生活魔法しか使えない令嬢は「家事をする貴族なんてみっともない」と婚約解消されましたが、追放先の辺境で怪物侯爵に溺愛されて幸せです

沙寺絃

文字の大きさ
上 下
24 / 43
三章

第24話 ずっと欲しかった言葉

しおりを挟む
 全ての買い物を終えて帰りの馬車に乗り込む頃には、ネリネはすっかり疲れ果てていた。

「はうぅ……疲れました……」
「すまないな、ネリネ。つい楽しくなって買いすぎてしまった」
「いえ、そんなことは……。それよりすみません、こんな高価なものをたくさん頂いてしまって……」
「気にしないでほしい。俺はただ、君を喜ばせたかっただけなんだ」
「アーノルド様……本当にありがとうございます」

 アーノルドの気持ちが嬉しかった。ネリネは感謝の念を込めて頭を下げる。……だが同時に不思議にも思った。

「でも、どうして急にこんなに贈り物をしてくださったんですか?」
「それは……」
「?」
「……ネリネが実家でどんな仕打ちを受けていたのか、調べさせてもらった」
「え……?」
「まさかあれほど非道な扱いを受けていたとは思わなかった。だというのにネリネは、おくびにも出さず屋敷の仕事に励んでくれている。君の人柄と生活魔法には、俺も部下たちも領民も助けられた。だから無性に何かしてやりたくなった」
「アーノルド様……」
「迷惑だっただろうか?」

 ネリネは慌てて首を横に振る。アーノルドが自分を思い遣ってしてくれた行為だと知って、胸の内が温かくなる。

「いいえ、嬉しいです、とても……。その、今まで贈り物なんてされたことがなかったので、凄く嬉しいです」
「ご家族は本当に一度も君に贈り物をしてくれなかったのか」
「はい……誕生日も星祭りの夜も、プレゼントどころかお祝いの言葉もかけてもらえませんでした」
「そうだったのか。……君には婚約者がいたそうだが、彼も何もしてくれなかったのか?」
「……ローガン様とは形だけの婚約でしたから。彼は地味でみすぼらしい私を嫌っているようでした。だからお祝いや贈り物なんて、一度もありませんでした」
「……そうか」

 アーノルドは沈痛な面持ちになる。彼はしばらく黙り込んだ後、ネリネの手を優しく握った。

「俺はいつも君に辛い過去を思い出させてばかりだな。すまないことをした」
「いいえ、もういいんです。今はこうして幸せですから」
「だが、もう二度と君を傷つけさせない。辛いことがあればいつでも頼ってくれ」
「アーノルド様……」
「これからは俺が毎年祝ってやる。来年も再来年も、その先もずっとだ」

 アーノルドの大きな手が、ネリネの小さな手を握る力が強くなる。ネリネを見つめる瞳はとても優しげで温かいものだった。ネリネの心臓が大きく跳ねる。

「血は繋がっていなくても、私は君を家族だと思っているから」
「……っ! あ、ありが――」

 それはずっと、ネリネが欲しかった言葉。
 『家族』。ずっとその存在に憧れて求めていた。
 実家ではついに得られることはなかった。けれどアーノルドは、ネリネを家族と言ってくれた。
 きっと彼にとっては、同じ屋敷で暮らす人々はみんな家族なのだろう。だからこそ自分の寿命を削ってまで、家族の為に尽くそうとしていたのだ。
 ――そう思った途端、ネリネは彼を他人とは思えなくなった。
 涙で視界が滲む。ずっと欲しかった言葉をもらえて、自分も彼らの輪の中に加えてもらえたことを知って嬉しかった。
 御礼を言おうとした、その時。突然、馬車が大きく跳ねる。ネリネはバランスを崩し、アーノルドの体もぐらりと揺れる。

「アーノルド様……きゃっ!?」
「おっと!」

 アーノルドは咄嵯に手を伸ばして、ネリネの体を引き寄せる。
 馬車は一度大きくバウンドしただけで、すぐに問題なく走り続けた。
 だが大きな揺れが収まっても、アーノルドはネリネを抱き締めたまま離さない。

「あ、あの……アーノルド様……?」
「……君は軽すぎるな。まるで羽でも生えているようだ」
「えっ……!?」
「華奢で柔らかくて、今にも壊れてしまいそうだ」
「あの……!?」
「このままずっと抱き締めていたい」
「!?」

 ネリネの心臓が早鐘を打つ。その鼓動はきっとアーノルドにも伝わっている。
 彼の鼓動と体温も伝わってくる。恥ずかしくて顔から火が出そうだった。

「あ、あの、アーノルド様……! も、もしかして、また暴走なされているのですか? でしたら『浄化(ピュリフィケーション)』の魔法をかけないと……!」
「……ああ、そうだな。これは暴走だ。魔物の衝動だ。そういうことにしておいてくれ。だが『浄化(ピュリフィケーション)』は必要ない」
「ええっ!?」
「今はこうして、もう少しだけ俺に抱きしめられていてくれないか」
「で、ですが……!」
「頼む」

