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8 お引越し

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 レイジーナが廊下に出るとボストンバッグや大きな籐籠を持ったりしているメイドが十人ほどいた。

「本日より妃殿下にお仕えする者たちでございます」

 確かに乳母たちと同じお仕着せを着ている。

「みんな、ありがとう。では、今日のところはモニエリーカ嬢にお世話になるから失礼のないようにお願いね」

「「「かしこまりました!」」」

 二人の騎士に先導されて馬車寄せまで行くとすでに王家の馬車が停まっていた。御者がうやうやしく扉を開けると年配の方の騎士がレイジーナをエスコートする。

「ガレン。貴女も一緒に乗ってちょうだい」

「はい。妃殿下」

 赤子を一度若い乳母に預けてから馬車に乗り込み赤子を受け取り椅子に腰掛けるとドアがゆっくりと閉まった。

「ふふふ。予定外に堂々と出られたわね」

 監査局が今日来るとの連絡は受けていたためその喧騒に紛れて出てくる予定でいた。

「左様でございますね。王子殿下もご一緒ですから揉めると思いました」

「あの名簿を見せられたら黙っていられなかったわ。全員が南離宮へ行けると思っていたなんて、馬鹿にしているわよね」

「ええ。行くことが当然のような口振りに驚きました。お話には聞いておりましたが、聞くのと見るのでは衝撃が違いました。妃殿下はよくあのような状況でこれまで耐えていらっしゃいましたね」

 壮年の乳母ガレンは涙を拭いた。

『耐えていたのはわたくしではない、とは言えないわ』

 レイジーナはガレンへの感謝も込めて穏やかに顔を緩めた。

「貴女がそうやって味方でいてくれることがとても嬉しいわ」

「はい。わたくしどもはいつでもいつまでもお味方でございます」

 モニエリーカの侯爵邸に着くと待ってましたとばかりにメイドやら執事やらが出てきてレイジーナを懇ろねんごろにもてなした。

 玄関に入ればモニエリーカの父親である侯爵家当主も満面の笑顔で出迎えた。隣には侯爵夫人もそしてモニエリーカもいる。

「妃殿下。本日は我が邸にお立ち寄りいただき誠にありがたきことと存じます。どうかいつまででもおくつろぎください」

「侯爵。突然の訪問を快く受けてくれてありがとう。南離宮の片付けが終わるまでお世話になるわ」

「もちろんでございます。しかしながら王子殿下と同じお部屋を所望されているようですが、我らは妃殿下がお休みになれないのではないかと心配しております」

『前世では母親が子供の夜泣きに起きるなんて当然のこと。ううん……、きっと下位貴族や平民なら当然なのではないかしら?』

 レイジーナは侯爵一家を心配させまいと笑顔を浮かべる。

「お父様。妃殿下は王子殿下への愛情が溢れていらっしゃるのよ。隣室を乳母の部屋にしたのだから、お一人でご無理をなさるわけではないわ」

 すでに相談済みのモニエリーカが空かさずフォローを入れると後ろに控えていたガレンともう一人の若い乳母ソフィアナが礼をして同意する。

「わかりました。妃殿下。本当にご無理をせず、我が家のメイドたちも頼ってください」

 今度は侯爵家のメイドたちが礼をとった。夫人はずっと物静かに笑顔を絶やさない。
 レイジーナはこのたわやかな雰囲気の家族をそして邸をとても羨ましく思った。

 数日後、メイド数名を先に南離宮へと赴かせ、その一週間後には離宮へ入った。レイジーナが命じたのは寝具の改装だけだったので時間はかからなかった。

「ちょうどいい大きさね」

 馬車を降りたレイジーナは美しい南離宮を見上げた。柔らかいクリーム色を基調とした三階建ての建物は明るい日差しを浴びて輝いている。

「そうですか? 妃殿下がお使いになるには小さいと思います」

 少し不満気のソフィアナにレイジーナは顔を綻ばせた。誰のためでもなく、レイジーナのために不満気なことをわかっているのだ。

 宮邸内へ入り三人で二階と一階を回り、一階のサロンでお茶をしているときに一悶着あった。
 レイジーナが一階の部屋を使うことにソフィアナが大反対した。だが、これにはレイジーナ以外全員がソフィアナに賛成だったため、結局はレイジーナが折れた。そうして二階の一番日当たりがよく広い部屋がレイジーナと王子アランディルスの部屋になった。

「本来なら三階のお部屋を使っていただきたいくらいです!」

 百歩譲ったつもりだったレイジーナであったが、ソフィアナにとっては痛み分けだったらしい。確かに三階の部屋は主人が使うべく様相になっている。二階の部屋は主人の子女が使うものだ。

「わたくしは皆の息遣いが聞こえるようなところで過ごしたいのよ」

 ガレンとソフィアナは言葉を詰まらせた。レイジーナが公爵家でも王妃宮でも孤独だったことはよく理解している。

「妃殿下のお心も考えず申し訳ございません!」

 ソフィアナが深々と頭を下げた。

「いいの。ソフィアナの意見もわたくしをおもんばかったものだと分かっているもの。ふふふ。いつもありがとう」

「妃殿下……」

 ソフィアナは顔を覆って泣き出し、ガレンがソフィアナの背を優しく撫でた。
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