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第三章 子爵令嬢の大いなる挑戦
1 父親の再婚に挑戦する
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ライラリンネの姉の話です。
〰️ 〰️ 〰️
ムワタンテ子爵領は農業が盛んでのんびりとした領地である。
そのムワタンテ子爵家の長女サラビエネは去年王都の貴族学園を卒業し、父親であるムワタンテ子爵の領地経営を手伝っていた。
一通の手紙でサラビエネの人生は大きく変わることになる。
〰️ 〰️ 〰️
サラビエネの産みの母親は産後の肥立ちが悪く、サラビエネを出産後はずっとベッドの中だった。そして、サラビエネが二歳を過ぎてしばらくして儚くなった。
残念なことにサラビエネには母親の記憶はない。母親のいないサラビエネに使用人たちは親切で親身で本当の家族のようであったので、サラビエネが寂しく感じることもなかった。
〰️
亡くなった妻そっくりのクリーミーブロンドの髪に大きなブラウンの瞳は子爵と同じ色で年を重ねるほどに妻に似て可愛らしくなる娘サラビエネを、ムワタンテ子爵は溺愛していた。
サラビエネ六歳のお誕生日。ムワタンテ子爵は隣接する子爵家や男爵家の子女たちを招き小さなガーデンパーティーを開くことにした。ムワタンテ子爵家は近隣の領地の中では繁栄している領地である。ほとんどの招待客が来たし、どうしても来られない者からはプレゼントが届く。
子女だけでなく、その親たちももちろん来ているのでなかなか賑やかで楽しいパーティーになった。
そのパーティーの席で罪のない子供同士の会話にサラビエネはショックを受けることになる。
「サラビエネ様にはお兄様も弟様もいらっしゃらないの? なら、ムワタンテ子爵家はなくなってしまうのね」
男が後継者であると育てられたご令嬢の全く悪気のない言葉であった。父親と後継者についての話などしたことのないサラビエネは何も答えられなかった。
確かに男性優位なこの国では、長子の長女より末っ子の弟が優遇され、男が後継者になることがほとんどである。姉妹だけの家は親戚筋から養子を取るか、次男三男を婿に迎えるか。とにかく、領地経営を含む後継者は男子になるのだ。
まだ後継者問題など早いと考えていたムワタンテ子爵はサラビエネとそういう話をしたことがなかった。
その日の夜、サラビエネは一人ベッドで泣いた。
〰️
翌朝、メイド兼家庭教師のオデリーヌはサラビエネを起こしに来た。オデリーヌはネイビーの髪をメイドらしく一つに纏め、黒い瞳は大きくて少しだけ垂れている。優しさの溢れる可愛らしい容姿をしている。
そのオデリーヌがサラビエネの様子に眉を上げてびっくりしている。しかし、すぐに笑顔に変えて、ベッドの横に座り、サラビエネの髪を撫でながらゆっくりと待った。
サラビエネは優しく聞いてくれるオデリーヌに昨日ショックを受けたことを泣きながら懸命に話した。
その涙を優しく拭き、背を擦ってくれるオデリーヌにサラビエネは甘えている。
そして、名案が浮かんだ。
「そうだわっ! オデリーヌ! わたくしのお義母様になって、わたくしの弟を産んでちょうだいっ!」
「え!? そ、それは、おそらく無理です……」
「どうして?」
「赤ちゃんは結婚した夫婦にできるものなのですよ」
二十歳になるオデリーヌは、そうではないことは知っている。だが、六歳のサラビエネに使う詭弁には向いた言葉だ。
「わかっているわよ。だから、オデリーヌとお父様が結婚なさればいいのでしょう?」
「そうですけど……。好きな気持ちがないと結婚はできませんよ」
政略結婚というものをオデリーヌはよくわかっている。だが、ムワタンテ子爵からは、サラビエネには恋愛結婚させたいのだと聞いている。だからこそ、幼いサラビエネには『結婚は愛のあるもだ』と教えていきたいと思っていた。政略結婚というものを知るのはもっと世の中を知ってから―学園に入学する頃―でも遅くないとムワタンテ子爵とオデリーヌの間で共通の教育方針だ。
「わたくしはオデリーヌが大好きだわっ! きっとお父様も同じ気持ちよ。だって、オデリーヌとのお食事は楽しそうだもの」
オデリーヌはサラビエネの家庭教師も兼任しているので、マナー勉強のために週に三回はムワタンテ子爵とサラビエネとテーブルをともにしている。
オデリーヌは男爵家の四女だ。二年前に学園を卒業し、親戚の紹介でムワタンテ子爵家のメイド兼家庭教師になった。
学園では成績順のクラス分で上から二番目のBクラスである。男爵家の四女がこの成績であるのはかなり素晴らしいことだ。
だが、四女であったので男爵家では持参金もなく婚約者を決めることができず、学園では一生懸命に勉強していたので恋愛もしなかった。
その環境において、住むところもあり、実家に負担をかけずに済む仕事であるムワタンテ子爵家のメイド兼家庭教師はオデリーヌにとって大変喜ばしいものであった。
そして、仕事を始めてみれば、素直で可愛らしく賢いサラビエネの家庭教師はやりがいがあるし、メイドといってもメイドは別にあと二人いるので手伝い程度だし、ムワタンテ子爵もサラビエネも手がかからなくて贅沢もしない。だから、仕事が間に合わないということはほとんどない。
オデリーヌはここでずっと働きたいと考えていた。
