31 / 42
第一章 小麦姫と熊隊長の青春
29 ファブリノの決別
しおりを挟む
ルーデジオが、王都の孤児を迎えに行くというので、馬車を出してもらうことになった。
5日目の昼、アイマーロ公爵州マルデラ男爵領の男爵邸に着いた。ファブリノは、1人で行くと言ったが、ルーデジオが保護者、そして保証人になると言い張った。ルーデジオにしては、言い張ることが珍しい。
ファブリノが屋敷に入ると執事らしきものが慌てて屋敷内の執務室へ行った。執務室から出て来たのは、その執事であった。
「只今、旦那様とお坊ちゃまは、執務中でございまして…」
「兄貴もいるならちょうどいいや。ねぇ、君!」
ファブリノは、近くにいたメイドに声をかける。
「俺の荷物を全部、1つ残らずまとめておいてくれ。トランク1つあれば足りるだろう」
令息の荷物がトランク1つとは。本当にどんな生活だったのか…。
「畏まりました」
メイドは頭を下げるとすぐに動いた。
ファブリノは、ずんずんと廊下を進む。執事は慌てて追いかけファブリノを止めようとするが、ファブリノはそれを無視した。そして、ノックもせずに執務室へ入って行った。
「なんだ、貴様は!学園に行っとるはずだろうがっ!なぜここにいるっ!」
マルデラ男爵と思われる痩せぎすの中年が怒鳴り散らした。
「そんなのはどうでもいいよ。今日はサインをもらいに来ただけだ」
マルデラ男爵に対して、ファブリノは落ち着いているように見せた。ファブリノはマルデラ男爵の前に書類を出した。それは折れ目が多くあり、ファブリノがいつも持ち歩いていたことがわかるものだった。
「なんだこれは?ふん、離縁状だとっ!生意気なっ!こんなもの、こちらから用意しておいたわっ!お前に渡すものなど1つもないからなっ!」
マルデラ男爵は、ファブリノが出した書類を付き返し、引き出しからきれいな書類を出した。
「ほらっ!ここにサインしろっ!」
マルデラ男爵に差し出された書類にファブリノは目を通して、怒りをあらわにした。
「馬鹿にするなよっ!これは単なる相続放棄の書類じゃないかっ!相続なんて放棄するに決まっているだろうがっ!俺が言っているのは、離縁状だっ!どうせ用意はあるんだろうっ!それを出せっ!」
ファブリノはその書類を床に投げ捨てた。
「どうせクズになるお前にとっては、どちらも、同じだろうがっ!」
「そうかよっ!じゃあ、財産分与の裁判起こすから、そのつもりでいろよなっ!」
ファブリノは踵を返した。
「待て!小賢しくなりおって!」
マルデラ男爵は引き出しから別の書類を出してきた。
「ほら、これが望みのものだっ!サインしろっ!」
ファブリノは、受け取った書類をルーデジオに見せる。ルーデジオは頷いた。
「なんだ?そいつは?」
マルデラ男爵はルーデジオを睨みつけた。
「これから、俺の保証人になってくれる人さ。お前には関係ないだろう」
ファブリノは、冷たく言い放ち、その書類にサインをした。
「じゃあ、これは俺が出しておく。これであんたらとは他人だ」
ファブリノとルーデジオが帰ろうとするとマルデラ男爵がファブリノの腕を掴んだ。
「ふざけるなっ!信用できるわけがあるまいっ!どうせ、離縁されたくないから、そんな猿芝居をしているだろうがなぁ、上手くいくと思うなっ!ワシが出す。それを寄越せ」
「離縁されたくないだと?ふざけているのは、そっちだろうがっ!」
ファブリノは取られそうになった書類を腕を伸ばして遠ざけた。
