暴虐の果て

たじ

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第1話

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   11月15日
 オイルが漏れていた。ポツン、ポツンと雫の滴る音がコンクリートへ響く。

 私は鉄骨に鎖でつながれており、血の流れるこめかみに顔をしかめ、深く深呼吸をする。

 静かだ。とても。まるで世界から人が一人もいなくなってしまったようだ。

 天井からは裸のオレンジ色の電球がひとつ吊るされており、そのそばに、一組の机と椅子がある。
 それは木製の古びたもので、その上には、私のつながれた鎖の鍵がおかれている。

 私と机との距離ーおよそ5mほどかーこの状態ではとても手が届く距離ではない。

 私のつながれた鉄骨のそばには鉄格子のはまった四角い窓が1つ。
 外は雨が降っており、空は一面暗い灰色に沈んでいる。

 …部屋の隅ー私からはこれもやはり5mほどかーには、斜めになったドラム缶が1つ。

 表面は茶色にさびており、さきほどから工業油がポツン、ポツンと滴り落ちている。

 私は彼女を想う。彼女は無事なのだろうか。

 捕らえられた人々は、一月と持たずに殺されるか、放置され衰弱死させられるかの二択を迫られるらしい。

 非常にマズい展開だ。マキは無事だろうか。やはり私と同じく裸に剥かれ、冷たい鉄の柱に縛り付けられているのだろうか。

 私がここに連れてこられてから、八日目の夕方、そろそろ空も夜の帳を告げようとしている。

 食事は日に一度、食パン一切れと一杯の水だけ。ワゴンの上にそれは置かれ、運ばれてくる。

 私は手が使えないので、犬のように口だけで食事をする他はない。
 人としての尊厳が脅かされているのを感じる。


  11月8日 午後9時 
 私は恋人のマキと共に、三岳山へとドライブに来ていた。

 山腹からの夜景を眺めてレストランで食事をした後、しばらく山道を私の紺のカローラでビリー・ジョエルをbgmにして疾走していた。

 すると、突然、道の上をなにか動物が横切るのが見えた。ーと、軽くボンネットに衝撃が走る。

 てっきり、私はタヌキかイタチあたりをはねたのではないか、と思った。

 しかし、恋人のマキが、「今のって、人…じゃないよね?」と不安げな様子だったので、「まさか。それはないよ。」と返したものの、一応、ということで引き返して調べてみることにした。

 「…死んでるの?…嘘でしょ、嘘でしょ…。そんな…。」マキの取り乱した声で私は我に返った。

 暗く人気のない一車線の山道。その上にうつ伏せに倒れた髪の白い老婆ー白っぽい着物姿のーそれはまるで死に装束のようだ。

 ー頭からは出血しており、直径30cmほどの血だまりが出来ている。

 (何でこんな山道に着物姿の老婆が…。辺りに人家もないのに…。)

 (それに確かに人ではなかったはずだ!)動揺したまま、私は脈をはかり、念の為心臓の拍動の有無も確かめた。確かに死んでいる。

 「警察に電話しなきゃ…。」あのタイミングで車に飛び込んでくるなんて自殺志願としか思えない。

 「あ…あの…。事故です。えぇ、はい…。」マキが110番に通報している声が真っ白になった頭に響く。

 と、不意にどこからか曲が流れ出した。ピアノの物悲しい旋律だ。

 なんだか甘い匂いが、と思ったその瞬間目の前が真っ暗になり、私の意識は闇へと沈んだ。
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