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4 ランチの行方

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 昼休みになった。ベルティナとセリナージェは、教室をとっとと抜け出し、学生食堂で、いつものランチボックスを買うと、晴れの日にいつも向かう木々の間のちょっとした芝生の上に、シートを敷いて、並んで座って昼食を始める。1年生のときからの習慣だ。ここの学生食堂のランチボックスは、週替わりになっており、飽きることはほぼない。
 二人での食事は気兼ねなくおしゃべりも弾み、いつも楽しい。

「ロゼリンダ様たち、また何か言ってくるかもしれないわね」

 2年間ロゼリンダ達とは、何のトラブルもなくやってきた。だが、セリナージェは、ベルティナに対するフィオリアとジョミーナの視線はずっと気になっていたのだ。

「そのときには、侯爵令嬢に戻ってよ。ふふふ」

「さっきも完璧だったでしょう?……。
プッハハハ。急だとできないものねぇ」

 ベルティナも笑ってしまった。

「普段から使うようにしたら?ちゃんとやればできるんだから」

「嫌よ、面倒くさい。学園を卒業したら、それが主になるのよ。学園にいるときくらいは、肩の力を抜きたいわ」

「ふふふ、呆れちゃうわ」

 セリナージェは、やっぱりいつものセリナージェで、面倒くさがりでマイペースなのだ。

 ベルティナは、言っても無駄だと思って、笑ってしまうことにした。


〰️ 〰️ 〰️

 数日後、ベルティナは、レストルームからの帰りの廊下で、フィオレラとジョミーナに捕まった。恐らく、つけてきたのだろう。

「ベルティナ様、ちょっとよろしいかしら?」

「嫌だって言ってもいいんですか?」

 伯爵令嬢のフィオリアに声をかけられても、ベルティナは慌てなかった。

「あなたねぇ!」

 ジョミーナが目を釣り上げて怒る。それはそれは淑女らしかぬ大きな声で。

「ジョミーナ様、落ち着いてくださいませ。ベルティナ様の作戦ですわよ」

 フィオレラがジョミーナを笑顔で諭す。二人の決り文句のようだ。
 ベルティナは、そもそもセリナージェ侯爵令嬢がいないところを狙うこの伯爵令嬢たちのことが、気にいらない。

「で?なんでしょうか?」

 ベルティナはわざと面倒くさそうに聞いた。

「クレメンティ様たちとどこでお知り合いになったんですの?」

 思いの外ストレートな質問にびっくりしたが、想定内な質問ではあった。一応、怪訝な顔をして釘を刺す。

「はぁ?それ、フィオリア様に関係ありますか?まあ、いいですけど。
王立公園ですよ。花壇のボランティアにセリナージェ様と行ったときに知り合いました」

 これは、5人で決めた嘘だった。花壇のボランティアに行ったのは本当なのだ。

「いつですの?」

「春休みですよ。まさか留学生だとは知らなかったですけどね」

 ほとんど真実なので、ベルティナの顔も心も態度も、至って冷静だ。

「本当は、知っていて、関係を築きたかったのではないのですか?」

 ジョミーナがありえない話を、ねじ込んできた。

「他国からの留学生の情報が、私達に入るわけないじゃないですか?旅行者だと思って話をしただけですよ」

 ベルティナは二人の顔を訝しだ目で交互に見た。

「では、クレメンティ様とのご縁は望んでおりませんのね?」

 フィオリアが、辻褄の合わない結論を出してきた。これが言いたかった本音なのだろう。優秀なベルティナは、そういう論破できていないのに、本人の希望を押し付ける態度が気にならなかった。

「はい?そうは申しておりませんが?」

「まあ!図々しい。男爵令嬢ごときが、公爵子息様を狙っているとおっしゃるの?」

 『男爵令嬢ごとき』ジョミーナからも、やっと本音が漏れた。ベルティナは、ここぞとばかりに追い打ちをかけた。

「今はその気はありませんが、お二人に言われて気が付きました。確かに、クレメンティ様はお優しい上に公爵子息様、それも、長男!その気になるべきお相手のようですね。
教えていただいて、ありがとうございました。失礼します」

 ベルティナは、軽く頭を下げて、フィオレラとジョミーナを残したまま、さっさと立ち去った。角を曲がって歩いたまま大きなため息をつく。

「はぁ!」

 突然後ろから声が、かけられた。

「ベルティナ!」

 後ろから追いかけてきたのは、エリオだった。ベルティナは少し歩調を緩めた。追いついたエリオは、ベルティナの隣に並んで歩く。

「もう、びっくりしたわ」

 ベルティナはエリオにわざと笑ってみせた。きっと先程のことを見ていたのだろうと予想できた。

「あ、ごめんごめん」

 エリオがいつものように頭をかいていた。ベルティナは、エリオのそのくせが親しみを持てて好きだった。

「なんか、僕たち、迷惑かけてるね。ごめん」

 エリオは歩きながら小さく頭を下げた。ベルティナは一応考えてみたが、エリオたちを悪いと思うことはできなかった。

「…………。べつに、そんなことないわ」

「あのさ、さっきのベルティナかっこよかったよ」

 エリオは、頭をかきながら、ベルティナを褒めた。
 ベルティナは、頬が赤くなるのを感じた。クレメンティには何も思うところはない。が、女同士の言い合いというやなことを聞かれてしまった恥ずかしさと褒めてもらった恥ずかしさで頬はどんどん赤くなった。

「助けようと思って近くに潜んでいたんだけど、無用だったね」

 エリオが照れ笑いをしていた。ベルティナはエリオが自分を助けてくれようとしていたことに驚いた。

「そんな、あなたたちは、まだ学園にも慣れていないのに…。気にしないで。それより、あなたも私と一緒にいない方がいいかもしれないわよ」

 エリオのその照れ笑いが美形であったので、ベルティナは、心配になった。

「僕は子爵家三男だからね。誰も相手にしないさ」

「そんなことないわ。あなたのまっすぐなところとか、ちゃんと知れば、ステキな男性だってわかるわよ。それに、エリオはかっこいいと思うわよ」

「え?!」

 エリオが、真っ赤になった。それを見て、ベルティナも自分の失言に気がついた。

「い、一般論だから」

 ベルティナも赤くなる。少し歩調を早めた。でも、エリオはすぐに追いつく。

「そ、そうか。
でも、ベルティナ、レムはダメだよ。絶対に…」

 エリオは急に口調が厳しくなった。ベルティナはとても不思議に思った。

「え?ええ、わかっているわよ。自分の立場はよぉーくね。心配しないで」

 ベルティナは、男爵家であることを言われたのだと思った。

「そういう意味ではないんだけどな。でも、レムを男として見ないでくれるなら、それでもいいや」

「え?どういうこと?」

 エリオの答えを聞く前に教室についてしまい、それ以上は聞けなかった。

 次週の王立公園における教会主催の花壇作りのボランティアには、多くの令嬢が参加していた。壁に耳ありドアに目あり。誰かがベルティナたちの話を聞いていたのだろう。

〰️ 〰️ 〰️


 3人が留学してきてから、3週間、初日以外は、ロゼリンダたちが、クレメンティたちと昼食を食べている。
 昼休み、ベルティナとセリナージェは、いつもの場所でランチボックスを開けていた。見つかりにくいこの場所の前の茂みが大きく揺れた。『ドキッ』とした二人の前に現れたのは、イルミネだった。

「うわっ!びっくりしたぁ!こんなところに人がいるなんて。って、セリナに、ベルティナじゃないか!」

「イル、どうしたの?」

「いい逃げ場所を探し中。ねぇ、ここ、なかなかいいね。俺たちも混ぜてよ」

 ベルティナとセリナージェは、顔を合わせて小さく頷いた。

「それは、構わないわよ」

 セリナージェが了承した。

「わぉ!サンキュー!」

 イルミネは、ベルティナの隣の芝生に座りこんだ。

「うん、気持ちいいなぁ」

「じゃあ、3人の分のランチボックスも用意しておくから、3人はここが見つからないように、来てね」

 ベルティナが小さな決め事をしていく。

「5人分も持てるの?」

「籠を持っていけば済むことだわ」

「ありがとう。本当に助かるよ。彼女たち、しつこくて。それに、俺には、あのランチが楽しいと思えないし。かと言って、学食では離れられないんだよねぇ」

「それは、そうでしょうねぇ。レムは優良な相手らしいからね」

 セリナージェの棘のある言い方に、ベルティナが慌ててしまった。あれから数日経つが、ベルティナもエリオも教室では話題に出さなかった。

「セリナったら。レムが悪いわけじゃないんだから」

「エリオから聞いたよ。ベルティナ、ごめんね」

「だから、あなたたちが気にすることじゃないわ。女同士のちょっとした、あれよ………。
こういうことをうまく説明する勉強はしてないわ」

 ベルティナは、両手を腰の脇で広げて、おどけて困ったポーズをした。ベルティナの冗談に、セリナージェとイルミネは、大笑いした。

 翌日の昼休みを約束して、その場は別れて教室へ戻った。ベルティナは、なぜか少しウキウキしている自分に気がついたがすぐに否定して、午後の授業に気合を入れた。

〰️ 

 翌日、ベルティナとセリナージェは、5つのランチボックスと3つのサンドイッチを持って、いつもの場所へ行った。シートを4枚小さな四角になるように敷く。ベルティナとセリナージェは、1枚に二人で座っている。
 昨日と同じ場所の茂みが揺れた。

「へぇ!ここはいいね」

 大きな体を縮こませて、クレメンティが来た。後ろにはエリオもついてきている。

「おお、結構開けているんだな」

「二人とも、お待たせ」

 イルミネが、二人に手を振った。

「とにかく座って」

 セリナージェがそう言うと、3人は改めてその場を確認した。

「シートまで用意してくれたのかい?ありがとう」

 エリオがベルティナの隣に座ると、クレメンティもセリナージェの隣に、イルミネはエリオとクレメンティの間に、当たり前のように場所がきまった。
 3人とも靴を脱いで、あぐらをかいた。

「確かに、これは、気持ちいいな!」

 クレメンティが長い足を投げ出す。シートからははみ出てしまっているが、気にした様子はない。

「だろう!リラックスできるよな」

「あれ?僕達の分、多くないか?」

 エリオが、自分たちのぶんとベルティナたちの分の違いに気がついた。

「春休みにあなたたちがどれだけ食べるかは何度も見てるもの!ねぇ、セリナ、ふふ」

「クスクス、私たちと同じランチボックスじゃ足りないでしょう」

「わぉ!さっすがぁ!」

 イルミネは、大喜びで、早速サンドイッチの箱を開けた。
 5人は、ランチを始めると、春休みの頃のように、話が弾む。
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