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第一章 小麦姫と熊隊長の青春
30 学園長の采配
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ファブリノが案内した孤児院は、とても小さな孤児院で、子供は10人ほどしか入れないだろう。
「俺はここに逃げてきて、ここで待っていてくれたおじぃに、勉強を見てもらっていたんだよ」
ファブリノたちが孤児院の入口に立つと、中年の女性が出てきて、ファブリノの首に腕を回して、抱きしめた。サンドラとコルネリオには、ファブリノが、少しだけ泣いていたように見えた。
「院長先生、ただいま」
ファブリノはその女性の背中に手を回して肩に額をのせた。
「ファブリノ、おかえりなさい」
院長先生と呼ばれた女性の頬には涙が流れていた。
4人は、院長先生に応接室に通された。
「院長先生、あまり時間がないので、昔話はできないのです。今、俺が関わっていることに、ついて聞いてください。サンドラ、ルーさん、頼むよ」
サンドラが『ビアータの家』について説明する。普段はビアータがやっているので、サンドラではうまく伝えられないこともある。ルーデジオがサンドラのフォローをしていく。
「まあ!ファブリノは、大人になったのねぇ。彼も喜ぶわ」
「院長先生は、おじぃの嫁さんなんだ」
ファブリノは笑顔で三人に説明した。
「とてもありがたいお誘いですわ。でも、今すぐには決められませんね」
「はい。ですから、今後は、ガレアッド男爵領関所にファブリノ宛でお手紙をいただけますか?」
「わかりましたわ」
「院長先生、姓はいらない、っていうか、俺、姓はないから!」
院長先生は、驚いたのは一瞬だった。
「そう、ファブリノは、自由になれたのね。今は幸せ?」
「ああ!やりたいことだらけだし、好きな子もいるんだっ!今度連れてくるよ」
ファブリノも院長先生も笑顔であった。
「ええ、楽しみにしているわ」
院長先生は、涙をハンカチで隠した。
院長先生が馬車まで見送ってくれる。一度馬車まで行ったファブリノが、院長先生のところまで、戻ってきた。そして、自分より小さな院長先生を抱きしめた。
「かあさん、また会いにくるから。それまで元気で」
院長先生にだけ聞こえる小さな声で、ファブリノにとって1番大切なことを伝えた。
「愛しているわ、ファブ」
二人の間には、血の繋がりはない。
〰️
屋根裏部屋に押し込まれたファブリノを見ていられなかった執事は、信用できるメイドにファブリノを託し、町へ降りて、26の若さで神父になった。ファブリノは、メイドによって時々逃されては、教会へと逃げこんだのだ。そして、神父は、『領主の坊っちゃんが遊びに来てくれるのだ。いい領主様だ』とマルデラ男爵を煽てる噂を流し、ファブリノが教会に来ることをマルデラ男爵に反対させないようにした。その頃、そのメイドも屋敷を辞めて、シスターになった。ファブリノは、屋根裏部屋で朝食を食べると教会へ行き、夕食の時間まで教会で過ごした。そして、誰もいないところでは、神父をとうさん、シスターモニカをかあさんと呼んでいたのだ。昼間のファブリノは、幸せであった。
しかし、幸せは続かずファブリノが14歳のとき、神父が、孤児院の子供を庇って、馬車事故で亡くなった。それでも、シスターモニカは、ファブリノが王都へ行くまで、ファブリノを息子として受け入れてくれていた。
ファブリノが、あんな家庭にも関わらず真っ直ぐなのは、間違いなく、神父とシスターモニカのおかげだ。
〰️ 〰️ 〰️
マルデラ男爵領から3日目の昼過ぎ、学園に着いた足で、ファブリノとルーデジオは、学園長に会いに行った。そして、ファブリノの事情を説明した。
「マルデラ君、3学期の勉強の進み具合はどうかね?」
「旅行先でも勉強してきたので、概ね問題ありません」
ここ7日間、馬車の中で、サンドラの指導の元、みっちりと勉強してきた。
「では、今日と明日で、臨時テストをおこないます。今からいけますか?」
「はいっ!」
学園長は、詳しい話は何もしないが、いつも生徒を優先する人柄であることは、有名だった。ファブリノは、学園長を信じた。
試験を受けて、次の日、ファブリノとルーデジオは、学園長室に呼ばれた。
「少し早いですが、卒業式を始めましょう。ファブリノ・マルデラ、貴公がスピラリニ王国立スピラ学園を卒業したことをここに証明する」
