上 下
1 / 49
第一章 本編

1 遅刻の理由は……

しおりを挟む
 ゼルアナート王国の王都にある貴族学園は、五日後に春休みを控えている。その三日前は卒業式が執り行われる。

 その学園の玄関前には、女子生徒たちが群がり、キャイキャイと喜んで色めき立っていた。男子生徒たちは女子生徒たちの後ろからその群がりの原因たるものを見ようと首を伸ばしている。

 その原因たるものとは、大きく張り出された求人広告であった。

【王太子妃候補者募集!】
~貴女が未来の国母かもしれないっ!~
~さあ! チャンスを掴みにいこう!~
~麗しき王太子を射止めるのは貴女だっ!~

 一般的には考えられない求人募集に、生徒たちはその場で騒ぎになってしまっていたのだ。

 その群がりが収まることはなく、始業間近になって教師たちが注意をしてやっと解散になった。

〰️ 

 そして、その日の昼休み。そろそろ食事を終えお茶を楽しんでいる時間。学園の大きな大きな食堂室に、紳士らしからぬ大きな大きな声が響いた。

「ラニィ! あれはどういうつもりだっ!」

 白銀髪を後ろで1つに纏めた男が、吊り目がちの紫の瞳をさらに吊り目にして怒鳴り込んでくる。
 吊り目ではあるが眉目秀麗なその男は、バターブロンドの巻き髪をハーフアップにしていた美しい女子生徒の座るテーブルの前で鼻息を荒くして止まった。

 その少女は大きなピンクの瞳を優しげに緩めて立ち上がり、美しいカーテシーをした。この『ラニィ』と呼ばれた女子生徒は、ラビオナ・テレエルだ。

「ご機嫌よう、メーデル王太子殿下」
 
 同テーブルにいた数名の女子生徒たちもそれに合わせてカーテシーをする。

「そんな挨拶はいらんっ!」

 メーデルの言葉を前向きに受けたラビオナは、同席していた友人たちに目配せをして友人たちを元のように座らせた。
 そして自分も座り、横を向くような形でメーデルと目を合わせる。

「それで? いかがなさいましたの?」

「なっ! なんだその態度はっ!」

 メーデルは青筋が立ちそうなほど怒りをあらわにした。

「まあ。『挨拶はいらない』とおっしゃいますので、不躾なお呼び出しを反省なさって遠慮していらっしゃるのかと思いましたわ」

 ラビオナは口に手を当てて仰々しく驚いたフリをすると、メーデルは更に険しい顔となる。
 ラビオナが小さなため息をついてからゆっくりと再び立ち上がった。

「それで? いかがなさいましたの?」

 ラビオナはキョトンという顔で可愛らしく、もう一度聞き返す。メーデルはワナワナと震えていた。

「あの張り紙に決まっているだろっ! あれはどういうつもりなのだと聞いているのだっ!」

「まあ! 今更ですの?」

 ラビオナとメーデルは同じクラスに所属しているが、メーデルは寝坊してランチに合わせて登校してきたのだ。なので、朝から騒ぎになっていたことも知らなかったし、この時間までラビオナに文句を言うこともできなかった。
 遅刻してきたメーデルによって玄関前の求人広告は捨てられてしまった。しかし、時すでに遅し。張り紙の内容は全生徒の知るところとなっている。

「お前っ! メイドを買収して俺を遅刻させたのだなっ!」

 メーデルはラビオナを睨みつけた。ラビオナは全く動じる様子がない。

「公爵令嬢でしかないわたくしに、そのようなことができるわけがございませんでしょう? 王宮のメイドたちに失礼ですわよ」

 ラビオナはテレエル公爵家の長女である。

「それに、メーデル王太子殿下のお遅刻はすでに常習ではありませんか?
昨夜も戯れが楽しすぎて、お眠りになっていらっしゃらなかったのではありませんの?」

 ラビオナがメーデルの後ろにいた女にチラリと視線を投げた。肩より少し長いピンクのふわふわな髪の女はラビオナと目が合うとウルッと潤ませて青い瞳を伏せた。

「シエラを見るなっ!」

 メーデルが女を背に庇う。メーデルに庇われた女はシエラ・ブルゾリド男爵令嬢だ。シエラは豊乳の間にメーデルの腕を押し付けるように縋り付いた

 ラビオナはすでにシエラには興味がないとメーデルに視線を戻した。
 だが、周りの者たちはそうはいかない。メーデルとシエラを交互に見て、『やはりそういう関係なのだ』『あの縋り方はあざとすぎる』と興味と軽蔑と嘲りでヒソヒソと話をしている。

「メーデル王太子殿下が、去年から、週末毎にシエラ様との逢瀬をお楽しみになり毎週月曜日に遅刻なさっていることは、多くの者が存じております。
それをわたくしの責任になさるのはお止めください。まさに冤罪ですわ」

 メーデルの遅刻を知ってはいたしそのように予想していた者は多いが、こうしてラビオナから直接聞くと、メーデルへの軽蔑的視線はさらに増すというものだ。
 メーデルは話の矛先に慌て出した。

「そ、その話は今はよいっ!
今はあの張り紙の話だっ!」

「はあ?」

 小首を可愛らしく傾げたラビオナはメーデルの言葉を理解できないという顔であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

妹を盲信溺愛する婚約者には愛想が尽きた

章槻雅希
恋愛
 今日も今日とてリンセは婚約者にデートをすっぽかされた。別に珍しいことではない。彼は妹を溺愛して、何事にも病弱で可憐な妹を最優先にするのだ。  格上の侯爵家との婚約をこちらから破棄するのは難しい。だが、このまま婚約を続けるのも将来結婚するのも無理だ。婚約者にとってだけは『病弱で可憐な、天使のような妹』と暮らすのは絶対に無理だ。  だから、リンセは最終兵器侯爵家長女に助けを求めたのだった。  流行りっぽい悲劇のヒロインぶりたい妹とそれを溺愛する兄婚約者ネタを書いてみました。そしたら、そこに最強の姉降臨。 『アルファポリス』『小説家になろう』『Pixiv』に重複投稿。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

処理中です...