上 下
30 / 48
三章

三十話 ロランのコンサートへ

しおりを挟む
 建国祭二日目。アリーシャは約束通り、今日はロランが参加しているオーケストラコンサートに向かう。アリーシャはリリアナにドレスアップして貰い、髪も丁寧に結い上げてもらった。
 
「アリーシャ様、とても素敵です。本日、私は招かれていないので同行できませんが、アリーシャ様なら大丈夫ですよ」
「うん、ありがとうリリアナ。行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」
 
 こうしてアリーシャは、ロランが待つ音楽ホールに向かった。
 音楽ホールは帝都の中心に位置している。帝国最大の建造物で、普段は演奏会やオペラなどが開催されている。アリーシャは徒歩ではなく、用意された馬車で向かう。さすがにドレス姿で徒歩で向かうわけにはいかないからだ。
 ホールの周辺には、やはり煌びやかな服装をした貴族と思しき男女が大勢いた。
 
「すごい……! こんなに大きなホールでコンサートが開かれるなんて……!」
 
 アリーシャは感嘆の声を上げる。音楽ホールの中は想像以上に広かった。
 壁は黄金色で天井からは煌びやかなシャンデリアが幾つもぶら下がっている。
 天井には天使や女神をモチーフにした美しい絵画が飾られ、客席にも壮麗な意匠が施されている。
 舞台には色とりどりの花が飾られていた。アリーシャの為にロランが用意したのは、最前列の席だ。
 
 アリーシャは席に座ると、会場の照明が落とされて辺りが薄暗くなる。
 いよいよ始まるようだ。するとステージの袖から楽団が登場した。楽団のメンバーたちは次々と自分の持ち場に着席する。
 そしてついに主役が登場する。漆黒の燕尾服に身を包んだ長身の美男子だ。
 ロランはちょうどアリーシャの目の前にあたる舞台上の席に座る。一瞬だけアリーシャと視線が合うと、かすかに微笑んでくれた。
 
「……」
 
 アリーシャは思わず見惚れてしまう。すると突然、拍手が巻き起こった。
 ハッとして我に返る。どうやら開演したようだ。
 まずは挨拶代わりにと、軽快なポルカが流れる。観客たちは拍手を止めて静かに聞き入った。
 本日のプログラムは、アストラ帝国が生んだ天才作曲家の曲ばかりの構成となっている。
 時間は約二時間半。一曲目は軽快なポルカから始まり、二曲目は貴歌劇のワルツ。三曲目は皇帝の舞踏会の為に作曲された円舞曲が演奏される。
 四曲目は軍を率いる皇帝をモチーフに作曲された行進曲。五曲目は勇猛果敢な騎士をイメージした曲。
 六曲目は剣戟の音を表現した曲で、七曲目は戦場での勝利を祝う凱旋曲である。そして八曲目に、アストラ帝国の国歌が演奏された。
 
 アリーシャは黙って聴き入る。演奏が終わると大きな歓声と盛大な拍手が沸き起こった。
 音楽がもたらす芸術に、アリーシャはすっかり感動してしまっていた。ロランは一礼して退場していく。観客席にいた人々も席を立ってエントランスに向かう。
 
「本日の演奏は素晴らしかったわね」
「ああ。ロラン様はますます腕を磨かれたようだな」
「わたくし、コンサートにはよく足を運ぶのですけど、本日の演奏は一層素晴らしいものでしたわ」
「アストラ帝国には三人の皇子がいらっしゃるが、やはり気品や教養という面ではロラン様が飛び抜けているな。あのお方が次の皇帝陛下に即位なされれば、国内外から敬意を集めることになるだろう」
「そうですわね……ロラン様にはぜひ次期皇帝に君臨してほしいですわ」
「そうだな」
 
 そんな会話が聞こえてきた。アリーシャは複雑な気持ちになる。
 今日見たロランは美しく堂々としていて気品に溢れ、見事にソリストを全うしていた。
 しかし自分はどうだろうか? 所詮は田舎娘でしかない自分が、ロランの隣に立つ資格はあるのだろうか。
 
(もし私がロラン様と結婚しなかったら、ロラン様は皇帝になれないのかしら……? あんなに素晴らしい方なのに、私のせいで皇帝になれないなんて事があってはいけないわ)
 
 なら自分はロランと結婚するべきなのだろうか?
 分からない。分からないが、もしそうなっても恥ずかしくないように、自分を磨かなければならない。
 
「失礼します、アリーシャ様ですか?」
「はい、そうですが貴方は……?」
「このホールの支配人です。ロラン様から、アリーシャ様をお連れするようにと仰せつかっております。ご同行をお願い致します」
「分かりました」
 
 アリーシャは席から立ち上がると、支配人の案内で移動する。
 階段を昇った先にはロランが使っている控室があった。


 ソリストを務めた皇子のロランは他の楽団メンバーとは違い、個室の控室が用意されている。支配人はアリーシャを部屋に案内すると、一礼して去っていった。
 部屋に入ると、そこには既にロランの姿がある。ロランはアリーシャの姿を認めると、ぱっと破顔した。
 
「アリーシャ! 良かった、来てくれたんだね!」
「はい。ロラン様の演奏、とても素晴らしかったです」
「嬉しいよ、君が来てくれて本当に嬉しい!」
 
 ロランはアリーシャをぎゅっと抱きしめる。
 
「ちょ、ちょっと、ロラン様っ!?」
「そのドレス、今日のコンサートの為に選んでくれたのかい? すごく似合っているよ」
「あ、ありがとうございます」
「舞台の上から君が見えた瞬間、思わず心臓が止まるかと思ったよ。だって君は大勢いる観客の中でも一番美しく、輝いていたんだ」
「そ、そうでしょうか?」
「もちろんだとも! 今日は僕の我儘を聞いてくれてありがとう。君と二人で過ごしたくて無理を言ってみたけど、受け入れてもらえて本当に嬉しかったよ」
「いえ、こちらこそ素敵な演奏を聞かせて下さりありがとうございました」
「ふふ、そう言ってくれて僕も嬉しいよ」
 
 ロランはアリーシャを離すと、改めてその姿を見つめた。
 
「今日は君のことを考えながら演奏したんだ。そのせいで音の調和が乱れていなかったか心配だったけど……」
「いえ、とても素敵でした」
「なら良かった!ありがとう。そう言ってもらえると安心できるよ」
 
 ロランは屈託なく笑う。沈んだり笑ったり、表情がくるくる変わる。舞台の上で演奏していた時は貴公子そのものだったのに、こうして接していると年相応の青年そのものだ。
 
「アリーシャ、せっかくだし二人でお茶をしないかい? このホールにはカフェテリアがあるんだ。そこへ行こうか。チョコレートケーキが美味しいと評判のお店なんだよ」
「わあ! 楽しみです!」
 
 スイーツが好きなアリーシャにとっては、まさに天国のような場所だ。ロランはアリーシャの手を引いて、一緒に歩き出す。
 案内されたカフェテリアは、本日は貸し切りとなっていた。さっきアリーシャを案内してくれた支配人が目くばせしてウインクする。どうやら彼が手配してくれたらしい。

 二人が席に着くと、ケーキと紅茶が運ばれてくる。ケーキはチョコレートケーキだった。オレンジリキュールを染み込ませた生地に、ガナッシュとコーヒークリームで層を作り、チョコレートでコーティングされたケーキだ。
 この音楽ホールで初めて考案されたメニューらしく、歌劇場にちなんで『オペラ』と名付けられたらしい。アリーシャは早速フォークを手に取る。
 
「いただきます」
 
 アリーシャはまず外側のチョコ部分を味わう。するとほろ苦い甘さが口の中に広がった。次に中のスポンジ部分を食べる。するとしっとりとした食感で濃厚な甘味が舌の上に広がった。甘さの中にほろ苦さのある大人の味わいだ。
 
「……! おいしい……!」
 
 思わず感嘆の声を上げる。ロランはその様子を見て、満足そうに微笑んだ。
 
「喜んでくれたみたいで良かった。ここのケーキはとても人気があってね。予約してもなかなか食べられないんだよ」
「そうなのですね……確かに絶品です!」
 
 夢中になって食べ進める。ロランはそんな様子を微笑ましそうに見守っていた。
 
「ところでアリーシャ。今日の君は本当に美しいね。いつも可愛いけど、そうやってドレスアップした君は大人びた魅了があって本当に素敵だよ」
「それは……きっと着ているドレスのおかげですね。こんなに素敵なドレスを着ているから、私のような田舎娘でもそれなりに見えるんだと思います」
「ううん、そんな事はないよ。どんなに素晴らしい衣装でも、着こなせるかどうかは本人次第なんだ。今日の君はそのドレスに着られる事なく、見事に着こなしている。君自信に品位や教養が備わっている証拠さ」
「そ、そうでしょうか? でも私、特に意識した事はないのですが……」
「それが自然体だからすごいんじゃないか。やっぱり君は魅力的だね」
「……ありがとうございます」
 
