暴虐の果て

たじ

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第11話

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11月11日午後5時

色々考えているうちに、昨日隣の男から、過去に拉致監禁された人間の一人が、パソコンに表示されているクエスチョンの問いに答えて外に出られた、という話を思い出した。

……いったいなぜ今まで思い出さなかったのだろう?ここに監禁されてからというもの、どうにも頭の働きが鈍い気がする。

……果たしてそれは気のせいなのか?
私が眠っている間に妙な薬でも打たれたりしてないだろうか?

そう思って一応自分の体を調べてみたけれど、それらしい痕はどこにもない。

………まさか、とは思うが毎日いつの間にやら置かれているパンと水のどちらかに入っているんじゃあ………。

とはいえ何日かは飲み食いを止めてみた方がいいかもしれない。

さて、過去に脱出出来た者がいるという事は必ずどこかしらに出入り口がある筈だ。

私はもう一度丹念に部屋中をくまなく調べ始めた。

………ん?これは何だろう?

机の上に乗って天井にある通風口を調べていた時、鉄格子の端に、なにか白いノートの切れ端のようなものが、小さく折り畳まれた状態で挟まっていることに気がついた。

……破けないようにそーっとそれを摘まみ出す。

それはB5程度の紙を半分くらいに破いたもので、
そこにはただ、"ひんと:わたしのすきなこと"
と、マジックで汚く書き殴られている。

「……ヒントが"私の好きなこと"?」

……この一文は明らかにあのパソコンの問いについて言及しているのだろう。
しかし、そんなもの私はとっくに打ち込んでいる。

……………………………………。 

……まさか、これは犯人にとっての"好きなこと"か?

私を拉致監禁した犯人が好きなこと、か…………。

……私はそれについてしばらくの間考え込んだ。


11月11日午後7時

「3126番はあれからどうなった?」

ここはT刑務所の刑務官の待機室だ。
椅子に座って制帽を脱いでタバコを吹かしている男、藤堂に問われると、対面に座っていたメガネの男が、

「ハッ!!3126番ならば、先程鎮静剤でようやく落ち着いて部屋に戻されたところです!」

と、やや緊張した面持ちでハキハキと答える。

「そうか。ここは医療刑務所じゃないってんだよ………。ひょっとせんでも、そのうちアイツよそに移送になるかもな……。」

そうしてくれれば、俺たちとしては万々歳なんだがな。

「……そういえばあの3126番なんですが、どうも気になることを言っておりまして。主任は昔あった通称ミンチ事件はご存知ですか?」

「ああ、勿論覚えてるさ。あのけった糞悪い、サイコ野郎の事件だろ?……確かあれは最後犯人が自殺したんじゃなかったか?」

「はい。その件で3126番がどうもそれと関係あるような発言をしておりまして。どうにも気になって………。」

「……ふん!どうせ頭のおかしいヤク中の言うことだ。そんなもの、気にしなくていい。」

話し終わると不機嫌そうに藤堂はモクモクとタバコを吹かし続けた。


9月2日

残暑の厳しい午後の日差しを浴びながら仮戸川は額に浮かんだ汗を手の甲で拭った。

「……フーーーッッ!あっついな……。」

今仮戸川は入江家が正面から見渡せる、100m程先の公園のベンチで監視を続けていた。

先日ストーカーの接触を受けてからというもの、すっかり京子は外に出るのを怖がってしまって、ここ二日程学校も仮病を使って休み家から一歩も外へは出ていなかった。

「まあ、監視する身としては楽と言えば楽かな………。この暑ささえなければね……。」

いくら、木陰のベンチにいるとは言え2時間も3時間もいればすっかり汗だくになるのに、加えて今日は風がないので特に辛い。

「………お疲れ様。」
手にコンビニの袋を提げた須藤が差し入れを持ってきた。

ペットボトルの冷えた飲料水を受け取りすぐに仮戸川はグビグビと飲み干す。

「……ぷはぁ~~~~!!生き返ったっっ~~~!!」

「……それにしても、先日ストーカーを取り逃がしたのは痛かったな……。」

苦い顔で須藤が呟く。

「いやいや、アレはしょうがないですよ!車のナンバーも隠されてたんでしょ?で、すぐ犯人も逃げちゃったと。うん、例え所長が行ってたとしても変わらなかったと思います!」

「……まあ、過ぎたことは気にしない方がいいかな。ところでここまで何か変わったこととかはなかったかな?」

「うーん。全く!」

「…そうか。それじゃあ、この辺で私が交代するよ。君は向こうに停めてある、クーラーの効いた車内でゆっくりと休むといい。」

「はい!」

そう答えて車のある方へ歩いていく仮戸川の足取りは、俄然軽かった。


    ◆  ◆  ◆  ◆


8月2日午後5時

……昨日、あの写真とよく似た可愛い、高校生位の女の子を彼は見つけてしまった。

女友達数人とキャッキャ騒ぎながら繁華街を歩いていく彼女の姿に彼の瞳は釘付けになった。

………そして、その日から彼の入江京子に対するストーキングが始まった。

………そう。そうだよ……。
俺達はずっと前から結ばれる運命だったんだ。
……俺があの廃屋を見つけたその日からね…………。

……ケケケケケケケケッッッ!!

真っ暗な部屋で彼は不気味に笑い声をあげた。


    ◆  ◆  ◆  ◆


8月15日午後9時入江家

「……それで?例の気持ちの悪い手紙はまだ投函されてるのか?」

黒縁眼鏡で短い髪を丹念に後ろへ撫で付けた中年男、入江誠治が苛立たしげに妻である真美に問い質した。

「……ええ、ずっとあれから毎日………。」

どこか浮かない顔で夫の質問に答える真美。

「……チッッ!!こっちは仕事で毎日忙しいっていうのに!……わかった。こちらの知り合いからストーカー対策できるところを当たってみよう。お前もそれでいいな?」

「……ええ、そうね……。」

やはり歯切れ悪く真美はその言葉に同意した。


………はじめは単なる好奇心だった。また、近頃夫との行為に不感症ぎみである事もあったかもしれない。

いずれにせよ、入江真美は人知れず自宅からインターネットを通じて違法であろう、ある薬物を買うようになった。

……そして、その薬物を繁華街の指定されたコインロッカーから取り出すとき、いつもB5程の白い紙が同封されていて、その紙には汚い殴り書きで送り主からのメッセージが書かれており、どうもその筆跡が娘のストーカーの物と酷似しているように見えた。

………しかし、自分が違法な事をしているという罪悪感からか、彼女はまだ、誰にもその事を言えないでいた。



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