上 下
38 / 49
第二章 王子の葛藤

7 友人

しおりを挟む
 頭の中にいくつか案を浮かべた上で質問した。

「それはいつからのご予定ですか?」

「残り半年で学園を卒業するわ。その時ね」

「ですが、そのタイミングでご婚約者様がお決まりになると伺っております」

「そうね。でも、そちらへ行かせる理由なんてどうにでもなるわ。婚約者が決まったとしても、その女性もさらなる勉強が始まるわけだし」

「なるほど。ご婚約者様が努力なさっている間に王子殿下も、という流れですね?」

「それが理想だけど、婚約者がどうなるかはわからないわね。そちらに送る理由はわたくしがどうにかするから大丈夫よ。
とにかく、そちらに送ってからは全権貴方に任せるわ」

「彼をお借りしても?」

 俺は友人を指名した。友人は一瞬目をピクリとさせたが誰も気が付かないうちに平時の顔に戻る。流石に魔境王宮で働く者だ。長く友人をしている俺にしかわからなかっただろう。

「いいわ。彼なら王宮でのメーデルの様子もわかっているから丁度いいわね。二人で相談して決めてちょうだい。彼を二年間、クレアンナート地区への派遣を許可するわ」

「かしこまりました」
「ありがとうございます」

 俺と友人は同時に頭を下げ、早々に退出した。それからラビオナ様と婚約破棄になった経緯やそれに纏わる出費や婚約者候補試験の様子などを聞いて対策を練った。

〰️ 〰️ 

 結果的にはメーデル王子殿下には婚約者は決まらず、予定より一日早く送られてきた。

 メーデル王子殿下は優秀だった。

 ただし、王妃陛下の一言をお借りすれば『視野が狭かった』のだと思う。三月ほど平民として、さらには最下の立場で働かせてみれば、みるみる顔つきが変わり理知的で精悍になった。
 残りの三月は乾いた土が水を飲むように知識を吸収していった。

〰️ 〰️

 メーデル殿下がクレアンナート公爵閣下となって四年。王妃陛下と閣下のご推薦で准男爵を賜った。

 そして閣下は、可愛らしく聡明な奥様を迎えられた。私はそれを機にあの丘へ屋敷の新築を提案した。

「ジェードさん。それは無駄遣いです。この屋敷の東の森を少し切り開けば屋敷は建てられます。ここを執務棟にすればよいのですから、居間と寝室と子供部屋があれば充分よ。食堂室とメーデル様の執務室の間に繋がるように外廊下を作って増築しましょう。
すべて新築したら使用人部屋も客間も応接室も作らなくてはならないわ。必要ありません」

 私の意見に反対したのはまさかのライラリンネ様だった。メーデル公爵閣下は眩しそうに奥様を見たあと、私の視線に気が付き、私に向かって『ニヤリ』と笑った。なぜか私は敗北感を感じた。

「離れの間取りはライリーに任せるよ。土地はあるのだから平屋でいいだろう」

「まあ! 好きにしてよろしいの? うふふ、楽しみだわ」

 それから二週間。奥様から提出された図案を見て私は訝しんだ。

「メーデル様。お子様はお二人のご予定のお屋敷ではありませんでしたか?」

 クレアンナート公爵夫妻は子供が増えたら自分たちは執務棟へ移ればいいとおっしゃっていた。とはいえ、それでもさほど大きな建物の図案ではないのだが、驚きのものだった。
 玄関からドア一枚先は大きな居間となっていてそこに小さなキッチンがついている。

「台所が小さ過ぎです。食堂室もありませんし」

「お茶を淹れたり、少しの洗い物ができれば充分だそうだ。食事は今まで通り、こちらの食堂室で食べる」

 ため息をつきながら更に図案を熟視する。大きな居間を中心にすべてが左右対称である。まるで二家族用に見えるのだ。
 私が首を傾げるとメーデル様は左側の四部屋を指さした。小さな居間と寝室三部屋になっているようだ。

「こちらはジェードとアリアの部屋だそうだ。いつか二人にも子供ができるかもしれないだろう?」

 メーデル様がニヤニヤと私を見る。

「は? はい?」

 アリアとはクレアンナート公爵家のメイドの一人だ。ここで働いて五年ほどになる。子爵家の四女で持参金がないので奉公に来ていると聞いている。
 笑顔がとても可愛らしく、明るく気さくで、仕事を一生懸命にやるので年配のメイドたちにも好かれている女性だ。
 メーデル様より二つほど年下の二十二歳で、ライラリンネ様が嫁いでこられてすぐに打ち解けていた。

 そして、一番大事なことだが、彼女は決して私の恋人ではない。

「わ、私は三十三になるのですよっ! 若い彼女には可哀想ではありませんかっ!」

 私は確かに准男爵で独身だが、アリアとは十歳以上離れている。

「はぁ。顔を赤くしながら言われても説得力はないな。俺もライリーに言われるまでジェードの気持ちをわかっていなかったけどな……」

 メーデル様が何か呟いているが私には聞こえなかった。私は顰めた顔でメーデル様を見た。すると今度ははっきりとした口調で恐ろしい提案をする。

「ジェードにその気がないなら仕方がないな。だが、ライリーはアリアを気に入っているんだよなぁ。乳母用の部屋だからアリアに使ってほしいと言っていた。
そうだ! 護衛のゴーザムがアリアを好いているようだったな。ゴーザムに入ってもらおう」

「それはダメです!」

 私は慌てて口にしていた。

「この屋敷に入るのか入らないのか今日中に決めろ。今ならライリーとアリアは中庭でお茶をしているぞ」

 私は頭を下げると急いで中庭に向かった。
 随分と年下のメーデル様に、いつの間に私の恋心を知られたのか疑問だが、アリアの前では聞けないな。

〰️ 

 私が仕えるクレアンナート公爵夫妻はお二人共優秀である。私よりずっと年下のお二人に、私は掌で転がされているようだ。
 それでも日々楽しいと感じているのだから、私も大概仕方がない男だな。
 
 公爵閣下の友人。これが私の今の主な仕事である。

~ 第二章 fin ~


〰️ 〰️ 〰️
〰️ 〰️ 〰️
ここまでお付き合いいただきましてありがとうございます。

明日からの第三章は、ライラリンネの姉編です。
そちらもよろしくお願いします。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

妹を盲信溺愛する婚約者には愛想が尽きた

章槻雅希
恋愛
 今日も今日とてリンセは婚約者にデートをすっぽかされた。別に珍しいことではない。彼は妹を溺愛して、何事にも病弱で可憐な妹を最優先にするのだ。  格上の侯爵家との婚約をこちらから破棄するのは難しい。だが、このまま婚約を続けるのも将来結婚するのも無理だ。婚約者にとってだけは『病弱で可憐な、天使のような妹』と暮らすのは絶対に無理だ。  だから、リンセは最終兵器侯爵家長女に助けを求めたのだった。  流行りっぽい悲劇のヒロインぶりたい妹とそれを溺愛する兄婚約者ネタを書いてみました。そしたら、そこに最強の姉降臨。 『アルファポリス』『小説家になろう』『Pixiv』に重複投稿。

処理中です...