小麦姫と熊隊長 外伝

宇水涼麻

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メイドのリリアーナ

4 見えない恋心

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 ファブリノのそれは勉強の教え方にも出ていた。コルネリオは、この子には1ヒントでわかると思えば、1ヒントに満たないヒントをあげるのがうまかった。ファブリノは、この子は考えればできると思えば、ジィーと待って、その子が悩んだ時、向けるのは笑顔だけだった。だが、その笑顔でこれは自分にできるものなのだと判断した子供は、もう一度その問題にチャレンジした。それでも詰まってしまったら、ヒントをあげるのだが、不思議とその再チャレンジで、できてしまう子が多いのだ。再チャレンジで、できた時には、頭をクシャクシャになるまで撫でてあげていた。男の子たちは大喜びだし、女の子たちも『もういやぁ』といいながら、笑顔で髪に手櫛を入れていた。
 リリアーナは、質問に来た子たちに説明をしていただけの自分が、少し恥ずかしくなった。リリアーナは、ふとしたときに、それをファブリノに愚痴ってしまった。

「ただの役割分担でしょう。リリアーナさんのような立場の人がいないと、落ち着きないクラスになっちゃうんだよ。俺やコルはあくまで助手タイプだからさっ!頼みますよ、主任教授!」

 誰かを否定するわけではなく、みんなを認めるその考えにドキッとした。

 リリアーナは、ファブリノを見ていて気がついたことがあった。ファブリノは褒めるときも怒るときも『男』『女』を使わないのだ。乗馬を褒めたときも、『女なのに乗れること』を褒めるのではなく『上手く乗れること』事態を褒める。転んで立ち上がる子供にも『強い男の子だから』褒めるのではなく『一人で立ち上がれたことがすごい』から褒める。
 『男』らしさ、『女』らしさを使って褒めることが、悪いわけではない。ただ、リリアーナが、そうしてほしくない人なだけだ。『女のくせに勉強できるなんて』『女のくせに何でもできるなんて』そう言われてきたリリアーナだからこそ、見えてしまったファブリノの一部なのかもしれない。『女のくせに主任教授みたいな態度』は、ファブリノにとって悪いことではない。それがリリアーナの心に積もっていっていることは、本人は気がついていない。


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 ある晩、旧棟のセルジョロとグレタを訪ねてきたリリアーナは、いつものように二人に話をしていく。一通り話をすると、リリアーナは気が済んだようで、子供たちが眠る本館の自分の部屋へ戻っていく。

「はぁ。コルも一緒にいるはずなんだがなぁ」

 ファブリノの話だけをしていったリリアーナの背中にセルジョロは小さくため息を吐いた。

「自分の視線がどこに集まっているのか気が付かないみたいだねぇ」

 グレタも苦笑いだ。

「なまじ美人な上に何でもできちまうから、女扱いされるのが、好きじゃないのかねぇ?」

「今までの男は、リリアーナを『女』としてしか扱わなかっただろうからね」

「そりゃあんだけ美人ならそうだろう、普通は?」

 セルジョロは少しおどけてグレタを見た。

「ややこしい性格だよ、ほんと。理由もなくここまで結婚しなかったわけじゃなかったんだねぇ。自分の恋心も見えていないなんて。ふぅ」

 グレタもため息をついた。

「年下ってのは、リリアーナに合ってるのかもしれないな」

 セルジョロは顎に手を当ててひとり頷く。

「!そうだねっ!そうかもしれないっ!リノもいい子だし、頑張ってもらいたいねぇ」

 セルジョロもグレタもファブリノを応援することにした。とはいえ、特に何もせず、見守るだけだ。


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 解体体験をすることになった。ファブリノは外窯の手伝いをしているリリアーナを見つけた。

「あれ?リリアーナさんは行かないの?」

「私、父親が肉屋だったから、解体とか怖くないし、豚は食べるものってわかってるから。今日は竈の手伝いよ」

「へぇ!すごいね!俺なんて、手が震えてるよ。鶏で体験させてもらったけど、上手くできるかな?」

「女のくせに、変でしょう?ふふふ」

「へ?どうして?アルも子供の頃から、シカの解体やってるから平気だって。体験できてるってすごいよね。リリアーナさんは、女だから体験したわけじゃないでしょう?」

「え?まあ、そうだけど」

 ファブリノの質問にリリアーナはドギマギした。

「俺も体験してものにしてくるっ!アルとリリアーナさんに追いつくよ!」

 乗馬も解体も体験しただけだ。男だから女だからは関係ない。それは、勉強もしかり。リリアーナは、ファブリノの前では、『何かができる』ことは恥ずかしいことではないのだと思えた。それが嬉しかった。


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 ファブリノは王都に帰る前に、リリアーナに再び告白した。リリアーナは、それにはいい返事をできなかった。自分が年上であること、まだ知り合って二ヶ月しかたっていないこと。リリアーナの頭には言い訳が沢山浮かんだ。

「じゃあ、半年。半年を過ぎたら、また聞くわ。それでいい?」

 リリアーナはそう言って、ファブリノを納得させた。

 リリアーナは自分が決めた期間なのに、ファブリノが王都へ出立してすぐに後悔した。

「好きになってるかもって言えばよかったわ」

 リリアーナはやっと自分の恋心が見えてきたようだ。

「たった半年だろう?戻ってきたら言ってあげな」

 グレタは優しくリリアーナの頭を撫でた。

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 ファブリノからリリアーナに手紙がきた。

「11月からは手紙もできなくなるんですって」

 ファブリノは、コルネリオとサトウキビの買い付けに行くため、学園を休んで他国へ行くという。

「でも、行く前に、こっちに寄るんだろう?そんときに言えばいいさ」

 泣きそうなリリアーナにセルジョロは背中を擦った。

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 ファブリノはリリアーナに会わずに、買い付けに他国へ行ってしまった。

「会えなくて、何も言えないかったの」

「手紙にはなんて?」

「『君と並べる人間になるから』って」

「帰ってきたら、それを認めてやれ」

 セルジョロとグレタはリリアーナを慰めた。


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 リリアーナは、サトウキビとともに帰ってきたファブリノにやっと思いを伝えられた。


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 そして、ビアータたちの学園卒業とともに、ファブリノと結婚をした。たった2ヶ月の恋人時間であったが、『ビアータの家』で率先して『自立』を示していくべきだと話したファブリノとリリアーナにとって、自然に受け入れられた。
 結婚式には、セルジョロとグレタも誘ったが、披露宴の準備が忙しいからと、遠慮された。それでも、前日の夜は、グレタのベッドに潜り込み、グレタと一緒に寝た。
 披露宴では、セルジョロとグレタの料理がこれでもかと並んでいた。ルーデジオとモニカとセルジョロとグレタに囲まれて、リリアーナは、涙がずっと止まらなかった。

 披露宴の翌朝、リリアーナは、ビアータの部屋を訪れた。

「ビアータ様、いえ、ビアータ。私にたくさんのものをくれて、ありがとう!」

 リリアーナは、親友としての抱擁を、ビアータに初めてした。少しだけ驚いた様子のビアータだったが、すぐにリリアーナの背に腕を回した。

「リリアーナ、今まで、私のお姉ちゃんでいてくれてありがとう。これからも、親友でいてね」

 リリアーナは、涙を隠すため、ビアータを抱いた腕を離さずに、何度も何度も頷いた。
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