上 下
18 / 26

18

しおりを挟む
「少なくとも僕は君がヨネタス殿を名前呼びすることに嫉妬するよ」

「ヨネタス公爵家まで着いてくるつもりだったくせに」

 エトリアは嫉妬されることに恥ずかしくなってプイッと横を向いた。

「家臣として着いていくことと、伴侶として嫉妬することは別ですっ!」

「まだ婚約もしていませんっ!」

「ふふふ! 『まだ』ね。君も僕を認めてきてくれているみたいで嬉しいな」

「もう知らないっ! 今日のお話は終わりよ」

 エトリアは立ち上がると寝室である隣室への扉へ向かって歩き出した。それを見たメイドはアロンドを早々に立ち上がらせて部屋を追い出す。

 エトリアは寝室で火照った頬を抑えようとしていた。メイドは微笑みながら冷たい飲み物や濡れタオルを用意してエトリアの世話をした。

 メイドはエトリアが最東の女辺境伯になろうと思ったことはエトリアがアロンドに好意を持っているからだと感じている。しかし、そんな小さな恋心に気がつく様子もないエトリアに対して庇護欲が駆り立てたれ、辺境伯領へ着いて行こうと決心していた。

〰️ 〰️ 〰️


 数日後、エトリアが賜ることになった辺境とは反対側である西の辺境地へ護送馬車が向かった。
 その馬車にはセイバーナ以外の四人が乗せられている。

 西の辺境地は未だに隣国と小競り合いが続いており、兵士が集まる辺境砦には使用人が不足していた。辺境伯から使用人を雇用送致してほしいと要望が出されており、四人を送ることになった。
 四人が長く働けるとは思えない場所である。

 リリアーヌが送られる理由は使用人という名の娼婦である。女性であるが性交渉が好きなリリアーヌにとってそれが罰になるのかは疑問に残るところだが、少なくとも辺境地から出られないことは罰になると判断された。それに、清潔でない環境での娼婦は病気になりやすい。避妊薬もないから無理に墮胎させられることもある。

 貴族子息である三人は眉目秀麗で、騎士団を希望していたレボールでさえ荒々しい兵士たちから見ればまだまだか細い。そんな三人が送られれば、使用人としての仕事ではなく違う仕事が充てがわれることになるだろうことは予想に容易い。三人はどこまでそしていつまで耐えられるのだろうか。
 性に溺れ性欲求を満たすために画策した三人の末路は厳しいものだった。

 各家にも保護者として管理責任を問われる罰が与えられた。国からの処罰は多額の罰金と爵位を一つ降格だけであるが、元婚約者の家への慰謝料は膨大な金額になるだろうことは予想できるので、爵位の維持は難しいと思われる。

 男爵家は当然のように爵位の剥奪であるが、父親は喜々として無一文で出ていったという。
 元々、メイドを情婦にして、身籠ったとわかるやメイドに戻し働かせ素知らぬ顔で使用人部屋で育てさせていた。さらには外で遊び放題であった。そのためとうとう首が回らなくなった男爵は年頃になった娘を急遽養女として籍を入れ学園へ押し込んだ。

『顔だけは俺に似て完璧な女なのだ。金持ちの坊っちゃんを落としてくればラッキーだな。こいつが村の男たちを食っているのは知っている。少しは手練手管を持ち合わせているだろう』

 その程度の目論見である

 爵位剥奪なら無一文で追い出されるだけだが、爵位返上では借金は残る。父親はリリアーヌの愚行を喜んだ。

 だが、世の中そうは上手くはいかない。

 爵位剥奪により、借金は国により踏み倒される形になった。何件かは闇金貸しである。父親はあっけなく捕まり、どこかへ連れていかれた。母親も一緒に。

 母親はリリアーヌが養女になった時、メイドから情婦に戻ったことを喜んでおり、男爵家を出るときももちろん付いて行った。母親は何をされてもその父親を愛していたのだった。男爵はリリアーヌの父親だけあって大変見目麗しい者である。

 たった一人の馬鹿な男に入れ込む母親が哀れに見え自由に恋愛を楽しむ父親を羨ましく思ったリリアーヌは多くの男に囲まれることを夢見るようになった。そのために幼い頃から体を使っていたのだった。

 リリアーヌを金銭で買った男子生徒たちは名前の公開はされなかったものの親である領主たちは積極的に懲罰を与えた。学園内で売春に関わっていたなど醜聞以外の何物でもない。
 国王陛下は領主たちの判断を見て貴族としての矜持やあり方への考えなどをそれぞれに対して考察した。バカ息子に何の懲罰も与えることがなかった家は今後国王陛下から重用されることはないだろう。


〰️ 〰️ 〰️


「おぉ! すごいなぁ! 俺なんかが十人いてもお前さんほどは働けないよ」

 小さな村の小さな役場。新しく赴任してきた若者に、ここで十数年働いている壮年の男はいつもいつも感心している。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

愚者(バカ)は不要ですから、お好きになさって?

海野真珠
恋愛
「ついにアレは捨てられたか」嘲笑を隠さない言葉は、一体誰が発したのか。 「救いようがないな」救う気もないが、と漏れた本音。 「早く消えればよろしいのですわ」コレでやっと解放されるのですもの。 「女神の承認が下りたか」白銀に輝く光が降り注ぐ。

未来予知できる王太子妃は断罪返しを開始します

もるだ
恋愛
未来で起こる出来事が分かるクラーラは、王宮で開催されるパーティーの会場で大好きな婚約者──ルーカス王太子殿下から謀反を企てたと断罪される。王太子妃を狙うマリアに嵌められたと予知したクラーラは、断罪返しを開始する!

お花畑な人達には付き合いきれません!

ハク
恋愛
作者の気まぐれで書いただけ。

娘の婚約解消が向こうの有責で婚約破棄になった。

うめまつ
恋愛
私には二人の娘がいる。賢く才能のある長女と社交が得意な可愛い次女。二人の間で長女の婚約者が婚約解消を望みは次女と婚約し直したいと望んできた。二人に話を聞くが、どうしたものか。 ※お気に入り、栞ありがとうございます。

【完結済】婚約破棄された元公爵令嬢は教会で歌う

curosu
恋愛
【書きたい場面だけシリーズ】 婚約破棄された元公爵令嬢は、静かな教会で好き勝手に歌う。 それを見ていた神は... ※書きたい部分だけ書いた4話だけの短編。 他の作品より人物も名前も設定も全て適当に書いてる為、誤字脱字ありましたらご報告ください。

悪役令嬢は勝利する!

リオール
恋愛
「公爵令嬢エルシェイラ、私はそなたとの婚約破棄を今ここに宣言する!!!」 「やりましたわあぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!!」 婚約破棄するかしないか 悪役令嬢は勝利するのかしないのか はたして勝者は!? ……ちょっと支離滅裂です

完)まあ!これが噂の婚約破棄ですのね!

オリハルコン陸
ファンタジー
王子が公衆の面前で婚約破棄をしました。しかし、その場に居合わせた他国の皇女に主導権を奪われてしまいました。 さあ、どうなる?

婚約は破棄なんですよね?

もるだ
恋愛
義理の妹ティナはナターシャの婚約者にいじめられていたと嘘をつき、信じた婚約者に婚約破棄を言い渡される。昔からナターシャをいじめて物を奪っていたのはティナなのに、得意の演技でナターシャを悪者に仕立て上げてきた。我慢の限界を迎えたナターシャは、ティナにされたように濡れ衣を着せかえす!

処理中です...