 アーノルドはネリネをきつく抱き寄せる。ネリネは抵抗することもできず彼に抱き締められる。
 しばらくそうしていると、不意にネリネの方もアーノルドの背に腕を回したいと思った。
 だけどさすがにそれはできない。というかそんなことをすれば、ますます密着することになる。
 結局、ネリネはアーノルドの腕の中で身を強張らせ続けることしかできなかった。
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

婚約破棄ですか? ありがとうございます

安奈
ファンタジー
サイラス・トートン公爵と婚約していた侯爵令嬢のアリッサ・メールバークは、突然、婚約破棄を言われてしまった。 「お前は天才なので、一緒に居ると私が霞んでしまう。お前とは今日限りで婚約破棄だ!」 「左様でございますか。残念ですが、仕方ありません……」 アリッサは彼の婚約破棄を受け入れるのだった。強制的ではあったが……。 その後、フリーになった彼女は何人もの貴族から求愛されることになる。元々、アリッサは非常にモテていたのだが、サイラスとの婚約が決まっていた為に周囲が遠慮していただけだった。 また、サイラス自体も彼女への愛を再認識して迫ってくるが……。

公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜

ファンタジー
記憶を失くしたフィーは、怪我をして国境沿いの森で倒れていたところをウィスタリア公爵に助けてもらい保護される。 けれど、公爵家の次女フィーリアの大切なワンピースを意図せず着てしまい、双子のアルヴァートとリティシアを傷付けてしまう。 ウィスタリア公爵夫妻には五人の子どもがいたが、次女のフィーリアは病気で亡くなってしまっていたのだ。 大切なワンピースを着てしまったこと、フィーリアの愛称フィーと公爵夫妻から呼ばれたことなどから双子との確執ができてしまった。 子どもたちに受け入れられないまま王都にある本邸へと戻ることになってしまったフィーに、そのこじれた関係のせいでとある出来事が起きてしまう。 素性もわからないフィーに優しくしてくれるウィスタリア公爵夫妻と、心を開き始めた子どもたちにどこか後ろめたい気持ちを抱いてしまう。 それは夢の中で見た、フィーと同じ輝くような金色の髪をした男の子のことが気になっていたからだった。 夢の中で見た、金色の花びらが舞う花畑。 ペンダントの金に彫刻された花と水色の魔石。 自分のことをフィーと呼んだ、夢の中の男の子。 フィーにとって、それらは記憶を取り戻す唯一の手がかりだった。 夢で会った、金色の髪をした男の子との関係。 新たに出会う、友人たち。 再会した、大切な人。 そして成長するにつれ周りで起き始めた不可解なこと。 フィーはどのように公爵家で過ごしていくのか。 ★記憶を失くした代わりに前世を思い出した、ちょっとだけ感情豊かな少女が新たな家族の優しさに触れ、信頼できる友人に出会い、助け合い、そして忘れていた大切なものを取り戻そうとするお話です。 ※前世の記憶がありますが、転生のお話ではありません。 ※一話あたり二千文字前後となります。

【短編】愛する婚約者様が「君は僕に相応しくない」と仰ったので

砂礫レキ
恋愛
伯爵令嬢エリザベトは内気で卑屈な性格だった。 華やかで明るい姉たちと比較し自分を欠点だらけの人間と思い込んでいるのだ。 そんな彼女は婚約者となったカルロス男爵令息に「今のままでは自分に相応しくない」と言い切られてしまう。 常に自信満々のカルロスに惹かれ、彼に相応しい女性になろうとエリザベトは周囲の助けを借りながら変わっていく。 しかしカルロスは次から次へと彼女の欠点を指摘していく。 それを改善しようと努力するエリザベトだったが、徐々にカルロスへの感情も変化していった。 ※小説家になろうにも掲載しております。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

【完結】許婚の子爵令息から婚約破棄を宣言されましたが、それを知った公爵家の幼馴染から溺愛されるようになりました

八重
恋愛
「ソフィ・ルヴェリエ! 貴様とは婚約破棄する!」 子爵令息エミール・エストレが言うには、侯爵令嬢から好意を抱かれており、男としてそれに応えねばならないというのだ。 失意のどん底に突き落とされたソフィ。 しかし、婚約破棄をきっかけに幼馴染の公爵令息ジル・ルノアールから溺愛されることに! 一方、エミールの両親はソフィとの婚約破棄を知って大激怒。 エミールの両親の命令で『好意の証拠』を探すが、侯爵令嬢からの好意は彼の勘違いだった。 なんとかして侯爵令嬢を口説くが、婚約者のいる彼女がなびくはずもなく……。 焦ったエミールはソフィに復縁を求めるが、時すでに遅し──

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

【完結】待ってください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ルチアは、誰もいなくなった家の中を見回した。 毎日家族の為に食事を作り、毎日家を清潔に保つ為に掃除をする。 だけど、ルチアを置いて夫は出て行ってしまった。 一枚の離婚届を机の上に置いて。 ルチアの流した涙が床にポタリと落ちた。

【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。

美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯? 

処理中です...