ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃

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四章

四十話 充実した日々

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「ええと、じゃあ聖女候補のリストはこれで全部ね?」
 
 アリーシャは執務室で書類を眺めながら言った。
 
「ええ。……ですが、アリーシャ様。本当によろしいのでしょうか? これらの候補者は皆、平民の出身ですが……」
「いいのよ。そもそも聖女とは、平民や身分の低い人から出現することが多いの」
「そうなのですか? なぜでしょうか……」
「人は力を手に入れると、すぐに権威化したがるものでしょう? あるいはその力を手放さない為に、権力維持に固執する。でも、それだと結局強い者が力を独占するだけよ。本当に救いを必要とする弱者に救済が届きにくくなってしまうわ。だから女神様は、立場の弱い女の子に聖女の力を授けてくれるの。聖女の力も永続的ではなく、年月と共に弱まっていくし、血統によって受け継がれることはない。女神教の福音書にはそう記されていたわ」
「なるほど……。確かにそうかもしれません」
 
 アリーシャの言葉に、文官は納得した様子を見せた。
 
「……それで、聖女様。この者たちを聖女になさるおつもりですか?」
「まさか。私はあくまで候補の選出をしただけだわ。実際に聖女になるのはこの子たちの中の限られた人数だけ。でも他の子たちも、聖女の補佐官や教会の仕事を与えてあげるように。聖女になってもらう為に家族と離れて信仰生活に入ってもらうんだもの。聖女にならなかったとしても、そのまま放り出すわけにはいかないわ」
「承知しました」
 
 アリーシャはてきぱきと指示を出した。そんなアリーシャの様子を見て、アストラ帝国の三皇子は感嘆のため息を漏らす。
 仕事を終え、執務室を出たアリーシャにハイラル、ロラン、エクレールの三人が歩み寄ってきて労う。
 
「アリーシャはすごいな。教会の在り方について問題提起するなんて」
「ハイラル兄さん、凄いのは問題提起しただけじゃないよ。各国の枢機卿を動かして、今までのやり方を変えようとしているんだから」
「うん……本当に、凄い。ボクにはとても真似できない……立派だよ」
「ふふふ、ありがとうございます」
 
 アリーシャは嬉しそうに微笑んだ。
 
「……それにしても、あのコリン王子は何をしているんだろう? これだけアリーシャが頑張っているのに、まだ何も言ってきてないのかな? あれだけの事をしたのなら、普通なら反省して詫びを入れてくると思うんだが」
「ハイラル兄さんはコリン王子と会った事がないんだろう? だからそんな事が言えるんだよ。僕は二、三度外交で会った事があるけど、あの男はダメだね。自分がこの世で一番偉いと勘違いしているようだったよ」
「……今まで外交はロラン兄さん任せだったからね……ロラン兄さん、お疲れ様……コリン王子って、そんなにひどいの……?」
「そうなんだよ、エクレール! あの人は絶対に自分から頭を下げないし、人の良い所を見ようとせず悪い所ばかりあげつらっているような人だ。そうやって周りを下に見ておかないと安心できないんだろうね。だから、自分の思い通りにならないと気が済まないんだ。僕もあんな人と関わり合いになりたくないな」
「コリン様ったら、ロラン様にもそんな態度を取っていたんですね」
 
 事情を聞いて、思わず呆れ返る。アリーシャとしても、ロランのコリン評には概ね同意見だった。
 だがしかし、まさか他国の皇族にまであの無礼な態度を取っていたなんて……。アリーシャは頭痛がしてきた。
 
「アリーシャ、どうしたの?」
「いえ、なんでもありません。ただちょっと、コリン様の将来が心配になっただけです」
「アリーシャが気に病む必要はない。アリーシャがこんなにも苦労しているのは、元はと言えばコリン王子のせいなのだからな」
「そうそう、そうだよ! コリン王子がアリーシャを追い出したりしなければ、君が苦労する事はなかったんだからね!」
「同感……しかも未だに謝ってこないなんて、言語道断……。帝国側は譲歩しているのに、向こうが突っぱねているんだから……」「……」
「アリーシャ?」
「それはそうなのですが……でも、ルイン王国で暮らす大勢の民は無辜の民です。横柄な王家とは関係がありません。私が心配なのは民の方です……もしこのままコリン王子が行き着くところまで行ってしまった場合、ルイン王国の民はどうなるのでしょうか」
「それは難しい質問だな。だが、少なくともアリーシャや我々の努力次第でどうにかできる範囲の問題ではないだろうか」
「ハイラル様……そうでしょうか?」
「ああ。アリーシャが改革を進めていけば、それは民衆にとっても利益となる筈だ。道中は険しい道かもしれないが、不正を糺し、信仰をあるべき形に戻し、秩序を回復させる事が民にとって一番の救いとなるだろう。正しい者が報われず、悪人がのさばる世の中では誰もが安心して暮らしていく事はできない。国とは民の集合体だ。上に立つ者は民を導き、安心させてやる必要がある。そういう意味でアリーシャは正しい行いをしていると俺は思う。もちろん俺もアリーシャを支えるつもりだし、協力は惜しまないつもりだ。だから、あまり気負わずに頑張ると良い。何かあれば、俺たちが力になる。お前は一人じゃないんだ」
「ハイラル様……ありがとうございます!」
 
 アリーシャは感動で目を潤ませる。さすがは第一皇子ハイラルの言葉は、人の上に立つ者の自信と責任に溢れている。
 ハイラルの言葉はこれから難題に取り組もうとしているアリーシャにとって、大きな支えとなった。
 
「ハイラル様にそう言って頂けると、とても心強いです!私、頑張ります!」
「ああ、その心意気だ!!」
 
 ハイラルは拳を握ってアリーシャを鼓舞する。
 
「……うーん、僕ももっと積極的にならないと駄目なのかな?」
 
 ロランは自分の前髪をいじりながら考える。
 
「?どうかされましたか、ロラン様」
「いや、何でもないよ。こっちの話」
「そうですか」
「……ボクも、頑張らないと……!」
 
 エクレールもグッと両手を握りしめた。
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