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17 家庭教師

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「しかし、知られた時の妃殿下と王子殿下の危険度を鑑みると秘匿するしかないこともわかります」

 自分の考えを十言わずともわかってもらえたことにふとレイジーナの顔が緩む。穏やかな気持ちになりお茶をゆっくりと口にした。

『このような表情になっていただけるなんて……。私は……』

 ニルネスは違う方向で涙ぐみそうになるのをグッと耐えた。レイジーナは一度アランディルスたちがいる方へと目を向けた。

「政務に少しでも携われば必要以上の贅沢はできなくなるはずよ。ディーにはそういう慧眼を持ってほしいわ」

「……そういう陛下だからこそ喜ぶ者たちがいることもまた事実です。妃殿下も王妃宮にてその一端をご覧になられております。そういう者たちにとって王子殿下がどのように思われるか、そしてどのように扱われるか……」

『やっぱり……ね。横領と横流しと賄賂。一部のずる賢いヤツラが蔓延はびこるのよね』

 レイジーナは嘆息せずにいられなかった。
 
 「しかしながらっ!」

 レイジーナのため息を打ち消すようにニルネスが熱く続けた。

「それに対して嫌悪感を持つ者や反抗心を持つ者も確実にいるのです!」

 俯いてレイジーナと目を合わせないニルネスの膝の上で強く握られた手をレイジーナは見ていた。

『怪我してしまいそう……』

僭越せんえつながら、私もその一人です。政務ができるできないではなく、王族として目を光らせ国民の財産を守る気持ちがあるのだと示すだけでも効果は十分にあると思うのです。本当は……本当は……陛下にそうであってほしかった……」

 ニルネスがギュッと唇を噛む。
 レイジーナはそっとハンカチを前に出した。

「似たようなこころざしを持ってくれて嬉しいわ。でもね、まだ、なの」

「はい……」

「だから教育なの」

「はいっ!」

「これからもよろしくね」

 ニルネスは深々と頭を下げた。

「私はその時期に王子殿下が動きやすいようこれから仲間を見つけていきます」

「ありがとう。でも急がないで。急ぐことは危険よ。ルネに危険が及ぶならアランディルスのさらに子孫でもいい話なのよ」

「かしこまりました。肝に銘じておきます」

 二人の視線は自然にアランディルスへ向かった。

「明るい未来を感じます!」

「ふふふ。そうね」

 真剣な顔でバードルと剣を合わせているアランディルスの姿はキラキラと煌めいていた。

 ニルネスのおかげで優秀な家庭教師がつけられた。しかし、家庭教師が行き来している報告があがればどんなことになるか想像もつかないため、メイドや執事として雇用することにして南離宮の一室を充てがった。
 アランディルスとバードルが七歳になると優秀さを見せる危険性と手を抜く手段を教え、わざわざ王宮から家庭教師を雇用した。王宮家庭教師は二人を小馬鹿にして三歳児用の絵本を教材にした。

「先生! これはなんて読むの?」
「先生! ドラゴンってほんとにいるの?」
「先生! もう飽きちゃったよ。お馬に乗りにいってもいい?」
「先生! お腹すいたあ!」

 家庭教師は呆れ顔で帰っていきほくそ笑んで報告書をまとめる。

「ぷくくく。あいつらはなんてまぬけでグズで馬鹿なんだ。この報告には陛下もお喜びになるに違いない。報酬をアップしてくださるかもしれないな。あいつらにはもっと手を抜いていこう」

 国王が自身の立場を揺るがすことを嫌いアランディルスの教育をしたがらないことは暗黙の了解である。彼の給与は本当に上がり、それに気をよくして手を抜くどころか二人を放置してカウチソファで寝ているようになる。

『王妃も様子も見に来ないのだから、家庭教師をつけたという既成事実がほしいだけなんだ。あちらもこちらも馬鹿ばっかりで仕事が楽でしょうがない。ここへ二週に一度昼寝に来るだけで余裕で遊べるだけの給与がもらえるのだからな。今夜はどの女を買いに行こうかな』

 家庭教師のやる気がないことに喜んだのは彼自身だけではない。アランディルスとバードルもまた、演技をしなくて済むのでホッとしていた。家庭教師が入室するとすぐに「隣室の寝室で遊んでいていいか」と聞けば即許可が出る。そして彼は勉強部屋で昼寝を始めるのだ。まさか隣の寝室で本物の優秀な家庭教師による授業が行われていることなど予想もしていない。
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