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7 捜索開始
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「随分と時間がかかったのね」
「申し訳ありません。融通の利かない自分保守の者が蔓延っているもので」
「どんな世界も汚職はあるのね」
レイジーナの小さな呟きは誰の耳にも入らずその男も首を傾げた。
「貴方はニルネス卿だったかしら?」
「お見知りいただき光栄にございます。監査局にて副局長を賜っております」
そんな挨拶はいらんと手をサッと振る。
「で?」
「妃殿下のお話は全て受理されました」
「そんなことは当然でしょう。それでどうすることにしたのかって聞いているのよ」
「そのために引き連れて参りました」
「そう。なら任せたわ」
レイジーナは若い乳母がグラスの破片を片付けたソファへ行くとゆったりと座り壮年の乳母から赤子を受け取った。慈しみが伝わるような笑顔を見せる。
それまでレイジーナが立っていたところにニルネスが立ちグルッと面々を見回した後に一人の男の元へツカツカと歩み寄る。
「君がここの執事長だね」
執事長はレイジーナから何も指摘されなかったため飄々としていた。『私の優秀さを見抜き私だけは雇用継続するようですね』とほくそ笑んでいたほどだったので、『監査局から来た年若い高官が何用です?』と心の中で訝しんだ。一応王妃宮の執事長であるだけあって顔には出ていない。
「左様でございます。妃殿下に仕えさせていただいております」
お手本となるお辞儀をしてみせる。
「この書類に貴殿のサインがあるが、貴殿が提出したもので間違いはないな?」
「サインがあるのでしたら間違いございません。それはこの宮での経理報告書でございますかな? その制作は私が責任者でございます。全ての経費管理、予算案、在庫管理をしております」
執事長はレイジーナに聞こえるように『私は仕事ができますよ』アピールをする。
「そうか」
ニルネスはもう一枚別の紙をピラリと見せる。
「こちらは妃殿下が貴殿が提出した書類を見ながら、妃殿下が実際にご覧になったりご使用になったりしたことがあるものの目録だ。
つまり、ここに書かれているもの以外は倉庫なり、妃殿下の居室なりに保管されているはずであるな?」
「「「ひっ!!」」」
「「ダメだっ!」」
「「ウワァ!!!」」
悲鳴があちらこちらから上がり崩れ落ちる者やぶっ倒れる者までいる。執事長も顔面が蒼白となった。ニルネスはそれを無視して話を続ける。
「先日、妃殿下の居室を探索させていただいたが不思議なほどに貴殿が制作した経費目録の物が見当たらない。ここ数日の妃殿下のお食事を記録してもらったが、購入したはずの食材が使われていない」
ニルネスは入口に立つ騎士に目配せすると騎士は首肯してから入口を開ける。数名の男女が猿轡をされ騎士に引っ立てられた状態で入室してきた。
『あら? ここまで調査を進めていたのね。遅いと言ってしまって申し訳なかったわ』
レイジーナはお茶を飲みながらもしっかりと話の内容を聞き入っている。
「彼らはここに出入りしている仕立屋や建設屋、それに仕入れ屋だ。口裏合わせをしないようにあのようにさせてもらっている。何も無いようなら我が公爵家からそれ相応の謝罪金を積む。暫し我慢してほしい」
ニルネスが優しげに商人たちへ笑顔を見せ補償を約束したにも関わらず喜ぶ者は一人もいない。本人たちに後ろ暗いことがある証拠でもあるが、ニルネスの笑顔の奥の黒目が笑っていないことも起因しているらしく、真っ白な顔で今にも倒れそうな者たちばかりだ。
「それならわたくしもその補償金を出しましょう。わたくしの予算ならそなたたちが一生遊べるほどの補償ができるはずだわ」
「それは助かります。そのときにはよろしくお願いいたします」
ニルネスがわざとらしく深々と頭を下げ、顔を上げると本物の笑顔をレイジーナに見せた。
「申し訳ございませんが、彼らにもその補償をしていただいてもよろしいでしょうか?」
ニルネスが一瞬、使用人たちに視線を投げ「彼ら」が使用人たちを示すことを示唆する。
「ええ。もちろんよ」
そして使用人たちに向き直る。
「妃殿下からもご了承いただきましたので、皆様にも失礼いたします」
ニルネスが手を上げると騎士たちは一斉に使用人たちに詰め寄り猿轡をする。
「口裏合わせをしないための処置ですのでご了承ください。こうしておけば関わりのない皆さんの無実の証明にもなりますから」
ニルネスはさらに書類を取り出す。
「こちらは納品書。そしてこちらは商店の仕入れ伝票。まさか仕入れをしていない商品が納品されていることはないと思いますけどね」
ニルネスが冷酷に笑う。
『あらあら。二重横領? 誰がどこまで絡んでいるのかしら?』
すでに立っている者は数名でその数名も顔面は蒼白だ。
その様子を見届けたレイジーナは立ち上がる。
「後はニルネス卿にお任せするわ。わたくしたちは本日から友人宅へ参り、日を見て南離宮へ入ります」
「かしこまりました。妃殿下のお部屋の物はすでにチェック済みですから、何でも持ち出していただいて大丈夫です。道中の護衛は外に準備しておりますので、どうぞお気を付けてお出かけくださいませ」
『まあ! 気が利くこと』
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