学園長が読み上げたものを、ファブリノに差し出す。
「え?」
「受け取りなさい。そして、王城の政務窓口へ行って手続きをしてきなさい。いいですね」
「はいっ!はいっ!ありがとうございました!」
ファブリノは学園長に深々と頭を下げた。その下の絨毯には、水滴がポツポツと跡をつけていた。
卒業用の書類には、ファブリノが、隣国へ2ヶ月の研修留学をしたことになっていることを、ルーデジオは確認済みであった。学園長は、そうすることで、出席日数の調整したのだった。ルーデジオと学園の教師数名は無類の友であり、学園長はルーデジオが学生の頃からの信頼する恩師であった。
ファブリノが、ルーデジオに連れられて廊下に出れば、4人が待っていてくれた。
「先に、帰ってるなっ!あと2ヶ月、頑張れよっ!」
たったの2ヶ月だ。涙はいらないとばかりに、ファブリノは颯爽と去って行った。
〰️
その足で、王城の政務窓口へ向かう。書類は簡単に受理され、今日からファブリノとマルデラ男爵は他人となった。
「では、リノ、ここにサインをしてください」
ルーデジオに出された書類は、ファブリノがルーデジオの子供になる養子縁組の書類であった。
「ルーさんって、貴族だったの?」
「分家ですよ。申請しなければ学園に通えないほどの分家です。准男爵ですね。でも、姓は無いよりあった方がいい。姓を捨てることはいつでもできますが、姓を得ることはできませんからね」
ファブリノは、ルーデジオに頭を下げ、その書類にサインした。ファブリノは、ファブリノ・コッツィになった。
〰️ 〰️ 〰️
孤児院に寄り、3人の子供を乗せた箱馬車は、『ビアータの家』に向かってる。その馭者台には、コッツィ親子が座っていて、子供が父親に馭者の指導を受けていた。
「いいですか?あなたが今までやってきた馭者は物を扱うやり方です。それを基本に、人を乗せた場合のやり方を身につけねばなりませんよ」
「はいっ!」
子供は素直に父親の指導に従った。子供が慣れてきたころ、父親はのんびりとこれからの話を始めた。
「わたくし、考えたのですがね、今度1山当てたら、教会を作りましょう!」
「教会?」
「ええ、そうですよ。教会を作ったら、シスターが必要になりますねぇ。リノ、どなたか、良いシスターはご存知ですか?」
ファブリノは、ルーデジオの言わんとすることを理解し、前が見えなくなってしまった。ルーデジオは、慌てて手綱を受け取り、ファブリノの頭をなでた。
「熊でも5頭ほど絞めに行きましょうかねっ、ホホホ」
「おとうさん、ありがとう……」
〰️ 〰️ 〰️
3日目、すでに当たり前になっている感のあるファーゴ子爵邸に寄った。ただし、今回は、キチンと目的があった。一晩、ファーゴ子爵邸でお世話になる。そして、ファーゴ子爵邸で先に待っていた子供たちの4人を預かって、朝、日の出とともに出発した。
ルーデジオは、子供たちの乗る箱馬車を、ファブリノはファーゴ子爵が用意してくれた木材を山のように積んだ幌なし馬車を馭者している。更に後ろには、木材を積んだ3台の幌なし馬車がついてきた。馬車は、今までにないスピードで走っていく。
ファーゴ子爵にいただいた昼食を食べ、途中のトイレ休憩以外は休まずに馬車を走らせて、夕方、かなり暗くなった頃、『ビアータの家』に着いた。普段2日かけているところを1日で走ったのだ。
ルーデジオの帰還は当たり前なのだが、それにファブリノがいたことは、たいそう驚かれた。みんなを安心させるために、夕食の時間に、みんなに卒業証書を見せた。
「俺が、優秀すぎて、先に卒業してきた!ハッハッハ!アルたちは、もう少し、農業について勉強してくるそうだ」
学園を知っていれば、苦しい言い訳だが、子供たちは素直に信じた。
遅くに到着したので、新しい子供たちの部屋が用意できていなかった。なので、今日のところは、食堂室のテーブルを寄せて、そこにデルフィーノが置いていった布団を敷き、今日来た子供たちを寝かせることにした。旧棟に部屋を持つ ジャンたちとメリナたちも自分たちの布団をもってきて、食堂室で一緒に寝た。こういう配慮を自然にできる優しいジャンたちだった。
その頃、旧棟では、大人たちに集まってもらって、ファブリノのことを簡単に説明する。身分や外の家族などを全く気にしないのが『ビアータの家』なので、そちらは問題ではない。卒業証書が本物であることを話して安心してもらうことが目的であり、それを達成するのは、簡単であった。
「レリオさん、今後の大工組の予定は?」
「サトウキビ工場の外観はある程度できたけど、これ以上はできないからなぁ。テオともう一人に水車を任せてあるけど、それ以外は特にないよ」
「そうですか。みなさんに相談なのですが、ビアータ様たちの家を3棟作りたいのですが、いかがでしょうか?」
ルーデジオはみんなに笑顔で尋ねた。
「そりゃいい!賛成だ!」
すぐに賛同したチェーザに、みんなも頷く。
「おお、焼成レンガもだいぶ貯まってきたんだ。使ってくれ」
レンガ職人のコジモもやる気いっぱいだ。
「俺たちのことなんて、後でいいよっ!」
ファブリノは慌てて止めた。
「ハッハッハ!バカだねぇ、リノ。あんたらが独立しないと、下の子供たちも独立できないだろう?」
ブルーナは笑い飛ばした。
「そうですよ。ジャンとメリナなんて、とってもいい雰囲気なのに、私達に気を使って、そういうことはしないのよ。それじゃあ、いつまでたっても独立していかないでしょう?」
酪農担当のセレナは、二人を見ているのでもどかしかった。
「確かに、女のために独立したいっていうのは、男には必要だな。ファッハッハッ」
ジーノも笑っていた。
「それなら、ノーリスとケイトもだよ。いつか二人で、店を持ちたいんだってさぁ。かわいい子供たちだよ」
料理担当のグレタも二人を気にしていた。
「な、そういうやつらに夢を持たせるためにも、お前たちの独立は、必要なんだ。」
ラニエルがファブリノの肩を叩く。
「基本的に、飯はみんなと食えばいいんだ。俺たちがこうして旧棟に戻ってくる感覚だな。難しく考えるなよ」
セルジョロも飯は心配するなと請け負う。
「ビアータ様に相談したら、絶対に反対されますからね、ここで話を決めたかったのですよ。わたくしにとって、リノがここにいることが、計算外なんですよ」
ルーデジオの言葉に、みんなが大笑いして、ファブリノは照れ笑いした。
こうして、話し合いの結果、3棟の家を作ることが決まった。そして、そのうちの1つは教会兼自宅にすることになった。さすがにこの話には、ファブリノは俯いて涙を隠すことになったのだった。
その夜、ファブリノの部屋の灯りはいつまでも消えず、ファブリノとリリアーナ、どちらなのかはわからないが、時々すすり泣く声がしていた。
「俺はここに逃げてきて、ここで待っていてくれたおじぃに、勉強を見てもらっていたんだよ」
ファブリノたちが孤児院の入口に立つと、中年の女性が出てきて、ファブリノの首に腕を回して、抱きしめた。サンドラとコルネリオには、ファブリノが、少しだけ泣いていたように見えた。
「院長先生、ただいま」
ファブリノはその女性の背中に手を回して肩に額をのせた。
「ファブリノ、おかえりなさい」
院長先生と呼ばれた女性の頬には涙が流れていた。
4人は、院長先生に応接室に通された。
「院長先生、あまり時間がないので、昔話はできないのです。今、俺が関わっていることに、ついて聞いてください。サンドラ、ルーさん、頼むよ」
サンドラが『ビアータの家』について説明する。普段はビアータがやっているので、サンドラではうまく伝えられないこともある。ルーデジオがサンドラのフォローをしていく。
「まあ!ファブリノは、大人になったのねぇ。彼も喜ぶわ」
「院長先生は、おじぃの嫁さんなんだ」
ファブリノは笑顔で三人に説明した。
「とてもありがたいお誘いですわ。でも、今すぐには決められませんね」
「はい。ですから、今後は、ガレアッド男爵領関所にファブリノ宛でお手紙をいただけますか?」
「わかりましたわ」
「院長先生、姓はいらない、っていうか、俺、姓はないから!」
院長先生は、驚いたのは一瞬だった。
「そう、ファブリノは、自由になれたのね。今は幸せ?」
「ああ!やりたいことだらけだし、好きな子もいるんだっ!今度連れてくるよ」
ファブリノも院長先生も笑顔であった。
「ええ、楽しみにしているわ」
院長先生は、涙をハンカチで隠した。
院長先生が馬車まで見送ってくれる。一度馬車まで行ったファブリノが、院長先生のところまで、戻ってきた。そして、自分より小さな院長先生を抱きしめた。
「かあさん、また会いにくるから。それまで元気で」
院長先生にだけ聞こえる小さな声で、ファブリノにとって1番大切なことを伝えた。
「愛しているわ、ファブ」
二人の間には、血の繋がりはない。
〰️
屋根裏部屋に押し込まれたファブリノを見ていられなかった執事は、信用できるメイドにファブリノを託し、町へ降りて、26の若さで神父になった。ファブリノは、メイドによって時々逃されては、教会へと逃げこんだのだ。そして、神父は、『領主の坊っちゃんが遊びに来てくれるのだ。いい領主様だ』とマルデラ男爵を煽てる噂を流し、ファブリノが教会に来ることをマルデラ男爵に反対させないようにした。その頃、そのメイドも屋敷を辞めて、シスターになった。ファブリノは、屋根裏部屋で朝食を食べると教会へ行き、夕食の時間まで教会で過ごした。そして、誰もいないところでは、神父をとうさん、シスターモニカをかあさんと呼んでいたのだ。昼間のファブリノは、幸せであった。
しかし、幸せは続かずファブリノが14歳のとき、神父が、孤児院の子供を庇って、馬車事故で亡くなった。それでも、シスターモニカは、ファブリノが王都へ行くまで、ファブリノを息子として受け入れてくれていた。
ファブリノが、あんな家庭にも関わらず真っ直ぐなのは、間違いなく、神父とシスターモニカのおかげだ。
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マルデラ男爵領から3日目の昼過ぎ、学園に着いた足で、ファブリノとルーデジオは、学園長に会いに行った。そして、ファブリノの事情を説明した。
「マルデラ君、3学期の勉強の進み具合はどうかね?」
「旅行先でも勉強してきたので、概ね問題ありません」
ここ7日間、馬車の中で、サンドラの指導の元、みっちりと勉強してきた。
「では、今日と明日で、臨時テストをおこないます。今からいけますか?」
「はいっ!」
学園長は、詳しい話は何もしないが、いつも生徒を優先する人柄であることは、有名だった。ファブリノは、学園長を信じた。
試験を受けて、次の日、ファブリノとルーデジオは、学園長室に呼ばれた。
「少し早いですが、卒業式を始めましょう。ファブリノ・マルデラ、貴公がスピラリニ王国立スピラ学園を卒業したことをここに証明する」
学園長が読み上げたものを、ファブリノに差し出す。
「え?」
「受け取りなさい。そして、王城の政務窓口へ行って手続きをしてきなさい。いいですね」
「はいっ!はいっ!ありがとうございました!」
ファブリノは学園長に深々と頭を下げた。その下の絨毯には、水滴がポツポツと跡をつけていた。
卒業用の書類には、ファブリノが、隣国へ2ヶ月の研修留学をしたことになっていることを、ルーデジオは確認済みであった。学園長は、そうすることで、出席日数の調整したのだった。ルーデジオと学園の教師数名は無類の友であり、学園長はルーデジオが学生の頃からの信頼する恩師であった。
ファブリノが、ルーデジオに連れられて廊下に出れば、4人が待っていてくれた。
「先に、帰ってるなっ!あと2ヶ月、頑張れよっ!」
たったの2ヶ月だ。涙はいらないとばかりに、ファブリノは颯爽と去って行った。
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その足で、王城の政務窓口へ向かう。書類は簡単に受理され、今日からファブリノとマルデラ男爵は他人となった。
「では、リノ、ここにサインをしてください」
ルーデジオに出された書類は、ファブリノがルーデジオの子供になる養子縁組の書類であった。
「ルーさんって、貴族だったの?」
「分家ですよ。申請しなければ学園に通えないほどの分家です。准男爵ですね。でも、姓は無いよりあった方がいい。姓を捨てることはいつでもできますが、姓を得ることはできませんからね」
ファブリノは、ルーデジオに頭を下げ、その書類にサインした。ファブリノは、ファブリノ・コッツィになった。
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孤児院に寄り、3人の子供を乗せた箱馬車は、『ビアータの家』に向かってる。その馭者台には、コッツィ親子が座っていて、子供が父親に馭者の指導を受けていた。
「いいですか?あなたが今までやってきた馭者は物を扱うやり方です。それを基本に、人を乗せた場合のやり方を身につけねばなりませんよ」
「はいっ!」
子供は素直に父親の指導に従った。子供が慣れてきたころ、父親はのんびりとこれからの話を始めた。
「わたくし、考えたのですがね、今度1山当てたら、教会を作りましょう!」
「教会?」
「ええ、そうですよ。教会を作ったら、シスターが必要になりますねぇ。リノ、どなたか、良いシスターはご存知ですか?」
