上 下
56 / 57

56 二人の処遇

しおりを挟む
 誕生パーティーから一週間後、ズバニールは母親とともに東部へ向けて出発した。ズバニールの希望で家族の見送りは無い。
 薄いカーテンをひいた三階の部屋の窓際に二つの影があった。

「わたくしがズバニールを追い込んでしまったのかしら……」

 メイロッテは目尻にそっとハンカチを置く。

お義姉様おねえさまがお気になさることではございませんわ。すべてはズバニール本人が行動してきた結果です。それにわたくしたちはまだ十八。ズバニールならきっとやり直しができます。わたくしはそれまでに領地を繁栄させズバニールに数割譲渡しても現在の資産と変わらないだけのものにするつもりですわ」

「わたくしの妹は頼もしいわね」

 妹と改めて言われたアリサは肩を揺らして動揺した。

「あの……お義姉様おねえさま……。コンティ伯爵家のお名前でなくオルクス公爵家になったこと……後悔なさっていませんか?」

「え? どうして? わたくしはコンティ家との絶縁を言い渡されたわけではないですし、養女にしていただいたのに早々に嫁いでしまい申し訳なく思っているくらいですわ。
第一王子殿下のお相手が伯爵家なので王家の身内に公爵家の名前がほしいというのもわかります。そういう建前をうるさく言う者たちが少なからずおりますものね。わたくしの身分がそれらの者たちへの対応に割く時間を減らすお役にたてるのですから喜んでいるくらいですよ」

「でも知っていらっしゃるのでしょう?」

 俯くアリサにメイロッテは首を傾げる。

「本当はわたくしの我儘でお義姉様おねえさまになっていただいたって……」

 涙ぐみそうになるアリサは唇を少し噛む。メイロッテはアリサをそっと抱きしめた。

「アリサ。それほどまでにわたくしを愛してくれてありがとう。貴女と本当の姉妹になりたいと思っていたからわたくしにとってもとても嬉しい申し出だったのよ。こうして一度オルクス公爵家に入れば、何があっても貴女と姉妹であることは不変だもの。わたくしはここへ里帰りしてもいいのよね?」

 アリサがバッと顔を上げるとメイロッテの慈悲深い笑顔がそこにあった。

「もちろんです。もちろんですわ。メイお義姉様おねえさま。いつでも来てくだいさませね」

「ええ。ルナ様が呆れるくらいに来てしまうかもしれないわ。うふふふふ」

 後ろで涙を拭いていたメイドがお茶を淹れて二人をソファへ促した。

 ズバニールがいなくなって三ヶ月ほど過ぎた頃、執務室でカイザーから仕事を教えてもらっているときにアリサはふとズバニールが気になった。

「ズバニールは新しい学園に慣れましたかね」

 窓の外の遠い空を見る。

「頑張っているようだ。プライドより実務を選択できるようになった分、大人になったのだろう」

「そうですか。数年後が楽しみですね。パレシャ嬢とも上手くやっている様子ですか?」

「ん? パレシャ嬢のこと、お前に報告しなかったか?」

「ええ。あの翌日には男爵様ご夫妻と一旦領地へ荷物を取りに帰るとは聞いておりましたが、わたくしはお会いしませんでした。学園は退学なさってお荷物も二日後には男爵家に送られたはずですわ。ルナお義兄様おにいさまに付き纏っている様子はございませんから王都にはいらっしゃらないですよね?」

 メイロッテを悲しませるようなことは許さないアリサはルナセイラの周りにパレシャがいないかどうかは常にチェックしている。

「パレシャ嬢はズバニールがここを去った同日に北部の二国向こうの王国へ送り出した」

「えええ!!! 国外追放ではやり過ぎではありませんか? お父様もお母様も、責任はズバニールにもあるとお考えなのでしょう?」

 驚愕の事実にアリサは顔を青くした。

『パレシャさんは逞しい感じではありますけど無一文で放置されたらさすがに厳しいのではないかしら。教養も知識も乏しい様子でしたもの。
三ヶ月も前ですから探すことは不可能かもしれませんわね』

「なっ!! 違う違う違う! ワシはそんなに非道いことはしないぞっ!」

 愛娘に軽蔑されるかもしれない恐怖からカイザーは必死に否定した。

「パレシャ嬢からの提案だ。提案というより傲慢ごうまん我儘わがままだが、ズバニールと離れる様子だったから全面的に認めてやったのだ」

「二国向こうは海を渡らねばなりませんわね。男爵家に賄えますの?」

「旅費もこちら持ちで更に我が家が懇意にする商団にそちらへ回ってもらう手配までしてやったのだ」

「まあ。そうでしたの。でもなぜそのお国なのかしら? 確か……我が国よりだいぶ途上なお国のはずですわよね?」

「そうだ。特に特産物があるとは聞かないし、我が国とは交易もない国だ。だから商団へ随分と色をつけてやることになった」

 カイザーが小さくため息を吐いたのでアリサは慰めるように微笑した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

虐げられるのは嫌なので、モブ令嬢を目指します!

八代奏多
恋愛
 伯爵令嬢の私、リリアーナ・クライシスはその過酷さに言葉を失った。  社交界がこんなに酷いものとは思わなかったのだから。  あんな痛々しい姿になるなんて、きっと耐えられない。  だから、虐められないために誰の目にも止まらないようにしようと思う。  ーー誰の目にも止まらなければ虐められないはずだから!  ……そう思っていたのに、いつの間にかお友達が増えて、ヒロインみたいになっていた。  こんなはずじゃなかったのに、どうしてこうなったのーー!? ※小説家になろう様・カクヨム様にも投稿しています。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】種馬の分際で愛人を家に連れて来るなんて一体何様なのかしら?

夢見 歩
恋愛
頭を空っぽにしてお読み下さい。

『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故

ラララキヲ
ファンタジー
 ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。  娘の名前はルーニー。  とても可愛い外見をしていた。  彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。  彼女は前世の記憶を持っていたのだ。  そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。  格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。  しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。  乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。  “悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。  怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。  そして物語は動き出した…………── ※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。 ※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。 ◇テンプレ乙女ゲームの世界。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げる予定です。

婚約破棄され、平民落ちしましたが、学校追放はまた別問題らしいです

かぜかおる
ファンタジー
とある乙女ゲームのノベライズ版悪役令嬢に転生いたしました。 強制力込みの人生を歩み、冤罪ですが断罪・婚約破棄・勘当・平民落ちのクアドラプルコンボを食らったのが昨日のこと。 これからどうしようかと途方に暮れていた私に話しかけてきたのは、学校で歴史を教えてるおじいちゃん先生!?

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...