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52 届かぬ謝罪
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クックとひとしきり笑った後にふぅと息を吐いてまっすぐにレイジーナを見た国王の目には優しさがあった。
「ともかく、これよりは俺がアランディルスを守ろう。俺もこの年になってしまったがようやくと体制が整ったところだ。ニルネスとも秘密裏に会合しておる」
ニルネスの名前が出てきてあからさまにホっと胸を撫で下ろしたレイジーナは本人には自覚はない。
「なんだ。やはりそうなのだろう?」
国王はガレンに確認するがガレンは困り顔で笑い首を振った。レイジーナは首を傾げる。
「今ディにしてやれることはニルネス卿を後ろ盾として残すことしかないと思っておりました。今の陛下がおられるのなら心強いですわ」
「それに応えられるように尽力しよう。そなたがアランディルスに会いにこられる国にすることが望ましいな。アランディルスの婚姻を以って俺の退位もあり得るが、それはその時の判断とする。俺は父王よりは賢いから少しは次王の壁になれるだろう」
国王はレイジーナとの婚姻とともに十九歳で国王になった。それと同時に前国王は前王妃とは逆の遠くの離宮へ送られている。
国王は一度執事に目を向けてからレイジーナと目を合わせた。
「この宮の者たちを王宮で引き受けたいが良いか?」
「もちろんです! ここを離れるにあたり、皆の仕事が一番心配でしたの。ここの者たちはアランディルスのこともわかっておりますので嬉しいですわ!」
「俺も明日からは忙しくなりそうだ。最近、人事部の差配で王宮は真っ黒だ。二日でほぼ全員解雇または左遷だ」
「まさか人事部の大臣が?」
「いや、逆だ。ヤツはこちら側だ。怪しい者たちを端から王宮勤めにしたのだよ。それぞれ雇い主が違っていたから互いの顔を知らず互いに監視している姿は笑えたぞ。そやつらを一人ずつ片付けると対策を取られてしまうからな。俺の愚王役も役に立ったようだ」
「それはそれは大変な王宮となっていたのですね」
「だからこそ、賢いそなたたちには近寄らせたくなかった。
執事長。三日後に移動してくれ」
「かしこまりました。誠心誠意お仕えさせていただきます。数名は二日後にお立会いさせていただきます」
執事長は二日で使用人たちを説得するべく頭を動かした。
国王が立ち上がりドアに向かい、執事長が開けようとする手を止める。
「レイジーナ。初夜は……すまなかった」
国王はレイジーナに背を向けたままだが気持ちは充分に伝わった。
「赦しません。ですが、理解はいたしましたわ。ディに伝えるつもりもありません」
「わかった」
国王は執事長が開いたドアを抜け、執事長を伴い王妃宮を後にした。
あの頃、王妃宮のメイド長はまさに大臣たちから最も信頼を得ていたスパイだった。国王の賢さを調べるスパイ。賢いとわかればいつでも薬などで国王を壊すことができるスパイ。
国王はスパイに性癖を見せることで「レイジーナを愛することはない」「女性に陥落させられることはない」というアピールが必要であったのだった。
『十九歳だった彼に自分自身を守る力しかなかったことは理解するわ。でも、赦したくても貴方を赦すべきその子はもういないの……』
レイジーナは国王が消えたドアにクルリと、背を向けた。
「ワインを。極上のものをもってきてくれる?」
「かしこまりました」
ガレンはグラスを二つ用意する。一つはレイジーナの向かいの席に置いた。
「レイ。赦さなくていいのよ」
レイジーナは向かいのグラスに献杯してワインに口をつけた。
翌日、レイジーナは南離宮に向けて出立した。
「この髪色とも今日でお別れね」
肩にかかり前に流れている真紫色の自分の髪をもてあそぶレイジーナはさみしげに苦笑いをする。その髪色と別れることは一つの大きな別れと同意である。
「ローラとソフィはよく眠れたかしら?」
「一日馬車に揺られたのですよ。心配ございません」
「あの子たちを苦しめてしまったわね」
レイジーナは窓から遠くを見ていた。
「苦しかったかもしれませんが、頑張っておられました。それに、苦しかった先が何であるか皆理解しております。そのための決断ですから褒めてあげてくださいませ」
「…………ディに手紙を書くわ。昨夜は謝ることしかできなかったから」
「はい。王子殿下はレジー様のそのお姿を悲しげに見ておられましたよ」
窓からガレンに視線を移したレイジーナの目は驚嘆で見開かれていた。
「母親を苦しめてしまったとお考えなのかもしれません」
レイジーナは窓に縋って遠ざかる王宮を見た。涙がほろりと落ちる。
「大丈夫でございます。またお会いできます。お手紙をおしたためになられるのでございますよね」
ガレンがハンカチを差し出すとシートに沈み込んでコクリと頷いた。ガレンにしてみれば、レイジーナは娘でアランディルスは孫のようなものだ。いつまでもいつでも愛おしい。そっと立ち上がるとレイジーナの脇に腰掛け、背をさすった。
「誰も不幸にならないための選択だったのです。皆がローラ様をお救いしたいと思った結果でございますから、誰も後悔はいたしませんよ」
レイジーナはガレンの胸に寄り掛かるようにして小さく頷く。涙は止まらなかった。
☆☆☆
フローエラたちが入学してから、フローエラと男爵令嬢メリンダが仲良くなり、それをきっかけにアランディルスはメリンダに恋をした。すぐにレイジーナに相談に行くと、その恋を反対されることはなかった。だが、アランディルスとメリンダの仲が深まった頃、レイジーナはアランディルスを王妃宮へ呼んだ。
「ディはメリンダ嬢のことをどう考えているの?」
二人の前にカップが置かれるとすぐに質問が降る。
「…………彼女を好いています。ですが、僕の立場も理解しております」
「それは身分差のこと?」
「それもありますけど、それだけではありません。卒業したらローラとの婚約を発表……」
ガチャンと音を立ててカップが置かれ、慄いて顔を上げるとこれまで向けられたことがない視線がまっすぐにぶつかる。
「どうして?」
「……母上は僕が様々なことを理解してフローエラを選ぶなら反対しないとおっしゃったではありませんか。僕はフローエラが誰にも口出しできないほど完璧な婚約者になることを充分に理解しました」
「違うわ。理解して「フローエラを好きになるのはいい」と言ったの。アランディルスにとってフローエラは恋人にしたい相手なの?」
しょんぼりとして首を小さく左右に振る。
「ローラは妹だから……大好きです……」
アランディルスの組んでいた手はじっとりと濡れていた。
「ともかく、これよりは俺がアランディルスを守ろう。俺もこの年になってしまったがようやくと体制が整ったところだ。ニルネスとも秘密裏に会合しておる」
ニルネスの名前が出てきてあからさまにホっと胸を撫で下ろしたレイジーナは本人には自覚はない。
「なんだ。やはりそうなのだろう?」
国王はガレンに確認するがガレンは困り顔で笑い首を振った。レイジーナは首を傾げる。
「今ディにしてやれることはニルネス卿を後ろ盾として残すことしかないと思っておりました。今の陛下がおられるのなら心強いですわ」
「それに応えられるように尽力しよう。そなたがアランディルスに会いにこられる国にすることが望ましいな。アランディルスの婚姻を以って俺の退位もあり得るが、それはその時の判断とする。俺は父王よりは賢いから少しは次王の壁になれるだろう」
国王はレイジーナとの婚姻とともに十九歳で国王になった。それと同時に前国王は前王妃とは逆の遠くの離宮へ送られている。
国王は一度執事に目を向けてからレイジーナと目を合わせた。
「この宮の者たちを王宮で引き受けたいが良いか?」
「もちろんです! ここを離れるにあたり、皆の仕事が一番心配でしたの。ここの者たちはアランディルスのこともわかっておりますので嬉しいですわ!」
「俺も明日からは忙しくなりそうだ。最近、人事部の差配で王宮は真っ黒だ。二日でほぼ全員解雇または左遷だ」
「まさか人事部の大臣が?」
「いや、逆だ。ヤツはこちら側だ。怪しい者たちを端から王宮勤めにしたのだよ。それぞれ雇い主が違っていたから互いの顔を知らず互いに監視している姿は笑えたぞ。そやつらを一人ずつ片付けると対策を取られてしまうからな。俺の愚王役も役に立ったようだ」
「それはそれは大変な王宮となっていたのですね」
「だからこそ、賢いそなたたちには近寄らせたくなかった。
執事長。三日後に移動してくれ」
「かしこまりました。誠心誠意お仕えさせていただきます。数名は二日後にお立会いさせていただきます」
執事長は二日で使用人たちを説得するべく頭を動かした。
国王が立ち上がりドアに向かい、執事長が開けようとする手を止める。
「レイジーナ。初夜は……すまなかった」
国王はレイジーナに背を向けたままだが気持ちは充分に伝わった。
「赦しません。ですが、理解はいたしましたわ。ディに伝えるつもりもありません」
「わかった」
国王は執事長が開いたドアを抜け、執事長を伴い王妃宮を後にした。
あの頃、王妃宮のメイド長はまさに大臣たちから最も信頼を得ていたスパイだった。国王の賢さを調べるスパイ。賢いとわかればいつでも薬などで国王を壊すことができるスパイ。
国王はスパイに性癖を見せることで「レイジーナを愛することはない」「女性に陥落させられることはない」というアピールが必要であったのだった。
『十九歳だった彼に自分自身を守る力しかなかったことは理解するわ。でも、赦したくても貴方を赦すべきその子はもういないの……』
レイジーナは国王が消えたドアにクルリと、背を向けた。
「ワインを。極上のものをもってきてくれる?」
「かしこまりました」
ガレンはグラスを二つ用意する。一つはレイジーナの向かいの席に置いた。
「レイ。赦さなくていいのよ」
レイジーナは向かいのグラスに献杯してワインに口をつけた。
翌日、レイジーナは南離宮に向けて出立した。
「この髪色とも今日でお別れね」
肩にかかり前に流れている真紫色の自分の髪をもてあそぶレイジーナはさみしげに苦笑いをする。その髪色と別れることは一つの大きな別れと同意である。
「ローラとソフィはよく眠れたかしら?」
「一日馬車に揺られたのですよ。心配ございません」
「あの子たちを苦しめてしまったわね」
レイジーナは窓から遠くを見ていた。
「苦しかったかもしれませんが、頑張っておられました。それに、苦しかった先が何であるか皆理解しております。そのための決断ですから褒めてあげてくださいませ」
「…………ディに手紙を書くわ。昨夜は謝ることしかできなかったから」
「はい。王子殿下はレジー様のそのお姿を悲しげに見ておられましたよ」
窓からガレンに視線を移したレイジーナの目は驚嘆で見開かれていた。
「母親を苦しめてしまったとお考えなのかもしれません」
レイジーナは窓に縋って遠ざかる王宮を見た。涙がほろりと落ちる。
「大丈夫でございます。またお会いできます。お手紙をおしたためになられるのでございますよね」
ガレンがハンカチを差し出すとシートに沈み込んでコクリと頷いた。ガレンにしてみれば、レイジーナは娘でアランディルスは孫のようなものだ。いつまでもいつでも愛おしい。そっと立ち上がるとレイジーナの脇に腰掛け、背をさすった。
「誰も不幸にならないための選択だったのです。皆がローラ様をお救いしたいと思った結果でございますから、誰も後悔はいたしませんよ」
レイジーナはガレンの胸に寄り掛かるようにして小さく頷く。涙は止まらなかった。
☆☆☆
フローエラたちが入学してから、フローエラと男爵令嬢メリンダが仲良くなり、それをきっかけにアランディルスはメリンダに恋をした。すぐにレイジーナに相談に行くと、その恋を反対されることはなかった。だが、アランディルスとメリンダの仲が深まった頃、レイジーナはアランディルスを王妃宮へ呼んだ。
「ディはメリンダ嬢のことをどう考えているの?」
二人の前にカップが置かれるとすぐに質問が降る。
「…………彼女を好いています。ですが、僕の立場も理解しております」
「それは身分差のこと?」
「それもありますけど、それだけではありません。卒業したらローラとの婚約を発表……」
ガチャンと音を立ててカップが置かれ、慄いて顔を上げるとこれまで向けられたことがない視線がまっすぐにぶつかる。
「どうして?」
「……母上は僕が様々なことを理解してフローエラを選ぶなら反対しないとおっしゃったではありませんか。僕はフローエラが誰にも口出しできないほど完璧な婚約者になることを充分に理解しました」
「違うわ。理解して「フローエラを好きになるのはいい」と言ったの。アランディルスにとってフローエラは恋人にしたい相手なの?」
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