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一章
五話 十年前の思い出
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悲劇の起きる前夜のルミナ村。
ベッドに入ろうとしていたアリーシャの元に、お屋敷の男の子がやって来た。
いつもはこんな時間に会いに来ないから、アリーシャは少し驚いた。
彼はこっそり窓から顔を覗かせると、こう言った。
『アリーシャ、時間あるかな? 少し外に出ない? 今夜は星が綺麗だよ』
『え、でも……』
『こんなに見事な星空は、きっと今夜じゃないと見られないよ。お願いだ、アリーシャ。今夜だけでいいから僕のワガママを聞いてほしいんだ』
『……うん、分かった』
男の子は真剣な様子で訴えかけた。
なんとなく、断ったら二度と会えなくなるかもしれないと悪い予感が胸を過ぎる。
アリーシャは頷くと、両親に気付かれないようこっそりと外へ出た。
『うわあ……綺麗……!』
男の子と二人で野原に向かったアリーシャは、満天の星空に圧倒された。
その晩は自然豊かなルミナ村でも、滅多に見られないぐらい見事な星月夜だった。
無数の星が月のように強く輝いている。
穏やかな川の水面に星の光が反射して、まるで幻想の世界に紛れ込んでしまったかのようだ。
あまりの絶景と夜の静けさ。
世界に二人だけ取り残されたような錯覚を抱いて、アリーシャは少し怖くなった。
そんなアリーシャの手を男の子が優しく握ってくれた。
『アリーシャ、僕はもうすぐ君に会えなくなってしまうかもしれない』
『え……っ!?』
『でも、寂しがらないで。大きくなったら必ず迎えに行くから、それまで待っていて』
『う、うんっ……!』
『いい子だね、アリーシャ。それじゃあこれは、キミが僕を、僕がキミを見つけられる目印だよ』
男の子はアリーシャの手を取ると、左手の薬指に指輪を通した。
星空の下でキラキラと輝くそれは、青い光を煌めかせるムーンストーンの指輪だった。
『そして、これはおまじない。二人が再び巡り合って、その時こそ一緒に暮らせますように……』
星空の下、男の子はアリーシャの額にキスをした。
それまでもお屋敷の男の子と会って遊ぶのは楽しかった。
けれど、自分が恋をしているのだと自覚したのは、あの夜が初めてだった。
あの夜の約束と思い出。
それがアリーシャの記憶の中で、もっとも鮮烈な初恋の記憶だった――。
***
アリーシャの思考が現在に戻ってくる。
瞼を開くと、目の前にはアストラ宮殿の見事な庭園が広がっていた。
「あの時の男の子は……ロラン様なの? ハイラル様なの? エクレール様なの? 誰なの、分からないわ……!!」
アリーシャは頭を抱える。考えれば考えるほど分からなくなってきた。
『お屋敷の男の子』は、ずっと一人の人物だと思っていた。
それがいきなり三つ子だったなんて言われても、誰が誰だったのか分かる筈もない。
「私が好きになったあの夜の男の子は、一体誰だったの……!?」
すると、そこにコンコンとノックの音が響く。
ドアが開くとさっきの侍女リリアナが立っていた。
「間もなく夕食でございます。アリーシャ様、お召し物のお着替えを手伝わせてください」
「は、はい」
リリアナに手伝ってもらって、夕食会用のドレスに着替える。
髪を整えてもらい、肌には薄化粧を施される。
夜の海を思わせる紺色のロングドレスを着せてもらう。
「まあ、とても素敵でございます」
「そ、そうかしら?」
「はい、アリーシャ様はとても美しいですよ」
「あ、ありがとうございます……」
そんな事を言われるのは初めてだった。お世辞と分かっていても照れてしまう。
それから二人で宮殿内にある皇族の主食堂に向かった。
「え、ええと、メニューは何でしょうか?」
「『ようこそアリーシャ様! 熱烈歓迎スペシャル』です」
「えっ?」
「冗談です。本日はアストラ帝国の宮廷が誇るコース料理ですよ」
「そ、そうなのね。リリアナはユーモアがある人なのね」
「ふふふ」
リリアナは悪戯っぽく笑う。
少し変わったメイドのようだが、悪い人ではなさそうだ。
二人は長い廊下を歩き、やがて大きな扉の前に辿り着いた。
「では、ご用意を」
「はい」
アリーシャは深呼吸して気持ちを整える。
神殿では普段の食生活はひどい物だった。
しかし王侯貴族の儀式典礼に出席する時の為に、一通りのマナーは叩き込まれている。
心構えを切り替える為に、アリーシャは深く息を吸って吐いた。
そして、リリアナはゆっくりと扉を押し開けた。
宮殿の主食堂の中に入ると、大勢の人がこちらを見つめていた。
テーブルの奥にはロラン、ハイラル、エクレールの三兄弟がいた。
ベッドに入ろうとしていたアリーシャの元に、お屋敷の男の子がやって来た。
いつもはこんな時間に会いに来ないから、アリーシャは少し驚いた。
彼はこっそり窓から顔を覗かせると、こう言った。
『アリーシャ、時間あるかな? 少し外に出ない? 今夜は星が綺麗だよ』
『え、でも……』
『こんなに見事な星空は、きっと今夜じゃないと見られないよ。お願いだ、アリーシャ。今夜だけでいいから僕のワガママを聞いてほしいんだ』
『……うん、分かった』
男の子は真剣な様子で訴えかけた。
なんとなく、断ったら二度と会えなくなるかもしれないと悪い予感が胸を過ぎる。
アリーシャは頷くと、両親に気付かれないようこっそりと外へ出た。
『うわあ……綺麗……!』
男の子と二人で野原に向かったアリーシャは、満天の星空に圧倒された。
その晩は自然豊かなルミナ村でも、滅多に見られないぐらい見事な星月夜だった。
無数の星が月のように強く輝いている。
穏やかな川の水面に星の光が反射して、まるで幻想の世界に紛れ込んでしまったかのようだ。
あまりの絶景と夜の静けさ。
世界に二人だけ取り残されたような錯覚を抱いて、アリーシャは少し怖くなった。
そんなアリーシャの手を男の子が優しく握ってくれた。
『アリーシャ、僕はもうすぐ君に会えなくなってしまうかもしれない』
『え……っ!?』
『でも、寂しがらないで。大きくなったら必ず迎えに行くから、それまで待っていて』
『う、うんっ……!』
『いい子だね、アリーシャ。それじゃあこれは、キミが僕を、僕がキミを見つけられる目印だよ』
男の子はアリーシャの手を取ると、左手の薬指に指輪を通した。
星空の下でキラキラと輝くそれは、青い光を煌めかせるムーンストーンの指輪だった。
『そして、これはおまじない。二人が再び巡り合って、その時こそ一緒に暮らせますように……』
星空の下、男の子はアリーシャの額にキスをした。
それまでもお屋敷の男の子と会って遊ぶのは楽しかった。
けれど、自分が恋をしているのだと自覚したのは、あの夜が初めてだった。
あの夜の約束と思い出。
それがアリーシャの記憶の中で、もっとも鮮烈な初恋の記憶だった――。
***
アリーシャの思考が現在に戻ってくる。
瞼を開くと、目の前にはアストラ宮殿の見事な庭園が広がっていた。
「あの時の男の子は……ロラン様なの? ハイラル様なの? エクレール様なの? 誰なの、分からないわ……!!」
アリーシャは頭を抱える。考えれば考えるほど分からなくなってきた。
『お屋敷の男の子』は、ずっと一人の人物だと思っていた。
それがいきなり三つ子だったなんて言われても、誰が誰だったのか分かる筈もない。
「私が好きになったあの夜の男の子は、一体誰だったの……!?」
すると、そこにコンコンとノックの音が響く。
ドアが開くとさっきの侍女リリアナが立っていた。
「間もなく夕食でございます。アリーシャ様、お召し物のお着替えを手伝わせてください」
「は、はい」
リリアナに手伝ってもらって、夕食会用のドレスに着替える。
髪を整えてもらい、肌には薄化粧を施される。
夜の海を思わせる紺色のロングドレスを着せてもらう。
「まあ、とても素敵でございます」
「そ、そうかしら?」
「はい、アリーシャ様はとても美しいですよ」
「あ、ありがとうございます……」
そんな事を言われるのは初めてだった。お世辞と分かっていても照れてしまう。
それから二人で宮殿内にある皇族の主食堂に向かった。
「え、ええと、メニューは何でしょうか?」
「『ようこそアリーシャ様! 熱烈歓迎スペシャル』です」
「えっ?」
「冗談です。本日はアストラ帝国の宮廷が誇るコース料理ですよ」
「そ、そうなのね。リリアナはユーモアがある人なのね」
「ふふふ」
リリアナは悪戯っぽく笑う。
少し変わったメイドのようだが、悪い人ではなさそうだ。
二人は長い廊下を歩き、やがて大きな扉の前に辿り着いた。
「では、ご用意を」
「はい」
アリーシャは深呼吸して気持ちを整える。
神殿では普段の食生活はひどい物だった。
しかし王侯貴族の儀式典礼に出席する時の為に、一通りのマナーは叩き込まれている。
心構えを切り替える為に、アリーシャは深く息を吸って吐いた。
そして、リリアナはゆっくりと扉を押し開けた。
宮殿の主食堂の中に入ると、大勢の人がこちらを見つめていた。
テーブルの奥にはロラン、ハイラル、エクレールの三兄弟がいた。
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