 アリーシャは照れながらも、心の中で安堵する。ロランの言葉はお世辞かもしれないが、それでも嬉しかった。
 
「きっと宮殿で生活させて頂いているおかげですね。宮殿で皆さまと過ごしているから、相応しい振る舞いが身につけられたのかもしれません」
「それもあるだろうね。だけど、それだけじゃないと思うな。アリーシャは元々の素質が良いんだろうね。それに努力家で真面目な性格をしている。だからこそ、君の周りには人が集まるし、尊敬されるんじゃないのかな」
「そう……なんでしょうか?」
「そうだとも。僕が保証する」
「……私、もっと頑張りますね。ロラン様や皆様に恥ずかしくない女性になれるように、自分を高めていきたいと思います」
「……うん。僕も君がもっと素敵な淑女になる姿を早く見たいよ。……できれば隣で、ね」
「え?」
「ううん、なんでもないよ」
 
 ロランは一瞬だけ切なげな表情を浮かべたが、すぐに笑顔を作る。
 
「ごちそうさま。おいしかったね」
「はい、とても」
「ところでこの後、オーケストラのパーティーが予定されているんだけど、アリーシャも一緒にどうだい? 僕の紹介とアリーシャの魅力があれば、みんな喜んでくれると思うな」
「でも、私はそういう場に慣れていなくて……皆さんにご迷惑をおかけしてしまうのでは……」
「大丈夫、気にする事はないよ。むしろ、アリーシャの事を自慢できる機会でもあるからね」
「ロラン様がそう仰って下さるのであれば、お言葉に甘えてもいいですか? 実は……少し不安だったので」
「もちろん。君が来てくれると知ったら、団員たちも喜ぶよ」
 
 その後、アリーシャはロランに連れられてオーケストラのパーティーに参加した。
 参加者の大半が貴族や音楽家という、絵に描いたような上流階級のパーティーだった。
 アリーシャは気後れしそうになったが、ロランが丁寧に優しくエスコートしてくれた。
 参加者たちも好意的にアリーシャを迎え入れてくれたので、いつかのお茶会のような騒動は起きずに済んだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!

近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。 「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」 声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。 ※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です! ※「カクヨム」にも掲載しています。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

婚約者は妹の御下がりでした?~妹に婚約破棄された田舎貴族の奇跡~

tartan321
恋愛
私よりも美しく、そして、貴族社会の華ともいえる妹のローズが、私に紹介してくれた婚約者は、田舎貴族の伯爵、ロンメルだった。 正直言って、公爵家の令嬢である私マリアが田舎貴族と婚約するのは、問題があると思ったが、ロンメルは素朴でいい人間だった。  ところが、このロンメル、単なる田舎貴族ではなくて……。

【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!

未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます! 会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。 一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、 ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。 このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…? 人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、 魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。 聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、 魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。 魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、 冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく… 聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です! 完結まで書き終わってます。 ※他のサイトにも連載してます

神の審判でやり直しさせられています

gacchi
恋愛
エスコートもなく、そばにいてくれないばかりか他の女性と一緒にいる婚約者。一人で帰ろうとしたところで、乱暴目的の令息たちに追い詰められ、エミリアは神の審判から奈落の底に落ちていった。気が付いたら、12歳の婚約の挨拶の日に戻されていた。婚約者を一切かえりみなかった氷の騎士のレイニードの様子が何かおかしい?私のやり直し人生はどうなっちゃうの?番外編は不定期更新

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

辺境伯聖女は城から追い出される~もう王子もこの国もどうでもいいわ~

サイコちゃん
恋愛
聖女エイリスは結界しか張れないため、辺境伯として国境沿いの城に住んでいた。しかし突如王子がやってきて、ある少女と勝負をしろという。その少女はエイリスとは違い、聖女の資質全てを備えていた。もし負けたら聖女の立場と爵位を剥奪すると言うが……あることが切欠で全力を発揮できるようになっていたエイリスはわざと負けることする。そして国は真の聖女を失う――

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

処理中です...