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三章
第24話 ずっと欲しかった言葉
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全ての買い物を終えて帰りの馬車に乗り込む頃には、ネリネはすっかり疲れ果てていた。
「はうぅ……疲れました……」
「すまないな、ネリネ。つい楽しくなって買いすぎてしまった」
「いえ、そんなことは……。それよりすみません、こんな高価なものをたくさん頂いてしまって……」
「気にしないでほしい。俺はただ、君を喜ばせたかっただけなんだ」
「アーノルド様……本当にありがとうございます」
アーノルドの気持ちが嬉しかった。ネリネは感謝の念を込めて頭を下げる。……だが同時に不思議にも思った。
「でも、どうして急にこんなに贈り物をしてくださったんですか?」
「それは……」
「?」
「……ネリネが実家でどんな仕打ちを受けていたのか、調べさせてもらった」
「え……?」
「まさかあれほど非道な扱いを受けていたとは思わなかった。だというのにネリネは、おくびにも出さず屋敷の仕事に励んでくれている。君の人柄と生活魔法には、俺も部下たちも領民も助けられた。だから無性に何かしてやりたくなった」
「アーノルド様……」
「迷惑だっただろうか?」
ネリネは慌てて首を横に振る。アーノルドが自分を思い遣ってしてくれた行為だと知って、胸の内が温かくなる。
「いいえ、嬉しいです、とても……。その、今まで贈り物なんてされたことがなかったので、凄く嬉しいです」
「ご家族は本当に一度も君に贈り物をしてくれなかったのか」
「はい……誕生日も星祭りの夜も、プレゼントどころかお祝いの言葉もかけてもらえませんでした」
「そうだったのか。……君には婚約者がいたそうだが、彼も何もしてくれなかったのか?」
「……ローガン様とは形だけの婚約でしたから。彼は地味でみすぼらしい私を嫌っているようでした。だからお祝いや贈り物なんて、一度もありませんでした」
「……そうか」
アーノルドは沈痛な面持ちになる。彼はしばらく黙り込んだ後、ネリネの手を優しく握った。
「俺はいつも君に辛い過去を思い出させてばかりだな。すまないことをした」
「いいえ、もういいんです。今はこうして幸せですから」
「だが、もう二度と君を傷つけさせない。辛いことがあればいつでも頼ってくれ」
「アーノルド様……」
「これからは俺が毎年祝ってやる。来年も再来年も、その先もずっとだ」
アーノルドの大きな手が、ネリネの小さな手を握る力が強くなる。ネリネを見つめる瞳はとても優しげで温かいものだった。ネリネの心臓が大きく跳ねる。
「血は繋がっていなくても、私は君を家族だと思っているから」
「……っ! あ、ありが――」
それはずっと、ネリネが欲しかった言葉。
『家族』。ずっとその存在に憧れて求めていた。
実家ではついに得られることはなかった。けれどアーノルドは、ネリネを家族と言ってくれた。
きっと彼にとっては、同じ屋敷で暮らす人々はみんな家族なのだろう。だからこそ自分の寿命を削ってまで、家族の為に尽くそうとしていたのだ。
――そう思った途端、ネリネは彼を他人とは思えなくなった。
涙で視界が滲む。ずっと欲しかった言葉をもらえて、自分も彼らの輪の中に加えてもらえたことを知って嬉しかった。
御礼を言おうとした、その時。突然、馬車が大きく跳ねる。ネリネはバランスを崩し、アーノルドの体もぐらりと揺れる。
「アーノルド様……きゃっ!?」
「おっと!」
アーノルドは咄嵯に手を伸ばして、ネリネの体を引き寄せる。
馬車は一度大きくバウンドしただけで、すぐに問題なく走り続けた。
だが大きな揺れが収まっても、アーノルドはネリネを抱き締めたまま離さない。
「あ、あの……アーノルド様……?」
「……君は軽すぎるな。まるで羽でも生えているようだ」
「えっ……!?」
「華奢で柔らかくて、今にも壊れてしまいそうだ」
「あの……!?」
「このままずっと抱き締めていたい」
「!?」
ネリネの心臓が早鐘を打つ。その鼓動はきっとアーノルドにも伝わっている。
彼の鼓動と体温も伝わってくる。恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
「あ、あの、アーノルド様……! も、もしかして、また暴走なされているのですか? でしたら『浄化(ピュリフィケーション)』の魔法をかけないと……!」
「……ああ、そうだな。これは暴走だ。魔物の衝動だ。そういうことにしておいてくれ。だが『浄化(ピュリフィケーション)』は必要ない」
「ええっ!?」
「今はこうして、もう少しだけ俺に抱きしめられていてくれないか」
「で、ですが……!」
「頼む」
アーノルドはネリネをきつく抱き寄せる。ネリネは抵抗することもできず彼に抱き締められる。
しばらくそうしていると、不意にネリネの方もアーノルドの背に腕を回したいと思った。
だけどさすがにそれはできない。というかそんなことをすれば、ますます密着することになる。
結局、ネリネはアーノルドの腕の中で身を強張らせ続けることしかできなかった。
「はうぅ……疲れました……」
「すまないな、ネリネ。つい楽しくなって買いすぎてしまった」
「いえ、そんなことは……。それよりすみません、こんな高価なものをたくさん頂いてしまって……」
「気にしないでほしい。俺はただ、君を喜ばせたかっただけなんだ」
「アーノルド様……本当にありがとうございます」
アーノルドの気持ちが嬉しかった。ネリネは感謝の念を込めて頭を下げる。……だが同時に不思議にも思った。
「でも、どうして急にこんなに贈り物をしてくださったんですか?」
「それは……」
「?」
「……ネリネが実家でどんな仕打ちを受けていたのか、調べさせてもらった」
「え……?」
「まさかあれほど非道な扱いを受けていたとは思わなかった。だというのにネリネは、おくびにも出さず屋敷の仕事に励んでくれている。君の人柄と生活魔法には、俺も部下たちも領民も助けられた。だから無性に何かしてやりたくなった」
「アーノルド様……」
「迷惑だっただろうか?」
ネリネは慌てて首を横に振る。アーノルドが自分を思い遣ってしてくれた行為だと知って、胸の内が温かくなる。
「いいえ、嬉しいです、とても……。その、今まで贈り物なんてされたことがなかったので、凄く嬉しいです」
「ご家族は本当に一度も君に贈り物をしてくれなかったのか」
「はい……誕生日も星祭りの夜も、プレゼントどころかお祝いの言葉もかけてもらえませんでした」
「そうだったのか。……君には婚約者がいたそうだが、彼も何もしてくれなかったのか?」
「……ローガン様とは形だけの婚約でしたから。彼は地味でみすぼらしい私を嫌っているようでした。だからお祝いや贈り物なんて、一度もありませんでした」
「……そうか」
アーノルドは沈痛な面持ちになる。彼はしばらく黙り込んだ後、ネリネの手を優しく握った。
「俺はいつも君に辛い過去を思い出させてばかりだな。すまないことをした」
「いいえ、もういいんです。今はこうして幸せですから」
「だが、もう二度と君を傷つけさせない。辛いことがあればいつでも頼ってくれ」
「アーノルド様……」
「これからは俺が毎年祝ってやる。来年も再来年も、その先もずっとだ」
アーノルドの大きな手が、ネリネの小さな手を握る力が強くなる。ネリネを見つめる瞳はとても優しげで温かいものだった。ネリネの心臓が大きく跳ねる。
「血は繋がっていなくても、私は君を家族だと思っているから」
「……っ! あ、ありが――」
それはずっと、ネリネが欲しかった言葉。
『家族』。ずっとその存在に憧れて求めていた。
実家ではついに得られることはなかった。けれどアーノルドは、ネリネを家族と言ってくれた。
きっと彼にとっては、同じ屋敷で暮らす人々はみんな家族なのだろう。だからこそ自分の寿命を削ってまで、家族の為に尽くそうとしていたのだ。
――そう思った途端、ネリネは彼を他人とは思えなくなった。
涙で視界が滲む。ずっと欲しかった言葉をもらえて、自分も彼らの輪の中に加えてもらえたことを知って嬉しかった。
御礼を言おうとした、その時。突然、馬車が大きく跳ねる。ネリネはバランスを崩し、アーノルドの体もぐらりと揺れる。
「アーノルド様……きゃっ!?」
「おっと!」
アーノルドは咄嵯に手を伸ばして、ネリネの体を引き寄せる。
馬車は一度大きくバウンドしただけで、すぐに問題なく走り続けた。
だが大きな揺れが収まっても、アーノルドはネリネを抱き締めたまま離さない。
「あ、あの……アーノルド様……?」
「……君は軽すぎるな。まるで羽でも生えているようだ」
「えっ……!?」
「華奢で柔らかくて、今にも壊れてしまいそうだ」
「あの……!?」
「このままずっと抱き締めていたい」
「!?」
ネリネの心臓が早鐘を打つ。その鼓動はきっとアーノルドにも伝わっている。
彼の鼓動と体温も伝わってくる。恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
「あ、あの、アーノルド様……! も、もしかして、また暴走なされているのですか? でしたら『浄化(ピュリフィケーション)』の魔法をかけないと……!」
「……ああ、そうだな。これは暴走だ。魔物の衝動だ。そういうことにしておいてくれ。だが『浄化(ピュリフィケーション)』は必要ない」
「ええっ!?」
「今はこうして、もう少しだけ俺に抱きしめられていてくれないか」
「で、ですが……!」
「頼む」
アーノルドはネリネをきつく抱き寄せる。ネリネは抵抗することもできず彼に抱き締められる。
しばらくそうしていると、不意にネリネの方もアーノルドの背に腕を回したいと思った。
だけどさすがにそれはできない。というかそんなことをすれば、ますます密着することになる。
結局、ネリネはアーノルドの腕の中で身を強張らせ続けることしかできなかった。
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