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38 マクナイト伯爵の怒り
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個人同士の手紙のやり取りにはよく雑貨屋などで売られている封印を使うことが多い。僕も他の友達や家族にはお気に入りの波のような模様のものを使っている。それでも外にあるサインで僕だとわかるようにはなっている。
それを敢えて公爵家の封蝋にしたのだからそれを握り潰すのは普通ではない。
「そ、それはもちろんだ。
いや。執事や妻でも公爵家の封蝋の付いた手紙をどうにかしていいわけがない。私の書斎にそのような手紙は届いていない」
『それはそうですよね。それが爵位というもので父上が乱用してはいけないと言っているものなのですから』
僕は言葉を飲み込んだ。伯爵様には手紙について覚えがないことは僕の望みに一つ近づいた。
「クララに届いていない手紙……。そういうことだと、バージルは考えているのだな」
「僕からだけではありません。母上からも抗議のお手紙を出してくださったと聞いています」
「ギャレット公爵夫人からの抗議の手紙だと!?」
伯爵様はキョロキョロと見渡すが執事らしき者は今はこの部屋にいなかった。
「是非後ほどご確認をお願いします」
「わかった……」
僕は頷いて次の話を始めた。
「これは確認なのですが、最近になって物が壊れたりしましたか? 特に本が傷ついていたとかありませんでしたか?」
またしても話が変わったことに伯爵様は大きく息を吐いた。僕が子供だから話がコロコロと変わると思っているのかもしれない。僕は僕の望みに向かってあることを確認しながら話を進めているのだ。
「ふぅ~。いや、特には何も聞いておらんよ」
「夫人とダリアナ嬢が言うには、クララがダリアナ嬢に物を投げつけて虐めているそうです。特に本を毎日投げつけられるとおっしゃっておりました」
『タンッ!』
伯爵様が軽くテーブルを拳で叩いた。伯爵様はそれでも声を大きくすることなく話を続けた。
「そんなことがある訳ないだろう! クララは私の仕事をよく理解してくれている。クララ本人も本が好きなことはバージルも知っているだろう?」
「はい。よく知っています。だから夫人の言葉もダリアナ嬢の言葉も信じておりません」
「それは助かるよ。それにしてもなぜそんな嘘をバージルに吹き込むのだ?」
伯爵様の疑念が僕から夫人とダリアナ嬢へ移っていくのを強く感じた。
「それと、あの……」
「はぁ~…。なんだ?」
まだあるのかと言いたげな疲れた表情の伯爵様は僕を促した。僕にしてみればここからが本番だ。
「クララは『クララが不細工だ』と夫人とダリアナ嬢に言われていたようです」
「「ひっ!」」
メイドが小さな悲鳴をあげ二人で慰め合うようにハラハラと泣き出した。
「おそらく一度や二度ではありません。『不細工だから僕とは釣り合わない』であるとか『クララが不細工だから僕がダリアナ嬢を選ぶはずだ』と言われていたように思われます。言われ続けなければあの状態にはならないと思うのです。それが夢にまでなってクララは眠れなかったと言っていました」
「なっ! 信じられんっ!」
「ダリアナ嬢からは『クララが不細工だと教えてやったんだ』との言質をこの護衛とともに取りました」
後ろに立つ護衛が頷いた。大人の護衛が事実だと認めれば納得せざるを得ないだろう。
伯爵様の膝の上にある拳が震えている姿は先程の僕のようだ。
「さらに今日は僕がここに来ることをこの家の者のほとんどが知っていながら、クララだけは知らずに……」
僕は言い淀んだ。
『執事はマクナイト伯爵様のことは言い淀んでいた。もし、マクナイト伯爵様のご指示だったら……。あの親子にマクナイト伯爵様が変えられてしまっていたら……。その場合は逆効果になってしまう』
僕の知っているマクナイト伯爵様であることを確認するためにここまで話をしてきたのだ。クララを助けるという僕の望みのために!
