42 / 43
五章
第42話 父と娘と
しおりを挟む
後日、王宮の会議室にて緊急会議が開かれた。
議題はもちろん、今回の事件についてである。
「――以上が、今回の事件の顛末となります。魔国は主力部隊の大半をウォレス侯爵に壊滅させられたことで、直接的な武力侵攻ではなく、内部崩壊を狙って工作員を送り込む手段に切り替えていたようです。ですが、ウォレス閣下とネリネ嬢が共同開発した『聖域の盾(サンクチュアリシールド)』により、潜入した工作員を検知できるようになりました。あとは『聖域の盾(サンクチュアリシールド)』を王都および主要都市に配備すれば、もう安心です」
「……うむ、ご苦労であった。これで我が国の安寧も保たれるであろう。本当に良くやってくれた」
内務大臣の報告を受け、国王は安堵のため息を漏らす。
内務大臣は恭しく頭を下げて感謝の言葉を受け取ると、次の議題に移る。
「それで陛下、魔国の件は片付いたとして、次に問題なのはアンダーソン子爵の処遇についてです」
「うむ、そうであったな」
「アンダーソン子爵の行いは到底許されるものではありません。ネリネ嬢への虐待、今回の怠慢が招いた被害、部下への威圧的な言動の数々……あらゆる観点から貴族・平民の双方から非難の声が上がっています。進退を問わねばなりますまい」
「無論、そうなるだろうな。だがアンダーソン子爵家は建国当時から王家に仕える由緒正しい貴族の名門。よもや取り潰す訳にもいくまい。……となると、現当主を引退させ子女に継がせるというのが妥当だが」
「ネリネ・アンダーソン嬢は爵位の継承を拒んでおります」
内務大臣は告げる。マティアスが既にネリネに打診してみたが、本人は「私は子爵家の当主となる教育を受けておりません。妹のミディアにお願いします」と言って断っていた。
「ふむ、ミディア・アンダーソンか……しかし彼女は医療院で感染拡大させてしまった責任があるが……」
「彼女はまだ未成年です。然るべき教育係と補佐役をつければ、十分に責務を果たすことが出来るでしょう」
「そうか。それならば問題はあるまい。アンダーソン子爵には蟄居させるか」
「それがよろしいでしょう」
内務大臣は同意する。
こうしてアンダーソン子爵家の処遇が決まった。
アンダーソン子爵は地位を奪われ、僻地にて蟄居させられることになった。
***
だが、当のアンダーソン子爵は納得していなかった。
(くそっ! 忌々しい小娘め! 私を陥れやがって! 許さんぞ! 必ず復讐してくれる!)
アンダーソンは憤怒の形相で拳を握りしめる。
ネリネが浄化した魔物化の被害者たちは、正気を取り戻した後に治療を受けた。
その結果、後遺症もなく健康体を取り戻すことが出来た。
しかし負傷した人々もいれば、絶対安全と謳われた王都の結界を突破されたことに不安を覚える人々もいる。
結果、アンダーソン子爵は現職を罷免されることになった。
国王からの勅定を受け取ったアンダーソン子爵は、自宅の自室で怒りに打ち震える。
「し……失礼します、旦那様。旦那様にお会いしたいという客人が訪問されました」
「誰だ?……ふん、どうせ私の失脚を聞きつけた貴族どもが嫌がらせに来たんだろう?」
「いえ、それが……ウォレス侯爵と名乗られていまして……」
「何!?」
使用人に連れられ、部屋に入ってきたのはアーノルド・ウォレス侯爵だった。
彼はネリネを伴っている。前回とは違い、今回の訪問はあくまでアーノルドが主体。ネリネは付き添いのようだ。
それでもネリネの姿を見た途端、子爵の頭に血が昇る。
「貴様、何をしに来た!? 私を嘲笑いに来たのか、毒婦の娘が!!」
「お父様、私は……」
「私を排除して、自分がアンダーソン家の当主になるつもりか? それで今までの復讐を成し遂げるつもりか? ……はん、笑わせるな! お前のような卑怯者が、アンダーソン家の誇りを汚した女が、この私より上に立つだと!? 思い上がりも甚だしい!」
