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一章

六話 宮殿の食事

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「アリーシャ、よく来てくれたね。君はまだこういうのに慣れていないだろうから、今夜は略式で用意させてもらったよ」

 ロランが気さくに手を振ってくる。
 よく見れば沢山いる人々は給仕の執事やメイドのようだ。
 
「さあ、座って」
「は、はい」
 
 言われるまま席に着く。
 隣はハイラルだ。向かい側にはロランとエクレールが並んでいた。
 
「アリーシャ様、まずは前菜でございます」
 
 目の前に美しい皿がコトリと置かれる。
 載っているのは生ハムとチーズ、オリーブの実を使ったオードブルだった。
 
「素敵、美味しそうですね」
「お気に召したようで何よりでございます」
「頂きます」
 
 早速食べてみると、絶妙の塩加減とオリーブの香りで思わず頬が緩む。
 
「おいしいです」
「それは良かった」
「次はスープでございます」
 
 続いて出てきたのは、冷製のポタージュスージュだ。
 
「これもとっても美味しいです」
「アリーシャ、口元についているぞ」
「えっ?」
「そこじゃない、ここだ」
 
 ハイラルはアリーシャの唇の端を親指で拭う。そして、その指を自分の口に持って行って舐めた。
 
「なっ!?」
「ん? どうした?」
「い、いえ、何でもありません……!」
「そうか」
 
 アリーシャは顔を真っ赤にして俯く。その様子を見て、ハイラルはクスリと笑った。
 
(うぅ……恥ずかしい……! もしかして私……皆様の前で子供みたいにはしゃいでしまったのかしら……!?)

 食堂に入る前に気持ちを切り替えた筈なのに。
 豪勢な料理と三人の皇子と煌びやかな食堂に圧倒されて、取り繕うのを忘れてしまった。
 途端に恥ずかしくなって俯いてしまう。すると――。
 
「ねえアリーシャ……ボクもソースがついたよ……」
「えっ?」
 
 エクレールが身を乗り出してきた。彼はわざと自分の頬っぺたにソースをつけている。
 まるでアリーシャに取ってもらうのを待っているかのように、身を乗り出している。
 
「ほらアリーシャ、ボクのも取って欲しいな……」
「わ、分かりました」
 
 アリーシャは仕方なくエクレールの頬についたソースをハンカチで拭ってあげた。
 
「ありがとうアリーシャ……」
「いえ、どういたしまして」
 
 子供のような振る舞いに、アリーシャの頬がつい緩んだ。
 
(もしかしたらハイラル様もエクレール様も、私の緊張を解す為にわざとやってくれたのかしら……?)
 
 そう思うと少し嬉しくなり、同時に心が軽くなった。
 先程のハイラルも今のエクレールも、随分奔放な振る舞いだ。
 そんな彼らを見ていると、緊張して委縮しているのがかえって好ましくないように思えてきた。
 彼らが気遣ってくれているなら、自分も委縮するよりこの瞬間を楽しもう。素直にそう思えた。
 
「次は、こちらのメインディッシュでございます」
「わあ、すごいです! こんなに大きなステーキなんて初めて見ます!」
「アストラの料理人自慢の逸品だ」
「お肉も柔らかくてジューシーで最高です」
「アリーシャ様はお肉がお好きですか?」
「はい。でも神殿ではあまり食べる機会がなかったので、嬉しいです」
「それはよかった」

 美味しい食事は人の心を軽くする効果がある。
 アリーシャは自然と笑顔が浮かび、口調も明るくなっていった。

「このデザートのケーキも美味しいです」
「お気に召したようでなによりでございます」
 
 次から次へと美味しい料理が運ばれてくる。
 アリーシャはすっかり食事会に夢中になっていた。
 聖女として働いている頃は、食事も最低限だった。

 「聖女に美食など必要ない」という方針の下、硬いパンと薄いスープばかり。
 時々出る塩野菜と干し果物ぐらいしか与えられていなかった。

 もちろん、文句を言うつもりはない。
 この世の中には、満足な食事を摂れない者も大勢いるのだから。
 それでも、こうして豪華な料理を食べていると、やっぱり感激してしまう。
 
(それにしても、本当に豪華絢爛なお城ね)
 
 天井に描かれた神話の神々の絵や、壁を飾るタペストリーの数々。
 どれも目が飛び出るような値段に違いない。
 アリーシャは改めて、自分が今どんな場所にいるのか痛感していた。
 
「アリーシャ様、お腹はいっぱいになりましたか?」
「はい、とても美味しかったです」
「アリーシャ、君は僕たちより二歳下だから、今は十八歳だったよね。お酒は飲めるかい?」
「はい、少しだけなら……」
「それじゃあ、こっちのワインなんてどうかな?」
 
 ロランがグラスを差し出す。ルイン王国でもアストラ帝国でも、成人年齢は十六歳だ。アリーシャの年齢ならお酒を飲んでも構わない。大神殿でもワインを作っていたから、味を確認する為に飲んだ事がある。
 恐る恐るグラスを受け取って、匂いを嗅いだ。
 
「いい香り……」
 
 ロランが注いでくれたのはロゼワインだった。
 透き通ったピンク色の液体がキラキラ輝いている。
 
「それじゃあ、僕たちの再会と皇帝陛下の回復を願って、乾杯!」
「乾杯!!」
「かんぱーい……」
 
 ロラン、ハイラル、エクレールがグラスを掲げる。
 
「えっと……かんぱい」
 
 アリーシャも慌てて真似をして、三兄弟に合わせて軽く掲げてみた。
 そして、一口飲んでみる。芳醇で甘酸っぱくて、飲みやすい味だった。
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