ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃

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一章

二話 アストラ帝国

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 八本足のスレイプニルは、通常の馬の倍以上の速さで道を駆ける。
 アリーシャは馬車の中で、セバスチャンからアストラ帝国の話を聞いた。
 
「えっ!? アストラ帝国の皇帝陛下は病に臥せっているのですか!?」
「はい。帝国中の医者が匙を投げた難病です。我々臣下一同は途方に暮れ、ありとあらゆる文献に目を通しました」
「まあ……」
「すると、古い文献に、似たような症状に苦しむ病人を聖女の薬が癒したという記述を発見しました。もはや他に打てる手はありません。藁にも縋る思いで聖女様に治療を頼もうと、ルイン王国までやって来たのです」
「そうだったんですか……分かりました。そういう事情なら、私に出来る事があれば力にならせてください!」
「ありがとうございます! 心よりの感謝を――」

 セバスチャンは恭しく頭を下げる。
 アリーシャは慌てて手を振って、顔を上げてもらった。

「で、でも、私に皇帝陛下を治せるかは分かりませんよ? 医学や薬学の知識は一応あるけど、それでも治せると決まった訳ではありませんから……」
「皇帝陛下は信心深い御方です。もし治せなかったとしても、聖女の存在は、病に苦しむ陛下の御心を慰めてくださるでしょう」
 
 やがて馬車はルイン王国を抜け、アストラ帝国領に入る。
 スレイプニルが駆る馬車は、あっという間に長距離を駆け抜ける。
 アリーシャはアストラ帝国の帝都に到着した。

 長い歴史を誇るアストラ帝国の帝都は、巨大な城壁に囲まれている。
 城壁の内側は華やかな煉瓦造りの建物が無数に並んでいた。美しく整備された石畳の道、よく手入れされた街路樹や花壇が広がっている。

 大勢の人々が行き交い、露天や商店が立ち並ぶ。ルイン王国とは比べ物にならない活気に満ち溢れていた。
 だが今はのんびり街の様子を眺めている暇はない。
 馬車は巨大な堀を通り抜け、絢爛豪華な宮殿の前で停車した。
 
「アリーシャ様、こちらです!」
「はい!!」
 
 セバスチャンに案内されたのは、宮殿の一角にある皇帝の寝室だった。
 煌びやかで豪奢な部屋。フカフカの赤絨毯に、一目で高価だと分かる家具や調度品の数々。
 そして天蓋付きのベッドの上には、やせ細った白髪の男性が横たわっていた。
 
「皇帝陛下、こちらは聖女アリーシャ様でございます」
「…………」
「初めまして、皇帝陛下。聖女アリーシャと申します。よろしくお願いします」
「…………」
「皇帝陛下は以前より内臓を患っていました。そして数日間、突如容態が急変しました。それ以来、意識が戻っておりません。アリーシャ様をお迎えに行っている間にもしやと思いましたが、御変りはないようですね」
「ええ……お話で窺った通りですね」
 
 アリーシャはベッドに駆け寄ると、皇帝の手を取った。
 皇帝は辛うじて息をしているが、意識はなく、目の周りは落ちくぼんでいる。
 もはや呼吸をしているだけでも苦しそうだ。
 呼吸に小さく苦悶の声が混じっているのに気付かなければ、死んでいると誤解するかもしれない。

 ここに来るまでに馬車の中で、セバスチャンから皇帝の病状について聞いていた。
 症状、痛む箇所、いつから具合が悪いのか、時間経過でどう変化したのか――等々。
 そしてアリーシャは皇帝の病気について、ある程度の目星をつけていた。
 
(やっぱり……皇帝の内臓は悪性の腫瘍に犯されているわ)
 
 聖女の力では、病人の体のどこに悪い部分があるかを透視する事が出来る。
 皇帝は内臓の至るところに悪性の腫瘍が転移していた。
 これでは通常の医学や薬学では、治療する事は難しいだろう。

 だが、聖女が持つ癒しの力なら話は別だ。
 アリーシャは皇帝の手を握ったまま目を閉じる。
 するとアリーシャの体から光の粒が放たれ、皇帝の体へと吸い込まれていった。
 
「お、おぉ……これは、なんと暖かい光でしょうか……!」
 
 セバスチャンは感嘆の声をあげる。
 土気色だった皇帝の顔色にわずかに朱色が差す。
 先程まで苦しそうだった呼吸も穏やかになっていった。
 
「アリーシャ様! この力が、聖女の持つ奇跡の力ですか……!?」
「はい。聖女とは、女神の奇跡をこの世に現す存在です。皇帝の病は現代の医学では治療困難ですが、聖女の力を毎日注ぎ続ければ、やがて腫瘍が小さくなって消えていくでしょう」
「なんと、素晴らしい……!! ああ、皇帝陛下がこんなに穏やかな顔で眠っていらっしゃる……お顔色も良くなって……! アリーシャ様、感謝致します!!」
「いいんです、聖女として当然の事をしたまでですから。……それに根本的な治療には、これからも継続して聖女の力を注ぐ必要があります」

 アリーシャはこれまで培ってきた医療と聖女の力について説明する。
 聖女だけが持つ奇跡の光は、病巣に直接働きかけ、腫瘍を消滅させる事が出来る。ただし一度に大量の力を注ぐと、患者の体が耐えきれず急変してしまう可能性がある。
 だから容態を診ながら、長期的に治療に当たらなければならない。

「そして意識が戻りましたら、食事や散歩などの軽い運動を取り入れ、患者本人の免疫力を高める必要があります。薬も補助として役に立つでしょう。私一人で皇帝陛下を治せるわけではありません。病を治すには、皇帝陛下ご本人や皆様の協力が必要なのです」
「勿論でございますとも!!」

 皇帝の枕元に立ったアリーシャは、眠っている皇帝の顔を見る。
 その顔は安らかで、今は苦しんでいるようには見えない。
 
(……良かった。少しでも、皇帝陛下のお役に立てたみたいね)
 
 アリーシャは自分の仕事が成功した事に安堵する。
 すると、そこにセバスチャンとは別の執事らしき人物が入ってきた。
 
「アリーシャ様。私は帝国の皇子ロラン殿下の専属執事でございます。我々はアストラ帝国を代表して深く御礼を申し上げます。誠にありがとうございました」
「いえ、そんな。皇帝陛下と帝国の皆さまのお力になれて嬉しいです」
「つきましては、アストラ帝国のロラン皇子殿下がアリーシャ様に御礼を申し上げたいと言っておられます。ロラン殿下は謁見の間でお待ちです。ぜひご一緒して頂きたい」
「そうなのですか? 分かりました」

 アリーシャは執事たちに促されて、皇帝陛下の寝室を後にした。
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