「お父様、聞いてください。私は……」
「黙れ! それ以上近寄るな、この汚れた娘が!!」
「……いい加減にしろ」
アーノルドは剣呑な雰囲気を漂わせ、一歩前に出る。
アンダーソン子爵は気色ばんで後退る。が、すぐに気を取り直すと不敵に笑った。
「は、ははははは。今更凄んだところで通用せぬぞ! 私はもう王の勅定を受け取り、罷免が決定した。もはや失うものなどない、今更貴様如き若造に脅されたところで引き下がりはせぬわ!」
「……貴公は勘違いしておられるな。私もネリネも、貴公をどうこうするつもりはない。ただ一つ、貴公にどうしても伝えておかねばならない真実を伝えに来たまでだ」
「何?」
「これだ。目を通せ」
アーノルドは子爵に書類を押し付ける。子爵は反射的に書類へと目を落とす。
「なんだこれは……? 血液型鑑定だと? これは一体何なのだ?」
「人間の血液型は親から子へ遺伝するもので、両親の組み合わせによって子の血液型が決まる。逆に、特定の組み合わせでは誕生しない血液型もある」
「…………」
「私の屋敷にはフランツという医者がいる。彼の父は、二十年前に王都の魔術アカデミーに在籍していたそうだ。彼は当時研究の一環と称して、王都にいる魔法の使い手たちの血液を採取した。その時に全員の血液型を鑑定した。アンダーソン子爵にも覚えがあるのではないか? その研究者の名はフランケンシュタインという男だ」
「フランケンシュタインだと!? それは――」
子爵はその名前に心当たりがあった。
そう、確かちょうど二十年ほど前。魔術アカデミーに在籍する若き天才から、血液を調べさせてほしいと頼まれた。
「彼の息子とも呼ぶべきフランツ・フランケンシュタイン。彼が最近父親の資料を調査し直したところ、二十年前の血液型記録が見つかった。その中には貴公の名と、ネリネの母の名もあった。貴公がネリネの母の浮気相手と疑っていた生活魔法使いの男の名もあった。……そしてネリネの血液型を調査したところ、貴公と同じ型だった。そしてネリネの母と生活魔法使いの男の血液型の組み合わせでは、ネリネは誕生しない。よって彼女は貴公の実子で間違いはない」
「な……なんだと!? そんな馬鹿な!! その娘が私の実子である筈がない! 私の娘だというのなら、何故聖属性魔法を使えない! 何故下賎な生活魔法などという才能しかなかったというのだ!!」
「これも最近の研究で分かってきたのだが、魔法適性は隔世遺伝の確率が高い。たとえば両親共に水魔法使いでも、子に風魔法使いが生まれることもある。これは先祖に風魔法使いがいたからだ」
所謂『先祖がえり』という現象である。
「彼女の母の家系を調べたところ、大昔に生活魔法の使い手がいると判明した。……三百年前、まだこの国で生活魔法が下賎という価値観が広まる前にな」
「そんな、嘘だ……!」
「それと確かにネリネの適性は『生活魔法』で間違いない。だが彼女は生活魔法の中でも『浄化』や『応急手当』といった、聖魔法に近い魔法の威力が高い。これもまたアンダーソン子爵家の血筋に連なる者の証左であると私は思うが?」
「……っ!!」
「貴公は妄想と偏見に囚われ過ぎたのだ。妻が他の男と通じていたのではないかという妄想。生活魔法は下等であるという偏見。その二つが貴公の心を曇らせた」
アーノルドは冷たく言い放つと、子爵を睥睨する。
「ネリネは貴公の娘だ。生活魔法の適性は母方の隔世遺伝だ。そのことについて詳しく書かれているのがその資料だ。貴公とて本物の愚者ではあるまい。資料を読み、今の話を吟味すれば自ずと結論は出るだろう」
子爵は呆然と立ち尽くす。
今まで信じてきたものが全て崩れ去った衝撃で思考が追いつかない。
それでは自分は、今まで実の子を浮気相手の子だと誤解して虐げていたというのか?
そして的外れな妄執に囚われ、自らを破滅させたというのか?