「リノ、落ち着きなさい。マルデラ男爵殿、では、もう一部、これと同じものを作りましょう。それなら、どちらが先に出しても成立いたしますからね。男爵殿は、もちろん、その用意がございますでしょうし」
ルーデジオがマルデラ男爵に笑顔を向ける。
「チッ!うるさい保証人だっ!」
本当に同じ書類が引き出しから出てきた。ファブリノだけだったら、騙されていたかもしれない。マルデラ男爵は、万が一ファブリノが高位貴族との婚姻などがあった場合、離縁していては損になることもあると、離縁状にサインだけさせて、ぎりぎりまで、つまりファブリノが没落したことを確認するまでは、離縁状の提出をしないつもりでいたのだ。
ファブリノは、再びルーデジオに確認すると、その書類にもサインをした。
「王都に戻ったら提出しておく。おそらく、あんたより、はやく、なっ!」
ファブリノは、執務室を出て、『バタンッ!』と大きな音をたてて扉を閉めた。ファブリノとルーデジオは、そのまま玄関へと向かう。
「ファブリノ!」
後ろから声をかけられた。ファブリノが振り返ると予想通り兄であった。
「父上は本気じゃないよ。ファブリノ、家族がバラバラなんて、おかしいだろう?」
「あんた、俺の部屋がどこだか知っているだろう?」
ファブリノは馬鹿にしたように兄を見た。
「っ!」
「俺の保証人の前では言えないかぁ。なら俺が言う。俺の部屋は屋根裏だ」
「っ!そんなっ!」
さすがのルーデジオも驚きを隠せなかった。実の息子を屋根裏部屋に住まわせるなどありえない。
「ルーさん、本当さっ。ほら、あいつ(兄)も否定しないだろう。屋根裏には、狭い木のベッドがあるだけだ。こんな床などありえない」
ファブリノは、足を踏み鳴らすように何度か膝を上下させるが、絨毯が張り巡らされた床は小さな音がするだけだ。貴族子女の部屋は絨毯が当然だろう。
「それにな、あいつは、後妻の息子なのに、俺より年上で、クソ(父親)と血がつながっているんだ。不思議だろう?」
ファブリノは薄笑いをして、兄を見ていた。ルーデジオは、眉を寄せて、廊下の向こうの執務室を睨む。兄はまだ縋るような視線をファブリノから外さなかった。
「俺はあんたと飯を食ったこともない。それの何が家族なんだ?俺は冷たい床で飯を食っていた。あんたは、どこで食べてたんだ?」
ファブリノは半笑いで兄を見ていた目を冷たく細めた。ルーデジオの脳裏に、ファブリノ抜きでテーブルを囲み、笑い合い食事をする3人の姿が浮かび、拳を握りしめた。
「僕が男爵になれば、改善する。だからやり直そう!」
兄は、縋るような視線をそのままに、縋るような意見を述べた。
「そう、それもなぁ。なんで、後妻の息子なのに、男爵になることに疑問も持たないんだ?普通はさ、先妻の息子が跡取りに決まっているんだよ。なのに、何であんたは兄なんだ?」
ファブリノは、馬鹿にしてますという半笑いのまま質問をぶつけた。
「そ、それは、父上と母上の出会いが…」
兄は、一歩退いて口をつぐむ。
「はぁ?結婚できないような出会いがなんだ?そんなに出会いだか、愛だかを大事にしたいなら、俺の母親と結婚なんかしないだろう?」
「き、貴族としての誇りが…」
「は?誇り?建前のために結婚した貴族令嬢に手を出して孕ませることがか?孕ませて、産ませて、家を追い出すことがか?そのずっと前に、結婚できないような女に子供を産ませていることがか?
