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三章
第18話 生活魔法で復興支援
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ミスカ村の魔獣を退治したアーノルドたちは、村の復興を手伝う。
ネリネの生活魔法『修繕(リペア)』を使ったおかげで、魔獣に破壊された家屋はすぐ元通りになった。
「おお、これは素晴らしい! 雨漏りしていた屋根や、抜けそうだった床まで見事に直していただけるなんて……!」
「いえいえ、お気になさらないでください」
ネリネは木の板やハンマーを持ったまま首を振る。
村人たちは感謝しているが、むしろ前の状態そのままで戻す方が難しい。
傷んでいた箇所は全て修繕し、新築同然の家屋へと造り変える。
「ご不便があったらすみません」
「いやいや、助かりましたよ! 本当にありがとうございます!」
村長が代表してネリネにお礼を言う。村人たちも口々に感謝を述べた。
「お嬢ちゃん、ありがとう!」
「凄い魔法だったねぇ。壊れた家具も新品みたいになってたじゃないか!」
「これでまた安心して暮らせるよ。あんたは命の恩人だよ!!」
「い、いえ、お礼は私よりもアーノルド様におっしゃってください。アーノルド様がいなければ魔獣は倒せませんでしたから」
「そうだとしても、あなたがいなきゃこの村はどうなっていたことか……! 是非ともお名前を教えて下さい!」
「あ、はい。私はネリネ・アンダーソンといいます」
「そうですか! ではネリネさん、これからもこの村を――いえ、プロヴィネンス地方をよろしくお願いします!」
「は、はい。私に出来る範囲であれば……」
「それで十分ですよ。なにしろあなたの魔法があれば、どんな災害でも乗り越えられると分かったんですから」
ネリネの魔法の効果を知っている村長は、力強く宣言した。
それを聞いた村人も笑顔で同意する。農民にとって魔獣を倒してもらうのも大事だが、それ以上に生活基盤の復興が生命線となる。
だから魔獣を倒したアーノルドにも感謝しているが、家や畑を元通り――どころか、完璧に近い形で修繕したネリネにも強い信頼を寄せているようだ。
「大した人気だな、ネリネ」
「アーノルド様。すみません、こんなことになってしまって……」
「構わない。君のおかげでこんなに早く村を復興できた。俺も領主として感謝している」
「アーノルド様……」
「魔獣を倒すのも大事だが、壊された物を直すのも重要だ。俺には出来ない事を助けてくれて、ネリネには本当に感謝している」
「そ、そんな……!」
アーノルドに褒められ、ネリネは頬を赤く染める。
するとその時、一人の老人が声を上げた。
「ネリネ・アンダーソン様! どうかこの老いぼれめを治療してはいただけないでしょうか!?」
「あっ、はい! どうしました、怪我ですか!?」
「いやあ、実は前から腰痛がひどくてのぅ。この際じゃから一緒に治療してくれんかのう」
「あ、あははは……いいですよ、もちろん」
「本当か!? ありがたい!」
「なんと、ネリネさんは腰痛も治療してくれるのか!? ならワシも頼む!」
「ワシも、ワシもじゃ!!」
「わっ、ちょっと待ってください! 一度に大勢来られても困ります!」
「おい、こっちも頼む!」
「あっ、はい! 今行きまーす!」
「……まったく……」
村の老人たちは、これ幸いにとネリネに群がる。
ネリネは驚きつつも、誰かに頼られ必要とされるのが嬉しかった。
アーノルドは呆れながらも苦笑いを浮かべ、その様子を眺めるのだった。
***
村の復興を手伝った後、ネリネはアーノルドやルドルフと共にウォレス邸に帰還した。
屋敷ではフレイヤたちに出迎えられて、その日は仕事もなくゆっくり過ごす。
次の日からはまた今までと同じ仕事の日々が始まる。
しかしネリネは充実していた。ウォレス邸に来てからというもの、仕事をすればするほど周りに喜ばれる。
とても充実した、やり甲斐のある日々。
自分の居場所を見つけたネリネは、毎日が楽しかった。
「ネリー、アーノルド様に夜食を届けてあげてくれないかな?」
「分かりました、ルドルフさん。すぐに持っていきますね」
ネリネは料理長のルドルフに頼まれて、夜の食事をアーノルドの元へ運ぶ。
最近はすっかり通い慣れてしまった道のりを歩き、アーノルドの書斎へ向かう。
すると――。
「! アーノルド様!? どうなされたのですか!?」
部屋の扉が珍しく開いていた。どうしたんだろうと覗き込むと、アーノルドが床に倒れている。
慌てて駆け寄り、彼の体を抱き起す。するとアーノルドの瞼が開いた。
……様子がおかしい。そう気付いたのは、彼の瞳を見た瞬間だ。
赤い瞳がいつも以上に紅い。まるで血のように――。
そして白目があるべき部分は黒くなり、焦点が合っていない。
「アーノルド様、しっかりしてください! アーノルド様!」
「……ネリ……ネ……」
「アーノルド様! 良かった、意識は確かですね!」
「……逃、げろ……!」
「えっ」
次の瞬間、ネリネの視界が反転した。
床ではなく天井を見上げる形となり、アーノルドに圧し掛かられる。
彼はネリネの上に馬乗りになると、荒い息を繰り返しながら言った。
「逃げ……ないと……君を……食べてしまう……!」
「食べる……? な、何を言ってるんですか……?」
ネリネは戸惑いつつ聞き返す。一体どういう意味なのか?