子爵を見つめるアーノルドの視線に同情が混じる。
「貴公がしてきたことは許されることではない。だが、それを自覚した上で自らの罪を見つめ直し、償おうとするのであれば、私たちが貴公を裁くことはない。……もう既に、十分すぎるほど罰は与えられた様子だからな」
「あ……ああ、あぁぁぁっ!!!」
子爵は発狂したように叫ぶ。
もう何もかもが信じられなかった。
自分の愚かさも、ネリネの本当の父親も。
全てが悪夢のようだった。否、これまでの十八年間こそが悪夢だったのだろうか。自らが作り出した悪夢にずっと囚われていた。
そんなアンダーソン子爵を憐れむように一瞥すると、ネリネとアーノルドは踵を返す。
「ま……待ってくれ! ネリネ、貴様は……いや、お前は本当に私の娘だったのか……!?」
「お父様……」
「だとしたら私は、私は……なんということを……!」
「……私が実の子だと分かっていれば、あのような真似はしませんでしたか」
「あ、当たり前だ! だが、まさか本当に……」
「そうですか」
ネリネは寂しげな微笑を浮かべる。
「貴方にとって血の繋がりが全てなのですね。一緒にどんな時を過ごしてきたかよりも、血の繋がりが重要なのですね。……お父様にとっての家族とは、ただそれだけの存在なのですね」
「な、何を……!」
「私は今、アーノルド様のお屋敷でお世話になっています。アーノルド様も使用人の皆様も、私を家族のように思っていると言ってくれました。私もアンダーソン家にいた頃よりも、何倍も満たされています。血は繋がっていなくても、同じ家で暮らし、同じ時間を過ごし、心を繋いだ相手こそが私にとって『家族』です。貴方ではありません」
「……ネリネ……!」
「もう二度と会うことはないでしょう。……さようなら、今までお世話になりました」
アーノルドとネリネが部屋を出ていく。
一人残された子爵は、力なくその場に座り込んだ。
***
その後、アンダーソン子爵は爵位を剥奪された。
平民に落とされた彼は辺境の地にて蟄居を命じられた。
しかし彼は自ら命を絶つことも出来ず、ただひたすら自問自答する日々を送った。
己が何をしでかし、何を失ったのかを理解するには長い月日がかかった。
そして理解してからも、彼は二度とネリネに会うことはなかった。
彼はひたすら自分の娘にしてしまった仕打ちを後悔しながら、長い余生を過ごすことになるのだった――。
議題はもちろん、今回の事件についてである。
「――以上が、今回の事件の顛末となります。魔国は主力部隊の大半をウォレス侯爵に壊滅させられたことで、直接的な武力侵攻ではなく、内部崩壊を狙って工作員を送り込む手段に切り替えていたようです。ですが、ウォレス閣下とネリネ嬢が共同開発した『聖域の盾(サンクチュアリシールド)』により、潜入した工作員を検知できるようになりました。あとは『聖域の盾(サンクチュアリシールド)』を王都および主要都市に配備すれば、もう安心です」
「……うむ、ご苦労であった。これで我が国の安寧も保たれるであろう。本当に良くやってくれた」
内務大臣の報告を受け、国王は安堵のため息を漏らす。
内務大臣は恭しく頭を下げて感謝の言葉を受け取ると、次の議題に移る。
「それで陛下、魔国の件は片付いたとして、次に問題なのはアンダーソン子爵の処遇についてです」
「うむ、そうであったな」
「アンダーソン子爵の行いは到底許されるものではありません。ネリネ嬢への虐待、今回の怠慢が招いた被害、部下への威圧的な言動の数々……あらゆる観点から貴族・平民の双方から非難の声が上がっています。進退を問わねばなりますまい」
「無論、そうなるだろうな。だがアンダーソン子爵家は建国当時から王家に仕える由緒正しい貴族の名門。よもや取り潰す訳にもいくまい。……となると、現当主を引退させ子女に継がせるというのが妥当だが」
「ネリネ・アンダーソン嬢は爵位の継承を拒んでおります」
内務大臣は告げる。マティアスが既にネリネに打診してみたが、本人は「私は子爵家の当主となる教育を受けておりません。妹のミディアにお願いします」と言って断っていた。
「ふむ、ミディア・アンダーソンか……しかし彼女は医療院で感染拡大させてしまった責任があるが……」
「彼女はまだ未成年です。然るべき教育係と補佐役をつければ、十分に責務を果たすことが出来るでしょう」
「そうか。それならば問題はあるまい。アンダーソン子爵には蟄居させるか」
「それがよろしいでしょう」
内務大臣は同意する。
こうしてアンダーソン子爵家の処遇が決まった。
アンダーソン子爵は地位を奪われ、僻地にて蟄居させられることになった。
***
だが、当のアンダーソン子爵は納得していなかった。
(くそっ! 忌々しい小娘め! 私を陥れやがって! 許さんぞ! 必ず復讐してくれる!)
