ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃

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二章

十九話 お茶会騒動

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「君たち、何を言っているんだ」
「あ、あら、ロラン様、ご機嫌麗しゅう……」
「アリーシャは大陸全土で信仰されている女神教の聖女。歴史上、引退した聖女が王族と結ばれた事例もある。聖女は幼い頃から修道院や神殿で礼儀作法を学び、豊かな知識を育み、各国の儀礼祭典にも出席して品位も身につけている。皇帝の妃として相応しい存在だと思うけどね」
「で、ですが――」
「そもそも君たちに何の権限があって、皇家の婚姻に口を挟んでくるんだい? 君たちの父上や母上が抗議しろと言ったのかな?」
「い、いえ、そういうわけではございませんが……」
「じゃあ、君たちの家では普段からそんな話をしているのかな? 普段から話していないとこんな話は出てこないものね。君たちは確かライナス伯爵家とレナード子爵家とクロン子爵家の令嬢だね。君たちの親御さんは本日来ていないけど、後日改めて話を聞きたいものだね」
「そっ、それはご容赦してくださいませんか!?」
「そうですわ、ロラン様! ほんのちょっと、親しみを込めてアリーシャ様と冗談を言い合って戯れていただけですのよ!」
「戯れ? 言い合う? 僕の目には君たちが一方的にアリーシャを詰っているように見えたけど?」
「そ、それは……!」
「お待ちくださいませ、ロラン様! 私たちはただ……」
 
 令嬢たちは青い顔をする。普段は優しくて紳士的なロランに、こんなに厳しく詰め寄られるとは思っていなかったようだ。
 アリーシャも青い顔をしている。いよいよトイレに行きたくて仕方がなくなってきたからだ。
 しかしロランの話は終わらない。彼はよほど腹に据えかねているらしく、追撃の手を緩めなかった。
 
(ロラン様が私の事を思ってくれているのは分かる、でも、このままだと――!)
 
 いよいよ我慢できなくなったアリーシャはキッと顔をあげた。令嬢たちは涙目になっている。アリーシャは構わず口を開いた。
 
「もう、いい加減にやめてください、ロラン様! これ以上続けて、女性に恥をかかせたいのですか!?」
「アリーシャ?」
「お願いですからもうやめて、そこをどいてください! こんなのもう耐えられません!!」
 
 ロランはハッとした表情を浮かべて口を噤む。その瞬間、アリーシャは脱兎のごとく走り出した。ロランとライナス伯爵令嬢の間をすさまじい勢いで駆けていった。


***


「な……なんなんですの、一体……?」
「アリーシャ……」

 走り去っていったアリーシャの後ろ姿を、ロランは感心したように見つめる。

「なんて気高い人なんだ。自分が言いがかりをつけられたにも関わらず、目の前で僕に責められている令嬢たちを可哀想に思って止めたんだろう」
「そ……そうでしたのね、アリーシャさん……」
「わたくしたち、あんなにひどい事を言いましたのに……」
「ああ、やはりアリーシャは素晴らしい女性だよ。だから僕は彼女に惹かれてしまうんだ」
 
 ロランはアリーシャの背中を眩しげに見つめる。
 ライナス伯爵令嬢と他の二人の令嬢も、ロランに感化されたようにアリーシャの去った方向を見つめた。
 
「……僕も言い過ぎたね、すまない。アリーシャの事となると冷静さを失ってしまうんだ」
「い、いいえ、悪いのはわたくしたちの方ですわ……」
「そうですわ、未来の皇妃様を悪く言うなんて、どうかしていましたの!」
「ですがアリーシャ様とロラン様のおかげで目が覚めましたわ。ロラン様、申し訳ありませんでした」
「分かってくれればいいんだよ」
「そうだわ、アリーシャ様にも謝罪しないと――でもアリーシャ様、この空気に耐えかねてどこかへ行ってしまわれましたね。ああ、どうすれば……!」
「では、わたくしが呼んで参ります」
 
 令嬢たちが頭を抱えていると、アリーシャの専属侍女のリリアナが申し出た。
 
「リリアナか。ああ、よろしく頼んだよ。アリーシャに叱られたばかりの僕が行くのも気まずいからね……」
「お任せ下さい。それでは失礼いたします」
 
 そしてリリアナは一礼してその場を離れると、宮殿内にあるトイレに向かった。

 ――このお茶会の中で、しばらくアリーシャに付きっ切りでお世話をしていたリリアナだけは、唯一アリーシャの真意に気付いていた。

 アリーシャはロランや令嬢たちが言うような思惑があったのではなく、ただトイレに行きたかっただけだろう……と。
 だが、せっかく場が良い感じに纏まろうとしているのだから、余計な事は言わない。リリアナは主君の幸せを願う、有能な侍女なのであった。
 

***
 

 アリーシャはハンカチで手を拭きながら、宮殿の一階にあるトイレから出てきた。
 
「……はぁ、なんとか間に合って良かった。うぅ、でもロラン様にきつい言い方をしてしまったよね。どうしよう……」
「アリーシャ様、やはりこちらにいらしたのですね」
「あれっ、リリアナ? 迎えに来てくれたの?」
「はい。ロラン様やご令嬢たちの事なら、ご安心ください。あの場は上手く纏まりましたよ」
「えっ、そうなの!?」
「はい。皆様、アリーシャ様がお戻りになられるのをお待ちです。ロラン様も怒っておりませんので、一緒に戻りましょう」
「ええ、ありがとう、リリアナ」

 きっとリリアナがうまく取りなしてくれたのだろう。アリーシャはそう納得した。
 そして勘違いしたままお茶会の会場に戻る。すると、お茶会に招かれた招待客から温かく迎えられた。
 
「ロラン殿下のおっしゃった通り、アリーシャ様は立派な聖女です。とてもお優しいのですね」
「アリーシャ様が次期皇帝の婚約者に選ばれた理由が分かりましたわ」
「帝国にこのような聖女が来てくれて嬉しいですわ」
「え……ええぇっ!?」
 
 その中には、さっきまでアリーシャに文句を言っていた令嬢たちの姿もあった。
 アリーシャは何が何だかさっぱり分からない。すると、ロランが近づいてくる。
 
「アリーシャ、君のおかげで僕も己の過ちに気付けたよ。いくら頭に来たからといって、相手の立場も考えずに追い詰めるなんて僕らしくない振る舞いだった。公然と女性を辱めるなんて、皇子として恥ずかしいよ」
「え……えっと……?」
「でも、アリーシャのおかげで自分の間違いに気付けた。僕は今日の事を深く胸に刻み、良き皇子、ひいては皇帝になれるよう励んでいきたいと思う」
「は、はあ……」

 アリーシャが戸惑っていると、さっきの令嬢たちが歩み出て頭を下げた。
 
「アリーシャ様、わたくしたちも反省しましたの。アリーシャ様を悪く言ってしまって……」
「ですが、アリーシャ様はそんな私たちにも優しくしてくださいました」
「わたくしたちは、アリーシャ様の素晴らしさをもっと理解しようと思いましたの」
「そ、そうですか、ありがとうございます」

 何が何だかさっぱり分からない。きっとロラン様が説得してくれたのだろうと思う事にした。さすがはロランである。アリーシャは一人で納得するのだった。
 何はともあれ、揉め事が片付いたのならそれに越した事はない。再び和やかな雰囲気を取り戻し、お茶会は終わりを迎えたのだった。
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