリナージェとベルティナには聞こえていなかった。

「それなら、北の別荘がいいわ!朝早く出れば、夕方前には着くわ」

「湖がいいかしら?」

「そうね、こんなに暑いんだもの、少しは泳ぎたいわ。そうしましょう!」

 二人を眩しそうに見ていたエリオとクレメンティには、『泳ぐ』という言葉が耳に入らなかったようだ。『ギョッ』としていたのは、イルミネだけだった。

〰️ 〰️ 〰️

 屋敷に戻り、遠乗りの予定を決めていく。護衛が馬車で荷物を運んでくれることになり、身軽な乗馬を楽しめそうだ。

「あのさ、1日だけ予定を伸ばせるかな?俺、忘れ物しちゃってさ、明日、3人でシャツを買いに行きたいんだ」

 イルミネが両手を合わせて、『ごめん、お願い』としていた。

「まあ!誰かに頼んでもいいのよ?」

 セリナージェは、誰かに頼めないかと、使用人たちの顔を思い浮かべていた。

「いや、シャツは自分で肌触りとか見たいんだよね」

「イルって、そんなに繊細か?」

 イルミネが、エリオを睨む。『何か意図がありそうだ』と考えたエリオとクレメンティは、それ以上は言わない。

「いいんじゃない。セリナ、あのお勉強の続きをしましょうよ」

「!そうね!それはいいわね!そうだわ、馬車を出してもらいましょうか?」

「いや、今日、店の目星はつけたから、大丈夫。歩いて行けるよ」

 急遽、翌日は別行動となった。

〰️ 〰️ 〰️


「じゃあ、お昼には戻るから、昼食は一緒にしよう」

 珍しく、イルミネが3人の行動を決めているようだ。

「わかったわ」

「「いってらっしゃい」」



 屋敷から離れた辺りで、イルミネが二人に話を切り出す。

「ねぇ、もしかして、二人とも、遠乗りのこと、聞いてなかったの?」

「は?ちゃんと聞いていたぞ。セリナもベルティナも自分の馬を持っているんだろう?荷物も大方まとめたし」

「ああ、僕もだよ」

 エリオにも、クレメンティと同様の内容しか頭に入っていないらしい。

「あっちで何をするか聞いてる?」

「そんな話していたか?」

 クレメンティがエリオに首を横に振る。

「はあ~、やっぱりな。あのさぁ、二人は水着は持ってきたの?」

「いや、この辺りに水辺はないと聞いてるよ」

 エリオはもちろん場所について調べていた。

「それが、別荘の近くには湖があるんだって」

「「え!?」」

「それも、二人は泳ぐつもりでいるよ」

「お、泳ぐって、つ、つまり…」

 エリオが頬を染めた。

「なっ!!!」

 クレメンティは、立ち止まってしまった。二人はそれに付き合う。
 クレメンティには姉がいるが、姉と水泳を楽しんだことがない。エリオには、女兄弟はいるし、水泳もやるが、まだ妹は10歳だ。イルミネにも女兄弟はいないが………、問題ないらしい。

「ね、先に覚悟しておかないと、暴走するか固まるか、どちらにしてもおかしなことになるだろう?」

「ああ、そ、そうだな。イル、いい判断だ」

 エリオがコクコクと頷いて、イルミネの肩を叩いた。
 イルミネがクレメンティを押して、再び歩き始める。しばらく歩けば、洋品店の並ぶ通りになった。

「ほら、右を軽い感じで見て。凝視はするなよっ!」

 エリオとクレメンティが、イルミネに言われた通りに、右をチラリと見れば、婦人服店のガラスのショーウィンドウには、マネキンが流行りの水着を着ていた。
 クレメンティがよろめき、エリオはクレメンティを支えるようにして、ショーウィンドウを凝視した。

「おいおい、マネキンでそれかよ。明日からが思いやられるよ」

 イルミネは、片手で顔を隠して、天を仰いだ。
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