アンダーソンは憤怒の形相で拳を握りしめる。
ネリネが浄化した魔物化の被害者たちは、正気を取り戻した後に治療を受けた。
その結果、後遺症もなく健康体を取り戻すことが出来た。
しかし負傷した人々もいれば、絶対安全と謳われた王都の結界を突破されたことに不安を覚える人々もいる。
結果、アンダーソン子爵は現職を罷免されることになった。
国王からの勅定を受け取ったアンダーソン子爵は、自宅の自室で怒りに打ち震える。
「し……失礼します、旦那様。旦那様にお会いしたいという客人が訪問されました」
「誰だ?……ふん、どうせ私の失脚を聞きつけた貴族どもが嫌がらせに来たんだろう?」
「いえ、それが……ウォレス侯爵と名乗られていまして……」
「何!?」
使用人に連れられ、部屋に入ってきたのはアーノルド・ウォレス侯爵だった。
彼はネリネを伴っている。前回とは違い、今回の訪問はあくまでアーノルドが主体。ネリネは付き添いのようだ。
それでもネリネの姿を見た途端、子爵の頭に血が昇る。
「貴様、何をしに来た!? 私を嘲笑いに来たのか、毒婦の娘が!!」
「お父様、私は……」
「私を排除して、自分がアンダーソン家の当主になるつもりか? それで今までの復讐を成し遂げるつもりか? ……はん、笑わせるな! お前のような卑怯者が、アンダーソン家の誇りを汚した女が、この私より上に立つだと!? 思い上がりも甚だしい!」
「お父様、聞いてください。私は……」
「黙れ! それ以上近寄るな、この汚れた娘が!!」
「……いい加減にしろ」
アーノルドは剣呑な雰囲気を漂わせ、一歩前に出る。
アンダーソン子爵は気色ばんで後退る。が、すぐに気を取り直すと不敵に笑った。
「は、ははははは。今更凄んだところで通用せぬぞ! 私はもう王の勅定を受け取り、罷免が決定した。もはや失うものなどない、今更貴様如き若造に脅されたところで引き下がりはせぬわ!」
「……貴公は勘違いしておられるな。私もネリネも、貴公をどうこうするつもりはない。ただ一つ、貴公にどうしても伝えておかねばならない真実を伝えに来たまでだ」
「何?」
「これだ。目を通せ」
アーノルドは子爵に書類を押し付ける。子爵は反射的に書類へと目を落とす。
「なんだこれは……? 血液型鑑定だと? これは一体何なのだ?」
「人間の血液型は親から子へ遺伝するもので、両親の組み合わせによって子の血液型が決まる。逆に、特定の組み合わせでは誕生しない血液型もある」
「…………」
「私の屋敷にはフランツという医者がいる。彼の父は、二十年前に王都の魔術アカデミーに在籍していたそうだ。彼は当時研究の一環と称して、王都にいる魔法の使い手たちの血液を採取した。その時に全員の血液型を鑑定した。アンダーソン子爵にも覚えがあるのではないか? その研究者の名はフランケンシュタインという男だ」
「フランケンシュタインだと!? それは――」
子爵はその名前に心当たりがあった。
そう、確かちょうど二十年ほど前。魔術アカデミーに在籍する若き天才から、血液を調べさせてほしいと頼まれた。
「彼の息子とも呼ぶべきフランツ・フランケンシュタイン。彼が最近父親の資料を調査し直したところ、二十年前の血液型記録が見つかった。その中には貴公の名と、ネリネの母の名もあった。貴公がネリネの母の浮気相手と疑っていた生活魔法使いの男の名もあった。……そしてネリネの血液型を調査したところ、貴公と同じ型だった。そしてネリネの母と生活魔法使いの男の血液型の組み合わせでは、ネリネは誕生しない。よって彼女は貴公の実子で間違いはない」
「な……なんだと!? そんな馬鹿な!! その娘が私の実子である筈がない! 私の娘だというのなら、何故聖属性魔法を使えない! 何故下賎な生活魔法などという才能しかなかったというのだ!!」
「これも最近の研究で分かってきたのだが、魔法適性は隔世遺伝の確率が高い。たとえば両親共に水魔法使いでも、子に風魔法使いが生まれることもある。これは先祖に風魔法使いがいたからだ」
所謂『先祖がえり』という現象である。
「彼女の母の家系を調べたところ、大昔に生活魔法の使い手がいると判明した。……三百年前、まだこの国で生活魔法が下賎という価値観が広まる前にな」
「そんな、嘘だ……!」
