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35 公爵令嬢の嗜み

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「では遊戯室へ行きましょう」

 レイジーナを先頭に女の子たちが集まる部屋へと移動した。ソフィアナに先触れをしていたので慌てることなく部屋に入った。
 そこではカーペットに並べられたお人形とお人形かと思われるほど可愛らしい女の子たち三人が楽しそうに遊んでいた。近くのソファーではモニエリーカがゆったりと寛いでいる。

「ローラ。こちらへいらっしゃい」

 レイジーナが慈しみの声を出すと、遊びに集中していて気がついていなかったフローエラがレイジーナの存在を視認して喜びの笑顔になって立ち上がった。

「レジーおばさま!」

「っ」「わ……」「ひゃ」

 ビオラ姫の立ち姿に三人の男の子たちは息を呑んだ。
 エクアに手を差し伸べられたフローエラは靴が置いてある場所まで数歩走り、エクアに補助されながら靴を履く。早くレイジーナのところへ行きたいと、ニコニコしながら懸命に急いでいるのがわかる。
 靴を脱いで絨毯の上で遊ぶ習慣はまさに前世が日本人であるレイジーナの指導である。

「ふふふ。ローラったら。ゆっくりで大丈夫よ」

「はい!」

 靴から顔を上げてレイジーナに満面の笑顔を見せたため、レイジーナの後ろで様子を見ていた三人の男子は心臓を撃ち抜かれた。

 靴を履き終えたフローエラがレイジーナの方へ来る。以前は静かなというよりは覇気のない足取りであったが、今は走っているわけではないが、子供らしく軽く飛び跳ねるように速歩きしている。一歩歩くたびにふんわりと髪が揺れていて、赤紫の瞳は喜びに満ちている。
 レイジーナが膝を折って両手を広げるのでフローエラは遠慮なくそこへ飛び込んだ。

「このお時間にレジーおばさまとお会いできるなんてとっても嬉しいです」

「わたくしも、ローラが楽しそうにお姉様をしている姿が見れてとても嬉しいわ」

 レイジーナが自分の首からフローエラの腕を離して目を合わせる。

「今日はローラに会いたいと言っている子たちが来ているの」

 フローエラはレイジーナの後ろで目を見開き硬直してる男の子三人をチラリと確認してから視線をレイジーナに戻して頷いた。

「ローラが嫌なら今日は帰ってもらってもいいのよ。一人はわたくしの息子。一人はシアリーゼのお兄ちゃん。もう一人はナーシャリーのお兄ちゃん」

 フローエラが後ろを振り向くとモニエリーカとソフィアナが頷いていて、シアリーゼとナーシャリーが手を振っている。

「ご挨拶だけしてみましょう」

 不安そうな瞳のフローエラが小さく首肯したのを見てレイジーナが立ち上がった。フローエラと並び立って三人の方を向く。

「ディイ」

 レイジーナにやんわりとした口調で促されてアランディルスが我に返った。

「アランディルスだよ。君の従兄弟だ。よろしく」

 本来は立場を考えればフローエラから挨拶すべきであるが、どう見ても緊張して固まっているレディーに対して不躾ぶしつけにマナーを強要するようなことをしないようにとレディーファーストの心得を教育されているので、フローエラをフォローすべく即座に口を開いた。

「フローエラ様。はじめまして。シアリーゼの兄、バードルです」

「僕はナーシャリーの上の兄のスペンサーです」

 フローエラがレイジーナを見上げたので、レイジーナは穏やかに目を細める。フローエラはアランディルスたちに向き直った。

「公爵家が長女フローエラでございます」

 フローエラは完璧なカーテシーを見せた。その姿勢のままに口上を述べる。

「妃殿下に仕える侍女となるためお勉強させていただいております。よろしくお願いいたします」

「あ、頭を上げてくれ」

 王族としてアランディルスが許可を与えた。ケースバイケースができることも教育の賜物である。

「ありがとうございます」

 フローエラの笑顔にアランディルスは固まり、バードルは胸を押さえ、スペンサーは右足を一歩引いた。
 その姿を見たレイジーナはレイジーナとの約束を守ることは難しいかもと訝しんだ。とはいえ、みなこの王妃宮で過ごす時間が長いため、いつまでも別々に過ごさせるわけにもいかない。

「来週から、週に何度か三人とお勉強の時間を共にすることにするわ。王妃宮でのせ、ん、ぱ、い、として面倒を見てやってね」

 三人はレイジーナの強めの言葉にレイジーナとの約束を思い出し、襟を直して姿勢を正した。

「わかりました」
「「かしこまりました」」

「では、今日のところはお部屋でいつものように」

「「「はい!」」」

「じゃあ。フローエラ。来週からよろしくね」

「はい。アランディルス王子殿下。わたくしこそ、よろしくお願いいたします」

 ガレンやエクアから聞いてアランディルスの名前を予習していたフローエラは噛むことなくアランディルスの名を言えたのだが、同年代にスラスラと名前を言われたことが初めてのアランディルスはそれにも驚いていた。
 完璧なカーテシーも、殿下の名を予習しておくことも公爵令嬢として教育されてきたフローエラにとっては当然のことであった。

 この頃はアカデミーで事件が起こるなど誰も予想できない。…………レイジーナ以外は…………。
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