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40 公爵夫人
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その女性はフローエラの生みの親である公爵夫人だ。公爵夫人は手に持った扇を倒れているフローエラに投げつけた。
「お前はっ! 次期公爵である弟を慮ることもできないのっ! 本当に出来損ないねっ!」
メイドは相手が公爵夫人であるためフローエラに駆けつけることもできずにオロオロとしている。しばらくして廊下が騒がしくなりドアが開け放たれると数人の少年が立っていた。
「ローラっ!」
「スペン。大丈夫よ」
勢いよく駆け寄ったスペンサーに支えられてフローエラは立ち上がる。
「どこの誰かもわからぬ者がうちの娘に触らないでちょうだいっ!」
「公爵夫人。彼は次期国王である俺の側近だ。側近の不始末は俺が請け負おう。側近は友人を助け起こしたようだが、何か問題があったか?」
そこに立つ一人がアランディルスだと知り一瞬怯んだが、たかだか十三歳だと考え口車に乗せることにしたのは、さすがに公爵夫人であると言えるかもしれない。
「婚約者でもないのに触れるなどありえません。いくら殿下の側近であっても、いえ、側近であるのなら尚更、婦女子への対応は紳士であるべきですわ。我が子にいらぬ噂が立ってしまうのではと心配でなりません」
「なるほど。スペンサー。外では気をつけろ」
「はい……」
「だが、ここはアカデミーだ問題ない」
「は?」
スペンサーが俯いて我が意を得たりと裏手で口元を隠した公爵夫人が顔を崩してマヌケな声をこぼした。
「アカデミーでは年齢や性別や身分を越えた教育をモットーにしている。でなければ、俺が他生徒とディスカッションし己を高めるなどできるわけがあるまい」
「まだ、うちの娘は入学しておりません」
「入学手引には一歩足を踏み入れた瞬間からアカデミーの生徒である自覚を持って行動しろとある。それこそがアカデミー生徒の誇りだ。
ああ、公爵夫人は入学手引をお読みになられていないのか」
フローエラ宛の合格通知が公爵家に届いていないことを承知での嫌味に、公爵夫人は小さくワナワナと震えていた。
メイドにおしぼりをもらい頬に当てていたフローエラが公爵夫人の方を向く。
「お母様。わたくしを侍女として教育してくださったのは王妃殿下です。王妃殿下より、お母様がこのような対応の場合、王妃殿下へ謁見に向かわせるようにと指示を受けております」
「なんですってっ!」
「妃殿下のご命令ならしかたない。衛兵、王城まで公爵夫人をお連れしろ」
「「はっ!」」
普段はいないはずの王城の衛兵が公爵夫人を三人で取り囲むようにして連れて行った。妃殿下命令なので男性衛兵でも容赦なく貴婦人である公爵夫人に触れて連行していった。
「ローラ。大丈夫か?」
アランディルスがそっと手を重ねた。
「お兄様。大丈夫です。来てくださってありがとうございます」
「公爵夫人は何て言っていたの?」
バードルも心配そうに覗き込む。
「わたくしが十二歳でアカデミーの首席入学を果たしたことが気に障ったようです。もし来年、弟が入学できないとなると「弟は姉より不出来だ」という烙印が押されることが嫌なのでしょう。元々わたくしは「女である」時点で出来損ないですから」
「そんな馬鹿馬鹿しい話があるの?」
スペンサーは興奮気味に声を上げた。
「ローラ。君は僕の妹。それでいいね?」
「はいっ!」
フローエラが笑い、メイドたちもホッと肩の荷を下ろした。
「ですが、治外法権のアカデミーで王城の衛兵を使ってよろしかったのですか?」
「母上が学長宛に手紙を書いたんだ。「女性初の首席入学者の邪魔立てをする者が現れるかもしれない」とね。学力主義の平等を謳うアカデミーで首席女子がどんな理由であれ退学したとなればアカデミーのメンツは丸潰れだよ。「アカデミーは男性贔屓」と言われることになる。そこで母上が助太刀することになったんだよ」
フローエラはレイジーナの気配りに心がポカポカと暖かくなった。
「わたくし、ご期待に応えられるように頑張ります」
アランディルスがフローエラの右手を握り、スペンサーとバードルはフローエラの肩に手を置いた。仲間を感じたフローエラは涙を飲み込んで笑顔を見せた。
「お前はっ! 次期公爵である弟を慮ることもできないのっ! 本当に出来損ないねっ!」
メイドは相手が公爵夫人であるためフローエラに駆けつけることもできずにオロオロとしている。しばらくして廊下が騒がしくなりドアが開け放たれると数人の少年が立っていた。
「ローラっ!」
「スペン。大丈夫よ」
勢いよく駆け寄ったスペンサーに支えられてフローエラは立ち上がる。
「どこの誰かもわからぬ者がうちの娘に触らないでちょうだいっ!」
「公爵夫人。彼は次期国王である俺の側近だ。側近の不始末は俺が請け負おう。側近は友人を助け起こしたようだが、何か問題があったか?」
そこに立つ一人がアランディルスだと知り一瞬怯んだが、たかだか十三歳だと考え口車に乗せることにしたのは、さすがに公爵夫人であると言えるかもしれない。
「婚約者でもないのに触れるなどありえません。いくら殿下の側近であっても、いえ、側近であるのなら尚更、婦女子への対応は紳士であるべきですわ。我が子にいらぬ噂が立ってしまうのではと心配でなりません」
「なるほど。スペンサー。外では気をつけろ」
「はい……」
「だが、ここはアカデミーだ問題ない」
「は?」
スペンサーが俯いて我が意を得たりと裏手で口元を隠した公爵夫人が顔を崩してマヌケな声をこぼした。
「アカデミーでは年齢や性別や身分を越えた教育をモットーにしている。でなければ、俺が他生徒とディスカッションし己を高めるなどできるわけがあるまい」
「まだ、うちの娘は入学しておりません」
「入学手引には一歩足を踏み入れた瞬間からアカデミーの生徒である自覚を持って行動しろとある。それこそがアカデミー生徒の誇りだ。
ああ、公爵夫人は入学手引をお読みになられていないのか」
フローエラ宛の合格通知が公爵家に届いていないことを承知での嫌味に、公爵夫人は小さくワナワナと震えていた。
メイドにおしぼりをもらい頬に当てていたフローエラが公爵夫人の方を向く。
「お母様。わたくしを侍女として教育してくださったのは王妃殿下です。王妃殿下より、お母様がこのような対応の場合、王妃殿下へ謁見に向かわせるようにと指示を受けております」
「なんですってっ!」
「妃殿下のご命令ならしかたない。衛兵、王城まで公爵夫人をお連れしろ」
「「はっ!」」
普段はいないはずの王城の衛兵が公爵夫人を三人で取り囲むようにして連れて行った。妃殿下命令なので男性衛兵でも容赦なく貴婦人である公爵夫人に触れて連行していった。
「ローラ。大丈夫か?」
アランディルスがそっと手を重ねた。
「お兄様。大丈夫です。来てくださってありがとうございます」
「公爵夫人は何て言っていたの?」
バードルも心配そうに覗き込む。
「わたくしが十二歳でアカデミーの首席入学を果たしたことが気に障ったようです。もし来年、弟が入学できないとなると「弟は姉より不出来だ」という烙印が押されることが嫌なのでしょう。元々わたくしは「女である」時点で出来損ないですから」
「そんな馬鹿馬鹿しい話があるの?」
スペンサーは興奮気味に声を上げた。
「ローラ。君は僕の妹。それでいいね?」
「はいっ!」
フローエラが笑い、メイドたちもホッと肩の荷を下ろした。
「ですが、治外法権のアカデミーで王城の衛兵を使ってよろしかったのですか?」
「母上が学長宛に手紙を書いたんだ。「女性初の首席入学者の邪魔立てをする者が現れるかもしれない」とね。学力主義の平等を謳うアカデミーで首席女子がどんな理由であれ退学したとなればアカデミーのメンツは丸潰れだよ。「アカデミーは男性贔屓」と言われることになる。そこで母上が助太刀することになったんだよ」
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「わたくし、ご期待に応えられるように頑張ります」
アランディルスがフローエラの右手を握り、スペンサーとバードルはフローエラの肩に手を置いた。仲間を感じたフローエラは涙を飲み込んで笑顔を見せた。
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