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34 ビオラ姫

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「ケイティ。今日はローラにいろいろと見せてあげてちょうだい。
エクア。貴女たちはこの中から十枚ほどのドレスとそれに合わせて小物もお願いね」

「「「「かしこまりました」」」」

 エクアたちはきゃあきゃあと言いながら奥へ進む。

「さあさあさあ。ローラ様こちらへ」

 ケイティはまるでスキップでもしそうな勢いでフローエラの背を押した。レイジーナは用意されていたソファーに腰を下ろすとお茶をしながらケイティのスケッチブックを見始めるのだった。

 こうして数日後にはモニエリーカもフローエラとの対面をし、フローエラは女の子としてそれはそれは大切にされて王妃宮で過ごしていった。

 最初こそ頻繁ひんぱんに手紙を寄越してきて面会を求めてきていた実兄公爵だったが、もともとレイジーナにもフローエラにも興味がなく道具であるとしか考えていないので、「王妃宮で生活ができているのなら問題ないな」と連絡が途絶えた。王城内でフローエラが王妃宮にいることが噂になり優越感を存分に刺激され安心感を感じたことも起因している。

「しつこくないことは本当に助かったわね。今のローラを見たら発狂して暴れてローラを傷つけるまであるもの」

 レイジーナの安堵にガレンも強く同意していた。

 こうして王宮生活を半年ほどしたフローエラは随分と自然な笑顔を見せるようになり、自分の好き嫌いも少しずつ考えられるように、そして口に出せるようになっていた。

「母上。そろそろ僕にもビオラ姫と会わせてください」

 ぷぅっと頬を膨らませたアランディルスがレイジーナの前に立ち腰に手を当てている。

「ビオラ姫?」

「ローラ様のお話をしたいときの隠語です。可愛らしい仕草と、雪に咲くような健気さと、ビロードのような花びらを思わせる美しい瞳からそう呼ばれているようです」

 ガレンはアランディルスの様子に苦笑いしながら説明を加えた。
 王妃宮では堂々と「ローラ」と使えるが、外で誰かに聞かれて実兄公爵にあらぬ疑念を持たれるのも問題なので、ここを離れると隠語で呼ばれていた。「◯◯姫」ならたまたま王城に来ていた誰かわからない女性のことだと誤魔化せる。

「いいじゃなーい! 早速そのイメージでケイティにドレスを作ってもらいましょう!」

「すでに着手していると思われますわ。何と言っても名付け親はケイティさんですから。うふふふ」

「そうなのね。それは楽しみだわ」

「母上! ローラ嬢に会わせてください! シアやナシャばっかりずるいです!」

 入口近くでは、シアリーゼの兄でアランディルスの乳兄弟バードルがブンブンと音がなるほど首肯していた。バードルはシアリーゼから何度もフローエラの話を聞いていて会いたくて毎日うずうずしているのだ。
 バードルの隣にはモニエリーカの息子スペンサーも立っていて、スペンサーもまた、モニエリーカや妹ナーシャリーからフローエラの話を聞いている。
 レイジーナの指示で王妃宮内でもアランディルスたちには遭遇しないようにと徹底されていた。

 フローエラの弟二人は家族の影響でフローエラを姉として扱うことはしていない。いじめをするわけではないがまるで存在がないかのように廊下での素通りは当然だし、挨拶などしないし、茶会でも話しかけない。同世代の家族の男の子たちにそのように扱われてきたフローエラは男の子たちとの接し方がわからないことは容易に想像ができた。まずは、シアリーゼを中心に人との接し方を変えていこうという配慮である。
 最近のフローエラは女性であれば怖がることなく話もできているし、顔見知りの護衛騎士になら自分から挨拶もしている。
 だが、レイジーナにはそれとは別の懸念もあった。

「二人もこちらへいらっしゃい」

 バードルとスペンサーがアランディルスの隣に並んだ。

「三人をローラと会わせるのはいいわ。でも、一つだけとても大切なお約束をできるなら、許可するわ」

 三人は強く首を縦に振った。

「三人とも、絶対にフローエラのことを女の子として好きになってはいけません」

「「「「「え!?」」」」」

 これにはガレンでさえ驚愕しているのだ。まわりにいるメイドや護衛騎士たちが思わず声を出してしまうのは当たり前だ。
 レイジーナがまるで実子のようにフローエラをいつくしんでいることは王妃宮の誰もが知っている。そして、それはいつか嫁として迎えるためだと思っていたのだ。王子が十七歳になるまで婚約者を決めないことにはなっているが、事実上決まったようなものだと、王妃宮でも王城でも大人たちの間では公然の噂となっている。 
 恋を知らない子供三人はキョトンとしていた。

「フローエラのことをシアリーゼやナーシャリーと同じに接することができますか? あくまでも三人にとって「妹」でなければなりません」

「「大丈夫です!」」「わかりましたっ」

 フローエラに会ったことがない三人は安易に頷くのだが、数分後にはそれを後悔することになる。
 
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