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1巻

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   プロローグ


「リゼット! 【回復ポーション】をくれ!」
「はい、リノさん!」

 そう声をかけられた調合師のリゼットは、ソードマスターのリノに体力回復ポーションを投げ渡す。
 ポーションを飲み干したリノの体を淡い光が包み、体力が全回復した。

「リゼット! こっちには【マナポーション】をお願い!」
「はい、メイラさん!」

 アークウィザードのメイラに魔力を回復するマナポーションを与えると、魔力が一瞬でフルチャージされた。

「くっ! 毒を食らっちまった! リゼット、【解毒薬】を頼む!」
「はい、アクセルさん!」

 拳で闘う格闘家グラップラーのアクセルに与えた解毒薬は、彼が食らった毒を一瞬で消し去ってしまう。

「リゼット、あの敵に【目潰めつぶし弾】を投げてくれ!」
「分かりました、ダリオさん!」

 マジックナイトのダリオが戦っていた敵に、リゼットは目潰めつぶし弾を投げつける。視界を潰された敵の魔物はダリオの魔法剣の餌食えじきとなった。
 リゼット・ロゼットは、Aランクパーティー【鈍色にびいろの水晶】に所属する調合師だ。
 リゼット自身はただの調合師だから、魔物を倒す力はない。
 けれど、作った薬でパーティーメンバーの役に立てることが、彼女にとって大きな喜びだった。


 ここは大陸の西端にあるクラネス王国。自然豊かで風光明媚ふうこうめいび、多くの産業や交易で発展するこの国では、冒険者たちの活動も盛んである。
 王国の各地には山岳地帯や荒野、洞窟どうくつ、古代遺跡といったダンジョンがいくつもあった。
 ダンジョンには魔物が多数生息している。その退治は主に王国騎士団や領主兵が担っているが、手が回らない分は冒険者に討伐依頼が出される。
 魔物を倒すと討伐とうばつ報酬ほうしゅうが出る上に、採取した素材や魔石は冒険者の所有物となり換金できる。そのため、一攫千金を夢見る志願者が後を絶たない。
 クラネス王国の王都キーラの冒険者ギルドも、連日大勢の冒険者で賑わっていた。


 今日も何組もの冒険者パーティーがギルドに来ている。
 その中でも飛ぶ鳥を落とす勢いなのが、若者ばかりで構成されたパーティー【鈍色の水晶】である。
 冒険者ギルドでは等級制度が採用されている。等級は上から順番にS・A・B・C・D・E・Fの七段階だ。Sランクが一番高く、Fランクが一番低い。等級は冒険者個人のレベルによって決まる。
 レベル五十以上の冒険者なら、大抵がAランクだ。一方、レベル一桁の冒険者はFランクである。
 冒険者パーティーにも七段階の等級がある。こちらはパーティー全体の総合力や、高難易度の依頼をいくつ達成したかによって決まる。
 たとえばドラゴンのような強敵を討伐できるパーティーはAランク以上。魔物の群れの暴走スタンピードを鎮圧し、原因を除くことのできるパーティーはSランク相当。一方、比較的安全なダンジョンで雑魚ざこ魔物を倒すぐらいしかできないパーティーはFランク扱いだ。

「おい見ろよ。【鈍色の水晶】が戻ってきたみたいだぜ」
「今日の討伐依頼の難易度はSランクだったんだろ? Aランクパーティーなのに、Sランクをクリアするなんてすごいよなあ」
うわさでは今月末のパーティーランク昇格試験を受けるらしいぞ」
「きっとそこでSランクパーティーになるんだろうな」
「ギルドに登録してたった二年半ですげぇよ」

 ギルドに集まった冒険者たちが、【鈍色の水晶】に称賛する。
 リーダーであるリノは冒険者たちの羨望の眼差しを受け、ギルドの真ん中を胸を張って歩いた。
 カウンターで報酬ほうしゅうを受け取ると、仲間たちと報酬ほうしゅうを分け合うためにギルドに併設された酒場の席についた。
 リノは仲間たちをぐるりと見回す。アクセル、ダリオ、メイラ。そして薄茶色の髪をした調合師の少女――リゼットまで来た時、彼女に目を留めて口を開いた。

「リゼット、お前には今日限りで俺たちのパーティーを出ていってもらう」
「……えっ!? あの、すみません。今、なんて言ったんですか!?」
「聞こえなかったのか? お前はクビだと言ったんだ」

 聞き間違いではなかったようだ。リゼットの顔色がさぁっと青く染まる。

「な、なぜですか!? 私、何かしましたか!?」
「薬を作って投げるしか能のない奴は【鈍色の水晶】にもう必要ないんだよ。明日からプリーストに加入してもらうことになった。下級職の調合師のお前はもういらない。おーい、ジュエル!」
「はぁーい! 初めまして、プリーストのジュエルですぅー。【鈍色の水晶】にお世話になりまーす! よろしくお願いしまーす!」

 リノに呼ばれて出てきたのは、桃色の髪をツインテールに結んだ、ナイスバディな若い女性だった。胸元が大きく開いた服を着た、派手な顔立ちの美人だ。
 リゼットとは正反対のタイプである。リゼットはセミロングをハーフアップにまとめただけで、化粧っ気がなく、服もシンプルなローブという地味な姿である。
 リノはジュエルの肩を抱き寄せると、さげすむような眼差しをリゼットに向けた。

「プリーストはヒーラー系の中でも上位職だ。薬を作る手間も材料費も必要なく、パーティーメンバーを回復してくれる。それに比べて調合師は回復ポーション一つ作るのに素材費がかかる上に、何本も持ち歩かなければならない。邪魔なんだよ!」
「で、でも材料費を捻出ねんしゅつしているのも、持ち歩いているのも私ですが……!」
「大体、調合師ってのがダセェよな。下級職じゃねえか。俺たちはソードマスターにマジックナイト、アークウィザード、グラップラーだぜ。分かるか、上級職ぞろいだ。それなのにお前だけがいつまで経っても下級職のままだ!」
「それは……」

 冒険者ギルドでは上級職、下級職といった概念がある。
 駆け出し冒険者の場合は下級職からスタートする。
 剣士系の場合、片手剣士のソードマン、両手剣士のブレイダー、レイピア剣士のフェンサーといった具合に得意武器によって職分けが決まる。
 ソードマスターはその名の通り、剣術を極めた上級職だ。片手剣、両手剣、レイピア、さらには国外の武器であるカタナまで使いこなすことができる。
 おまけに上級職になると、攻撃力・防御力・スピードが飛躍的に向上する。
 剣士以外の職でも同じだ。魔法職の場合、最初は使える魔法は一属性のみで威力も低い。
 しかし経験を積みレベルアップして上級職にチェンジすると、複数属性の魔法を使いこなせるようになる。もちろん威力もアップする。

「お前なんかがいたら、俺たちはSランクパーティーになれねぇんだ!!」

 リノはリゼットの前のテーブルを蹴飛ばした。
 テーブルの上に載っていた薬草スープの皿がひっくり返り、リゼットの服を汚す。スープがぬるかったので火傷やけどすることはなかったが、食べ物が無駄になりもったいない。
 だがリゼットは、恐怖に身を硬直させて何も言い返せずにいた。

「リゼット。お前、冒険者レベルはいくつだ?」
「三です……」
「冒険者ランクは?」
「Fランクです……」
「ほらな! お前はパーティーの足を引っ張るお荷物なんだ。お前をクビにしてプリーストのジュエルに加入してもらう」
「うぅぅ……」

 リゼットは他の仲間たちをうかがったが、全員が気まずそうに、あるいは無表情で視線を逸らした。
 金髪を短く刈り込んだ、グラップラーのアクセル。
 黒髪を真っ直ぐに下ろした、アークウィザードのメイラ。
 緑髪をオールバックにした、マジックナイトのダリオ。
 そして赤髪を逆立たせた、ソードマスターのリノ。
 彼らは皆上級職であり、冒険者レベル五十前後のA~Sランク冒険者だ。
 プリーストという上級職のジュエルも、おそらく彼らに近いレベルだろう。
 リゼットは冒険者の下級職である調合師で、冒険者レベルも三。リゼットの代わりにジュエルが加入すれば、確かにパーティーの総合力は上がるだろう。
 次のパーティー昇格試験も合格して、Sランク認定されるかもしれない。
 しかし、リゼットがレベルの低い下級職のままなのには理由がある。

「私は確かに下級職でレベルも低いです! でもそれは、直接魔物を倒せなくて、経験値が入ってこないからです! そのせいでジョブチェンジもできなくて……!」

 冒険者ギルドの決まりでは、冒険者レベルが十以上でないとジョブチェンジの試験が受けられない。
 冒険者レベルを上げる経験値は、魔物と戦って倒すことでしか入手できない。
 魔物を倒すと、魔道具の一種である【冒険者カード】を通してギルドにその情報が伝達される。入手した経験値は冒険者レベルに反映されるという仕組みだ。
 しかしリゼットは【調合師】という生産職。冒険の時にはひたすら支援に回るため、魔物と戦う機会が極端に少ない。
 さらにパーティーメンバーは、バリバリの戦闘職ばかり。最近では爆弾系のアイテムを投げる機会すらなく、ひたすら回復薬や解毒薬を仲間に渡すことだけを求められていた。
 結果として経験値を入手できず、冒険者レベルは三のまま。ジョブチェンジのチャンスすらないまま二年が過ぎた。
 だけど、それも元はといえば、パーティーのリーダーであるリノの方針がそうだったからのはず……
 リゼットは一縷いちるの望みをかけてリノを見上げるが、彼は冷たい視線を返した。

「言い訳は結構だ。そもそも調合師なんかをパーティーに入れたのが間違いだったんだ。調合師なんてギルドに張り出される薬の納品依頼だけを細々とこなして、俺たち冒険者に貢献していれば良いんだ」
「そうだぜ、リノの言う通りだ! 採取依頼ぐらいをこなしている時なら仲間に入れてやっていても良かったが、俺たちはもうSランクに手が届くレベルのパーティーなんだぜ!」
「ポーションなんて街で買っていけばいいしな。わざわざ調合師を抱えておくメリットなんてないよなぁ?」

 リノに続いてアクセルも吐き捨てるように言った。ダリオもうんうんと頷いて賛同する。

「なあ、メイラもそう思うよな?」
「え? 私は……そこまで言う必要はない、と思う」

 話を振られたメイラは表情をくもらせた。彼女は他の冒険者たちよりリゼットを気にかけてくれている。

「リゼットが今までパーティーに貢献してくれたのは事実だし、彼女の作る薬は質が良いわ。何より、ずっと一緒にやってきた仲間なのに、そんな言い方は……」
「あ? 何お前、俺に逆らうの?」

 リノはメイラをにらむと拳を鳴らす。メイラはおびえた様子で言葉を詰まらせた。

「い、いえ、そういう訳ではないけれど……」
「じゃあ黙ってろ。余計なことは言うな。分かったか? ほら返事ィ!!」
「っ、は、はい……」
「ったく、ウチのパーティーの女共はよぉ……陰気な性格でそろいもそろって地味だしよ。たまには歓楽街で男を喜ばせる方法を覚えてきてほしいもんだぜ!」

 リノは勝手なことばかり言う。メイラは諦めたようにリゼットから視線を逸らしてしまった。
 もはやこの場にリゼットの味方は一人もいない。
 そしてトドメと言わんばかりに、リノはリゼットに宣言した。

「いいかリゼット。俺たちは下級職のソードマン、ウォリアー、メイジ、グラップラーからスタートしてどんどんクラスアップしていった。それなのにお前だけちっとも成長しやがらない」
「……」
「俺はなあ、お前みたいな向上心のない奴を見ているとイライラするんだ! Sランクパーティーになる【鈍色の水晶】にお前は必要ない。さっさと消えてしまえ、お荷物の疫病神やくびょうがみが!」

 リノは自分のテーブルに置いてあったコップを掴むと、中身の水をリゼットにぶちまけた。
 前髪からポタポタと水滴がしたたる。ここまでされてしまったら、もはや食い下がることもできない。

「……分かりました。私は本日付けで【鈍色の水晶】を脱退します」

 自分は役立たずどころか疫病神やくびょうがみ扱いされている。そのことを察したリゼットはナプキンで顔を拭うと、追放を受け入れその場から駆け出した。


「はあ……」

 ため息が漏れる。リゼットは身寄りがない。パーティーを追放されて、どうやって生きていけばいいのだろう。

(でもまあ……しょうがないのかなぁ。薬なんて誰だって作れるし……私なんて所詮しょせん、レベル三の底辺冒険者だし……)

 トボトボと王都の路地を歩く。
 どこからともなくシチューの匂いがただよってきて、リゼットのお腹が小さく鳴った。

(うぅぅ、お腹空いた……さっきのスープ、一口も食べられなかったもんね……)

 表通りに出て、屋台か食堂で思いっきりご飯が食べたい。ヤケ食いしたい気分だ。
 でも、今は我慢だ。パーティーをクビになった以上、収入は今までよりも減ってしまう。
 これから節約しなければならない。節約しやすいところは食費だろうか。少しずつでも切り詰めなければ……
 空腹と情けない気持ちを抱え、リゼットは下宿先の宿屋・コウモリ亭の部屋に飛び込んだ。
 王都の裏通り三丁目にある二階建ての安い宿屋だ。
 粗末そまつ木賃宿きちんやどだが、レベル三のFランク冒険者であるリゼットの稼ぎでは、この宿の部屋を借りるのが精一杯だった。

「おぅ、リゼット! うちの宿、来月値上げするんでよろしくな~!」
「えっ!?」

 宿に入った途端、店主に声をかけられてリゼットは動きを止める。
 店主はリゼットの様子に気付いていない様子で続けた。

「ね、値上げですか!? このタイミングで!? どれぐらい!?」
「一ヶ月契約で四万ベルだ。食事なし風呂場共同とはいえ、三万ベルなんて格安すぎたもんなあ。まっ、よろしく頼むぜ!」

 店主は明るく笑い飛ばすと奥の部屋に引っ込んでいった。リゼットは青ざめて冷や汗を垂らす。

「どうしよう……! パーティーをクビにされたばかりなのに、宿賃を月一万ベルも値上げされるなんて……!」

 とりあえず借りている部屋に戻る。粗末そまつなベッドと書き物机だけで手一杯の狭い部屋だが、屋根と壁と寝床があるだけ野宿よりずっとマシだ。
 それでも宿賃が払えないのなら、来月には追い出されてしまう。リゼットは頭を抱えた。
 リノたちにうとまれていることは、なんとなく勘づいていた。
 リノたちは高ランク冒険者として難易度の高い討伐依頼をこなし、報酬ほうしゅうをたんまり受け取っている。宿も貴族街に近い富裕層エリアの高級宿を、年単位の契約で借りているらしい。メイラに至っては貴族街に近い一等地のアパートを購入する準備を進めていると言っていた。
 一方でリゼットに渡される報酬ほうしゅうは、彼らの十分の一程度。この安い部屋を借りるのが精一杯の金額だ。
 自分はFランクの下級職だし、魔物も倒せないから仕方がない。【鈍色の水晶】の末席に置いてもらえるだけでもありがたい。報酬ほうしゅうに大きな差があっても、そう思って薬作りに励んでいた。

「とにかく早急にお金を稼がないと! ギルドで受ける依頼の数を増やさなくちゃ……! あ、でも――」

 この宿で調合していると、うるさいとか臭いといった苦情がしょっちゅう舞い込んでくる。
 そもそもこの狭い部屋では作った薬品の保管場所もない。必然的に素材を保存しておける場所もなく、調合できる薬品の数は限られてくる。
 それでもなんとかやっていくしかない。
 リゼットには故郷もなければ家族もいない。数年前に唯一の家族だった母親を失い、食い扶持ぶちを探して王都に出てきた。

『いいこと、リゼット。人は簡単に裏切るけど、お金と技術だけは嘘をつかないわ。貴女には私が持つ薬作りの知識と技術を教えてあげる。この先もし一人になることがあったら、これを活かしてお金を稼いで生きていくのよ』
『はい、お母さん』

 リゼットの母は優れた薬作りの腕を持っていた。リゼットはそんな母に教わって、薬作りの知識と技術をみがいた。母を亡くした後は、生前の言いつけ通り薬師として生きていくために王都にやって来た。
 しかし王都では、何のコネも実績もない小娘を薬師として雇ってくれるところなどなかった。
 王都の薬師は【薬師協会】の規定により、師弟制と定められている。師匠が弟子の身元を保証することで、初めて薬師協会に所属できるようになるのだ。しかし師匠を持たず、薬師協会に認められていない非認可薬師は、商業ギルドや医療ギルドに薬を納品することができない。
 そして薬師の弟子になるにも、コネが必要だった。
 商人・医療ギルドと薬師協会は、繋がりが深い組織だ。薬師協会と揉めるのを嫌って、それらのギルドは非認可薬師の納品を認めていない。
 路上で勝手に商売すると、薬師協会が雇ったごろつきがやって来て、「誰に許可取って店を開いてやがる!」と荒らされる。
 唯一の例外は冒険者ギルドだけだった。
 冒険者ギルドは薬師協会との繋がりが薄く、協会に認められなかった非認可薬師――調合師も薬を納品することができる。
 ギルドのトップであるギルドマスターを初め職員も登録者も武闘派ぞろいだ。ごろつきに荒らされることもない。
 ただし冒険者ギルドはその性質上、薬品を大量に消費する。安かろう悪かろうの精神で、質はピンキリ。当然のごとく報酬ほうしゅうがくは少ない。
 駆け出しの調合師にとっては、多少質が悪くても受け取ってくれる頼もしい取引先だ。
 一方で腕のある調合師にとっては、いくら質の高い薬品を作っても安く買い叩かれるのでデメリットが大きい。薬師協会が冒険者ギルドを放置して距離を置いているのには、そういう理由もあった。
 調合師であるリゼットが活動できたのは、冒険者ギルドの依頼だけだった。
 野原で採取してきた素材を使って調合し、冒険者ギルドにポーション類を納品する。そんな日々を送っていた時、初めてリゼットに声をかけてきたのが、あのリノだった。

『よう! お前も新人か? 奇遇だな! 俺たちも最近王都に来たばっかりの新人冒険者なんだ』

 二年半前、リゼットが十四歳、リノは十五歳の時だった。
 リノ、アクセル、メイラ、ダリオは、当時皆駆け出し冒険者だった。
 みんな下級職のFランク冒険者で、近くの森の採取や討伐といった簡単な依頼を受けて実績を積んでいった。
 上位冒険者たちから見下されてバカにされることもあった。

『俺たち【鈍色の水晶】はまだFランクパーティーだけどよ、いつかこのメンバーで王都一の最強パーティーになってアイツらを見返してやろうぜ! 約束だ!!』

 そう熱く語るリノの夢を、リゼットはいいなと思った。
 何者でもない自分たちが最強パーティーになる。
 最強とかSランクといった評価に興味はなかったが、みんなで一つの夢を目指すのは素敵なことだと思えた。
 それなのに、いつしか自分がみんなの夢の足を引っ張る立場に成り下がっていた。
 情けない話だが、実際に自分は低レベルだから仕方がない。
 一時とはいえいい夢を見させてもらったと思って忘れよう。それより今は最低限の生活をなんとか維持しなくては。

「とにかくお金を稼ごう。お金は裏切らないって、死んだお母さんも言ってたもんね……!」

 リゼットはため息をつくと、決意を新たにした。



   第一章 森の出会い


 リゼットは二年半在籍していた冒険者パーティー【鈍色の水晶】を追放された。
 それでも食い扶持ぶちを稼がなければ生きていけない。
 クビを言い渡された翌日。【鈍色の水晶】がギルドにいる時間帯を避けて、ギルドに依頼を探しにいく。
 リゼットのようなFランク冒険者、しかも低レベルのソロでは受けられる依頼は限定されている。
 ・薬草採取 … 報酬ほうしゅう:八百ベル
 ・回復ポーション十本 … 報酬ほうしゅう:千ベル
 合計で千八百ベルの稼ぎだ。
 ちなみにギルド酒場のランチが五百ベル。一番安い薬草スープなら八十ベルで食べられる。

「しばらく薬草スープ生活かなあ……」

 依頼を受けて採取地に向かう。一度宿に戻り、冒険の準備を整えて王都の外へ出た。
 部屋の狭さや他の客からの苦情を考えると、一度に作れるポーションは十本が限界だ。
 しかし、それだけだととても生活できない。薬草採取などの細々とした依頼を並行して受けて、薬作りにかかる材料費を節約しながらギリギリで回していくしかない。

「よし、いこう」

 高い城壁で囲まれた王都を出ると、他の都市や村へと繋がる街道がいくつも伸びている。
 街道の脇には森や荒野、果ては洞窟どうくつや古代遺跡などのダンジョンが点在している。
 リゼットは比較的人の出入りがある【森の小道】や【近くの森】ではなく、王都の北の外れにある【ティムールの森】に足を向けた。
 森の小道や近くの森は有名な採取地ではあるが、人の出入りが激しいので粗方あらかた採りつくされている。一方でティムールの森は穴場だ。ここに出没する魔物はそれなりに強いが、そのおかげで一般人や新人冒険者はあまり採取にやってこない。
 そこそこ力のある冒険者は来るものの、彼らは魔物退治のほうに気を取られるので、薬草に目を向けることはほとんどない。
 リゼットは、自分で調合師したアイテム【退魔の香水・緑】を自分にかけた。
 退魔の香水は森に出没する魔物が嫌う匂いを放つ。
 魔物を遠ざけてエンカウント率を下げるが、人間がいでも爽やかなハーブの香りしかしない。
 この他にも洞窟どうくつに出現しやすい魔物が嫌う【退魔の香水・黒】や、火山地帯に出る魔物が嫌う【退魔の香水・赤】など様々な種類がある。
 しかし魔物討伐を生業なりわいとする冒険者の間では、まったくといっていいほど人気がないアイテムだ。冒険者たちは「レベルアップするチャンスを遠ざけるなんてどうかしている」と考えているのだ。


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