抵抗しようともがくが、アーノルドの力が強く逃れられない。
混乱しながらも必死に考える。どうしてこんなことになったのか。アーノルドはどうしてしまったのか……。
――その時だった。廊下から人が走ってくる足音が聞こえた。
「アーノルド様!? いけません、ネリーを傷つけては……!」
「る……ルドルフさん!?」
「ていっ!!」
駆けつけてきたルドルフはアーノルドに体当たりする。
自由になったネリネはアーノルドの下から這い出ると、壁際に退避した。
アーノルドはルドルフが羽交い絞めにしている。ルドルフが叫ぶ。
「ネリー! 書斎の机、二番目の抽斗にある薬と注射液を取ってくれ! それを投与すればアーノルド様は落ち着くから!」
「わ、分かりました!」
何が何だか状況が呑み込めない。しかしアーノルドが錯乱しているのは事実。
ネリネは言われた通り、机から注射器を取り出すと、ルドルフに羽交い絞めにされているアーノルドの腕に針を刺す。
中の液体を注入する。……するとアーノルドの目の色が変わり、落ち着きを取り戻した。
「ふう、これでもう大丈夫だ……ごめんよネリー。まさか今夜がアーノルド様の『臨界』だったなんて……怪我はないかい?」
「は、はい……。それより今のは一体なんだったんでしょうか……? 『臨界』とは……?」
「……それについては、俺から説明しよう」
正気を取り戻したアーノルドが起き上がる。彼は申し訳なさそうにネリネを見た。
「その前に一言謝らせてほしい。ネリネ、恐ろしい思いをさせてすまなかった……」
「いえ、それは構いませんけど……さっきは何があったんですか……?」
「……従属魔法の副作用だ」
「従属魔法の?」
「ああ。……こうなったら全てを明かそう。この屋敷で働いている使用人は魔物だと言ったな。だが正確には、魔物と人間の混血児だ」
「えっ!?」
ネリネは驚いてルドルフを見る。ルドルフは自嘲気味に半笑いを浮かべた。
「アーノルド様の言う通りさ。僕たちは人間と魔物の間に生まれたんだ。人間の社会にも、魔物の社会にも居場所のない半端者さ。……アーノルド様だけが唯一、僕たちを受け入れてくれたんだ」
「そう……だったんですね」
「でも、僕たち魔物の血には人間を襲いたくなる衝動がある。これは本能のようなもので、普段は抑制していても定期的に襲ってくるんだ。だけどアーノルド様の従属魔法は、魔物の本能を抑えてくれる。だから僕たちは人間を襲わずにいられる」
アーノルドの魔法は彼らの本能を抑制するもの。だから彼らは理性的でいられた。
「俺の家系は代々プロヴィネンス地方を治めてきた。俺の祖父に当たる人物が魔物を従える為に従属魔法を編み出した。最初は捕虜の魔物を従えて戦力にするのが目的だった。……だが年数を重ねるごとに事情が変わってきた」
「魔国との国境であるプロヴィネンス地方には、魔物との混血が少なくないんだ。それも望まない形で生まれてきた混血の子供がね」
「…………はい」
彼らの言いたいことはネリネにも分かる。戦争がもたらす混血児。それが何を意味するのかはネリネにも想像がつく。
「……僕たちには生まれながらに周囲から疎まれていた。生みの親からも嫌われて、捨てられて、どこにも居場所がなかった。人里では暮らせないし、魔国へ行っても蔑まれて奴隷扱いされて殺されるだけだ。僕たちの生きる場所はどこにもなかった。……だけど、そんな僕たちをアーノルド様だけが受け入れてくれたんだ」
