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28 断罪劇
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その日の午後にわざわざ実兄公爵本人が娘フローエラを連れて来たのだが、王妃宮までやってきてみたものの玄関にあたるドアで入室を拒否されて待たされていると、ソフィアナがフローエラを引き取りに来た。ソフィアナはお仕着せではなく淡い水色のワンピースを着ており、濃い茶色の髪もひっつめ髪ではなく低い位置でハーフアップにしていてふわふわの後ろ髪が優しさを強調しているかのようだ。
「では、これでお引き取りを」
「待て! せめて娘にメイドを付けさせてやってくれ」
実兄公爵は後ろにいる二人のメイドを指差す。二人は大きなトランクを一つと小さなトランクを一つ、それぞれが持っている。
「妃殿下がお世話に関して心配は無用とのことです。何度もお聞きになっていると思いますが、妃殿下はお心をおくだきにくださった者しか宮に置きません」
ソフィアナのチロリとにらむその姿にメイド二人は姿勢を正した。
『ふん! フローエラ様にお付きになる気概など持ち合わせていないじゃないの。この程度の胆力では王妃宮には置けないわ』
「そうやってレイジーナに内緒でフローエラを貶めるつもりかっ!」
フローエラが実兄公爵の後ろで肩を揺らした。
「妃殿下への不敬罪です。衛兵。この方を貴族牢へお連れして。裁量は妃殿下にお聞きします」
ガタイのよく軽装鎧を着た二人の男が素早く動き腕を掴まれた実兄公爵は二人を驚愕の思いで交互に見やるが、二人の顔には冷淡さが浮き彫りにされているだけだ。
「こちらへいらしてください」
まるで違う態度で慈母の笑顔を見せるソフィアナが手を差し伸べると九歳のフローエラは吸い込まれるようにその手を取った。ソフィアナは衛兵に押さえつけられている実兄公爵を無視してフローエラの手を引き扉の中に消えた。フローエラの小さなトランク二つを受け取った王妃宮メイドも後に続き扉は無情な音とともに閉ざされた。
「本当に不敬罪で拘束されたくないのでしたらこのままお帰りください」
実兄公爵は衛兵の言葉に隠すことなく奥歯を噛んで苦虫を噛み潰したような顔をする。しかし、どう見ても腕力では敵わなそうだし、身分もレイジーナの名を出されれば敵わないので、衛兵を睨みつけながら離れていった。
帰りの馬車は尚更に怒り狂っていて、館では誰も近寄らないほどに荒れていた。
★★★
「フローエラ! お前がメリンダを虐めていたことはこのアカデミーにおいて知らぬ者はいないだろう。俺はそのような卑劣な女性を妃にするつもりは毛頭ない! メリンダに謝罪し、早急に王族宮より出ていけ」
眩しいほどに豪華な会場には眩しいほどにきらびやかな人々が集っていて、その中でも一層眩しい者たちが注目を浴びていた。
その中の一人の少女は艷やかなピンク色の髪を高い位置でハーフアップにし、腰まであるふわふわとやわらかそうな後ろ髪は大変に素晴らしく手入れが行き届いていることがわかる。それを際立たせる豪華なドレスは瞳と同じ薄く赤みの混ざる紫色だ。
年齢よりも年嵩に見える凛とした立ち姿は洗練されていて罵られた言葉にも微動だにしなかった。
「アランディルス王子殿下。お言葉ではございますが、わたくしの行為は大半の女子生徒の代弁であると常々申し上げております。その方のお体を心配なさるのでしたら、アランディルス王子殿下がその方からお離れになればよろしいのではないでしょうか?」
「戯言を吐かすな。俺には相手を選ぶ権利も力もある」
「それらがあったとして、果たしてそれは誰を思ってのことでありましょうや? 次期国王陛下としてのお立場での選択でしょうか?」
「もちろんだ。俺とて、愛だの恋だのだけで発言しているわけではない。これからの国のあり方を見据え、それを含めての選択だ」
「左様でございますか。それならばここではこれ以上は何も言いませぬ」
「メリンダへの謝罪は?」
「それはいたしません。わたくしとて、わたくしの立場として間違った行動であったとは考えておりませんから」
「殿下……。もういいのです。フローエラ様のお言い分も当然のことでございますから」
アランディルスの袖を引くメリンダは水色の髪をサイドハーフアップにして華やかな緑の髪飾りが華やかで、同色のドレスはアランディルスを意識しているものであることは一目瞭然である。フローエラのピンクの髪と紫のドレスとは対照的だった。
「メリンダ。君は優しすぎる」
メリンダを愛おしげに見つめたアランディルスの姿にも誰の動揺も見られない。フローエラの「大半の女子生徒の代弁」というが、すでにまわりはメリンダの味方ばかりでフローエラは一人で毅然と立っている。
「メリンダ様。そのようなお仕草はおやめなさいませ。いくら貴女が男爵家のご令嬢で高位貴族のマナーを知らぬからといって、許されるものではございませんわ」
もの静かだが威圧の込められた声でフローエラは注意した。
「す、すみません!」
メリンダが慌ててアランディルスの袖を掴んでいた手を離すとフローエラが小さく嘆息する。
「フローエラ! いい加減にしろ!」
「左様でございますか。では、わたくしは退場いたしますわ。アランディルス王子殿下。御前を失礼いたします」
フローエラは優美なカーテシーを披露し踵を返すとその場を辞した。
『さようなら。お兄様……』
