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第四章 高官のお仕事事情

2 補佐官の仕事

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 一週間の予定が一ヶ月も滞在している。そろそろ自国に帰還しようと思い、午前中のお茶会という名のいつもの王妃陛下との不思議な時間にその旨を伝えた。

 しかし、王妃陛下からの言葉に私は絶句してしまう。

「エミーナ―クロードの母で、王妃の妹―には許可をもらったわ。
クロード。明日から貴方はわたくし専属の高官よ。はい。辞令」

 それは自国の国王とゼルアナート王国の国王のサインが入った辞令書だった。

「部屋はあのまま使ってちょうだい。でも、明日からは終日お仕事ね。休日は他の高官と同じだけ与えるわ」

「お……おば……うえ?」

「『王妃陛下』よ。うふふ。
あちらへ戻っても高官になる予定だったでしょう? それなら、ここでやっても同じだと思わない? 王妃直属なんて優遇されてて、こちらの方がやりがいあるわよぉ。
というわけで、お仕事はわたくしの補佐。あちらで重役になるためのお勉強だと思いなさい」

 伯母上、いや、王妃陛下は私にウィンクする。王妃陛下はきっと、『王妃陛下』と呼べと言った時も、メイドたちに私を『ジレンド』と紹介した時も、ずっとこれを狙っていたのだ。そして、あれやこれやと王都のことや図書館の蔵書の話をして長逗留させ、我が国の国王からサインをもぎ取ったのだろう。我が国の国王は伯母上の兄だ。

『計略に嵌ったのか……』

 後の祭りだ。このサインを見て反論できる者などいない……。

 私は微苦笑を貼り付けることしかできなかった。

 王妃陛下の専属高官という仕事は実にやり甲斐のあるものだった。三年間の外遊で培った語学や人脈も大いに使えた。

 ただし、王城を訪れるご令嬢たちや王妃陛下に付き添って出るパーティーの席でのご令嬢たちに詰め寄られることにはげんなりしする。なんでも『ジレンド伯爵家が隠していた秘蔵っ子』だそうだ。私を隠すために生まれてすぐに隣国へ預けたということらしい。この国の学園へも通っていないし、苦しい言い訳のように聞こえなくもないがいたしかたないのだろう。秘蔵っ子が王妃陛下付なのだから将来を期待されていると思われることは必然だ。
 だからといって、わざわざ用もないのに王城へ足を運んで私を見に来て私のすきを狙うご令嬢の気持ちは理解したくない。
 
 気安く話しかけられたくないので、いつでも不機嫌を表す顔をして歩くようになった。

 そうして仕事的には充実した生活も一年になる頃、従兄弟であるメーデル王太子殿下の不貞が明らかになる。
 初めにこの報告を受けた両陛下は『外を見ればラビオナ嬢の素晴らしさを理解するだろう』と放置していた。自分たちが政略結婚にも関わらず仲睦まじいことと、メーデル王太子殿下が政略結婚を理解していればラビオナ嬢を選ぶだろうという判断だったのだと思う。実際メーデル王太子殿下は政略結婚であることを充分に理解していた。
 しかし、それは王家側の考えで判断だ。もっとテレエル公爵側から見たらどう考えどう判断するかを考慮するべきであったのだ。

 両陛下の予想通り、メーデル王太子殿下は浮気はするがラビオナ嬢との政略結婚はする気であった。義務で渋々であるにせよ、婚約者として行動するべきことは最低限していたようだ。最低限とは王家主催のパーティーのエスコートだけなので、他の者から見れば不誠実であると言われることは間違いない。

 予想通りでなかったのは、テレエル公爵の気持ちだ。公爵閣下は大恋愛結婚だった。そして、次代の公爵であるご子息も大恋愛結婚だ。
 そんな家族は、娘ラビオナ嬢にも恋愛結婚をさせてあげたいと望んでいた。それは運命的な出会いを望んでいたわけではなく、政略結婚であっても互いを見つめ合い愛くしみ合う関係を築くことを望んでいたのだ。後から聞いたところによると、メーデル王太子殿下とラビオナ嬢の関係を鑑みて、公爵家からは何度も婚約解消を求められてきたそうだ。

 少なくとも国王陛下は公爵閣下の大恋愛結婚をご存知だったのだから、配慮すべきだった。

 王家より先に『メーデル王太子殿下の密会屋敷』を見つけた公爵家は、総務大臣である公爵と総務高官である公爵子息の王城勤務辞職をかけて婚約解消を申し出てきた。ここまでの強硬手段は初めてだという。二人に同時に引退されれば、総務部は瓦解間違いなしだ。

 両陛下は婚約解消を了承する以外に選択肢はなかった。

 しばらくはショックを受けていた王妃陛下であったが、転んでもタダでは起きないほど優秀な方なのだ。両陛下が常々考えていらっしゃった女性の知識向上プランの実施することになる。そして、そのプランのためにメーデル王太子殿下へ『婚約を解消された』ことを伝えることがさりげなく遅延されることとなった。これは王妃陛下からの呼び出しを無視したメーデル王太子殿下も悪いので問題ない。

〰️ 〰️ 〰️

 私はラビオナ嬢のことは存じ上げていた。王妃陛下付高官としてお会いすれば会釈はするし、王妃陛下からの伝言を伝えることもあった。美しい女性だとは思っている。だが、メーデル王太子殿下の婚約者である彼女に心が動くことはない。

 私の心が飛び跳ねたのは、王太子妃候補勉強会の説明会であった。
 常に冷静沈着だと思っていたラビオナ嬢が珍しく怒りを顕にした。その怒りが王妃陛下つまりは他人への侮辱だったことに驚いた。これまでメーデル王太子殿下から不貞という屈辱的な行為をされても感情を出さなかったラビオナ嬢であった。さらには王妃陛下からのお言葉に感動なさり涙を流した。

 私はラビオナ嬢のお心根に惹かれずにはいられなくなった。これを恋心というのか……。

『彼女がほしい……』

 私は分別ある人間として無理な誘いも夜這いもしないが、したくなる気持ちは多少わかった気がする。

 それからは、王妃陛下付高官であることに感謝せずにはいられない。何においても『王太子妃候補勉強会のため』と言えばラビオナ嬢へアピールすることができるからだ。ただし、恋愛としてのアピールはまだだ。仕事ができる男、気の利く男としてアピールしていく。いつかラビオナ嬢に頼れる男だと見てほしい。

 そして私は、ラビオナ嬢を知れば知るほど、接点を持てば持つほどどんどん彼女を愛おしく思うようになった。
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