上 下
2 / 57

2 ヒロイン? ヒーロー? 悪役令嬢? 登場

しおりを挟む
 招待客がほぼ集まり多くの者たちのお腹が満たされたことを見計らって音楽の曲調が寛ぎを誘うものから勇壮なものへと変わる。それに気がついた子女たちは中庭や食事部屋にいた者たちもダンスホールに集まった。

 ホールのどこからでも見える螺旋階段は幅が広く緩やかにカーブしている。その最上部に気配を感じて見上げると濃いめの緑色の髪を後ろに撫でつけて白を基調とした生地に金糸や空色糸で豪華に刺繍されたタキシードを着た容姿も綺羅びやかな青年が奥から現れた。
 その傍らには藍色の髪を緑色の大きなリボンを付けたツインテールにしていて、儚げで可愛らしい少女が腕を組んでいる。淡い黄色をベースにして緑の糸でふんだんに刺繍の施されたドレスは細い肩を露出させているが少しさみしい胸元のおかげで低俗な印象はない。

 二人は笑顔で階段を下りてくる。会場から見て右に下りだし左にカーブし中央に降り立つころには二人の衣装が互いの色を混ぜて同じ刺繍が施されたお揃いの衣装だということが見て取れるようになる。普段の学園での様子を知る者ばかりが集まっているのである意味納得であり、かといって貴族子女としてオルクス公爵家の縁関係を知っている者がほどんどなので驚く心理も存在する。

『ああ。ズバニール様はそちらを選ばれたのかぁ…』

 残念だというのが正直な気持ちで、階段の上に現れた時からわかってはいたがこうまで見せつけられると補う言葉は出てこず自ずと褒め言葉も生誕祝福の言葉も出てこない。

 会場に小さなどよめきと嘆息とうろたえとが混じり合い微妙な空気になった。

 それを読めない主役はさらなる爆弾を投下する。

「俺が第一ダンスを披露せねばパーティーが始まらないだろう。
楽団よ。ワルツを奏でよ!」

『今日の主役は貴方だけではないですよぉ!!』

 誰もが思い誰もが口に出せずにいた。
 その中には指揮者も含まれておりズバニールからの鋭い視線に汗をたらし始め逃げるように視線を反らして壁際に立つ者たちの中から懸命にある人物を探した。指揮者がその人物を見つけると安堵から目に涙を溜めてしまった姿に楽団員たちもグッと唇を噛んで涙を堪えた。

『師匠! わかりますよぉ!!』
『リーダー! 頑張ってぇ!』
『貴方だけが頼りですぅ!』

 楽団員たちの潤んだ瞳が指揮者に注目する中、指揮者は懸命に壁際のその者へ目で合図を送っていた。

 壁際に立っていた総合責任者執事長コリアドルはため息を溢しながら頷く。指揮者はぱぁと顔を明るくして笑顔で楽団員たちに向き直った。楽団員の小さなため息など序の口で数名の者から涙がぽろりと落ち数名の者から鼻の啜る音が聞こえたほどである。

「ではワルツ四番」

『『『パラパラパラ』』』

 楽譜を捲る音が一斉にして準備が整うと指揮者へ視線が戻る。
 指揮者の華麗な指揮によって前奏が始まるとズバニールはニコリと笑って隣にいる藍色の髪の少女へ手を伸ばした。

「パレシャ。いくぞ」

「はいっ!」

 二人のダンスはとても感激できる……

 ものではなかった。
 
 ズバニールは幼い頃から努力が嫌いであるため基礎中の基礎の初級ステップしかできない。パレシャはいかにも運動神経が鈍くエスコートの力量なくしてはまともに踊れないが初級ステップならなんとか数回足を踏むだけで済むというレベルである。
 そのような状態でも皆の注目の中で一組だけのダンス披露をした二人は満足そうな笑顔で目を合わせて笑っていた。

 拍手を送るべきか悩んでいる微妙な空気となった会場の雰囲気に慌てた指揮者はこのままダンスタイムに突入してしまおうともう一度タクトを振り上げたその時、三つ目の爆弾が投下された。