ファブリノは、ルーデジオの言わんとすることを理解し、前が見えなくなってしまった。ルーデジオは、慌てて手綱を受け取り、ファブリノの頭をなでた。
「熊でも5頭ほど絞めに行きましょうかねっ、ホホホ」
「おとうさん、ありがとう……」
〰️ 〰️ 〰️
3日目、すでに当たり前になっている感のあるファーゴ子爵邸に寄った。ただし、今回は、キチンと目的があった。一晩、ファーゴ子爵邸でお世話になる。そして、ファーゴ子爵邸で先に待っていた子供たちの4人を預かって、朝、日の出とともに出発した。
ルーデジオは、子供たちの乗る箱馬車を、ファブリノはファーゴ子爵が用意してくれた木材を山のように積んだ幌なし馬車を馭者している。更に後ろには、木材を積んだ3台の幌なし馬車がついてきた。馬車は、今までにないスピードで走っていく。
ファーゴ子爵にいただいた昼食を食べ、途中のトイレ休憩以外は休まずに馬車を走らせて、夕方、かなり暗くなった頃、『ビアータの家』に着いた。普段2日かけているところを1日で走ったのだ。
ルーデジオの帰還は当たり前なのだが、それにファブリノがいたことは、たいそう驚かれた。みんなを安心させるために、夕食の時間に、みんなに卒業証書を見せた。
「俺が、優秀すぎて、先に卒業してきた!ハッハッハ!アルたちは、もう少し、農業について勉強してくるそうだ」
学園を知っていれば、苦しい言い訳だが、子供たちは素直に信じた。
遅くに到着したので、新しい子供たちの部屋が用意できていなかった。なので、今日のところは、食堂室のテーブルを寄せて、そこにデルフィーノが置いていった布団を敷き、今日来た子供たちを寝かせることにした。旧棟に部屋を持つ ジャンたちとメリナたちも自分たちの布団をもってきて、食堂室で一緒に寝た。こういう配慮を自然にできる優しいジャンたちだった。
その頃、旧棟では、大人たちに集まってもらって、ファブリノのことを簡単に説明する。身分や外の家族などを全く気にしないのが『ビアータの家』なので、そちらは問題ではない。卒業証書が本物であることを話して安心してもらうことが目的であり、それを達成するのは、簡単であった。
「レリオさん、今後の大工組の予定は?」
「サトウキビ工場の外観はある程度できたけど、これ以上はできないからなぁ。テオともう一人に水車を任せてあるけど、それ以外は特にないよ」
「そうですか。みなさんに相談なのですが、ビアータ様たちの家を3棟作りたいのですが、いかがでしょうか?」
ルーデジオはみんなに笑顔で尋ねた。
「そりゃいい!賛成だ!」
すぐに賛同したチェーザに、みんなも頷く。
「おお、焼成レンガもだいぶ貯まってきたんだ。使ってくれ」
レンガ職人のコジモもやる気いっぱいだ。
「俺たちのことなんて、後でいいよっ!」
ファブリノは慌てて止めた。
「ハッハッハ!バカだねぇ、リノ。あんたらが独立しないと、下の子供たちも独立できないだろう?」
ブルーナは笑い飛ばした。
「そうですよ。ジャンとメリナなんて、とってもいい雰囲気なのに、私達に気を使って、そういうことはしないのよ。それじゃあ、いつまでたっても独立していかないでしょう?」
酪農担当のセレナは、二人を見ているのでもどかしかった。
「確かに、女のために独立したいっていうのは、男には必要だな。ファッハッハッ」
ジーノも笑っていた。
「それなら、ノーリスとケイトもだよ。いつか二人で、店を持ちたいんだってさぁ。かわいい子供たちだよ」
料理担当のグレタも二人を気にしていた。
「な、そういうやつらに夢を持たせるためにも、お前たちの独立は、必要なんだ。」
ラニエルがファブリノの肩を叩く。
「基本的に、飯はみんなと食えばいいんだ。俺たちがこうして旧棟に戻ってくる感覚だな。難しく考えるなよ」
セルジョロも飯は心配するなと請け負う。
「ビアータ様に相談したら、絶対に反対されますからね、ここで話を決めたかったのですよ。わたくしにとって、リノがここにいることが、計算外なんですよ」
ルーデジオの言葉に、みんなが大笑いして、ファブリノは照れ笑いした。
こうして、話し合いの結果、3棟の家を作ることが決まった。そして、そのうちの1つは教会兼自宅にすることになった。さすがにこの話には、ファブリノは俯いて涙を隠すことになったのだった。
その夜、ファブリノの部屋の灯りはいつまでも消えず、ファブリノとリリアーナ、どちらなのかはわからないが、時々すすり泣く声がしていた。
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