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ムワタンテ子爵領は農業が盛んでのんびりとした領地である。
そのムワタンテ子爵家の長女サラビエネは去年王都の貴族学園を卒業し、父親であるムワタンテ子爵の領地経営を手伝っていた。
一通の手紙でサラビエネの人生は大きく変わることになる。
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サラビエネの産みの母親は産後の肥立ちが悪く、サラビエネを出産後はずっとベッドの中だった。そして、サラビエネが二歳を過ぎてしばらくして儚くなった。
残念なことにサラビエネには母親の記憶はない。母親のいないサラビエネに使用人たちは親切で親身で本当の家族のようであったので、サラビエネが寂しく感じることもなかった。
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亡くなった妻そっくりのクリーミーブロンドの髪に大きなブラウンの瞳は子爵と同じ色で年を重ねるほどに妻に似て可愛らしくなる娘サラビエネを、ムワタンテ子爵は溺愛していた。
サラビエネ六歳のお誕生日。ムワタンテ子爵は隣接する子爵家や男爵家の子女たちを招き小さなガーデンパーティーを開くことにした。ムワタンテ子爵家は近隣の領地の中では繁栄している領地である。ほとんどの招待客が来たし、どうしても来られない者からはプレゼントが届く。
子女だけでなく、その親たちももちろん来ているのでなかなか賑やかで楽しいパーティーになった。
そのパーティーの席で罪のない子供同士の会話にサラビエネはショックを受けることになる。
「サラビエネ様にはお兄様も弟様もいらっしゃらないの? なら、ムワタンテ子爵家はなくなってしまうのね」
男が後継者であると育てられたご令嬢の全く悪気のない言葉であった。父親と後継者についての話などしたことのないサラビエネは何も答えられなかった。
確かに男性優位なこの国では、長子の長女より末っ子の弟が優遇され、男が後継者になることがほとんどである。姉妹だけの家は親戚筋から養子を取るか、次男三男を婿に迎えるか。とにかく、領地経営を含む後継者は男子になるのだ。
まだ後継者問題など早いと考えていたムワタンテ子爵はサラビエネとそういう話をしたことがなかった。
その日の夜、サラビエネは一人ベッドで泣いた。
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翌朝、メイド兼家庭教師のオデリーヌはサラビエネを起こしに来た。オデリーヌはネイビーの髪をメイドらしく一つに纏め、黒い瞳は大きくて少しだけ垂れている。優しさの溢れる可愛らしい容姿をしている。
そのオデリーヌがサラビエネの様子に眉を上げてびっくりしている。しかし、すぐに笑顔に変えて、ベッドの横に座り、サラビエネの髪を撫でながらゆっくりと待った。
サラビエネは優しく聞いてくれるオデリーヌに昨日ショックを受けたことを泣きながら懸命に話した。
その涙を優しく拭き、背を擦ってくれるオデリーヌにサラビエネは甘えている。
そして、名案が浮かんだ。
「そうだわっ! オデリーヌ! わたくしのお義母様になって、わたくしの弟を産んでちょうだいっ!」
「え!? そ、それは、おそらく無理です……」
「どうして?」
「赤ちゃんは結婚した夫婦にできるものなのですよ」
二十歳になるオデリーヌは、そうではないことは知っている。だが、六歳のサラビエネに使う詭弁には向いた言葉だ。
「わかっているわよ。だから、オデリーヌとお父様が結婚なさればいいのでしょう?」
「そうですけど……。好きな気持ちがないと結婚はできませんよ」
政略結婚というものをオデリーヌはよくわかっている。だが、ムワタンテ子爵からは、サラビエネには恋愛結婚させたいのだと聞いている。だからこそ、幼いサラビエネには『結婚は愛のあるもだ』と教えていきたいと思っていた。政略結婚というものを知るのはもっと世の中を知ってから―学園に入学する頃―でも遅くないとムワタンテ子爵とオデリーヌの間で共通の教育方針だ。
「わたくしはオデリーヌが大好きだわっ! きっとお父様も同じ気持ちよ。だって、オデリーヌとのお食事は楽しそうだもの」
オデリーヌはサラビエネの家庭教師も兼任しているので、マナー勉強のために週に三回はムワタンテ子爵とサラビエネとテーブルをともにしている。
オデリーヌは男爵家の四女だ。二年前に学園を卒業し、親戚の紹介でムワタンテ子爵家のメイド兼家庭教師になった。
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その環境において、住むところもあり、実家に負担をかけずに済む仕事であるムワタンテ子爵家のメイド兼家庭教師はオデリーヌにとって大変喜ばしいものであった。
そして、仕事を始めてみれば、素直で可愛らしく賢いサラビエネの家庭教師はやりがいがあるし、メイドといってもメイドは別にあと二人いるので手伝い程度だし、ムワタンテ子爵もサラビエネも手がかからなくて贅沢もしない。だから、仕事が間に合わないということはほとんどない。
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