あんた、建前のために、俺の母親との子供ってことになってるじゃないか。それの何が誇りなんだ?」
「っ!」
兄の顔がさすがに歪む。男爵家を継いでも軽侮されないために、貴族と貴族の間の子供としておきたかったのだろう。兄は偽りの身分の上にいるのだ。
「本当に愛しあっていたならさ、その愛しあっていた最中に、俺が生まれたことを疑問を持たないわけ?結局、クソは、あんたの母親を愛してるなんていいながら、俺の母親を抱いたんだろう?あんたは、よくそれで愛を語れるな?」
「っ!ファブリノ、お前はずっと…」
ファブリノは顔を引き締めて兄を睨んだ。
「当たり前だっ!ずっとこんな家とは縁を切りたかったよっ!俺はやっと18になったんだ」
そこへ、さっきのメイドが来た。
「俺の荷物は?」
ファブリノはまた半笑いの顔に戻った。
「何もございませんでした」
メイドが目を落として下がった。
兄とルーデジオが目を見開いた。貴族の次男の荷物が1つもないとは、どういうこのなのだ?もし、ファブリノが学園の長期休暇に帰ってきていたら、父親はどうするつもりだったのだ?まさか、使用人として…
ルーデジオは、奥歯をぎりぎりと言わせた。ルーデジオもファブリノがここまでひどい扱いだとは、知らなかった。
「おぉーい。わかったか?」
ファブリノは呆けている兄に確認した。
「俺の母親を追い出し、おまえらがのさばるのは勝手だ。だから、俺も勝手にする。金輪際、俺に関わるな。たった、それだけでいい」
ファブリノの声は怖いくらい冷静であった。
「ファブリノ、僕たちは!」
兄はそれでもファブリノに縋るような視線を向けた。
「あんたの名前を呼ぶのも気持ち悪いから、物の名前として『兄』を使っていただけだ。あんたを家族だと思ったことは1度もないし、これからは本当の他人だ。とても爽やかな気分だよ」
ファブリノは、静かに告げ、最後には微笑を向けた。兄はその微笑を見て俯き、何も言わず立っていた。ファブリノとルーデジオは、後ろを振り返ることはなかった。
〰️
ファブリノは、5歳で母親がいなくなり、一月もしないうちに継母と3つ離れた兄が現れ、屋根裏部屋へ押し込まれた。マルデラ男爵には、「お前の母親には、騙されたんだっ!」と毎日のように罵られていた。父親が悪いのか母親が悪いのかは、ファブリノにはわからない。知っても意味はない。ただ、どちらも憎かった。
マルデラ男爵がマシだったのは、暴力は振らず、食事もまともに与えられていたことだけだ。学園に入って知ったのは、それは父親からの愛情ではなく、国王陛下の『子供は国の宝』という宣言がマルデラ男爵をそう動かしていたに過ぎなかった。この国では、平民は11歳まで、貴族は18歳まで守られている。
〰️
二人が馬車に戻ると、心配した顔で迎えられた。ファブリノはそれに笑顔で応えた。
「はぁ!スッキリしたっ!ついでにもう一件いいか?その後、宿へ行こう」
三人は頷くしかできなかった。
ファブリノが案内したのは、孤児院だった。
5日目の昼、アイマーロ公爵州マルデラ男爵領の男爵邸に着いた。ファブリノは、1人で行くと言ったが、ルーデジオが保護者、そして保証人になると言い張った。ルーデジオにしては、言い張ることが珍しい。
ファブリノが屋敷に入ると執事らしきものが慌てて屋敷内の執務室へ行った。執務室から出て来たのは、その執事であった。
「只今、旦那様とお坊ちゃまは、執務中でございまして…」
「兄貴もいるならちょうどいいや。ねぇ、君!」
ファブリノは、近くにいたメイドに声をかける。
「俺の荷物を全部、1つ残らずまとめておいてくれ。トランク1つあれば足りるだろう」
令息の荷物がトランク1つとは。本当にどんな生活だったのか…。
「畏まりました」
メイドは頭を下げるとすぐに動いた。
ファブリノは、ずんずんと廊下を進む。執事は慌てて追いかけファブリノを止めようとするが、ファブリノはそれを無視した。そして、ノックもせずに執務室へ入って行った。
「なんだ、貴様は!学園に行っとるはずだろうがっ!なぜここにいるっ!」
マルデラ男爵と思われる痩せぎすの中年が怒鳴り散らした。
「そんなのはどうでもいいよ。今日はサインをもらいに来ただけだ」
マルデラ男爵に対して、ファブリノは落ち着いているように見せた。ファブリノはマルデラ男爵の前に書類を出した。それは折れ目が多くあり、ファブリノがいつも持ち歩いていたことがわかるものだった。
「なんだこれは?ふん、離縁状だとっ!生意気なっ!こんなもの、こちらから用意しておいたわっ!お前に渡すものなど1つもないからなっ!」
マルデラ男爵は、ファブリノが出した書類を付き返し、引き出しからきれいな書類を出した。
「ほらっ!ここにサインしろっ!」
マルデラ男爵に差し出された書類にファブリノは目を通して、怒りをあらわにした。
「馬鹿にするなよっ!これは単なる相続放棄の書類じゃないかっ!相続なんて放棄するに決まっているだろうがっ!俺が言っているのは、離縁状だっ!どうせ用意はあるんだろうっ!それを出せっ!」
ファブリノはその書類を床に投げ捨てた。
「どうせクズになるお前にとっては、どちらも、同じだろうがっ!」
「そうかよっ!じゃあ、財産分与の裁判起こすから、そのつもりでいろよなっ!」
ファブリノは踵を返した。
「待て!小賢しくなりおって!」
マルデラ男爵は引き出しから別の書類を出してきた。
「ほら、これが望みのものだっ!サインしろっ!」
ファブリノは、受け取った書類をルーデジオに見せる。ルーデジオは頷いた。
「なんだ?そいつは?」
マルデラ男爵はルーデジオを睨みつけた。
「これから、俺の保証人になってくれる人さ。お前には関係ないだろう」
ファブリノは、冷たく言い放ち、その書類にサインをした。
「じゃあ、これは俺が出しておく。これであんたらとは他人だ」
ファブリノとルーデジオが帰ろうとするとマルデラ男爵がファブリノの腕を掴んだ。
「ふざけるなっ!信用できるわけがあるまいっ!どうせ、離縁されたくないから、そんな猿芝居をしているだろうがなぁ、上手くいくと思うなっ!ワシが出す。それを寄越せ」
「離縁されたくないだと?ふざけているのは、そっちだろうがっ!」
ファブリノは取られそうになった書類を腕を伸ばして遠ざけた。
「リノ、落ち着きなさい。マルデラ男爵殿、では、もう一部、これと同じものを作りましょう。それなら、どちらが先に出しても成立いたしますからね。男爵殿は、もちろん、その用意がございますでしょうし」
ルーデジオがマルデラ男爵に笑顔を向ける。
「チッ!うるさい保証人だっ!」
本当に同じ書類が引き出しから出てきた。ファブリノだけだったら、騙されていたかもしれない。マルデラ男爵は、万が一ファブリノが高位貴族との婚姻などがあった場合、離縁していては損になることもあると、離縁状にサインだけさせて、ぎりぎりまで、つまりファブリノが没落したことを確認するまでは、離縁状の提出をしないつもりでいたのだ。
ファブリノは、再びルーデジオに確認すると、その書類にもサインをした。
「王都に戻ったら提出しておく。おそらく、あんたより、はやく、なっ!」
ファブリノは、執務室を出て、『バタンッ!』と大きな音をたてて扉を閉めた。ファブリノとルーデジオは、そのまま玄関へと向かう。
「ファブリノ!」
後ろから声をかけられた。ファブリノが振り返ると予想通り兄であった。
「父上は本気じゃないよ。ファブリノ、家族がバラバラなんて、おかしいだろう?」
「あんた、俺の部屋がどこだか知っているだろう?」
ファブリノは馬鹿にしたように兄を見た。
「っ!」
「俺の保証人の前では言えないかぁ。なら俺が言う。俺の部屋は屋根裏だ」
「っ!そんなっ!」
さすがのルーデジオも驚きを隠せなかった。実の息子を屋根裏部屋に住まわせるなどありえない。
「ルーさん、本当さっ。ほら、あいつ(兄)も否定しないだろう。屋根裏には、狭い木のベッドがあるだけだ。こんな床などありえない」
ファブリノは、足を踏み鳴らすように何度か膝を上下させるが、絨毯が張り巡らされた床は小さな音がするだけだ。貴族子女の部屋は絨毯が当然だろう。
「それにな、あいつは、後妻の息子なのに、俺より年上で、クソ(父親)と血がつながっているんだ。不思議だろう?」
ファブリノは薄笑いをして、兄を見ていた。ルーデジオは、眉を寄せて、廊下の向こうの執務室を睨む。兄はまだ縋るような視線をファブリノから外さなかった。
「俺はあんたと飯を食ったこともない。それの何が家族なんだ?俺は冷たい床で飯を食っていた。あんたは、どこで食べてたんだ?」
ファブリノは半笑いで兄を見ていた目を冷たく細めた。ルーデジオの脳裏に、ファブリノ抜きでテーブルを囲み、笑い合い食事をする3人の姿が浮かび、拳を握りしめた。
「僕が男爵になれば、改善する。だからやり直そう!」
兄は、縋るような視線をそのままに、縋るような意見を述べた。
「そう、それもなぁ。なんで、後妻の息子なのに、男爵になることに疑問も持たないんだ?普通はさ、先妻の息子が跡取りに決まっているんだよ。なのに、何であんたは兄なんだ?」
ファブリノは、馬鹿にしてますという半笑いのまま質問をぶつけた。
「そ、それは、父上と母上の出会いが…」
兄は、一歩退いて口をつぐむ。
「はぁ?結婚できないような出会いがなんだ?そんなに出会いだか、愛だかを大事にしたいなら、俺の母親と結婚なんかしないだろう?」
「き、貴族としての誇りが…」
「は?誇り?建前のために結婚した貴族令嬢に手を出して孕ませることがか?孕ませて、産ませて、家を追い出すことがか?そのずっと前に、結婚できないような女に子供を産ませていることがか?
あんた、建前のために、俺の母親との子供ってことになってるじゃないか。それの何が誇りなんだ?」
「っ!」
兄の顔がさすがに歪む。男爵家を継いでも軽侮されないために、貴族と貴族の間の子供としておきたかったのだろう。兄は偽りの身分の上にいるのだ。
「本当に愛しあっていたならさ、その愛しあっていた最中に、俺が生まれたことを疑問を持たないわけ?結局、クソは、あんたの母親を愛してるなんていいながら、俺の母親を抱いたんだろう?あんたは、よくそれで愛を語れるな?」
「っ!ファブリノ、お前はずっと…」
ファブリノは顔を引き締めて兄を睨んだ。
「当たり前だっ!ずっとこんな家とは縁を切りたかったよっ!俺はやっと18になったんだ」
そこへ、さっきのメイドが来た。
「俺の荷物は?」
ファブリノはまた半笑いの顔に戻った。
「何もございませんでした」
メイドが目を落として下がった。
兄とルーデジオが目を見開いた。貴族の次男の荷物が1つもないとは、どういうこのなのだ?もし、ファブリノが学園の長期休暇に帰ってきていたら、父親はどうするつもりだったのだ?まさか、使用人として…
ルーデジオは、奥歯をぎりぎりと言わせた。ルーデジオもファブリノがここまでひどい扱いだとは、知らなかった。
「おぉーい。わかったか?」
ファブリノは呆けている兄に確認した。
「俺の母親を追い出し、おまえらがのさばるのは勝手だ。だから、俺も勝手にする。金輪際、俺に関わるな。たった、それだけでいい」
ファブリノの声は怖いくらい冷静であった。
「ファブリノ、僕たちは!」
兄はそれでもファブリノに縋るような視線を向けた。
「あんたの名前を呼ぶのも気持ち悪いから、物の名前として『兄』を使っていただけだ。あんたを家族だと思ったことは1度もないし、これからは本当の他人だ。とても爽やかな気分だよ」
ファブリノは、静かに告げ、最後には微笑を向けた。兄はその微笑を見て俯き、何も言わず立っていた。ファブリノとルーデジオは、後ろを振り返ることはなかった。
〰️
ファブリノは、5歳で母親がいなくなり、一月もしないうちに継母と3つ離れた兄が現れ、屋根裏部屋へ押し込まれた。マルデラ男爵には、「お前の母親には、騙されたんだっ!」と毎日のように罵られていた。父親が悪いのか母親が悪いのかは、ファブリノにはわからない。知っても意味はない。ただ、どちらも憎かった。
マルデラ男爵がマシだったのは、暴力は振らず、食事もまともに与えられていたことだけだ。学園に入って知ったのは、それは父親からの愛情ではなく、国王陛下の『子供は国の宝』という宣言がマルデラ男爵をそう動かしていたに過ぎなかった。この国では、平民は11歳まで、貴族は18歳まで守られている。
〰️
二人が馬車に戻ると、心配した顔で迎えられた。ファブリノはそれに笑顔で応えた。
「はぁ!スッキリしたっ!ついでにもう一件いいか?その後、宿へ行こう」
三人は頷くしかできなかった。
ファブリノが案内したのは、孤児院だった。
0
お気に入りに追加
173
あなたにおすすめの小説
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。
お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。
少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。
22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完】瓶底メガネの聖女様
らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。
傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。
実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。
そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる