19 / 42
第一章 小麦姫と熊隊長の青春
17 『ビアータの家』
しおりを挟む
ビアータ15歳の春、南の領地から王都に向かう馬車に、サンドラと一緒に乗ってる。
ビアータには、やりたいことがありすぎた。なので、本当は学園になど来たくはなかった。
「貴族の義務なら、貴族から抜けたいわ」
ビアータは馬車の窓を開けて、流れる景色に向かって、何度目かわからない愚痴を言った。
「ビアータ、勉強は無駄にはならないわ。がむしゃらに作業するより、いいことも絶対あるから。たったの3年よ」
サンドラはそう言いながら、難しい本を開いている。
「わかっているわ。でも、あの子達は、中等学校も出ていないのよ。それでも生きて行かなければならないのに、私が高等学園に行く意味があるのかしら?」
馬車の中で何度も話し合われたことだった。
〰️ 〰️ 〰️
ビアータは、9歳、初等学校1年生のとき両親と兄と姉と一緒に、領地内の関所の町まで来た。
「お父様、あの向こうはどうなっているの?」
ビアータたちの前には、さほど高くはないが、飛び越えることはできないくらいの壁が、右も左もどこまでも続いていた。
「森や川、草原が広がっているんだ。明日はそこでピクニックだ」
父親のその言葉にビアータはワクワクした。
翌日、パン屋でサンドイッチを買い、釣り竿を持って、家族でピクニックへ出かけた。ビアータは、広がる草原、魚がたくさんいる川に目を輝かせた。
「ステキなところね。ここは誰のお家になるの?」
ビアータは目をキラキラさせて、母親に訪ねた。
「誰のものでもないのよ。そうね、誰かがお家を建てれば、その人のものになるのかしら?」
母親は、正しくはわからないようで、父親に助けを求める。
「そうだな。未開拓地だからな。だが、ここには、金山や銀山があるわけでないからな。開拓してまで住むやつはいないだろう」
『住むやつはいない』その言葉に、ビアータは心が踊った。
「お父様!お願い、小さなお家でいいの。建ててちょうだいな。ビアータ、ここに住みたいわ」
「ハッハッハ、ビアータの家なら州長様の許可もいるまい。わかった。家へ帰ったら、やってあげよう」
父親は、ビアータのために、そこに丸太小屋を作った。
10歳になったビアータは、暇があると一人ででも、馬を飛ばし、その小屋へ遊びに行くようになった。一人でとはいえ、専属執事のルーデジオとリリアーナはほぼついてくるし、ルーデジオが用事があるときには、リリアーナだけでも付いてくる。一人きりということはまずない。
時には大工のレリオと一緒に行き、台所小屋を作ってもらい、釣った魚を調理できるようにした。また次には、ジーノには畑を作ってもらって、小麦なら手間はいらないからと、小麦畑にしたりした。
時々、サンドラがお泊りに来れば、ルーデジオに馬車を出してもらい、小屋へと遊びに行き、泊まってくることもあった。そうなると隣に、大きめの小屋をレリオに作ってもらい、部屋には二段ベッドも備え付けてもらった。
ビアータが、もうすぐ11歳になる夏、時々行く孤児院で年下の男の子たち3人と知り合った。ジャン、テオ、ウルバだ。3人は少し前まで、牧場で働いていたが、牧場主が横暴な人で逃げ出してきて、孤児院に身を隠しているという。3人には、ま新しい傷が顔にあった。
ある日、ジャンたちがビアータに相談した。あの牧場主がジャンたちを探しているようだという。見つかれば、院長先生には、拒否はできない。ビアータは、3人に次の日の朝、男爵家のお屋敷に荷物を持って、そっと、来るようにと伝えた。
翌日、馬を二頭用意したビアータは、一頭をウルバに任せて、ビアータの後ろにジャンを乗せて、草原の小屋へと連れて行った。
「しばらく、ここで暮らすといいわ。あの川で魚も採れるのよ。釣り竿はそこにあるわ。火の扱いにだけは気をつけてね。私もできるだけ来るようにするわ」
3人は、泣いてお礼を言った。
ビアータは、ジーノに相談して、簡単に作れる野菜の苗を用意してもらい、セレナやセルジョロに頼んでタオルや食器も用意した。その頃には、家族も使用人たちもビアータが小屋遊びに夢中なのは知っていたので、少しくらい家のものを持ち出しても、何も言わなかった。ビアータも、タオルでも、食器でも、鍋でも、古い物しか持ち出さないようにしていた。その日は、物を集めることもルーデジオが手伝ってくれた。
翌日、ルーデジオが、幌馬車を出してくれるという。
「あのね、ルーデジオ。小屋に行ったら、びっくりするかもしれないけど、お父様お母様には、内緒にしてほしいの」
幌馬車の馭者台でビアータは、ルーデジオにお願いした。
「それは、昨日の男の子たちのことでございますか?」
ルーデジオは飄々と答えた。
「知ってたの?!」
「わたくしは、お嬢様のことでしたら、何でも知っておりますよ。お嬢様がお優しいことももちろん知っております」
「ルーデジオ、大好きよ」
ビアータはルーデジオの腕にしがみついて頭をルーデジオの腕にくっつけた。ルーデジオは、ビアータの純粋さに顔をほころばせた。
小屋につくと、誰もいなかったが、使った形跡はある。しばらく待つと、釣りから3人が帰ってきた。
「ビアータさん!来てくれたんですか?魚がこんなに釣れたんです。食べてください」
3人が我先にと準備などをしていく。
「今日はパンを持ってきたの。あと、お野菜の苗や種も持ってきたから、後で植えましょう」
ルーデジオは、すぐにラニエルに井戸堀りを頼んだ。
〰️ 〰️ 〰️
ビアータは11歳。その春から州都にある中等学校へ行くことになっている。その頃には、さらに大きく作った3つ目の家に畑を作ってくれたジーノとブルーナの夫妻が、ジャンたちと暮らしてくれていた。そして、孤児院出身で仕事を辞めてしまった男の子一人と仕事を見つけられなかった女の子二人が小屋の住人になっていた。
外には、鳥小屋を建てて、畑も大きくした。ジャンたちは、山で山菜や木の実を取ったり、釣りをしたり、レリオの指示で木を切って、薪や木材にしたりして過ごしていた。
ブルーナは、元大農家の娘で、平民だが中等学校も卒業していた。ジャンたち3人の頃から、ブルーナを先生として、昼食の後、必ず、1時間から2時間は勉強の時間としていた。6人は初等学校の能力もなかったので、最低でもそれを、身につけさせることがいつかの自立になると、ルーデジオに頼まれていた。
男爵は、自分の領地の孤児院のことであったので、ビアータが、おこなっていることを知ることになったが、反対する理由もなく、孤児院の子供が浮浪者になるよりはよかろうと、口出しはせず、ルーデジオを使って、日用品や時には小麦粉などの食料を送り込んでいた。
ビアータは、週末になると、馬の後ろにサンドラを乗せて、『ビアータの家』へ行く。サンドラは、畑の一部を使って、以前からやっていた小麦の交配を進めていた。
〰️ 〰️ 〰️
14歳になったビアータは、州都の孤児院でも、仕事を見つけられなかったり、売春宿に買われることが決まった女の子がいたりするたびに、一人、また一人と、『ビアータの家』に連れていく。
さすがにこれ以上は、無理だと思ってた頃、ルーデジオが男爵家を退職した。
「お嬢様。わたくしは本気でお嬢様のお手伝いをしたくなりました。わたくしの退職金と貯金で『ビアータ様のお家』を大きくいたしましょう」
レリオとテオとウルバによって、今の『ビアータの家』が作られた。
「ビアータ、すまぬな、州長に見つかるわけにはいかぬから、私が直接手助けはできない。だが、お前を助けたいと言う者たちをそちらに送ろう」
父親と母親の好意で、酪農担当のラニエル、セレナ夫妻と料理担当のセルジョロ、グレタ夫妻と、牛3頭が『ビアータの家』に加わった。ビアータは、ルーデジオから聞いていて、ルーデジオの退職金がとても大金であったことを知っている。父親の優しさが嬉しかった。
父親、母親からは、ビアータが学園生になって王都に行っている今でも、そっと物資が送られてきている。特に文房具は高いので、食べてはいけるが収入がほぼない『ビアータの家』では、とてもありがたい贈り物であった。
〰️ 〰️ 〰️
そして、15歳の春、ビアータは、王都の学園へ、サンドラと小麦の苗とともに向かったのだ。
入学式、クラスごとに並んでいる。前から3列がAクラス。Eクラスの椅子に、ビアータとサンドラが並んで座っている。
「サンドラ、あなたAクラスに並ばなくていいの?」
ビアータは、悪いことをしているような気がしてなんとなく落ち着かない。
「初日だもの。バレやしないわ」
サンドラ本人は堂々としたものだ。
そう話をしている二人の脇を、大きな背中をして、優しい顔をした男の子が通り過ぎて、Cクラスの椅子に座った。
ビアータが、バサバサと膝の上の荷物が落ちるのも気にせず立ち上がった。
「サ、サンドラ!私、どうしよう!一目惚れしちゃったわ!」
両手で手を抑えたビアータは、まさにりんごのように真っ赤であった。
「え?もしかして、あの熊さんじゃないでしょうね?」
サンドラは、あまりにも自分の好みとかけ離れた存在である大男のことを言った。
「サンドラ、知ってる人?」
ビアータは、サンドラが知っている人ならすぐにでも紹介してほしくて、サンドラの肩を揺らしながら詰め寄った。
「痛い……。ビアータ、痛いから……。熊なんて、知るわけないわ。本当に彼なの?」
「彼と『私の家』を大きくしていきたいわ!」
ビアータは、もう一度、熊のような背中の男子生徒を見つめた。
「とにかく、座って。はっはぁ、なるほど、殺しても死ななそうね」
サンドラはまるでそれなら納得と言いたげだ。
「ちょっとサンドラ!意地悪は言わないで。私の理想のタイプってだけよ」
ビアータのむくれ顔に、サンドラはクスクスと笑い出した。
「でも、長男だったら、どうしましょう」
ビアータは、今度は青くなる。なんと忙しい顔なのか。
「この国で長男である確率は約3分の1よ」
すまし顔のサンドラが言った。
「どういうこと?」
「それだけ兄弟の多い貴族が多いのよ。私の家だって、兄2人姉1人に弟2人だもの」
「なるほどね。とにかく、調べなきゃ。長男でも、弟さんがいればオッケーね」
「うわぁ、前向きぃ。ホント、惚れ惚れするわ」
サンドラは、参りましたと脇で手のひらを上にして、首を振っていた。
こうして、イヤイヤシブシブ来たはずの学園で、アルフレードに一目惚れしたビアータ。その日のうちにアルフレードのことを調べて、毎朝、プロポーズに行くことになったのだった。
ビアータには、やりたいことがありすぎた。なので、本当は学園になど来たくはなかった。
「貴族の義務なら、貴族から抜けたいわ」
ビアータは馬車の窓を開けて、流れる景色に向かって、何度目かわからない愚痴を言った。
「ビアータ、勉強は無駄にはならないわ。がむしゃらに作業するより、いいことも絶対あるから。たったの3年よ」
サンドラはそう言いながら、難しい本を開いている。
「わかっているわ。でも、あの子達は、中等学校も出ていないのよ。それでも生きて行かなければならないのに、私が高等学園に行く意味があるのかしら?」
馬車の中で何度も話し合われたことだった。
〰️ 〰️ 〰️
ビアータは、9歳、初等学校1年生のとき両親と兄と姉と一緒に、領地内の関所の町まで来た。
「お父様、あの向こうはどうなっているの?」
ビアータたちの前には、さほど高くはないが、飛び越えることはできないくらいの壁が、右も左もどこまでも続いていた。
「森や川、草原が広がっているんだ。明日はそこでピクニックだ」
父親のその言葉にビアータはワクワクした。
翌日、パン屋でサンドイッチを買い、釣り竿を持って、家族でピクニックへ出かけた。ビアータは、広がる草原、魚がたくさんいる川に目を輝かせた。
「ステキなところね。ここは誰のお家になるの?」
ビアータは目をキラキラさせて、母親に訪ねた。
「誰のものでもないのよ。そうね、誰かがお家を建てれば、その人のものになるのかしら?」
母親は、正しくはわからないようで、父親に助けを求める。
「そうだな。未開拓地だからな。だが、ここには、金山や銀山があるわけでないからな。開拓してまで住むやつはいないだろう」
『住むやつはいない』その言葉に、ビアータは心が踊った。
「お父様!お願い、小さなお家でいいの。建ててちょうだいな。ビアータ、ここに住みたいわ」
「ハッハッハ、ビアータの家なら州長様の許可もいるまい。わかった。家へ帰ったら、やってあげよう」
父親は、ビアータのために、そこに丸太小屋を作った。
10歳になったビアータは、暇があると一人ででも、馬を飛ばし、その小屋へ遊びに行くようになった。一人でとはいえ、専属執事のルーデジオとリリアーナはほぼついてくるし、ルーデジオが用事があるときには、リリアーナだけでも付いてくる。一人きりということはまずない。
時には大工のレリオと一緒に行き、台所小屋を作ってもらい、釣った魚を調理できるようにした。また次には、ジーノには畑を作ってもらって、小麦なら手間はいらないからと、小麦畑にしたりした。
時々、サンドラがお泊りに来れば、ルーデジオに馬車を出してもらい、小屋へと遊びに行き、泊まってくることもあった。そうなると隣に、大きめの小屋をレリオに作ってもらい、部屋には二段ベッドも備え付けてもらった。
ビアータが、もうすぐ11歳になる夏、時々行く孤児院で年下の男の子たち3人と知り合った。ジャン、テオ、ウルバだ。3人は少し前まで、牧場で働いていたが、牧場主が横暴な人で逃げ出してきて、孤児院に身を隠しているという。3人には、ま新しい傷が顔にあった。
ある日、ジャンたちがビアータに相談した。あの牧場主がジャンたちを探しているようだという。見つかれば、院長先生には、拒否はできない。ビアータは、3人に次の日の朝、男爵家のお屋敷に荷物を持って、そっと、来るようにと伝えた。
翌日、馬を二頭用意したビアータは、一頭をウルバに任せて、ビアータの後ろにジャンを乗せて、草原の小屋へと連れて行った。
「しばらく、ここで暮らすといいわ。あの川で魚も採れるのよ。釣り竿はそこにあるわ。火の扱いにだけは気をつけてね。私もできるだけ来るようにするわ」
3人は、泣いてお礼を言った。
ビアータは、ジーノに相談して、簡単に作れる野菜の苗を用意してもらい、セレナやセルジョロに頼んでタオルや食器も用意した。その頃には、家族も使用人たちもビアータが小屋遊びに夢中なのは知っていたので、少しくらい家のものを持ち出しても、何も言わなかった。ビアータも、タオルでも、食器でも、鍋でも、古い物しか持ち出さないようにしていた。その日は、物を集めることもルーデジオが手伝ってくれた。
翌日、ルーデジオが、幌馬車を出してくれるという。
「あのね、ルーデジオ。小屋に行ったら、びっくりするかもしれないけど、お父様お母様には、内緒にしてほしいの」
幌馬車の馭者台でビアータは、ルーデジオにお願いした。
「それは、昨日の男の子たちのことでございますか?」
ルーデジオは飄々と答えた。
「知ってたの?!」
「わたくしは、お嬢様のことでしたら、何でも知っておりますよ。お嬢様がお優しいことももちろん知っております」
「ルーデジオ、大好きよ」
ビアータはルーデジオの腕にしがみついて頭をルーデジオの腕にくっつけた。ルーデジオは、ビアータの純粋さに顔をほころばせた。
小屋につくと、誰もいなかったが、使った形跡はある。しばらく待つと、釣りから3人が帰ってきた。
「ビアータさん!来てくれたんですか?魚がこんなに釣れたんです。食べてください」
3人が我先にと準備などをしていく。
「今日はパンを持ってきたの。あと、お野菜の苗や種も持ってきたから、後で植えましょう」
ルーデジオは、すぐにラニエルに井戸堀りを頼んだ。
〰️ 〰️ 〰️
ビアータは11歳。その春から州都にある中等学校へ行くことになっている。その頃には、さらに大きく作った3つ目の家に畑を作ってくれたジーノとブルーナの夫妻が、ジャンたちと暮らしてくれていた。そして、孤児院出身で仕事を辞めてしまった男の子一人と仕事を見つけられなかった女の子二人が小屋の住人になっていた。
外には、鳥小屋を建てて、畑も大きくした。ジャンたちは、山で山菜や木の実を取ったり、釣りをしたり、レリオの指示で木を切って、薪や木材にしたりして過ごしていた。
ブルーナは、元大農家の娘で、平民だが中等学校も卒業していた。ジャンたち3人の頃から、ブルーナを先生として、昼食の後、必ず、1時間から2時間は勉強の時間としていた。6人は初等学校の能力もなかったので、最低でもそれを、身につけさせることがいつかの自立になると、ルーデジオに頼まれていた。
男爵は、自分の領地の孤児院のことであったので、ビアータが、おこなっていることを知ることになったが、反対する理由もなく、孤児院の子供が浮浪者になるよりはよかろうと、口出しはせず、ルーデジオを使って、日用品や時には小麦粉などの食料を送り込んでいた。
ビアータは、週末になると、馬の後ろにサンドラを乗せて、『ビアータの家』へ行く。サンドラは、畑の一部を使って、以前からやっていた小麦の交配を進めていた。
〰️ 〰️ 〰️
14歳になったビアータは、州都の孤児院でも、仕事を見つけられなかったり、売春宿に買われることが決まった女の子がいたりするたびに、一人、また一人と、『ビアータの家』に連れていく。
さすがにこれ以上は、無理だと思ってた頃、ルーデジオが男爵家を退職した。
「お嬢様。わたくしは本気でお嬢様のお手伝いをしたくなりました。わたくしの退職金と貯金で『ビアータ様のお家』を大きくいたしましょう」
レリオとテオとウルバによって、今の『ビアータの家』が作られた。
「ビアータ、すまぬな、州長に見つかるわけにはいかぬから、私が直接手助けはできない。だが、お前を助けたいと言う者たちをそちらに送ろう」
父親と母親の好意で、酪農担当のラニエル、セレナ夫妻と料理担当のセルジョロ、グレタ夫妻と、牛3頭が『ビアータの家』に加わった。ビアータは、ルーデジオから聞いていて、ルーデジオの退職金がとても大金であったことを知っている。父親の優しさが嬉しかった。
父親、母親からは、ビアータが学園生になって王都に行っている今でも、そっと物資が送られてきている。特に文房具は高いので、食べてはいけるが収入がほぼない『ビアータの家』では、とてもありがたい贈り物であった。
〰️ 〰️ 〰️
そして、15歳の春、ビアータは、王都の学園へ、サンドラと小麦の苗とともに向かったのだ。
入学式、クラスごとに並んでいる。前から3列がAクラス。Eクラスの椅子に、ビアータとサンドラが並んで座っている。
「サンドラ、あなたAクラスに並ばなくていいの?」
ビアータは、悪いことをしているような気がしてなんとなく落ち着かない。
「初日だもの。バレやしないわ」
サンドラ本人は堂々としたものだ。
そう話をしている二人の脇を、大きな背中をして、優しい顔をした男の子が通り過ぎて、Cクラスの椅子に座った。
ビアータが、バサバサと膝の上の荷物が落ちるのも気にせず立ち上がった。
「サ、サンドラ!私、どうしよう!一目惚れしちゃったわ!」
両手で手を抑えたビアータは、まさにりんごのように真っ赤であった。
「え?もしかして、あの熊さんじゃないでしょうね?」
サンドラは、あまりにも自分の好みとかけ離れた存在である大男のことを言った。
「サンドラ、知ってる人?」
ビアータは、サンドラが知っている人ならすぐにでも紹介してほしくて、サンドラの肩を揺らしながら詰め寄った。
「痛い……。ビアータ、痛いから……。熊なんて、知るわけないわ。本当に彼なの?」
「彼と『私の家』を大きくしていきたいわ!」
ビアータは、もう一度、熊のような背中の男子生徒を見つめた。
「とにかく、座って。はっはぁ、なるほど、殺しても死ななそうね」
サンドラはまるでそれなら納得と言いたげだ。
「ちょっとサンドラ!意地悪は言わないで。私の理想のタイプってだけよ」
ビアータのむくれ顔に、サンドラはクスクスと笑い出した。
「でも、長男だったら、どうしましょう」
ビアータは、今度は青くなる。なんと忙しい顔なのか。
「この国で長男である確率は約3分の1よ」
すまし顔のサンドラが言った。
「どういうこと?」
「それだけ兄弟の多い貴族が多いのよ。私の家だって、兄2人姉1人に弟2人だもの」
「なるほどね。とにかく、調べなきゃ。長男でも、弟さんがいればオッケーね」
「うわぁ、前向きぃ。ホント、惚れ惚れするわ」
サンドラは、参りましたと脇で手のひらを上にして、首を振っていた。
こうして、イヤイヤシブシブ来たはずの学園で、アルフレードに一目惚れしたビアータ。その日のうちにアルフレードのことを調べて、毎朝、プロポーズに行くことになったのだった。
0
お気に入りに追加
173
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
「番外編 相変わらずな日常」
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!
楠ノ木雫
恋愛
貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?
貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。
けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?
※他サイトにも投稿しています。

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています
21時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。
誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。
そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。
(殿下は私に興味なんてないはず……)
結婚前はそう思っていたのに――
「リリア、寒くないか?」
「……え?」
「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」
冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!?
それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。
「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」
「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」
(ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?)
結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる