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第5話
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8月17日
「それで、ご依頼というのは、つまり…ストーカーをどうにかしてもらいたい、そういうことでよろしいんでしょうか?」
顎に無精髭を生やした男が、携帯電話で話し込んでいる。
「本来なら、うちではこういった案件はあまり扱っていないんですけどね…。」苦り切った様子で男は電話の相手にそう返す。
「…まぁ、でも、宇都宮さんの紹介ですから…。……わかりました。どうにかしましょう。とりあえず、明後日、その仰っていたストーカーの証拠とやらを…。…ああ、そうですね…。じゃあ、その時に手付けもお願いできますか。えぇと、身内価格って事でとりあえず10万円お願いできますか?…。…えぇ、はい…。はい…。それじゃあ、明後日5時に……。」
携帯の画面をタップして男は通話を切る。
「所長。その手の案件はうちではやらないんじゃなかったんですか?前職で嫌気が差したっていってたじゃないですか!」
ジト目で、傍らのデスクで浮気の報告書をパソコンで書き上げていた、所員の仮戸川(かるとがわ)が、そう所長の荒垣に言う。
「いやだって、今回はしょうがないだろう?だって、宇都宮さんの知り合いなんだぜ。断ったら、あのオッサンが何してくるかわかったもんじゃない。普通にうちの営業妨害してくるのは目に見えてんじゃねぇか…。」
フゥーーッッと大きくため息をつくと、荒垣は所長用のデスクの皮張りの椅子にどっかと腰を下ろす。
荒垣は今年42歳で、宇都宮と言うのは、前職であった刑事時代の上司の名前だ。辞めてから10年近くたつ、というのにちょくちょく雑用を押し付けられている。
「…まぁ、とにかく、明後日の午後に先方が来られるから、よろしく。」
「えぇっ!?何で僕が…。」
「しょうがないだろ。その日は月一でな。」
荒垣の言葉に、仮戸川はハッとする。「月一」ーつまり、我が子に会える貴重な1日。
荒垣は5年前に離婚しており、その際、娘の親権を元嫁に取られている。
……ならば、しょうがあるまい。やれやれといった調子で「まったくしょうがないですね~。貸し1ですよ!」と仮戸川は返した…。
8月19日午後5時少し前
……もうそろそろしたら、ストーカーに悩まされている、という依頼者が来る。
仮戸川正史は、荒垣探偵事務所期待のホープ、26歳だ。とはいっても、所員は荒垣含めたった4人しかいない。
しかも、内一人は事務と兼任だ。加えて、仮戸川自身、昔からのベテランというわけではなく、この事務所に勤め出してまだ2年目である。
…とはいえ、2年目の新人でも留守番くらいは出来る、と荒垣は踏んだらしい。
仮戸川が何とはなしに窓の外を眺めていると、「ピンポーン!」とインターホンの鳴る音がした。
「はい!」思わず答えて玄関口に走ってゆくと、そこには妙齢の髪の長い美人が佇んでいた。
「お待ちしておりました!どうぞこちらへ!」いつになくキビキビした態度で仮戸川は奥にあるソファーまで案内する。
依頼者がソファーに座ったのを横目に給湯室で麦茶をコップに注ぎ、依頼者の前にそっと置いた。
「……早速ですが、荒垣が言うにはどうもストーカーにお困りだ、とか。あっ、申し遅れました、私、当事務者の調査員の仮戸川と申します。」
そう切り出す仮戸川に、少しぎこちない笑みを浮かべて依頼者は、「どうもご丁寧に。私(わたくし)、入江真美と申します。……えぇ、そうなんです。…とは言っても、ストーカー被害に遭っているのはうちの娘なんですけど……。」
そこで入江はがさごそと傍らのブランドものだろうバッグを探る。
バサッ、とソファー前のガラス机に何か書類を広げ始める。
「…これは?」
「…毎日のようにこんな怪文書が投函されているんです。」
見ると、B5程の大きさの紙に"クソ売女犯してやる"だの、"俺とお前は前世から結ばれる運命なんだ"だのとストーカーに有りがちな一方的な文章が、汚い荒々しい字で書き殴られている。
「…これは酷いですね…。」内心とは裏腹に心底酷いと思っているような口調を心掛けて仮戸川はそう返す。
「…これだけではなくて。」入江は今度は何やらスマホで動画を再生する。
おそらく慌てて撮影したのだろう、画面はライトが点いていないようで少し暗い。どうやら、どこかの路上で夜撮影したものらしい。
高校生?それとも大学生だろうか。一人の少女が大柄な髪の長い男に両手首を掴まれて必死に抵抗している。
「ちょっと離しなさいよ!!あんたケーサツ呼ぶわよ!!」どうもこれは撮影者が言っているらしい。
その声の後ろで「いやぁーー!!!やめてーーー!!!」という悲鳴と、「うへへへ……。」というなんとも不気味な笑い声が聞こえる、と思った瞬間、カン、という音と共に画面が真っ暗になった。
「……これは?」
「先日娘が友達と遊んだ帰りにどうも怪文書をうちに投函しているストーカーと出くわしたみたいで、これはその時お友達が何かの役に立つかも、と思い付いて撮ったものなんです。」
「それで、ご依頼というのは、つまり…ストーカーをどうにかしてもらいたい、そういうことでよろしいんでしょうか?」
顎に無精髭を生やした男が、携帯電話で話し込んでいる。
「本来なら、うちではこういった案件はあまり扱っていないんですけどね…。」苦り切った様子で男は電話の相手にそう返す。
「…まぁ、でも、宇都宮さんの紹介ですから…。……わかりました。どうにかしましょう。とりあえず、明後日、その仰っていたストーカーの証拠とやらを…。…ああ、そうですね…。じゃあ、その時に手付けもお願いできますか。えぇと、身内価格って事でとりあえず10万円お願いできますか?…。…えぇ、はい…。はい…。それじゃあ、明後日5時に……。」
携帯の画面をタップして男は通話を切る。
「所長。その手の案件はうちではやらないんじゃなかったんですか?前職で嫌気が差したっていってたじゃないですか!」
ジト目で、傍らのデスクで浮気の報告書をパソコンで書き上げていた、所員の仮戸川(かるとがわ)が、そう所長の荒垣に言う。
「いやだって、今回はしょうがないだろう?だって、宇都宮さんの知り合いなんだぜ。断ったら、あのオッサンが何してくるかわかったもんじゃない。普通にうちの営業妨害してくるのは目に見えてんじゃねぇか…。」
フゥーーッッと大きくため息をつくと、荒垣は所長用のデスクの皮張りの椅子にどっかと腰を下ろす。
荒垣は今年42歳で、宇都宮と言うのは、前職であった刑事時代の上司の名前だ。辞めてから10年近くたつ、というのにちょくちょく雑用を押し付けられている。
「…まぁ、とにかく、明後日の午後に先方が来られるから、よろしく。」
「えぇっ!?何で僕が…。」
「しょうがないだろ。その日は月一でな。」
荒垣の言葉に、仮戸川はハッとする。「月一」ーつまり、我が子に会える貴重な1日。
荒垣は5年前に離婚しており、その際、娘の親権を元嫁に取られている。
……ならば、しょうがあるまい。やれやれといった調子で「まったくしょうがないですね~。貸し1ですよ!」と仮戸川は返した…。
8月19日午後5時少し前
……もうそろそろしたら、ストーカーに悩まされている、という依頼者が来る。
仮戸川正史は、荒垣探偵事務所期待のホープ、26歳だ。とはいっても、所員は荒垣含めたった4人しかいない。
しかも、内一人は事務と兼任だ。加えて、仮戸川自身、昔からのベテランというわけではなく、この事務所に勤め出してまだ2年目である。
…とはいえ、2年目の新人でも留守番くらいは出来る、と荒垣は踏んだらしい。
仮戸川が何とはなしに窓の外を眺めていると、「ピンポーン!」とインターホンの鳴る音がした。
「はい!」思わず答えて玄関口に走ってゆくと、そこには妙齢の髪の長い美人が佇んでいた。
「お待ちしておりました!どうぞこちらへ!」いつになくキビキビした態度で仮戸川は奥にあるソファーまで案内する。
依頼者がソファーに座ったのを横目に給湯室で麦茶をコップに注ぎ、依頼者の前にそっと置いた。
「……早速ですが、荒垣が言うにはどうもストーカーにお困りだ、とか。あっ、申し遅れました、私、当事務者の調査員の仮戸川と申します。」
そう切り出す仮戸川に、少しぎこちない笑みを浮かべて依頼者は、「どうもご丁寧に。私(わたくし)、入江真美と申します。……えぇ、そうなんです。…とは言っても、ストーカー被害に遭っているのはうちの娘なんですけど……。」
そこで入江はがさごそと傍らのブランドものだろうバッグを探る。
バサッ、とソファー前のガラス机に何か書類を広げ始める。
「…これは?」
「…毎日のようにこんな怪文書が投函されているんです。」
見ると、B5程の大きさの紙に"クソ売女犯してやる"だの、"俺とお前は前世から結ばれる運命なんだ"だのとストーカーに有りがちな一方的な文章が、汚い荒々しい字で書き殴られている。
「…これは酷いですね…。」内心とは裏腹に心底酷いと思っているような口調を心掛けて仮戸川はそう返す。
「…これだけではなくて。」入江は今度は何やらスマホで動画を再生する。
おそらく慌てて撮影したのだろう、画面はライトが点いていないようで少し暗い。どうやら、どこかの路上で夜撮影したものらしい。
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その声の後ろで「いやぁーー!!!やめてーーー!!!」という悲鳴と、「うへへへ……。」というなんとも不気味な笑い声が聞こえる、と思った瞬間、カン、という音と共に画面が真っ暗になった。
「……これは?」
「先日娘が友達と遊んだ帰りにどうも怪文書をうちに投函しているストーカーと出くわしたみたいで、これはその時お友達が何かの役に立つかも、と思い付いて撮ったものなんです。」
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