「それと確かにネリネの適性は『生活魔法』で間違いない。だが彼女は生活魔法の中でも『浄化』や『応急手当』といった、聖魔法に近い魔法の威力が高い。これもまたアンダーソン子爵家の血筋に連なる者の証左であると私は思うが?」
「……っ!!」
「貴公は妄想と偏見に囚われ過ぎたのだ。妻が他の男と通じていたのではないかという妄想。生活魔法は下等であるという偏見。その二つが貴公の心を曇らせた」
アーノルドは冷たく言い放つと、子爵を睥睨する。
「ネリネは貴公の娘だ。生活魔法の適性は母方の隔世遺伝だ。そのことについて詳しく書かれているのがその資料だ。貴公とて本物の愚者ではあるまい。資料を読み、今の話を吟味すれば自ずと結論は出るだろう」
子爵は呆然と立ち尽くす。
今まで信じてきたものが全て崩れ去った衝撃で思考が追いつかない。
それでは自分は、今まで実の子を浮気相手の子だと誤解して虐げていたというのか?
そして的外れな妄執に囚われ、自らを破滅させたというのか?
子爵を見つめるアーノルドの視線に同情が混じる。
「貴公がしてきたことは許されることではない。だが、それを自覚した上で自らの罪を見つめ直し、償おうとするのであれば、私たちが貴公を裁くことはない。……もう既に、十分すぎるほど罰は与えられた様子だからな」
「あ……ああ、あぁぁぁっ!!!」
子爵は発狂したように叫ぶ。
もう何もかもが信じられなかった。
自分の愚かさも、ネリネの本当の父親も。
全てが悪夢のようだった。否、これまでの十八年間こそが悪夢だったのだろうか。自らが作り出した悪夢にずっと囚われていた。
そんなアンダーソン子爵を憐れむように一瞥すると、ネリネとアーノルドは踵を返す。
「ま……待ってくれ! ネリネ、貴様は……いや、お前は本当に私の娘だったのか……!?」
「お父様……」
「だとしたら私は、私は……なんということを……!」
「……私が実の子だと分かっていれば、あのような真似はしませんでしたか」
「あ、当たり前だ! だが、まさか本当に……」
「そうですか」
ネリネは寂しげな微笑を浮かべる。
「貴方にとって血の繋がりが全てなのですね。一緒にどんな時を過ごしてきたかよりも、血の繋がりが重要なのですね。……お父様にとっての家族とは、ただそれだけの存在なのですね」
「な、何を……!」
「私は今、アーノルド様のお屋敷でお世話になっています。アーノルド様も使用人の皆様も、私を家族のように思っていると言ってくれました。私もアンダーソン家にいた頃よりも、何倍も満たされています。血は繋がっていなくても、同じ家で暮らし、同じ時間を過ごし、心を繋いだ相手こそが私にとって『家族』です。貴方ではありません」
「……ネリネ……!」
「もう二度と会うことはないでしょう。……さようなら、今までお世話になりました」
アーノルドとネリネが部屋を出ていく。
一人残された子爵は、力なくその場に座り込んだ。
***
その後、アンダーソン子爵は爵位を剥奪された。
平民に落とされた彼は辺境の地にて蟄居を命じられた。
しかし彼は自ら命を絶つことも出来ず、ただひたすら自問自答する日々を送った。
己が何をしでかし、何を失ったのかを理解するには長い月日がかかった。
そして理解してからも、彼は二度とネリネに会うことはなかった。
彼はひたすら自分の娘にしてしまった仕打ちを後悔しながら、長い余生を過ごすことになるのだった――。
11
お気に入りに追加
4,132
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
婚約破棄ですか? ありがとうございます
安奈
ファンタジー
サイラス・トートン公爵と婚約していた侯爵令嬢のアリッサ・メールバークは、突然、婚約破棄を言われてしまった。
「お前は天才なので、一緒に居ると私が霞んでしまう。お前とは今日限りで婚約破棄だ!」
「左様でございますか。残念ですが、仕方ありません……」
アリッサは彼の婚約破棄を受け入れるのだった。強制的ではあったが……。
その後、フリーになった彼女は何人もの貴族から求愛されることになる。元々、アリッサは非常にモテていたのだが、サイラスとの婚約が決まっていた為に周囲が遠慮していただけだった。
また、サイラス自体も彼女への愛を再認識して迫ってくるが……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【短編】愛する婚約者様が「君は僕に相応しくない」と仰ったので
