ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃

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四章

四十三話 聖ルイン王国の実態

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その夜、アリーシャは大量に作ったポーションを敵味方問わず傷ついた兵士に配って回った。
 
「ありがとうございます、聖女様……!」
「おかげで助かりました……!」
「いえ、皆さんのお役に立てて嬉しいです」
 
 アリーシャは笑顔で応える。捕虜たちが収容されている天幕にも赴いて、傷ついた捕虜たちを癒す。
 
「おお……! 傷が治っている!」
「痛みが消えた……!」
「敵兵である我々にまで、これほど優しくしてくださるなんて……聖女様、本当にありがとうございます……!」
「いいえ、お礼なんて必要ありません。私は私の出来る事をしているだけです」
「うぅぅっ……聖女様がこんなにお優しい人だったとは……!」
 
 ルイン王国の捕虜たちは、涙を流してアリーシャに感謝する。
 傷を癒しただけでこれほど感謝されるとは思っていなかったアリーシャは驚く。
 そして同時に、捕虜たちが今回の戦闘で負った以外の傷跡が多い事にも気が付いた。
 
「あの、失礼ですがこの傷跡は……?」
「! こ、これは――」
「おい、俺たちはもうアストラ帝国の捕虜になったんだ。全部言っちまおうぜ……」
「そ、そうだな……」
 
 捕虜たちは顔を見合わせると、意を決したように語りだした。
 曰く、この戦線に投入された王国兵は、貧民や少数民族などが多く最も過酷な戦線に配備されていたという。
 彼らは識字率も低く、士気も低かった。
 しかし理不尽な命令でも、従わないと容赦なく上官からの虐待に晒される。
 そして強制的に過酷な戦場に投入され、前進しなければならない状況に追いやられていた。
 この戦線では、そういう人たちが多かったという。
 
「それに比べると、王都に残された防衛隊は貴族や富裕層出身のエリートばかり……連中は自分たちは決して危険な前線には立たず、我々一般兵を消耗品か駒のように扱っているんです……」
「ええ……我々は使い捨ての道具に過ぎない……!」
「そんな……なんて酷い……」
 
 アリーシャは彼らの怒りと悲しみに共感を抱いた。
 ルイン王国は王侯貴族や権力者の力が強く、平民や貧民は顧みられる事が少ない。
 特に今の国王コリンは、自分以外のすべてを見下し、平民など奴隷程度にしか思っていない。
 
(どうしてこんな事が出来るの……!?)
 
 だから自分の過ちを認めて謝罪するという事が出来ず、あろう事かこんな戦争まで引き起こした。こんな暴挙を許してはいけない。
 
「俺たちだって、本当はあんな王の為に戦いたくありません……! だからといって、今の王国では他に生きる手段がないのです……!」
「聖女様、どうかお願いします! アストラ帝国へ亡命させて下さい! このままでは死んでも死にきれない……!」
「お願い致します!」
 
 そう言って懇願してくる捕虜たちを見てアリーシャの胸中に沸々と湧き上がるものがあった。
 それは義憤だった。自分が虐げられているだけの時は我慢できた。しかし、目の前でコリン王の暴虐に巻き込まれ、消耗品のように扱われる兵士たちを前に、アリーシャは強い怒りを覚えた。

「……分かりました。私から皇子や皇帝陛下に掛け合ってみます」
「本当ですか!?」
「ありがとうございます!!」
 
 アリーシャの言葉に、捕虜たちは喜びの声を上げた。アリーシャは拳を強く握りしめ、決意を固めた。
 

***

 
「……なるほど、そんな事があったとはな」
 
 アリーシャは捕虜の天幕を出ると、ハイラルやエクレールがいる天幕に足を運んだ。
 そして今捕虜たちから聞いたばかりの話をする。ハイラルもエクレールも眉を顰めた。
 
「想像以上に今のルイン王国はひどいようだな……とりあえず捕虜は軍が預かり、王国との交渉材料にする。その間、捕虜たちの扱いは皇子の名の下に保証すると約束しよう」
「ありがとうございます、ハイラル様」
「いや、構わない。それにしても、まさかここまで追い詰められているとはな……父上に相談する必要があるかもしれない」
「はい、私もその方が良いと思います」
「捕虜たちの事は心配するな。俺が責任を持って預かる。決して虐待なども行われないよう通達しておく」
「ルイン王国はアリーシャの故郷だからね……その国の人たちを、帝国は理不尽に傷つけたりしないと約束するよ……」
「ハイラル様、エクレール様……ありがとうございます……!」
 
 こうして国境戦は幕を閉じた。しかし、これですべてが解決した訳ではない。帝国はルイン王国との外交交渉に臨むべく、動き始めた。
 

***

 
 国境での戦いが終わり、アストラ帝国は本格的な戦後処理に入る。
 ハイラル、エクレール、アリーシャは戦線が落ち着くのを見て、帝都に帰還する。
 帝都では第二皇子のロランがルイン王国との交渉を粘り強く続けていた。
 
「父上、ロラン、それに皆の者! 今帰ったぞ!!」
「おお、ハイラル! それにエクレールとアリーシャもご苦労だったな! 報告は既に届いているぞ!!」
 
 宮殿の玉座の間に入ると、皇帝と第二皇子ロラン、そして大勢の人々たちが出迎えて労ってくれる。
 しかしロランも皇帝も疲れた顔をしていた。
 
「ありがとうございます。……ところで顔色が芳しくないようですが、ルイン王国との交渉がうまく行っていないのでしょうか?」
「そうなんだよ、アリーシャ……ルイン王国と来たら、まるで取り付く島もない状態でね……」
「やはりそうでしたか……」
「……うむ、実はな……」

 皇帝とロランは語り始める。どうやらルイン王国――というよりコリン王は、自分たちの方からアストラ帝国の領土に侵攻した件に関して国際社会に責められると、
 
「聖女を取り戻す為の聖戦だ!」
 
 ――と言い始め、挙句の果てにアストラ帝国を、
 
「聖女を不当に拉致した蛮族国家だ! ルイン王国は独裁者に屈しない!」
 
 などと宣っているらしい。その言葉を聞いたアリーシャたちは思わず呆れてしまった。
 
「はぁ? 何だ、その滅茶苦茶な言い分は……!」
「全くだ! そもそも聖女アリーシャを理不尽に追放したのはルイン王国ではないか!アストラ帝国は聖女を保護した側だというのに、今さら聖女が惜しくなった途端にこの態度だ。あのコリン王とはとんでもない男だな。呆れて物も言えん!」
「それで通ると思ってるんだよねえ、あの人は……まったく、呆れた愚物だよ。あんな愚王に支配されたルイン王国民が可哀想だ。アリーシャ、捕虜たちはアストラ帝国への亡命を求めているんだって?」
「はい、ロラン様」
「さすがに全員を亡命――というのは即決できないけど、なるべく便宜を図ってあげたいね。そうだ、現在のルイン王国の実態を告発させる為に利用できるかもしれない。上手くすれば内部崩壊を起こす事も出来るかもね」
「確かに、それはあり得るかもしれませんね」
「うーん、しかし我が国としては『ルイン王国の民を助ける』という大義名分が欲しいところだが……何か良い案はないだろうか?」
 
 皇帝の言葉にアリーシャたちは考える。アリーシャはしばらく悩んだ末、思い切って口を開いた。
 
「……それでは、捕虜の方々だけではなく、私も公にルイン王国の実態を演説するというのはいかがでしょうか?」
「何?」
「ルイン王国はアストラ帝国を、聖女を拉致した国家と根も葉もない中傷を繰り返しているのでしょう。でしたら、聖女である私が真実を語る事でルイン王国の嘘と実態を暴けると思います。そうすれば、コリン王や腐敗貴族に虐げられる王国の人々を救う大義名分にもなる筈です」
 
 アリーシャの提案に、皇帝とロランは顔を見合わせた。
 
「ふむ、悪くない考えだと思うが……大丈夫なのか、アリーシャ」
「はい、問題ありません。私は元々、聖女として人々の前に立つのは慣れています。むしろ、もっと早くにやっておくべきでした。これ以上遅くなるのは良くありません。一人でも多くの王国民を救う為にも、私はルイン王国の実態を暴露します!!」
「……分かった。お前に任せよう」
「ありがとうございます!」
 
 アリーシャの強い意志を感じ取ったのか、皇帝は彼女の提案を受け入れた。
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