レイジーナは乳母に赤子を預けて優雅に立ち上がった。
「申し訳ありません。融通の利かない自分保守の者が蔓延っているもので」
「どんな世界も汚職はあるのね」
レイジーナの小さな呟きは誰の耳にも入らずその男も首を傾げた。
「貴方はニルネス卿だったかしら?」
「お見知りいただき光栄にございます。監査局にて副局長を賜っております」
そんな挨拶はいらんと手をサッと振る。
「で?」
「妃殿下のお話は全て受理されました」
「そんなことは当然でしょう。それでどうすることにしたのかって聞いているのよ」
「そのために引き連れて参りました」
「そう。なら任せたわ」
レイジーナは若い乳母がグラスの破片を片付けたソファへ行くとゆったりと座り壮年の乳母から赤子を受け取った。慈しみが伝わるような笑顔を見せる。
それまでレイジーナが立っていたところにニルネスが立ちグルッと面々を見回した後に一人の男の元へツカツカと歩み寄る。
「君がここの執事長だね」
執事長はレイジーナから何も指摘されなかったため飄々としていた。『私の優秀さを見抜き私だけは雇用継続するようですね』とほくそ笑んでいたほどだったので、『監査局から来た年若い高官が何用です?』と心の中で訝しんだ。一応王妃宮の執事長であるだけあって顔には出ていない。
「左様でございます。妃殿下に仕えさせていただいております」
お手本となるお辞儀をしてみせる。
「この書類に貴殿のサインがあるが、貴殿が提出したもので間違いはないな?」
「サインがあるのでしたら間違いございません。それはこの宮での経理報告書でございますかな? その制作は私が責任者でございます。全ての経費管理、予算案、在庫管理をしております」
執事長はレイジーナに聞こえるように『私は仕事ができますよ』アピールをする。
「そうか」
ニルネスはもう一枚別の紙をピラリと見せる。
「こちらは妃殿下が貴殿が提出した書類を見ながら、妃殿下が実際にご覧になったりご使用になったりしたことがあるものの目録だ。
つまり、ここに書かれているもの以外は倉庫なり、妃殿下の居室なりに保管されているはずであるな?」
「「「ひっ!!」」」
「「ダメだっ!」」
「「ウワァ!!!」」
悲鳴があちらこちらから上がり崩れ落ちる者やぶっ倒れる者までいる。執事長も顔面が蒼白となった。ニルネスはそれを無視して話を続ける。
「先日、妃殿下の居室を探索させていただいたが不思議なほどに貴殿が制作した経費目録の物が見当たらない。ここ数日の妃殿下のお食事を記録してもらったが、購入したはずの食材が使われていない」
ニルネスは入口に立つ騎士に目配せすると騎士は首肯してから入口を開ける。数名の男女が猿轡をされ騎士に引っ立てられた状態で入室してきた。
『あら? ここまで調査を進めていたのね。遅いと言ってしまって申し訳なかったわ』
レイジーナはお茶を飲みながらもしっかりと話の内容を聞き入っている。
「彼らはここに出入りしている仕立屋や建設屋、それに仕入れ屋だ。口裏合わせをしないようにあのようにさせてもらっている。何も無いようなら我が公爵家からそれ相応の謝罪金を積む。暫し我慢してほしい」
ニルネスが優しげに商人たちへ笑顔を見せ補償を約束したにも関わらず喜ぶ者は一人もいない。本人たちに後ろ暗いことがある証拠でもあるが、ニルネスの笑顔の奥の黒目が笑っていないことも起因しているらしく、真っ白な顔で今にも倒れそうな者たちばかりだ。
「それならわたくしもその補償金を出しましょう。わたくしの予算ならそなたたちが一生遊べるほどの補償ができるはずだわ」
「それは助かります。そのときにはよろしくお願いいたします」
ニルネスがわざとらしく深々と頭を下げ、顔を上げると本物の笑顔をレイジーナに見せた。
「申し訳ございませんが、彼らにもその補償をしていただいてもよろしいでしょうか?」
ニルネスが一瞬、使用人たちに視線を投げ「彼ら」が使用人たちを示すことを示唆する。
「ええ。もちろんよ」
そして使用人たちに向き直る。
「妃殿下からもご了承いただきましたので、皆様にも失礼いたします」
ニルネスが手を上げると騎士たちは一斉に使用人たちに詰め寄り猿轡をする。
「口裏合わせをしないための処置ですのでご了承ください。こうしておけば関わりのない皆さんの無実の証明にもなりますから」
ニルネスはさらに書類を取り出す。
「こちらは納品書。そしてこちらは商店の仕入れ伝票。まさか仕入れをしていない商品が納品されていることはないと思いますけどね」
ニルネスが冷酷に笑う。
『あらあら。二重横領? 誰がどこまで絡んでいるのかしら?』
すでに立っている者は数名でその数名も顔面は蒼白だ。
その様子を見届けたレイジーナは立ち上がる。
「後はニルネス卿にお任せするわ。わたくしたちは本日から友人宅へ参り、日を見て南離宮へ入ります」
「かしこまりました。妃殿下のお部屋の物はすでにチェック済みですから、何でも持ち出していただいて大丈夫です。道中の護衛は外に準備しておりますので、どうぞお気を付けてお出かけくださいませ」
『まあ! 気が利くこと』
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
レイジーナは乳母に赤子を預けて優雅に立ち上がった。
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