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1 金の魂と銀の魂

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「神様……わたくしはもう疲れました……。わたくしを愛してくださらない夫、愛されないわたくしをさげすみながら世話をする侍女たち、何もしない執事たち、心無く警備する騎士たち、心配もしない血の繋がる者たち……。こうしてわたくしは義務も果たしましたわ。どうぞわたくしを自由にしてくださいませ」

「貴女の信仰心に応えてあげましょう。ここにちょうど器を探していた魂があるの。でも、この魂のために貴女は知識を置いていかなくてはならないわ」

「そうするとどうなるのですか?」

「そうね。次世で少し苦労するかもしれないわ」

「次世だなど、とんでもないことでございます。わたくしは神様のお側で永久とわにお遣えさせていただきとうございます」

「それは感情を持たないモノになるのよ」

「かまいません。このような悲しみだけの感情など必要ございません。わたくしはあまりにも悲しみに染まっていたため、生まれてきた我が子にさえ愛しいという感情を抱けなくなっております。それもまた悲しく……。わたくしの拠り所は神様のお側のみなのです」

「わかったわ。こちらへいらっしゃい」

 金色に輝く何かが二つに割れてその一つが真っ白な聖人を思わせる女性の左手に乗った。

「さあ。貴女はあちらよ」

 右手の何かにフゥと息を吹きかけると残っていたもう一つとそれが融合して銀色に光った。

「さあ。貴女の望む転生よ。楽しんでいらっしゃいな」

 もう一度フゥと吹くと銀色のモノは雲の下へと消えた。

「貴女はあちらよ。しばらくやすみなさい」

 左手を上にあげると金色のモノはフワフワと浮き上がりどこかへ飛んでいく。

「金色になるほどの信仰心があるモノに施すことは当然ね」

 神様と呼ばれた女性が二歩歩くとすぅと真っ白く背もたれの大きな椅子が現れ女性はそれに座る。豪華な肘掛けに肘を乗せ足を組んだ。

「あら? 融合させた魂の前の記憶を分け離すことを忘れてしまったわね。まあ、世界が違うから問題ないでしょう」

 そっと目を瞑り頭の中にビジョンを映す。

「管理人も楽ではないわ……」

 銀色のモノがその器に入っていったことを確認すると安堵したように小さくため息を吐いた。
 
★★★

 
「はあ……はあ……」

 体のあちこちが悲鳴をあげ息をすることも苦しく思考もままならぬ状態でその女性は目を半分開けた。

『転生ってこんなに苦しいものなの? 神様みたいな『あの人』はそんなこと一言も言ってなかったけど』

 どうにか情報を得ようと目だけを動かしていると近くにいたお仕着せを着た女性がそれに気が付いた。

「あら? 目を覚ました? 仕方がないわね」

 額縁の下に置かれたサイドボードからトレーを持ってきてベッドサイドへ乗せる。吸い飲みを口に当てゆっくりと傾けるとベッドの女性の喉がコクリコクリと動く。そっと吸い飲みを外すと女性の口元から水が溢れたが拭うこともしない。

「二日も寝てました。まったく……。何か食べられますか」

 ベッドの女性は首をゆっくりと横に振った。

「そうですか。では陛下にご報告してきますから」

 本当にほんの少しだけ頭を下げてお仕着せの女性は出ていった。

『とにかくこの人の記憶を見よう』

 ベッドの女性は瞑想するように記憶をたぐった。

 無事に目が覚めたと報告があったはずの『陛下』が見舞いに来ることはない。

 そして六年の月日が過ぎる頃、南離宮には明るい声が響いていた。

「お母様! ウサギを捕りました!」

 庭園の大きな日傘の下でお茶をしていた婦人に可愛らしい少年が走り寄る。ふわふわな白銀の髪をアップにした婦人は空色の瞳を上げた。

「まあ! 嬉しい。今日はわたくしの大好きなシチューにしてもらいましょう」

「えへへ。僕も白いシチューが大好きです。僕も一つ捕らえたのですよ」

「すごいわ。弓が上手になったのね」

 少年が頬を染めて照れるとサラサラな黒みの濃い銀髪が揺れた。

 「全部でいくつあるのかしら?」

 黄緑色の目を大きく見開いた少年は後ろに控える者たちまで戻って一生懸命に数えるとまたテテテテと走って戻ってきた。

「九ありました。これならみんなも食べられますね」

「そうね」

 頭をなでられた少年は満面の笑顔を見せる。そしてウサギを持った者たちを後ろに引き連れ、同じくらいの身長の男の子と並んで調理場へ向かった。

「殿下は武道も勉強も頑張っておりますね。それにお優しいお性格で使用人たちにも人気があります」

 子供を褒められた女性は聖母のように僅かに口角を上げ慈悲深く目を細める。

「これもすべて妃殿下のご教育の賜物です」

 離宮の中に消えた小さな背中にもう一度目を細めた。

「よくここまでこれたわよね」

「妃殿下のお力には敬服するばかりです」

「貴女たちの協力があってこそよ……ふふふ」

「畏れ多いことにございますわ」

 貴婦人らしく優雅な微笑みは少し離れて警護する者たちまで魅了した。
 
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