「アーノルド様が……」
「アーノルド様は僕たちに従属魔法をかけることで居場所を作ってくれたんだ。そしてこのお屋敷に迎えてくれて、使用人として雇ってくれたんだ」
つまりこの屋敷は、魔物との混血児たちを保護する場所という意味もあったのだ。
「……だが、この魔法には一つ欠陥がある。抑制した魔物の衝動を、術者が吸収することになるのだ」
「そう。だからアーノルド様はたまに魔物の衝動に駆られるんだ。さっきみたいにね……」
「そんな……」
ネリネは様々な思いを込めてアーノルドを見つめる。するとアーノルドは力なく微笑んだ。
「……彼らも守るべき領民だ。俺は領主として、彼らを蔑ろにすることはできない」
「アーノルド様……」
「だが、ネリネには迷惑をかけた。本当に申し訳ないことをしたと思っている。……本来なら『臨界』が訪れるまで、まだ余裕があるのだが……予定が早まったようだ。すまなかった」
「いいんですよ。少し驚きましたけど、アーノルド様が悪いわけではありません」
「……あれを見て、少し驚いたという程度で済ませるのか。君は――」
「はい。だって、どんな姿になってもアーノルド様はアーノルド様です」
「……ありがとう、ネリネ」
アーノルドは安堵したように微笑むと、ネリネの頭を優しく撫でた。
「あ、あああ、アーノルド様っ!?」
「――っと、すまない。君は頭を撫でられるのは嫌いだったな」
「いい、い、いえっ、嫌いじゃありませんっ! むしろ好きです! 大好きです! でも慣れていないもので……はわっ!?」
「そうか。なら心置きなく撫でさせてもらおうか」
つい本音を口走ってしまった。するとアーノルドは嬉しそうにネリネを撫で続ける。
こんな時なのに顔から火が出そうなほどに赤面する。そんな様子を見て、アーノルドは嬉しそうに微笑んでいた。
ネリネの生活魔法『修繕(リペア)』を使ったおかげで、魔獣に破壊された家屋はすぐ元通りになった。
「おお、これは素晴らしい! 雨漏りしていた屋根や、抜けそうだった床まで見事に直していただけるなんて……!」
「いえいえ、お気になさらないでください」
ネリネは木の板やハンマーを持ったまま首を振る。
村人たちは感謝しているが、むしろ前の状態そのままで戻す方が難しい。
傷んでいた箇所は全て修繕し、新築同然の家屋へと造り変える。
「ご不便があったらすみません」
「いやいや、助かりましたよ! 本当にありがとうございます!」
村長が代表してネリネにお礼を言う。村人たちも口々に感謝を述べた。
「お嬢ちゃん、ありがとう!」
「凄い魔法だったねぇ。壊れた家具も新品みたいになってたじゃないか!」
「これでまた安心して暮らせるよ。あんたは命の恩人だよ!!」
「い、いえ、お礼は私よりもアーノルド様におっしゃってください。アーノルド様がいなければ魔獣は倒せませんでしたから」
「そうだとしても、あなたがいなきゃこの村はどうなっていたことか……! 是非ともお名前を教えて下さい!」
「あ、はい。私はネリネ・アンダーソンといいます」
「そうですか! ではネリネさん、これからもこの村を――いえ、プロヴィネンス地方をよろしくお願いします!」
「は、はい。私に出来る範囲であれば……」
「それで十分ですよ。なにしろあなたの魔法があれば、どんな災害でも乗り越えられると分かったんですから」
ネリネの魔法の効果を知っている村長は、力強く宣言した。
それを聞いた村人も笑顔で同意する。農民にとって魔獣を倒してもらうのも大事だが、それ以上に生活基盤の復興が生命線となる。
だから魔獣を倒したアーノルドにも感謝しているが、家や畑を元通り――どころか、完璧に近い形で修繕したネリネにも強い信頼を寄せているようだ。
「大した人気だな、ネリネ」
「アーノルド様。すみません、こんなことになってしまって……」
「構わない。君のおかげでこんなに早く村を復興できた。俺も領主として感謝している」
「アーノルド様……」
「魔獣を倒すのも大事だが、壊された物を直すのも重要だ。俺には出来ない事を助けてくれて、ネリネには本当に感謝している」
「そ、そんな……!」
アーノルドに褒められ、ネリネは頬を赤く染める。
するとその時、一人の老人が声を上げた。
「ネリネ・アンダーソン様! どうかこの老いぼれめを治療してはいただけないでしょうか!?」
「あっ、はい! どうしました、怪我ですか!?」
「いやあ、実は前から腰痛がひどくてのぅ。この際じゃから一緒に治療してくれんかのう」
「あ、あははは……いいですよ、もちろん」
「本当か!? ありがたい!」
「なんと、ネリネさんは腰痛も治療してくれるのか!? ならワシも頼む!」
「ワシも、ワシもじゃ!!」
「わっ、ちょっと待ってください! 一度に大勢来られても困ります!」
「おい、こっちも頼む!」
「あっ、はい! 今行きまーす!」
「……まったく……」
村の老人たちは、これ幸いにとネリネに群がる。
ネリネは驚きつつも、誰かに頼られ必要とされるのが嬉しかった。
アーノルドは呆れながらも苦笑いを浮かべ、その様子を眺めるのだった。
***
村の復興を手伝った後、ネリネはアーノルドやルドルフと共にウォレス邸に帰還した。
屋敷ではフレイヤたちに出迎えられて、その日は仕事もなくゆっくり過ごす。
次の日からはまた今までと同じ仕事の日々が始まる。
しかしネリネは充実していた。ウォレス邸に来てからというもの、仕事をすればするほど周りに喜ばれる。
とても充実した、やり甲斐のある日々。
自分の居場所を見つけたネリネは、毎日が楽しかった。
「ネリー、アーノルド様に夜食を届けてあげてくれないかな?」
「分かりました、ルドルフさん。すぐに持っていきますね」
ネリネは料理長のルドルフに頼まれて、夜の食事をアーノルドの元へ運ぶ。
最近はすっかり通い慣れてしまった道のりを歩き、アーノルドの書斎へ向かう。
すると――。
「! アーノルド様!? どうなされたのですか!?」
部屋の扉が珍しく開いていた。どうしたんだろうと覗き込むと、アーノルドが床に倒れている。
慌てて駆け寄り、彼の体を抱き起す。するとアーノルドの瞼が開いた。
……様子がおかしい。そう気付いたのは、彼の瞳を見た瞬間だ。
赤い瞳がいつも以上に紅い。まるで血のように――。
そして白目があるべき部分は黒くなり、焦点が合っていない。
「アーノルド様、しっかりしてください! アーノルド様!」
「……ネリ……ネ……」
「アーノルド様! 良かった、意識は確かですね!」
「……逃、げろ……!」
「えっ」
次の瞬間、ネリネの視界が反転した。
床ではなく天井を見上げる形となり、アーノルドに圧し掛かられる。
彼はネリネの上に馬乗りになると、荒い息を繰り返しながら言った。
「逃げ……ないと……君を……食べてしまう……!」
「食べる……? な、何を言ってるんですか……?」
ネリネは戸惑いつつ聞き返す。一体どういう意味なのか?
抵抗しようともがくが、アーノルドの力が強く逃れられない。
混乱しながらも必死に考える。どうしてこんなことになったのか。アーノルドはどうしてしまったのか……。
――その時だった。廊下から人が走ってくる足音が聞こえた。
「アーノルド様!? いけません、ネリーを傷つけては……!」
「る……ルドルフさん!?」
「ていっ!!」
駆けつけてきたルドルフはアーノルドに体当たりする。
自由になったネリネはアーノルドの下から這い出ると、壁際に退避した。
アーノルドはルドルフが羽交い絞めにしている。ルドルフが叫ぶ。
「ネリー! 書斎の机、二番目の抽斗にある薬と注射液を取ってくれ! それを投与すればアーノルド様は落ち着くから!」
「わ、分かりました!」
何が何だか状況が呑み込めない。しかしアーノルドが錯乱しているのは事実。
ネリネは言われた通り、机から注射器を取り出すと、ルドルフに羽交い絞めにされているアーノルドの腕に針を刺す。
中の液体を注入する。……するとアーノルドの目の色が変わり、落ち着きを取り戻した。
「ふう、これでもう大丈夫だ……ごめんよネリー。まさか今夜がアーノルド様の『臨界』だったなんて……怪我はないかい?」
「は、はい……。それより今のは一体なんだったんでしょうか……? 『臨界』とは……?」
「……それについては、俺から説明しよう」
正気を取り戻したアーノルドが起き上がる。彼は申し訳なさそうにネリネを見た。
「その前に一言謝らせてほしい。ネリネ、恐ろしい思いをさせてすまなかった……」
「いえ、それは構いませんけど……さっきは何があったんですか……?」
「……従属魔法の副作用だ」
「従属魔法の?」
「ああ。……こうなったら全てを明かそう。この屋敷で働いている使用人は魔物だと言ったな。だが正確には、魔物と人間の混血児だ」
「えっ!?」
ネリネは驚いてルドルフを見る。ルドルフは自嘲気味に半笑いを浮かべた。
「アーノルド様の言う通りさ。僕たちは人間と魔物の間に生まれたんだ。人間の社会にも、魔物の社会にも居場所のない半端者さ。……アーノルド様だけが唯一、僕たちを受け入れてくれたんだ」
「そう……だったんですね」
「でも、僕たち魔物の血には人間を襲いたくなる衝動がある。これは本能のようなもので、普段は抑制していても定期的に襲ってくるんだ。だけどアーノルド様の従属魔法は、魔物の本能を抑えてくれる。だから僕たちは人間を襲わずにいられる」
アーノルドの魔法は彼らの本能を抑制するもの。だから彼らは理性的でいられた。
「俺の家系は代々プロヴィネンス地方を治めてきた。俺の祖父に当たる人物が魔物を従える為に従属魔法を編み出した。最初は捕虜の魔物を従えて戦力にするのが目的だった。……だが年数を重ねるごとに事情が変わってきた」
「魔国との国境であるプロヴィネンス地方には、魔物との混血が少なくないんだ。それも望まない形で生まれてきた混血の子供がね」
「…………はい」
彼らの言いたいことはネリネにも分かる。戦争がもたらす混血児。それが何を意味するのかはネリネにも想像がつく。
「……僕たちには生まれながらに周囲から疎まれていた。生みの親からも嫌われて、捨てられて、どこにも居場所がなかった。人里では暮らせないし、魔国へ行っても蔑まれて奴隷扱いされて殺されるだけだ。僕たちの生きる場所はどこにもなかった。……だけど、そんな僕たちをアーノルド様だけが受け入れてくれたんだ」
「アーノルド様が……」
「アーノルド様は僕たちに従属魔法をかけることで居場所を作ってくれたんだ。そしてこのお屋敷に迎えてくれて、使用人として雇ってくれたんだ」
つまりこの屋敷は、魔物との混血児たちを保護する場所という意味もあったのだ。
「……だが、この魔法には一つ欠陥がある。抑制した魔物の衝動を、術者が吸収することになるのだ」
「そう。だからアーノルド様はたまに魔物の衝動に駆られるんだ。さっきみたいにね……」
「そんな……」
ネリネは様々な思いを込めてアーノルドを見つめる。するとアーノルドは力なく微笑んだ。
「……彼らも守るべき領民だ。俺は領主として、彼らを蔑ろにすることはできない」
「アーノルド様……」
「だが、ネリネには迷惑をかけた。本当に申し訳ないことをしたと思っている。……本来なら『臨界』が訪れるまで、まだ余裕があるのだが……予定が早まったようだ。すまなかった」
「いいんですよ。少し驚きましたけど、アーノルド様が悪いわけではありません」
「……あれを見て、少し驚いたという程度で済ませるのか。君は――」
「はい。だって、どんな姿になってもアーノルド様はアーノルド様です」
「……ありがとう、ネリネ」
アーノルドは安堵したように微笑むと、ネリネの頭を優しく撫でた。
「あ、あああ、アーノルド様っ!?」
「――っと、すまない。君は頭を撫でられるのは嫌いだったな」
「いい、い、いえっ、嫌いじゃありませんっ! むしろ好きです! 大好きです! でも慣れていないもので……はわっ!?」
「そうか。なら心置きなく撫でさせてもらおうか」
つい本音を口走ってしまった。するとアーノルドは嬉しそうにネリネを撫で続ける。
こんな時なのに顔から火が出そうなほどに赤面する。そんな様子を見て、アーノルドは嬉しそうに微笑んでいた。
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