「メイロッテ・コンティ! 前へ出てこい!」

 ズバニールが皆が注目するように声を張り上げるがそれに反応がないため黄褐色の瞳を細くして会場を見回している。パレシャはズバニールの後ろに隠れるようにして半分だけ顔を出し肩を震わせていて水色の大きな瞳から涙があふれるのではないか思われるほど潤ませていた。

「もしやわたくしをお呼びですか?」

 涼やかな声がするとその声の方から人がサアっと割れていき青年と少女まで道が開けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢のいない乙女ゲームに転生しました

かぜかおる
ファンタジー
悪役令嬢のいない乙女ゲームに転生しました!しかもサポートキャラ!! 特等席で恋愛模様を眺められると喜んだものの・・・ なろうでも公開中

普段は地味子。でも本当は凄腕の聖女さん〜地味だから、という理由で聖女ギルドを追い出されてしまいました。私がいなくても大丈夫でしょうか?〜

神伊 咲児
ファンタジー
主人公、イルエマ・ジミィーナは16歳。 聖女ギルド【女神の光輝】に属している聖女だった。 イルエマは眼鏡をかけており、黒髪の冴えない見た目。 いわゆる地味子だ。 彼女の能力も地味だった。 使える魔法といえば、聖女なら誰でも使えるものばかり。回復と素材進化と解呪魔法の3つだけ。 唯一のユニークスキルは、ペンが無くても文字を書ける光魔字。 そんな能力も地味な彼女は、ギルド内では裏方作業の雑務をしていた。 ある日、ギルドマスターのキアーラより、地味だからという理由で解雇される。 しかし、彼女は目立たない実力者だった。 素材進化の魔法は独自で改良してパワーアップしており、通常の3倍の威力。 司祭でも見落とすような小さな呪いも見つけてしまう鋭い感覚。 難しい相談でも難なくこなす知識と教養。 全てにおいてハイクオリティ。最強の聖女だったのだ。 彼女は新しいギルドに参加して順風満帆。 彼女をクビにした聖女ギルドは落ちぶれていく。 地味な聖女が大活躍! 痛快ファンタジーストーリー。 全部で5万字。 カクヨムにも投稿しておりますが、アルファポリス用にタイトルも含めて改稿いたしました。 HOTランキング女性向け1位。 日間ファンタジーランキング1位。 日間完結ランキング1位。 応援してくれた、みなさんのおかげです。 ありがとうございます。とても嬉しいです!

お姉さまから婚約者を奪って、幸せにしてみせますわ!

歩芽川ゆい
ファンタジー
「ごめんね、お姉さま、婚約者を奪っちゃって♪」 ラクリマンドは姉であるカンティレーナに満面の笑顔で言った。  姉はこの国の皇太子と婚約をしていた。しかし王妃教育を受けてからの姉は、優秀だったはずなのにその教育についていけていないようだ。また皇太子も姉のことを好きなのかどうかわからない。  自慢の姉が不幸になっていくのを見ていられない!  妹である自分が婚約者になれば、きっと全員幸せになるに違いない。  そのためなら悪役にだってなってみせる!  妹の奮闘記です。

辺境伯令嬢は婚約破棄されたようです

くまのこ
ファンタジー
身に覚えのない罪を着せられ、王子から婚約破棄された辺境伯令嬢は…… ※息抜きに書いてみたものです※ ※この作品は「ノベルアッププラス」様、「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています※

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

碓氷唯
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

『絶対に許さないわ』 嵌められた公爵令嬢は自らの力を使って陰湿に復讐を遂げる

黒木  鳴
ファンタジー
タイトルそのまんまです。殿下の婚約者だった公爵令嬢がありがち展開で冤罪での断罪を受けたところからお話しスタート。将来王族の一員となる者として清く正しく生きてきたのに悪役令嬢呼ばわりされ、復讐を決意して行動した結果悲劇の令嬢扱いされるお話し。

処理中です...