砂礫レキ
恋愛
伯爵令嬢エリザベトは内気で卑屈な性格だった。
華やかで明るい姉たちと比較し自分を欠点だらけの人間と思い込んでいるのだ。
そんな彼女は婚約者となったカルロス男爵令息に「今のままでは自分に相応しくない」と言い切られてしまう。
常に自信満々のカルロスに惹かれ、彼に相応しい女性になろうとエリザベトは周囲の助けを借りながら変わっていく。
しかしカルロスは次から次へと彼女の欠点を指摘していく。
それを改善しようと努力するエリザベトだったが、徐々にカルロスへの感情も変化していった。
※小説家になろうにも掲載しております。
公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜
月
ファンタジー
記憶を失くしたフィーは、怪我をして国境沿いの森で倒れていたところをウィスタリア公爵に助けてもらい保護される。
けれど、公爵家の次女フィーリアの大切なワンピースを意図せず着てしまい、双子のアルヴァートとリティシアを傷付けてしまう。
ウィスタリア公爵夫妻には五人の子どもがいたが、次女のフィーリアは病気で亡くなってしまっていたのだ。
大切なワンピースを着てしまったこと、フィーリアの愛称フィーと公爵夫妻から呼ばれたことなどから双子との確執ができてしまった。
子どもたちに受け入れられないまま王都にある本邸へと戻ることになってしまったフィーに、そのこじれた関係のせいでとある出来事が起きてしまう。
素性もわからないフィーに優しくしてくれるウィスタリア公爵夫妻と、心を開き始めた子どもたちにどこか後ろめたい気持ちを抱いてしまう。
それは夢の中で見た、フィーと同じ輝くような金色の髪をした男の子のことが気になっていたからだった。
夢の中で見た、金色の花びらが舞う花畑。
ペンダントの金に彫刻された花と水色の魔石。
自分のことをフィーと呼んだ、夢の中の男の子。
フィーにとって、それらは記憶を取り戻す唯一の手がかりだった。
夢で会った、金色の髪をした男の子との関係。
新たに出会う、友人たち。
再会した、大切な人。
そして成長するにつれ周りで起き始めた不可解なこと。
フィーはどのように公爵家で過ごしていくのか。
★記憶を失くした代わりに前世を思い出した、ちょっとだけ感情豊かな少女が新たな家族の優しさに触れ、信頼できる友人に出会い、助け合い、そして忘れていた大切なものを取り戻そうとするお話です。
※前世の記憶がありますが、転生のお話ではありません。
※一話あたり二千文字前後となります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】許婚の子爵令息から婚約破棄を宣言されましたが、それを知った公爵家の幼馴染から溺愛されるようになりました
八重
恋愛
「ソフィ・ルヴェリエ! 貴様とは婚約破棄する!」
子爵令息エミール・エストレが言うには、侯爵令嬢から好意を抱かれており、男としてそれに応えねばならないというのだ。
失意のどん底に突き落とされたソフィ。
しかし、婚約破棄をきっかけに幼馴染の公爵令息ジル・ルノアールから溺愛されることに!
一方、エミールの両親はソフィとの婚約破棄を知って大激怒。
エミールの両親の命令で『好意の証拠』を探すが、侯爵令嬢からの好意は彼の勘違いだった。
なんとかして侯爵令嬢を口説くが、婚約者のいる彼女がなびくはずもなく……。
焦ったエミールはソフィに復縁を求めるが、時すでに遅し──
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
無能と呼ばれ、婚約破棄されたのでこの国を出ていこうと思います
由香
恋愛
家族に無能と呼ばれ、しまいには妹に婚約者をとられ、婚約破棄された…
私はその時、決意した。
もう我慢できないので国を出ていこうと思います!
━━実は無能ではなく、国にとっては欠かせない存在だったノエル
ノエルを失った国はこれから一体どうなっていくのでしょう…
少し変更しました。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。
美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる