追放された薬師は騎士と王子に溺愛される 薬を作るしか能がないのに、騎士団の皆さんが離してくれません!

沙寺絃

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1巻

1-3

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流石さすがはシグルド副団長! もう首を一つ落としたぞ! 俺らも負けていられませんよ!」
「皆の者は俺に続け! ただしヒュドラの血には注意しろ! あれは猛毒だ!!」

 シグルドの号令に呼応するように、騎士たちは雄叫おたけびを上げて突っ込んでいく。
 騎士たちは各々の攻撃を繰り出し、ヒュドラにダメージを与えていく。
 しかしヒュドラは九つもある首を巧みに動かし、騎士たちの攻撃を受け流す。そして隙を見て反撃に出る。
 シグルドや他の騎士たちが切り落としたはずの首が再生していく。ヒュドラには再生能力があるようだ。

「ふん……再生能力か。厄介だね。あれではいくらシグルドたちが首を切り落としてもキリがない」

 ユーリスがタブレットの画面をスクロールしながら呟いた。

「ユーリスさん、それは……」
「対象のステータスを解析できる装置さ。今みたいな状況なら、敵魔物の生体や弱点を分析できる」

 タブレットの表面に文字と数値、図形が表示される。

「……ヒュドラ。Sランクの魔物。猛毒を操り、九つある頭のうち八つは切り落とされても際限なく再生する。弱点は火らしいけど……この場に炎魔法を使える魔術師はいない。シグルドたちが勝てるかどうか……」
「じゃあシグルドさんたちは……」
「このまま戦い続ければ、体力を失って全員食い殺されてしまうかもね」

 シグルドたち騎士団が死ねば、リゼットは一人で王都に戻らなければならない。
 いや、それどころか無事に王都まで戻れるかどうか分からない。ここでヒュドラに全員殺される最悪の未来もありえる。

「ぎっ――ぎゃあアアアアアアッ!!」

 騎士の一人が絶叫する。
 最悪なことに、ヒュドラは毒液を吐く。再生した頭に毒液を吐きかけられた騎士の一人がのたうち回って咆哮ほうこうしている。
 ……こうなってはもう放っておけない。リゼットは背嚢はいのうからありったけの炎のフラスコを取り出した。

「リゼット?」
「他のことは全然ダメだけど……薬作りだけは!」

 薬作りの技術と知識に関してだけは、自信がある。
 リゼットは炎のフラスコをY字型のスリングショットに固定してゴムで引き延ばすと、ヒュドラに向かって発射した。
【アイテムスリング】。調合師が習得できる、数少ない調合以外の投擲とうてきスキルだ。
 炎のフラスコは真っ直ぐヒュドラに向かって飛んでいき、命中して爆発炎上を起こした。
 ヒュドラはのたうち回る。そして弱点である炎を浴びたことで、再生速度が落ちているようだった。

「今です! シグルドさん!!」
「感謝しますよ、リゼットさん!!」

 シグルドは剣を構え直して駆け出す。その時、シグルドの身体を淡い光が包んだ。

「ヒュドラよ、お前は強敵だった……だがここまでだ! らえ! 光属性付与の秘剣――【聖刃】!!」

 刀身がまぶしいほどに光り輝き、次々とヒュドラの頭を切り落としていく。
 六つ、七つ、八つ――炎のフラスコの効果で再生速度が落ちているせいで、ヒュドラの頭は再生しない。
 そしてついに、最後の一つ、九つ目の頭をシグルドが切り落とした。
 ヒュドラはすさまじい絶叫をほとばしらせる。頭部をすべて失った巨体が地面に倒れる。
 ズズゥン……!! 土煙が立ち昇る。
 やがて視界が開ける。そこには絶命してピクリとも動かなくなったヒュドラの亡骸なきがらが転がっていた。

「やった! やりましたね、副団長!」
「さすがは王国最強とうたわれる剣の使い手です!」

 騎士たちは歓喜の声を上げ、勝利を祝って抱き合ったりお互いを称えあったりする。
 一方、リゼットは呆然としていた。
 Aランクパーティーすら全滅させてしまった魔物を、シグルドはたった一人でほうむってしまった。
 とんでもない実力の持ち主だ。あの【鈍色の水晶】のリノより強いかもしれない……
 ユーリスも顔を出して呟く。

「さすがは王国最強の騎士【王家の至剣】のシグルド・ジークムントだ」
「王国最強の騎士……そうだったんですね」

 只者ただものではないと感じていたけど、まさかそれほどの人物だったとは。

「まあ今のは、キミのアシストが優秀だったおかげもあると思うけどね。さっきの武器はなんだい? ……え、炎のフラスコ? そんなバカな。あれだけの爆発炎上を起こしてヒュドラの再生をも妨害する炎のフラスコなんて、聞いたことがないよ」
「そう言われましても。本当に炎のフラスコなんですけど……」
「……まあいいか。それより、毒を食らった騎士たちは大丈夫かな?」

 ユーリスの言葉にリゼットはハッとして顔を上げる。
 そうだ、今は勝利を喜ぶよりも先に、騎士たちの無事を確認しなくては。
 リゼットは馬車を降りて、ヒュドラの毒を浴びた騎士たちに駆け寄る。
 無事な騎士が毒消しを飲ませたり、薬を塗ったりしているが、あまり効果はないようだ。
 毒を食らった騎士たちは真っ青な顔をしてビクビクと痙攣けいれんしたり、白目をいて泡を吹いたりしている。
 無理もない。ヒュドラの毒は猛毒だ。通常の毒消しでは除去しきれない。

「まずいぞ、このままでは死んでしまう!」
「もっと毒消しを投与するんだ!」
「ダメです、回復魔法の【メディポイズン】も効果がありません!!」

 回復魔法を使える者がメディポイズンを使用するが、やはり意味はなかった。毒を受けた騎士はどんどん衰弱していく。
 シグルドを始めとする騎士たちは震えた。目の前の毒を受けて苦しんでいる仲間たちを治す手段がない。
 そんな中、リゼットだけは諦めなかった。毒を食らった騎士の一人に駆け寄り、素早く症状を見る。そして頭の中で迅速に理論を構築していく。
 考えろ。考えるんだ。どうすればいい? こんな時、母ならどんな薬を作る……?

「……シグルドさん。ヒュドラのお腹を割いて肝臓を採取してください」
「リゼットさん?」
「この手の生物の猛毒には、本体が持つ毒液で作った特効薬が効きやすいんです。幸い私は調合セットをいつも持ち歩いているし、採取したばかりの薬草もあります。あとはヒュドラの毒液さえあれば特効薬が作れるはず」
「本当ですか!?」
「この人たちは助かります! 私が助けます! 私の言う通りにしてください!!」
「分かりました!!」

 リゼットはシグルドに指示を出し、シグルドはすぐに行動に移った。
 ヒュドラの腹部を剣で切り裂き、肝臓を取り出した。

「素手で触らないでくださいね。毒を食らってしまうかもしれないので……後は私に任せてください」

 リゼットはヒュドラの肝臓を受け取って、慎重に毒液を採取して乳鉢に入れる。
 別の乳鉢では、複数の薬草をすり混ぜる。
 スポイトでそれぞれの液体を採取する。それを底の丸くなったフラスコに一ミリグラムの間違いも起きないよう入れ、混ぜる。
 順番を間違えてもダメだ。わずかなミスが、取り返しのつかない失敗に繋がってしまう。
 ……分離せず、きちんと融合しているようだ。
 次に、細かく刻んだ蒸留草を加えて弱火にかける。
 フラスコの中身が青白く発光し、ほのかに甘い香りがただよってきた。ここが大事なポイントだ。
 リゼットは光が強くなりすぎず、弱くなりすぎない絶妙なラインを見極める。
 ちょうど良いタイミングで火から離し、用意しておいた陶器の器にフラスコの中身の液体を注いで素早く冷ます。
 冷めたのを確認したら、透明な上澄うわずみの部分をすくい上げて別のフラスコに入れる。

「それがヒュドラの毒の特効薬ですか?」
「はい。でもまずは効果を確かめる必要があります」

 リゼットはそう言うと、シグルドが採取したヒュドラの肝臓に目を向ける。
 そして躊躇ためらうことなくヒュドラの毒の原液を口に含んだ。

「なっ!? 何をしているのですか!?」
「く……薬の効果を確かめるためです……新薬を人に飲ませる以上、まずは自分の体で試験しないと……!」
「な、なんて覚悟だ……!」

 シグルドは驚愕した。
 ヒュドラの毒は猛毒だ。普通の人間ならば、たちまち命を落としてしまう。
 リゼットの全身を燃えるような熱さが包み、突き刺すような痛みが走る。手足が震えて視界が揺れる。吐き気もこみ上げてくる。
 リゼットは震える手で作ったばかりの解毒薬を飲み込む。……すると、すぐに症状が落ち着いてきた。
 この手の猛毒は回るのが速い。だが、その毒液を使って作った薬にも即効性がある。
 リゼットは賭けに勝った。
 自分の体から毒が抜けたのを確認する。リゼットは額の汗を拭いて、シグルドにフラスコを手渡した。