颯爽と歩くフローエラが大扉から消えると喧騒が始まり、それを濁すように楽団が音楽を奏ではじめた。バードルとシアリーゼの兄妹が率先して踊りだし、アランディルスとメリンダはバルコニーへ下った。
そして、その日以降、フローエラが王妃宮に足を踏み入れることはなかった。
「では、これでお引き取りを」
「待て! せめて娘にメイドを付けさせてやってくれ」
実兄公爵は後ろにいる二人のメイドを指差す。二人は大きなトランクを一つと小さなトランクを一つ、それぞれが持っている。
「妃殿下がお世話に関して心配は無用とのことです。何度もお聞きになっていると思いますが、妃殿下はお心をおくだきにくださった者しか宮に置きません」
ソフィアナのチロリとにらむその姿にメイド二人は姿勢を正した。
『ふん! フローエラ様にお付きになる気概など持ち合わせていないじゃないの。この程度の胆力では王妃宮には置けないわ』
「そうやってレイジーナに内緒でフローエラを貶めるつもりかっ!」
フローエラが実兄公爵の後ろで肩を揺らした。
「妃殿下への不敬罪です。衛兵。この方を貴族牢へお連れして。裁量は妃殿下にお聞きします」
ガタイのよく軽装鎧を着た二人の男が素早く動き腕を掴まれた実兄公爵は二人を驚愕の思いで交互に見やるが、二人の顔には冷淡さが浮き彫りにされているだけだ。
「こちらへいらしてください」
まるで違う態度で慈母の笑顔を見せるソフィアナが手を差し伸べると九歳のフローエラは吸い込まれるようにその手を取った。ソフィアナは衛兵に押さえつけられている実兄公爵を無視してフローエラの手を引き扉の中に消えた。フローエラの小さなトランク二つを受け取った王妃宮メイドも後に続き扉は無情な音とともに閉ざされた。
「本当に不敬罪で拘束されたくないのでしたらこのままお帰りください」
実兄公爵は衛兵の言葉に隠すことなく奥歯を噛んで苦虫を噛み潰したような顔をする。しかし、どう見ても腕力では敵わなそうだし、身分もレイジーナの名を出されれば敵わないので、衛兵を睨みつけながら離れていった。
帰りの馬車は尚更に怒り狂っていて、館では誰も近寄らないほどに荒れていた。
★★★
「フローエラ! お前がメリンダを虐めていたことはこのアカデミーにおいて知らぬ者はいないだろう。俺はそのような卑劣な女性を妃にするつもりは毛頭ない! メリンダに謝罪し、早急に王族宮より出ていけ」
眩しいほどに豪華な会場には眩しいほどにきらびやかな人々が集っていて、その中でも一層眩しい者たちが注目を浴びていた。
その中の一人の少女は艷やかなピンク色の髪を高い位置でハーフアップにし、腰まであるふわふわとやわらかそうな後ろ髪は大変に素晴らしく手入れが行き届いていることがわかる。それを際立たせる豪華なドレスは瞳と同じ薄く赤みの混ざる紫色だ。
年齢よりも年嵩に見える凛とした立ち姿は洗練されていて罵られた言葉にも微動だにしなかった。
「アランディルス王子殿下。お言葉ではございますが、わたくしの行為は大半の女子生徒の代弁であると常々申し上げております。その方のお体を心配なさるのでしたら、アランディルス王子殿下がその方からお離れになればよろしいのではないでしょうか?」
「戯言を吐かすな。俺には相手を選ぶ権利も力もある」
「それらがあったとして、果たしてそれは誰を思ってのことでありましょうや? 次期国王陛下としてのお立場での選択でしょうか?」
「もちろんだ。俺とて、愛だの恋だのだけで発言しているわけではない。これからの国のあり方を見据え、それを含めての選択だ」
「左様でございますか。それならばここではこれ以上は何も言いませぬ」
「メリンダへの謝罪は?」
「それはいたしません。わたくしとて、わたくしの立場として間違った行動であったとは考えておりませんから」
「殿下……。もういいのです。フローエラ様のお言い分も当然のことでございますから」
アランディルスの袖を引くメリンダは水色の髪をサイドハーフアップにして華やかな緑の髪飾りが華やかで、同色のドレスはアランディルスを意識しているものであることは一目瞭然である。フローエラのピンクの髪と紫のドレスとは対照的だった。
「メリンダ。君は優しすぎる」
メリンダを愛おしげに見つめたアランディルスの姿にも誰の動揺も見られない。フローエラの「大半の女子生徒の代弁」というが、すでにまわりはメリンダの味方ばかりでフローエラは一人で毅然と立っている。
「メリンダ様。そのようなお仕草はおやめなさいませ。いくら貴女が男爵家のご令嬢で高位貴族のマナーを知らぬからといって、許されるものではございませんわ」
もの静かだが威圧の込められた声でフローエラは注意した。
「す、すみません!」
メリンダが慌ててアランディルスの袖を掴んでいた手を離すとフローエラが小さく嘆息する。
「フローエラ! いい加減にしろ!」
「左様でございますか。では、わたくしは退場いたしますわ。アランディルス王子殿下。御前を失礼いたします」
フローエラは優美なカーテシーを披露し踵を返すとその場を辞した。
『さようなら。お兄様……』
颯爽と歩くフローエラが大扉から消えると喧騒が始まり、それを濁すように楽団が音楽を奏ではじめた。バードルとシアリーゼの兄妹が率先して踊りだし、アランディルスとメリンダはバルコニーへ下った。
そして、その日以降、フローエラが王妃宮に足を踏み入れることはなかった。
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