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第一章 本編

15 王妃の後継者とは……

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 昨日みっともない姿を晒した男メーデルからのラビオナを罵る発言に軽蔑やら呆れやら唖然やらといろいろな気持ちが交差し、淀んだ空気になった。

「わたくしへの愚弄ではありませんわ。王妃陛下への愚弄ですわっ!」

 『王妃陛下』という言葉で、淀んだ空気がピシリと固まる。

「なぜそこに母上が出てくるのだっ! 責任転嫁甚だしいぞっ!」

「責任転嫁などではございませんわ。
メーデル王子殿下とご結婚される方は王太子妃となられるかもしれないお方ですわ。
王太子妃とは、王妃陛下のお仕事を引き継がれる方であることはご理解していただけておりますか?」

 ラビオナは『かもしれない』という言葉をさらりと付けている。さらには『王太子』の前にわざとメーデルを付けなかった。

「当たり前のことを申して誤魔化すな」

 メーデルは片眉を上げてラビオナを睨む。間接的に『メーデルは王太子ではないかもしれない』と言われたことには気がついていない。

「では、この程度―中級まで―のテストに合格できぬ者に王妃陛下のお仕事を引き継ぐための勉強を続ける意味がありますか?
昨日、メーデル王子殿下は『王太子妃はシエラ様でいい』とおっしゃいましたが、今のシエラ様で王妃陛下の後をお継ぎになることができると思われますか?」
 
 昨日の時点ではまだメーデルは王太子であった。

「ひっどぉい!」

 シエラが叫ぶが誰も反応しない。シエラが頬を膨らませて可愛らしさをアピールしているが、みなラビオナに集中している。

「王妃陛下がどれほど優秀な方で、教養もマナーもユーモアもセンスもどれほどおありになるか、息子であるメーデル王子殿下はご存知ではないのですか?
それらは王妃陛下が何の努力もなく手に入れたものだと思っていらっしゃるのですか?
このテストの排除を求めるなどありえませんわ。
王太子妃選びを軽々しく扱うのは、王妃陛下を愚弄なさっているのと同じことですわっ!」

 ラビオナは一気にまくし立てたので『はぁはぁ』と肩で息をしていた。
 メーデルはそのように取り乱すラビオナを初めて見て驚愕して、唖然として見ている。

『ガチャリ』

 壇上脇の扉が開いた。

『パチパチパチパチ、パチパチパチパチ』

 拍手をしながら入ってきたのは、サイドをハーフアップにしてゆるくウェーブ掛かった白銀髪を靡かせ、大きな深緑の慈愛の瞳を持った大変麗しく微笑みをたたえた王妃陛下だった。

 司会の文官の号令で全員が立ち上がり、最敬礼をする。高官の隣の文官が椅子を整え、王妃陛下はそこへ座った。

「みなさんも、お座りになって」

 澄んだ声が大講義室に響き、皆が従った。

「ラビオナ。わたくしを理解し、敬愛の言葉をくれてありがとう」

 ラビオナが立ち上がりカーテシーをした。

「王妃陛下。ご機嫌麗しく。
わたくしごときが王妃陛下のお話をしてしまい申し訳ございませんでした」

「ふふふ、そなたにあのように言われてとても嬉しかったわ。これまでの努力が報われた気がしたのよ。
できて当たり前、やって当たり前と思われていることはわかっておりますもの」

 中程に座る貴族の大人たちが『ゴクリ』と喉を鳴らした。思い当たることがありすぎて、後ろめたさと罪悪感と感謝と尊敬と、複雑な気持ちで視線を落とした。

「しかし、それをそなたは理解してくれていた。
実の息子でさえも軽々しく考えていることですのに、ね。
そなたを義娘として迎えられなかったことが残念でならないわ」

 王妃陛下は慈愛溢れる笑顔を送った。だが、カーテシーをしているラビオナがそれを受け取ることはできなかった。それでも、優しげで心の籠もった言葉にラビオナは感動していた。

「もったいなきお言葉でございます」

 ラビオナの声は震えていた。

「ラビオナ。顔を見せてちょうだい」

 ラビオナはカーテシーを解き顔を上げるとポロリと涙が流れた。

「申し訳ありません。陛下からのお言葉があまりにも嬉しくて。わたくしは、陛下を心から尊敬し敬愛し羨望しておりますゆえ」

「まあ。ありがとう。
そなたもお座りなさい」

「はい」

 ラビオナが座り隣のユリティナがハンカチを差し出すとラビオナはそれを受け取り目尻に当てた。

「ええ、では、メーデル王子殿下のテストの排除についての発言ですが――「取り下げるっ!」」

 文官の司会を待たずに発した高官の発言に、メーデルがさらに言葉を被せた。高官は『そうですかっ!』とばかりにコクコクと首を軽く上下させながら、机上の書類に目を向ける。

「今回の勉強会は一年の予定ですので、中級までとなります。その時点で残っている方の中からメーデル王子殿下がお一人をお選びになります。
広告にありますように、選ばれなくとも、王妃陛下より『選ばれし淑女の称号』として勲章を授与する予定です」

「うふふ、パーティーなどでも付けられるようなステキな物にいたしますからね」

 王妃陛下が嬉しそうに笑い、その笑顔で皆も笑顔になってしまう。
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