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31 デッドの幼少期

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 騎士家の嫡男として生まれたテッドは幼い頃から木剣を握り鍛錬相手として選ばれた同年齢のノアルとともに鍛錬に勤しんでいた。

 家庭教師も学術については半ば諦めており最低限を身につければよいと考えていた。

 ある日家庭教師が学習道具の一つとして挿絵のたくさん入った本を持ってきた。絵本とは言わないが少年が読むにふさわしい言葉とふんだんに使われている挿絵が特徴の書物である。

 それは魔王軍と戦いながら突き進み最後には一人で魔王の元に辿り着き、それまでの仲間の想いを込めた一撃は光を放ち魔王を倒すというヒーロー物語だった。仲間たちはそれぞれ回復をしており王都には皆で凱旋し英雄パーティーと称され尊敬と感謝を受けている。よくある英雄物語であるが、子供向けなので主人公にかかわる主要人物は誰も死なないし、住民たちも家を壊されたり畑を荒らされたり家畜を食べられたりしてしまうが逃げまどっている内容となっている。

「何だこの話は! 住民たちが襲われているのになぜこんなに対応が遅いのだ!」

 テッドは勇者が魔王を倒したことよりも魔王軍が蔓延り住民たちが被害を受けたことに衝撃を受け家庭教師に訴えた。

「え? そこですか? 英雄に憧れるではなく?」

 面食らった家庭教師は必死に説明を考える。窮地がなければ英雄譚は成立しないのだから窮地になぜと聞かれても困ってしまう。住民が困るのはテンプレの設定である。

「まあ。住民に魔獣や魔物と戦う力がないからですね」

「なぜ鍛錬させないのだ?」

「武術の鍛錬をしていては農作や狩猟や家事などの仕事に手が回らなくなるからですよ。彼らにとってはいつ現れるかわからない魔物に襲われる心配より明日食べられるかの心配が重要なのです」

「ならば軍を派遣すればいいではないか」

『これはチャンスなのではないか?!』

 家庭教師はフル回転で考えを巡らせた。

「軍については私は詳しくは存じ上げません」

 詳しいことはわざと知らないで通しテッドの様子を見ながら慎重に話を進めていく。そしてテッドが考えている様ならば黙って待つ。

「ノアルはどう思う?」

 話を振られたノアルは口籠った。

「え? いや、その、英雄が魔王を倒したからこれからは幸せになれるからよかったなって……」

『そうですよね。それが普通の少年の感想です』

 うんうんと首肯する家庭教師にノアルはホッとしてふぅと嘆息する。

「だが被害が大きすぎると思うのだ……父上に相談してみるしかないな……」

『これは物語なのでバリヤーナ侯爵様にご相談されてもお困りになるだろうな』

 実直なテッドの反応と困り顔のバリヤーナ侯爵を思い浮かべた家庭教師は楽しげに口端を上げて、腕を組み本を睨みつけて真剣に悩むテッドとテッドが気にしているシーンを読み返そうとページを必死で捲るノアルを嬉しいそうに見つめた。

「テッド様。ならばテッド様がバリヤーナ侯爵家を後継なさったらどうなさるのですか? 先代となられるお父上様にご相談なさるのですか?」

「え?」

「それでもしお父上様にもしものことがあったならどうなさるのですか?
住民たちを見捨てるのですか?」

「見捨てるわけない!」

 ガタンと椅子を倒して勢いよくテッドが立ち上がり怒る姿にノアルも驚いた。ギュッと握られたテッドの拳はワナワナと震えている。

「しかしながらテッド様は何も知らないため何も対策が浮かばないのではないのですか?」

「そ、そうだけど。今はまだ浮かばないだけだ。俺だって学んでいけば作戦を考えられるようになる!」

「少なくとも領地の地図や地形を覚えねば有効な衛兵派遣はできません。
距離が分からねば時間の計算もできません。
時間の計算ができねばかかる経費などの計算もできません。
いや、そもそも計算ができねば何も派遣できません。知識がなければ派遣のための備蓄もできません」

 テッドの顔が怒りから悲しみになる。

「テッド様。お父上様にお聞きするということは先人の知恵をお借りすること。先人たちの知恵や知識を利用なさるのはとても素晴らしいことです。ですがそれを学ぶにはまずは基礎的なことができねばならないのですよ。そしてそれを使うにはこれまた基礎的な計算などができねばなりません」

「俺が馬で駆ける……」

「南部と北部で同時に山賊が出たり土砂崩れがあったらどうなさるのです?」

 この世界に魔物は存在しない。家庭教師は話の内容を山賊や土砂崩れというリアリティーのある言葉に変えた。
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