上 下
7 / 49
第一章 本編

7 学園の秩序は……

しおりを挟む
 胸を撫で下ろした様子のノエルダムを見て、コームチア公爵はさらに笑顔を増した。

「いやぁ。お前の婿入り先を見つけるのに三週間もかかってしまったよ。だが、無事に見つかってよかったよかった。ハッハッハ」

「まあ! それはおめでとうございます」

 ヘレナーシャはコームチア公爵にニッコリとして頭を下げた。ノエルダムは予想と違う話に真っ青になっている。

「でも、まさか婚約破棄をご存知なかったとは思いませんでしたわ」

「ノエルダムをびっくりさせたくてなぁ。婿入り先が見つかるまで、婚約を破棄されたことは隠しておいたんだ。わっはっは」

 コームチア公爵の確信犯であったことに野次馬たちはゾッとした。新しい婚約者への興味と恐怖が頭を巡る。

 コームチア公爵は壮年ながら美形紳士笑顔でヘレナーシャに語りかけた。

「ヘレナーシャ嬢。その節は色々と申し訳なかったね。その後、おモテになっているそうじゃないか」

 女子生徒たちはゴクリとつばを飲んだ。しかし、ノエルダムと婚約者であったため見慣れているヘレナーシャは気にも止めない。

「ふふふ、騎士団の方々が多いのですが、みなさま真摯で誠実で一途のようですわ。まずはお父様が選定してくれておりますの」

 ヘレナーシャの父親エッセリウム伯爵は、騎士団で副団長をしている。その家への婿入りだ。ヘレナーシャには騎士団所属の高位貴族次男三男からの釣書が山のように来ていた。

「そうか。女性にとって男が一途であることは幸せの必須であろうな。
そんなこともできぬ愚息でなぁ。困ったものだ」

「お、俺は……何もしてい、いない……」

「おいおい、市井で肩を組んで歩き、自慢して回っていたそうじゃないか?」

 コームチア公爵は困った子供に話しかけるようにゆっくりと話した。

「寮でもお前が、シエラ嬢の部屋の窓から出てくるところをな、掃除婦が見ているぞぉ。お前を見たのは、長期休み限定の掃除婦だったそうだ。それで、報告が遅れたようだがなぁ」

 コームチア公爵は、ウデルタとユリティナの婚約破棄を不審に思い調べた。するとノエルダムもウデルタと同じような状態だったのだ。
 コームチア公爵はエッセリウム伯爵―ヘレナーシャの家―に平謝りし、相当の賠償金を払いコームチア公爵家の有責として婚約破棄をしてもらった。
 エッセリウム伯爵はヘレナーシャに婚約破棄という醜聞があっても、ヘレナーシャならよい婚約者は見つかるとの自信があった。

「「「ひっ!」」」

 野次馬の女子生徒たちから悲鳴が漏れた。女子寮には、淑女を守るために男子禁制の規則があるのだ。シエラの部屋は一階であるとはいえ男子禁制の寮に男子が入っていたことに、女子生徒たちは驚き恐怖を感じた。

「まさか我が家から学園のルールも守れず、学園の秩序を乱す者が出るとは思わなかったよ。はぁ、恥ずかしい。
学園にも謝罪として多額の寄付をした。女子寮のまわりに侵入防止柵を付けてもらうことにしたんだ」

 コームチア公爵は『困った困った』と頭を振った。確かに宰相という立場は率先してルールを破っていいわけはない。また女子寮だけでもなかなか大きく、それを囲う柵となると多額になることは容易に考えられた。

「で、でも……不純な行為は……しておりません……」

 ノエルダムは両手を額の前で組み懇願する仕草で、わかってほしいというように呟く。

「女性の純潔は検査でわかっても、男の不貞は調べようがないだろう? それに、シエラ嬢も純潔ではないようだしな。それを散らした者がお前でないと言い切れないだろう?」

 シエラが純潔でないだろうということはメーデルのことがあるので予想していたことだが、野次馬たちはざわざわと噂する。シエラはメーデルの後ろに隠れてコームチア公爵の視線から逃げた。

「お前は体がデカいだけで勉学を嫌う。だから副団長殿の婿養子にしていただく予定だったのにな。副団長殿は領地経営は優秀な管理人にさせているそうだから、お前でも務まると思ったのだ」

 ノエルダムは学術はCクラスである。武術はAクラスであるので、宰相家としては変わり種だ。ノエルダムは次男であり、長男はすでに宰相補佐官をしている。ノエルダムは卒業後騎士団に所属する予定であった。

「とにかく、支度は済ませた。我が家に学園の秩序を乱す輩は置いておけぬ。宰相一家が秩序を守れぬなど政治腐敗の始まりになりかねんからな。
騎士団でも団員がそれでは困っただろうしな。
仕事に就く前に気がついてよかったよかった」

 ウンウンと頷きながら話すコームチア公爵は素晴らしい笑顔だ。
 ノエルダムの目はすでに死人である。

「ヨベリス前南方辺境伯殿の未亡人様がお前を引き取ってくれることになったのだ。ルールを守ることも婚約者を慮ることもできぬお前でも、根気強く矯正してくれるそうだ。ありがたいな」

 コームチア公爵がヨベリス未亡人の広い心を思い、感謝の念で本当に優しい目をした。周りは逆にそれが怖いと思った。
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

【完結】無能に何か用ですか?

凛 伊緒
恋愛
「お前との婚約を破棄するッ!我が国の未来に、無能な王妃は不要だ!」 とある日のパーティーにて…… セイラン王国王太子ヴィアルス・ディア・セイランは、婚約者のレイシア・ユシェナート侯爵令嬢に向かってそう言い放った。 隣にはレイシアの妹ミフェラが、哀れみの目を向けている。 だがレイシアはヴィアルスには見えない角度にて笑みを浮かべていた。 ヴィアルスとミフェラの行動は、全てレイシアの思惑通りの行動に過ぎなかったのだ…… 主人公レイシアが、自身を貶めてきた人々にざまぁする物語──

婚約破棄なら慰謝料をお支払いします

編端みどり
恋愛
婚約破棄の慰謝料ってどちらが払います? 普通、破棄する方、または責任がある方が払いますよね。 私は、相手から婚約破棄を突きつけられました。 私は、全く悪くありません。 だけど、私が慰謝料を払います。 高額な、国家予算並み(来年の国家予算)の慰謝料を。 傲慢な王子と婚約破棄できるなら安いものですからね。 そのあと、この国がどうなるかなんて知ったこっちゃありません。 いつもより短めです。短編かショートショートで悩みましたが、短編にしました。

やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?

桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」 やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。 婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。 あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?

【完結】公爵子息の僕の悪夢は現らしいが全力で拒否して大好きな婚約者を守りたい

宇水涼麻
恋愛
 公爵家の次男ボブバージルは、婚約者クラリッサが大好きだ。クラリッサの伯爵邸にも遊びに行き、クラリッサの家族とも仲がいい。  そんな時、クラリッサの母親が儚くなる。  喪が開けた時、伯爵が迎えた後妻はとても美しく、その娘もまた天使のようであった。  それからのボブバージルは、悪夢に襲われることになる。クラリッサがいじめられ、ボブバージルとクラリッサは、引き裂かれる。  さらには、ボブバージルの兄が殺される。  これは夢なのか?現なのか?ボブバージルは誰にも相談できずに、一人その夢と戦う。  ボブバージルはクラリッサを救うことはできるのか?そして、兄は? 完結いたしました。 続編更新中。 恋愛小説大賞エントリー中

もしかして私ってヒロイン?ざまぁなんてごめんです

もきち
ファンタジー
私は男に肩を抱かれ、真横で婚約破棄を言い渡す瞬間に立ち会っている。 この位置って…もしかして私ってヒロインの位置じゃない?え、やだやだ。だってこの場合のヒロインって最終的にはざまぁされるんでしょうぉぉぉぉぉ 知らない間にヒロインになっていたアリアナ・カビラ しがない男爵の末娘だったアリアナがなぜ?

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

モブで可哀相? いえ、幸せです!

みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。 “あんたはモブで可哀相”。 お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

婚約破棄をされるのですね、そのお相手は誰ですの?

恋愛
フリュー王国で公爵の地位を授かるノースン家の次女であるハルメノア・ノースン公爵令嬢が開いていた茶会に乗り込み突如婚約破棄を申し出たフリュー王国第二王子エザーノ・フリューに戸惑うハルメノア公爵令嬢 この婚約破棄はどうなる? ザッ思いつき作品 恋愛要素は薄めです、ごめんなさい。

処理中です...