暴虐の果て

たじ

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第44話

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荒垣康平夫妻が、愛する娘、神南を病気で失ったのは5年前のことだった。

前々から、医者には娘は長くは生きられないだろうと説明されていた。

ーー白血病。それが、荒垣夫妻の娘のかかった病気だった。

「……おとうさん……。……体がいたいよう……」

「……大丈夫だ!お父さんとお母さんがついてる!な、神南、大丈夫だから!」

弱々しく病室のベッドで呻く、一人娘の右手を両手で握りしめ、荒垣が言った。

荒垣の隣に立って胸の前で固く両手を握りしめた妻の広美の目からは、ポロポロと涙が零れ落ちた。

……そして、病でボロボロになった神南は、やがて静かに息を引き取っていった。

「……ああああああああああアアアッッ!!」

力尽きた娘の体を強く抱き締めたまま、荒垣が悲痛な叫びをあげた。

……それから、荒垣と妻の広美は娘を亡くした心の隙間を埋めるように、果てしない責任転嫁の罵り合いを続け、遂に離婚してしまった。


      ◆  ◆  ◆  ◆


……一人娘を亡くし、妻とも離婚したあと、荒垣は、毎日のように浴びるように大量の酒を飲むようになり、そして、彼の心は壊れていった。

探偵事務所所員の、須藤たちも荒垣の異変には気がついていたものの、なかなか言い出せずにいた。娘が病気で亡くなったのだ。それも仕方がないと須藤たちは思っていた。

例えば、ある日の調査の合間のことだ。

共に、ターゲットを尾行していた須藤に荒垣が突然言った。

「……あれぇ、須藤さん?……何でまだ新人の僕が須藤さんと尾行調査なんてしてるんですか?」

「……えっ……!!しょ、所長っ!しっかりしてくださいっ!なに変なことを言ってるんですか!?」

須藤が、いつもとは様子の違う荒垣の肩に手をかけて前後に揺さぶった。須藤に揺さぶられながら、ヘラヘラとした笑いを浮かべて荒垣が続けて言った。

「……所長?……いやだな~~、須藤さん。所長は今日は、別件でいないじゃないですか。ったく、どうしたんですか?」

「……荒垣所長…………」

須藤は、予期せぬ荒垣の変貌にしばし言葉を失った。

……荒垣は、一体どうしてしまったのだろう?これは、娘を亡くしたショックの余り、精神に異常を来してしまっているのでは?

そんなことを須藤が考えていると、突然、荒垣が引き締まった表情になって言った。

「……おい、須藤!なに、ボーッとしてるんだ?お前らしくもない!……で?ターゲットは、店から出てきたのか?」

「……えっ!……いや、まだ出てきていません」

「……そうか。もうしばらくはかかりそうだな」

……今の荒垣の変貌は気のせいだったのか?、と思いたくなるほど、荒垣の顔はケロリとしたものだった。

……その日から、短時間とはいえ、仕事中に荒垣がおかしくなることが度々起こるようになった。

須藤たちは、それに戸惑いながらも指摘することができなかったのだった。
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