暴虐の果て

たじ

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第25話

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2月15日

あれから、ファイルに書かれていた通りに、薬を使っていた鬼洞院だったが、最近では、妙なノイズめいた幻覚が現れたり、物悲しいピアノの幻聴が聞こえたりと、自身の変調を感じる場面が多くなっていた。

そして、先日など、突然、通りを歩く赤の他人を殺したい衝動に苛まれて、それを堪えようとしてブルブルと全身を震わせるはめになってしまった。

…………いけない。このままでは、俺もあの殺人鬼のように変貌してしまうんじゃないのか。

そう思って、薬のもたらす快楽に何とか抗って、薬をやめようとしても、耐え難い頭痛と吐き気に襲われてそれもままならなかった。

…………そうして、ズルズルと薬を使い続けていた、ある日。

一人きりのアパートの部屋の中で、鬼洞院の頭の中に誰かの声が聞こえ始めた。

「……お前は俺だ。そして、俺はお前だ……殺せ……殺せ……殺せ……」

…………これは、一体誰の声なんだ?訝る鬼洞院を尻目に、その声は、延々と何時間も鬼洞院の頭の中で鳴り響き続けた。

……そして、それからしばらくたった頃、鬼洞院は、自身の体を、ミンチ事件の犯人の亡霊が操っていると、そう信じ込むようになり、誰にも見つからないように裏で殺人に手を染めることとなった。


10月23日

「…………ええ、はい。…………分かりました」

荒垣探偵事務所の窓の側で、着信を受けた荒垣が、そう言って電話を切った。

「……どうかしたんですか?」

自分のデスクに座っていた、須藤が、荒垣に声をかける。

「……ああ、それがな、どうもあの奥さん、警察でストーカーから薬を買っていたことを白状しちまったらしい」

「……あの奥さんって……入江真美のことですか?」

「ああ、そうだ。それで、もう、尾行調査の必要はなくなったって、宇都宮さんからのご連絡だ」

「……そうなんですか」

納得したように言った後、須藤は、他の浮気調査の書類を再び整理にかかる。

その様子を見ながら、荒垣の胸に先程の電話の内容が思い出された。

「これは、オフレコだ。他の所員には、漏らすなよ」そう、荒垣に前置きした宇都宮の話によると、どうも京子を拐ったストーカーは、現在、ワイドショーを賑わせている、あの連続殺人事件の犯人の可能性が高いらしい。

「……やれやれ」

そう呟いて、首を振りながら荒垣は、入江誠治に心の底から同情した。



10月24日 S警察署待合室

前日、宇都宮から連絡を受けた荒垣は、所員には秘密で、ここS警察署へとやって来ていた。

「最初は、他の所員からも話を聞こうか、と思っていたんだが、どこから情報が漏れるか分かったもんじゃないからな。調査にまつわる書類も、他の所員には気づかれないようにこっちに持ってきてほしい」

「……わかりました」

荒垣の頭の中に、昨日の宇都宮とのやり取りが思い浮かんだ。

「……はあ。」

荒垣が待合室の椅子の上でため息をつくと、

「よお!顔を合わせるのは、久しぶりだな。数ヶ月ぶりか?」

と言いながら、宇都宮が階段を降りて姿を現した。

「……お久しぶりです。宇都宮さん」

荒垣も笑顔を浮かべて言う。

荒垣が、他の所員に漏らすほど、2人の関係は悪いものではなかった。

言ってみれば、師匠と弟子の関係に近い。

荒垣は照れ臭さも相まって、愚痴をこぼしているだけにすぎなかった。

「とりあえず、こっちの部屋に入ってもらえるか?」

それから、宇都宮に案内されて荒垣は、取調室の一室へと通された。宇都宮は、荒垣を一人残して部屋を出て行く。

やがて、宇都宮が、取り調べを記録するためのバインダーとペンを片手に現れた。

机を挟んで向かい合った荒垣に、宇都宮が質問する。

「……それじゃあ、最初に入江真美から相談があったところから、順を追って話してくれるか?」


……それから、およそ一時間後。

「……なるほど。……まあ、お前から聞くことはこんなもんだな」

手元のバインダーに荒垣から聴取した内容を書き込むと、宇都宮がふう、とため息をついた。

「……こちらが、入江京子のストーカーについての調査の詳細です」

荒垣が持参してきた、調査書を机越しに宇都宮に差し出す。

「おお、ありがとな」

顔を綻ばせながら、宇都宮が言う。

そして、2人は取調室から出て、表の待合室まで歩いていった。

「……まあ、また今度飲みにでもいこうや。今日はどうもご苦労さん」

宇都宮は最後にそう言って、荒垣の肩を一つポン、と叩くと、左手を振りながら階段を昇ってゆく。

荒垣は、無言のままその場で一礼して警察署を後にした。

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