『大丈夫!』
僕は僕に言い聞かせる。
「知らずに? 何だ?!!」
伯爵様の怒りも頂点が近いようだ。こんなに険しい顔を見たことがない。
「クララの部屋のドアに鎖と鍵前をされておりクララは監禁されていました」
『ガタン!!』『カシャン!』
伯爵様が勢いよく立ち上がるとワイングラスが倒れテーブルに収まらなかったワインが絨毯へ溢れる。
伯爵様は目を見開き眉が釣り上がり歯を食いしばって両手をギリギリと音が出そうなほど握りしめてドアを睨んでいた。
「白い結婚を受け入れたのはそれなりの野心と醜悪さを持っていたということか…」
ドアの方へ顔を向けている伯爵様のつぶやきは聞こえなかったが僕は最後のひと押しをする。
「鍵を持っていたのは……夫人が選んだ新しい執事でした」
伯爵様はその顔のまま扉へと大股で歩く。ドアを開けたとき僕を思い出したようだ。
「すまないが今日はここまでだ。部屋でくつろいでくれ。明日の朝にクララと朝飯を食べてやってもらいたい」
「嬉しいです。お受けします」
「バージルのもてなしはお前たちで配慮してくれ」
「「かしこまりました」」
メイド二人は粛々と頭を下げ僕は立ち上がって伯爵様に頭を下げることも視界に入っていない様子の伯爵様は応接室を出て行った。
それを敢えて公爵家の封蝋にしたのだからそれを握り潰すのは普通ではない。
「そ、それはもちろんだ。
いや。執事や妻でも公爵家の封蝋の付いた手紙をどうにかしていいわけがない。私の書斎にそのような手紙は届いていない」
『それはそうですよね。それが爵位というもので父上が乱用してはいけないと言っているものなのですから』
僕は言葉を飲み込んだ。伯爵様には手紙について覚えがないことは僕の望みに一つ近づいた。
「クララに届いていない手紙……。そういうことだと、バージルは考えているのだな」
「僕からだけではありません。母上からも抗議のお手紙を出してくださったと聞いています」
「ギャレット公爵夫人からの抗議の手紙だと!?」
伯爵様はキョロキョロと見渡すが執事らしき者は今はこの部屋にいなかった。
「是非後ほどご確認をお願いします」
「わかった……」
僕は頷いて次の話を始めた。
「これは確認なのですが、最近になって物が壊れたりしましたか? 特に本が傷ついていたとかありませんでしたか?」
またしても話が変わったことに伯爵様は大きく息を吐いた。僕が子供だから話がコロコロと変わると思っているのかもしれない。僕は僕の望みに向かってあることを確認しながら話を進めているのだ。
「ふぅ~。いや、特には何も聞いておらんよ」
「夫人とダリアナ嬢が言うには、クララがダリアナ嬢に物を投げつけて虐めているそうです。特に本を毎日投げつけられるとおっしゃっておりました」
『タンッ!』
伯爵様が軽くテーブルを拳で叩いた。伯爵様はそれでも声を大きくすることなく話を続けた。
「そんなことがある訳ないだろう! クララは私の仕事をよく理解してくれている。クララ本人も本が好きなことはバージルも知っているだろう?」
「はい。よく知っています。だから夫人の言葉もダリアナ嬢の言葉も信じておりません」
「それは助かるよ。それにしてもなぜそんな嘘をバージルに吹き込むのだ?」
伯爵様の疑念が僕から夫人とダリアナ嬢へ移っていくのを強く感じた。
「それと、あの……」
「はぁ~…。なんだ?」
まだあるのかと言いたげな疲れた表情の伯爵様は僕を促した。僕にしてみればここからが本番だ。
「クララは『クララが不細工だ』と夫人とダリアナ嬢に言われていたようです」
「「ひっ!」」
メイドが小さな悲鳴をあげ二人で慰め合うようにハラハラと泣き出した。
「おそらく一度や二度ではありません。『不細工だから僕とは釣り合わない』であるとか『クララが不細工だから僕がダリアナ嬢を選ぶはずだ』と言われていたように思われます。言われ続けなければあの状態にはならないと思うのです。それが夢にまでなってクララは眠れなかったと言っていました」
「なっ! 信じられんっ!」
「ダリアナ嬢からは『クララが不細工だと教えてやったんだ』との言質をこの護衛とともに取りました」
後ろに立つ護衛が頷いた。大人の護衛が事実だと認めれば納得せざるを得ないだろう。
伯爵様の膝の上にある拳が震えている姿は先程の僕のようだ。
「さらに今日は僕がここに来ることをこの家の者のほとんどが知っていながら、クララだけは知らずに……」
僕は言い淀んだ。
『執事はマクナイト伯爵様のことは言い淀んでいた。もし、マクナイト伯爵様のご指示だったら……。あの親子にマクナイト伯爵様が変えられてしまっていたら……。その場合は逆効果になってしまう』
僕の知っているマクナイト伯爵様であることを確認するためにここまで話をしてきたのだ。クララを助けるという僕の望みのために!
『大丈夫!』
僕は僕に言い聞かせる。
「知らずに? 何だ?!!」
伯爵様の怒りも頂点が近いようだ。こんなに険しい顔を見たことがない。
「クララの部屋のドアに鎖と鍵前をされておりクララは監禁されていました」
『ガタン!!』『カシャン!』
伯爵様が勢いよく立ち上がるとワイングラスが倒れテーブルに収まらなかったワインが絨毯へ溢れる。
伯爵様は目を見開き眉が釣り上がり歯を食いしばって両手をギリギリと音が出そうなほど握りしめてドアを睨んでいた。
「白い結婚を受け入れたのはそれなりの野心と醜悪さを持っていたということか…」
ドアの方へ顔を向けている伯爵様のつぶやきは聞こえなかったが僕は最後のひと押しをする。
「鍵を持っていたのは……夫人が選んだ新しい執事でした」
伯爵様はその顔のまま扉へと大股で歩く。ドアを開けたとき僕を思い出したようだ。
「すまないが今日はここまでだ。部屋でくつろいでくれ。明日の朝にクララと朝飯を食べてやってもらいたい」
「嬉しいです。お受けします」
「バージルのもてなしはお前たちで配慮してくれ」
「「かしこまりました」」
メイド二人は粛々と頭を下げ僕は立ち上がって伯爵様に頭を下げることも視界に入っていない様子の伯爵様は応接室を出て行った。
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