「さあ、仲間の皆さんにこれを飲ませてください。ヒュドラの毒液で作った解毒薬です。今みたいに、体内に侵入したヒュドラの毒を消してくれます」
「リゼットさん、貴女という人は……ありがとうございます!!」

 シグルドはまぶしいものを見るようにリゼットを見つめ、深々と頭を下げた。
 そして苦しんでいる騎士のもとへ駆け寄り、その口に解毒薬を流し込む。
 毒に苦しんでいた騎士の顔色は、みるみるうちに良くなっていった。高熱と汗が引き、ゼイゼイと苦しそうだった呼吸も穏やかになり、吐き気も収まったようだ。
 短時間で消耗したせいですぐに立ち上がるのは無理そうだが、一晩休めば元通りになるだろう。
 シグルドたちは手分けして、他にもヒュドラの猛毒を食らった騎士たちに解毒薬を飲ませていった。


 おかげで三十分も経つ頃には、先程までの地獄絵図のような光景は消えていた。

「これで全員回復したみたいですね」
「なんとお礼を申し上げたらいいか……貴女がいなければ、我々は今頃どうなっていたか……!」

 シグルドは深々と頭を下げ、リゼットの手を掴んで謝意を示す。
 男の人に手を握られる機会なんて今までほとんどなかったリゼットは、思わず身を引いてしまう。

「い、いえ、私は少しお手伝いをしただけです。ヒュドラを倒したシグルドさんたちのほうがすごいですよ」
「ヒュドラを倒せたのも、貴女の炎のフラスコのおかげですよ。やはり貴女の作る薬の効果はすさまじい……俺は感動しました! 薬作りの知識はもちろん、咄嗟とっさの判断力と行動力にも感服しました。リゼットさんはさぞ高名な調合師なのではありませんか?」
「いいえ、私はただの底辺冒険者の調合師です……死んだ母が薬学を教えてくれたから詳しいだけです。冒険者レベル三のゴミみたいな冒険者なんです。パーティーではカス同然のお荷物扱いされていたぐらいで……」
「ご、ゴミ? カス? お荷物!? そんなバカな! リゼットさんほどの御方なら、我々王国騎士団で雇用したいぐらいですよ!」
「お、大袈裟おおげさですよ」


 リゼットは首を振る。しかしシグルドは譲らなかった。

「いいえ、これが大袈裟おおげさなものですか! 貴女は的確にヒュドラの弱点を見抜いて弱体化させ、味方をサポートしてくれました。瞬時にヒュドラの毒の解毒方法を判断し、短時間で解毒薬を調合してくれたのですよ」
「でもヒーラーが一人いれば足りることですし……」
「ヒュドラの猛毒はプリースト以上の高位ヒーラーでなければ解毒できないでしょう。今だって、通常の解毒魔法のメディポイズンでは効果がありませんでした」

 そういえば、そうだった。

「しかもリゼットさんは薬の効果を確認するために、自分でもヒュドラの毒を飲んだ。これは誰にでもできることではありません。勇ましく、そして高潔な覚悟です。貴女は間違いなく一流の調合師です。俺が断言します!」
「あ……ありがとうございます」

 まさかここまで褒められるなんて思っていなかった。
 今までずっとパーティーでお荷物扱いされてきた。
 こんなに褒められると居心地が悪くなる。まるで自分とは釣り合わない高い評価を受けているようで……

「……」

 もしかして何か裏があるのでは? と勘ぐってしまう。

(そういえば、昔お母さんが言っていた。褒め殺しをしてくる人には裏があるかもしれない。簡単には信用するなって)

 豚をおだてて木に登らせて、地面に落ちる姿を見て笑いたいのでは?
 褒められていい気にさせられ、高額な壺とかを買わされるのでは?
 王都の一部界隈かいわいで流行っているネズミ講というやつでは?
 巧みな話術でコントロールして、何か悪いことに加担させる気なのでは?
 そうだ、そうに決まっている。
 こんな万年下級職のド底辺地味陰キャ調合師を褒めるなんて、絶対裏があるに違いない!
 裏がなかったとしても、これはアレだ。いいことの後に悪いことが起きるパターンだ。
 リゼットのこれまでの人生は万事がそんな感じだった。
 ここでいい気になってはいけない。自己評価は低すぎるぐらいでちょうどいい。
 自分の人生に何かいいことが起こるなんて期待してはいけない。いけないのだ。

「リゼットさん、どうかしましたか?」
「いいえ、なんでもありません。それより早く森を出ませんか? 騎士の人たちを早く安全な場所で休ませてあげましょう」

 リゼットは誤魔化ごまかすように言った。

「それもそうですね。ではいきましょう!」

 シグルドは納得してくれたようで、リゼットたちは騎士たちを護衛しながら森の中を進んでいった。


 数時間後、一行は森の外に出た。
 王都キーラの城門が見えてきた。リゼットは停車した馬車を降りて、大きく伸びをする。

「うーん、やっと外に出られた……!」
「本当にリゼットさんに助けられました。改めてお礼を言わせてください」
「いえ、皆さんが無事で良かったです。それじゃあ私はこれで失礼しますね。ありがとうございました。それではごきげんよう」

 リゼットは丁寧に頭を下げ、そのままきびすを返して帰ろうとする。

「あ、ちょっと待って、リゼット!」

 すると、ユーリスに呼び止められた。リゼットは内心ギクッとしながら振り返る。
 やっぱり変な書類に契約させられたりするのだろうか?
 それとも怪しい宗教に勧誘される? 変なビジネスに巻き込まれる? 成分の怪しい石鹸せっけんを毎月何個売ってくれとか頼まれる?
 だが、ユーリスが口にしたのは意外な言葉だった。

「実は今回の件で、キミに報酬ほうしゅうを支払いたいんだけど」
「…………へ?」
「ヒュドラ討伐に多大なる貢献をしてくれたしね。それ相応の金額を支払うよ」
「……報酬ほうしゅう!?」
「キミが使用した炎のフラスコや、作ってくれたヒュドラ解毒薬はそれなりに素材費がかかるんだろう? あれは僕たちが買い取ったことにしよう。後日、報酬ほうしゅうと一緒に代金を支払わせてもらうよ」
「ほ、本当ですか!?」

 それは助かる。非常に助かる。
 何せこっちはパーティーを追放されたばかりで、次なる食い扶持ぶちが見つかっていない。
 それなのに来月宿代は値上げされるし、しばらく三食薬草スープ生活を覚悟していたところだった。

「うん。もちろんだよ。それでキミの住んでいるところは――」
「王都キーラ城下町東区三丁目八十二番地の宿屋コウモリ亭二〇四号室です!! よろしくお願いします!!」
「え……えっと……随分と細かい場所まで教えてくれるんだね」
「はい、なにせお金がかかっていますから!!」

 リゼットとしては褒められたり感謝の言葉を伝えられたりするよりも、お金をもらえるほうが十倍ぐらいありがたい。

「そ、そう。分かった。じゃあ、今度こそ僕はいくけど、リゼットも気をつけて帰るんだよ」
「はい、ありがとうございます!! それではまた!!」

 リゼットは深々と頭を下げて、一目散に駆け出した。
 もうだまされるかも、なんて考えていなかった。
 自分は彼らの窮地きゅうちを救った。その際にいくつかアイテムを使った。彼らはそのアイテム代を払ってくれるのだ。

「くっふふふ……! 市場相場だと炎のフラスコは一本三千ベル、ヒュドラの解毒薬は一本八千ベル……! 炎のフラスコは三本使ったし、ヒュドラの解毒薬は五本分使ったから……合計四万九千ベル! 来月の宿代を払っても九千ベルが手元に残る! やった!!」

 そうだ、今夜はケチケチせずに少しいいお店でいい夕食を頼んでしまおう。
 最近はまともな物を食べていなかった。久しぶりにお肉が食べたい。
 リゼットはスキップをしながら、意気揚々と夜の王都を駆けていった。


   ◇◆◇


 一方、騎士団本部へ向かう途中の馬車の中でシグルドは腕を組んでいた。

「何をふくれているんだい、シグルド?」
「ユーリス様……」
「さっきのリゼットのことかい? キミが褒めても一切なびかないどころか警戒心を露わにしていたのに、僕の言葉に喜んでいたのが気になるのかい?」

 ユーリスはタブレットを膝の上で伏せると、クスリと笑ってシグルドを流し目で見やる。
 シグルドは憮然ぶぜんとした表情のまま、左右に首を振る。

「いいえ、そういう訳ではありません。……俺は騎士です。クラネス王国の第三王子であるユーリス様に嫉妬しっとするなんてありえません」
「キミは正直者だね。僕は一言も嫉妬しっとだなんて言っていないのに」
「むぐ……!」
「語るに落ちたね、シグルド」

 ユーリスは面白そうに笑う。シグルドは顔が熱くなっていくのを自覚していた。

「それに第三王子と言っても、僕の母は公妾こうしょうにすらなれなかった庶民の娘だ。母の身分が低いから王位継承権すらない」

 クラネス王国では、国王は公妾こうしょうを持つことを許されている。
 しかし公妾こうしょうとして認められるのは、外交や内政に有利な名家の女性だけだ。庶民の娘を公妾こうしょうとすることは、認められていない。
 ただし生まれた子供は国王の血を引いているので、王宮に引き取って育てる。
 ユーリスは、そんな境遇に生まれた王子である。

「だから魔道具研究で名を残そうとしている。キミが引け目に感じることはないさ」
「お言葉ですが、ユーリス様。俺は貴方を尊敬しております。ユーリス様の魔道具にはこれまで何度も助けられました。貴方には王家の血だけではなく、努力によりつちかわれた知性があります」
「……ありがとう」
「そんなユーリス様のお言葉だからこそ、リゼットさんの心にも届いたのではないでしょうか。……ユーリス様に比べたら俺なんて、たまたま騎士の名家であるジークムント家に生まれ、たまたま美しい容姿を持ち、たまたま剣の才能もあったために出世して、最年少で騎士団の副団長に就任し、次期団長候補筆頭とうわさされ、王国の至剣と持てはやされているだけです。……ああ、己の恵まれた才能と境遇が恐ろしい!」
「相変わらず自己肯定感が高いな、キミは」

 そしていちいち大袈裟おおげさに芝居がかっている。
 何かと自信がなさそうだったリゼットとは、正反対である。
 ちなみにジークムント家は王侯貴族と親交が深く、いざという時には軍権も与えられる。
 貴族であるよりも武人でありたいという信念から騎士の立場を強調しているが、家長は代々侯爵の位をたまわっている。

「ていうか、リゼットは単純にお金に反応しただけだと思うけど。彼女は冒険者として生計を立てているみたいだし。お金に困っていたんじゃないかな」
「そうなのでしょうか」
「きっとそうだよ。ほら、見てみなよ」

 ユーリスは抱えているタブレットの画面を見やる。
 そこにはリゼットのステータス――能力値が表示されていた。その数値を見ながら、ユーリスは薄く笑みを浮かべる。
 そのタブレットは、彼が開発した最新型の解析装置である。
 解析対象が人間なら、レベルやステータス、スキル等が表示される。
 解析対象が魔物なら、特性や弱点や使用魔法や必殺技が表示される。
 冒険者ギルドで流通している【ステータス解析装置】の発展型だ。
 より詳しい内容が測定できるが、まだ試作段階で市場には流通していない。
 冒険者ギルドのステータス解析装置では、詳しい測定が行えるのは冒険者レベルだけだ。
 だがユーリスの改良した【シン・ステータス解析装置】では、冒険者レベル以外に新たに職業レベルの数値が測定できる。

「冒険者レベルは、魔物を討伐した際に得られる『経験値』によってアップする。裏を返せば、魔物を倒さなければいつまで経ってもレベルアップできない」
「そうですね」
「しかし今までの測定方法だと、生産職があまりに不利だ。他にも冒険者の能力を測定する方法があるんじゃないか。そんな疑問を抱いてシン・ステータス解析装置の研究を始めた。あのリゼットという娘は、正に僕の仮説を裏付けてくれる存在だったよ」
「こ、これは……!?」

 タブレットを覗き込んだシグルドが驚く。

「リゼット・ロゼット……冒険者レベル三……調合師レベル九十九ですか!?」

 表示されたリゼットのステータスは、冒険者レベルと職業レベルがとんでもなく乖離かいりしていた。

「ギルドの基準だと、冒険者レベル五十前後でSランク冒険者として扱われるのだろう? その基準に照らし合わせると、リゼットは冒険者としては底辺でも、調合師としてはSSSランクってところかな」
「これが……彼女の実力!? 一体どうしてこれほどの人材が、低レベル冒険者として埋もれているのですか!?」
「システムの問題だね。冒険者ギルドでは冒険者レベルしか測れない。でも今後このシン・ステータス解析装置が流通するようになれば、今まで不遇だった生産職や支援職にも光が当たるようになる。その時こそ、冒険者がさらに幅広く活躍する時代がくる」
「なるほど……確かにそうかもしれませんね。しかしこれほどの調合師なら薬師協会に所属して、そちらで活躍すれば良かったのでは?」


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