小麦姫と熊隊長 外伝

宇水涼麻

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メイドのリリアーナ

2 リリアーナの恋愛事情

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 リリアーナがジャンたちに指導している頃、ガレアッド男爵邸では、ビアータがリリアーナを探していた。

「ビアータ様、いかがなさいましたか?」

「リリアーナがいないの。探しものを手伝ってほしかったんだけど。」

 ビアータはそう言いながらキョロキョロとしていた。

「左様でございましたか、リリアーナは、私の使いで町へ行っております。探しものでしたら、わたくしがお手伝いいたしましょう」

 ルーデジオは、ビアータが男の子たちと出て行ったことも、リリアーナがそれについて行ったことも見ていた。

「それで、何をお探しでございますか?」

「んー、そうねぇ?いらないものなら、何でもよっ!」

 ビアータは目を輝かせてルーデジオに伝える。

「そうでございましたか、また丸太小屋へお持ちになるご予定でございますか?」

「うん!そうなの。ルーデジオ、明日行きたいのだけど、一緒に行ってもらえる?」

 ビアータは可愛らしくおねだりした。ビアータ自身には可愛らしくしたつもりはないのだが、貴族家の次女としてみんなに可愛がられることはあるのだ。

「もちろんでございますよ。では、メイドたちに聞きにまいりましょう」

 まずはキッチンに行く。

「お嬢様、この鍋もこの食器も使っていないよ。そうだ、まな板や包丁も、あると便利だろう!」

「スプーンやフォークもなくちゃ食べられないよ」

「セルジョロ、グレタ、いつもありがとう!」


 メイド長のセレナには、タオルやらシーツやらを、用意してもらった。

 庭師のジーノは、温室にいた。

「これなら、育て安いですよ。大きな畑になりそうですな。また私もあちらへ参りましょう」

「ジーノ!嬉しいわ!いろいろと教えてね」

 ビアータはとても喜んだ。その笑顔でジーノとブルーナも笑顔になる。

「はい、もちろんですよ。お嬢様」

「まあ、お嬢様、楽しそうですねぇ」

 翌日に丸太小屋へ行くための準備を終えたビアータは、ルーデジオに促されてベッドへ入った。いつもなら、リリアーナがやってくれる。

 リリアーナは、夜になっても戻らなかった。

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 リリアーナは、ジャンたちに教えなければならないことは、たくさんあったが、タイムアップだ。

「ビアータ様は、とてもお優しい方だから、きっと、明日もいらっしゃるわ。だから、だらしない寝相なんか見せちゃダメよ。じゃあ、私は帰るわね」

 そう言って丸太小屋を出たリリアーナだったが、さすがに屋敷まで戻れないし、戻って男の子3人とここにいるというわけにもいかない。

 とりあえず、関所まで、戻ってみると、いつもよく声をかけてくれるおじさんが泊まり番だった。

「おや、リリアーナじゃないか、こんな時間にどうした?」

 中年衛兵は眉をひそめて心配する。

「丸太小屋におつかいを頼まれたのだけど、思っていたより時間がかかってしまって、暗くなっちゃったの。一人で丸太小屋は、怖いし」

 リリアーナは、少しだけ嘘をついた。ジャンたちのことは、リリアーナは『ビアータお嬢様にとって守りたい子どもたち』であること以外、よくわからないので、聞かれたくはなかった。
 朝番の衛兵は、ジャンたちを見たはずだが、この衛兵には何も聞かれなかった。

「そうか、送ってやりてぇが、俺しかいないからなぁ。仮眠室でも使うか?」

 リリアーナは、喜んで頷いた。こうして、寝床を確保した。

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 翌朝、ルーデジオは、関所を通る時に、関所の影にいたリリアーナの馬に気がついた。

「リリアーナ、今、お嬢様が通ったぞ」

「はーい!おじさん、ありがとう!」

 リリアーナが丸太小屋に着くと、すでに幌馬車から荷物を降ろし終わっていた。

「リリアーナ、私は2、3日こちらに泊まる。ビアータ様を学校まで送ってきてください」

 ルーデジオの指示で、ウルバが乗ってきた馬にビアータが乗り、ビアータとリリアーナは、領都の初等学校へと行った。

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 リリアーナ15歳が中等学校をテストだけの主席で卒業して、ビアータ11歳がそこそこの成績で初等学校を卒業する半年ほど前、庭師だったジーノとブルーナの夫婦が、ガレアッド男爵邸の仕事を息子夫婦に任せて引退し、3つ目となり、ずいぶんと立派になった丸太小屋、いや、『ビアータの家』に住むことになった。
 そして、卒業式の1月前、メリナとケイトが『ビアータの家』の住人になった。

 ビアータが、州都の中等学校へ通うため、州都の屋敷に移る時、リリアーナも一緒に移ったが、ビアータのやることは同じであったので、平日はビアータの世話、週末はビアータとサンドラとともに『ビアータの家』へ行くという生活が続き、つまりは、刺激的な日々が続いていた。
 その間にルーデジオが、ガレアッド男爵邸を辞めて『ビアータの家』の責任者になったり、セルジョロ夫婦がガレアッド男爵邸の料理長を息子たちに譲って『ビアータの家』の料理人になったり、メイド長のセレナが辞めて牧場で働いていた旦那と『ビアータの家』の酪農担当になったりしたが、ビアータの隣にいることが大切であるリリアーナにとって、些細なことだった。


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 そして、この頃のリリアーナは、年々美しくなったが、仕事はメイドなので、男と接点はないし、いつもビアータと馬で移動しているからか、街でも声をかけられることはなかった。

 しかし、ビアータが学園に通うために王都へ行ってしまうと、全寮制である学園について行くわけにもいかず、さすがのビアータも週末たびに帰ってくるようなこともなく、リリアーナは、ただただ、ビアータを待ちながらメイドの仕事をしていた。
 ビアータの専属でなくなると、馬に乗れるリリアーナは、旦那様や奥様、または、料理長や執事から、おつかいを頼まれることが多くなった。すると、リリアーナの美しさに気がついた街の男たちから、それはもうたくさんのお誘いを受けた。しかし、リリアーナは誰とお茶をしても、誰と食事をしてもなぜか楽しいとは思えなかった。

 こうして、1年が過ぎた春、ビアータが『ビアータの家』に帰ってきて、さらに夏休みまでそこにいると言うではないか。リリアーナは、ガレアッド男爵邸を辞めて、『ビアータの家』の先生兼子供たちの相談相手のお姉さんになった。

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 『ビアータの家』での生活は、リリアーナにとって、穏やかなのに、刺激的で楽しいものだった。リリアーナが妹にしてあげたかったことを、子供たちにしてあげた。リリアーナが、両親としたかったことをセルジョロ夫婦とした。セルジョロ夫婦とは、時にお茶をして、時に子供たちのおやつを作り、時に料理の手伝いをし、時に背中を擦ってあげた。リリアーナの心はとても満たされていて、気がついたら20歳を越えていた。平民の結婚は、この国では女性だと16歳~20歳で、リリアーナは行き遅れとなっていた。

「ここに教会はないけれど、孤児院のシスターだと思えば、結婚なんてしなくても気にしないわ」

 リリアーナのそんな言葉にグレタはため息をついた。

「はぁ。そんなこと言わないで、週に一度でも町で働いたらどうだい?」

「リリアーナは美人なんだ、関所には、リリアーナを狙っているヤツがいると聞くぞ」

 セルジョロもリリアーナに出会いをすすめた。
 確かに、リリアーナに好意を寄せる関所の衛兵はいたのだが、ルーデジオが目を光らせていたので、声をかける勇気のある者がいなかったのだ。リリアーナは、そんなことは知る由もなく。

「私って思っていたよりモテないみたいね、アハハ」

 リリアーナは、セルジョロとグレタの言葉を笑って誤魔化した。
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