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一章
第5話 生活魔法でお掃除
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翌朝、ネリネは日の出と共に目を覚ます。
実家では早朝から忙しく働いていた。だから夜明けと共に目覚める体質になっていた。ネリネは身支度を整えると、アーノルドの書斎へ向かう。
「アーノルド様。……失礼します」
ノックをしてしばらく待つが、返事はない。恐る恐るドアを開いてみると、アーノルドはソファの上で横になっていた。近付いてみると、彼は小さく寝息を立てている。
(……綺麗な顔……)
アーノルドは端正な容姿をしている。長いまつ毛が影を落とす瞼を、ネリネはまじまじと見つめてしまった。すると、瞼が開いて赤い瞳がネリネを見据える。
「……ああ、おはようネリネ」
「す、すいません! 起こしてしまいました……!?」
「いや、大丈夫だ。君の方こそ昨夜はよく眠れたのか?」
「はい! お陰様で熟睡できました!」
「それは良かった。それと……昨日はすまなかった。急に結婚などと言ってしまって」
「そ、そんな……! こちらこそ、お世話になるのに勝手なことばかり言ってしまって……本当に申し訳ありませんでした……!」
「謝るのは俺の方だ」
アーノルドはソファから起き上がると体を伸ばす。それからネリネの方に向き直ると頭を下げた。
「これからよろしく頼む」
「よ、よろしくお願いいたします……!」
「しかし使用人として働きに来たということは、君は家事に自信があるのか?」
「はい、もちろんです! お掃除にお料理、お洗濯でも何でも任せてください!」
「それは頼もしいな。なら早速仕事を割り振るとしよう」
アーノルドはネリネを連れて廊下に出る。
「君の使用人としての腕前を見たい。まずは掃除をしてもらおうか」
「かしこまりました。ところで掃除道具はどこにあるのでしょうか……?」
「む、そうだな。ルドルフを呼んでくるから少し待っていてくれ」
アーノルドは執事のルドルフを呼びに行った。しばらく待っていると、彼はルドルフを連れて戻ってきた。
「やっ、おはよう~。アーノルド様から話は聞いたよ。君、花嫁じゃなくって使用人だったんだって?」
「は、はいっ、その通りです! ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません……!」
「あー、僕は別に怒ってないからいいよ。そんなビクビクしないで。今日から同僚なんだし、仲良くやっていこうよ」
「あ、ありがとうございます……!」
「うん。素直でよろしい。……じゃあ、はい! 掃除道具!」
ルドルフから箒と雑巾とモップとバケツを渡される。
「それではルドルフ、後は頼んだぞ。ネリネに仕事を教えてやってくれ」
「はーい、かしこまり~!」
「ではネリネ、頑張れよ」
「あ、あのっ! ……その……色々とお心遣いいただきまして、誠にありがとうございます!」
ネリネが深々と頭を下げると、アーノルドはフッと微笑みを浮かべて立ち去った。
勘違いで迷惑をかけてしまったのに優しい。とてもいい人だ。ネリネはアーノルドに敬意を抱いた。
「それじゃ早速掃除しよっか! 掃除が終わったら朝ごはんだよ~」
「はい! 頑張ります!」
ネリネはまず廊下の掃除をすることになった。
昨日は緊張していてよく見ていなかったが、廊下の端には埃が溜まっている。天井には蜘蛛の巣が張り、窓ガラスは曇っている。
庭もロクに手入れされていないみたいで、植物が生え放題である。毒沼のような池もある。変な色のキノコも生えている。まるで冒険者の物語に出てくるダンジョンのようだ。
「あの……このお屋敷は、なんでこんなに荒れているのですか? 昨日見た限りですと、他にも使用人の方々はいらっしゃいますよね……?」
「えっ、そんなに荒れてるかな?」
「荒れてますよ! 誰がどう見ても荒れ果ててます!」
「あはは~、魔物の感性だと特に気にならないんだよねー。アーノルド様も身の回りの雑事に無頓着な人だし」
「え、ええぇ……? そうなんですか……?」
「うん。むしろ僕的にはこっちの方が落ち着くっていうか」
「……そ、そうですか……」
「そうそう。あっ、でもお風呂だけは別なんだ~。アーノルド様ってお風呂大好きだから、あそこだけは丁寧に手入れされているんだよ」
「ああ、なるほど……」
確かに昨日案内された大浴場は綺麗だった。きっと毎日丁寧に掃除しているのだろう。しかし、他の部屋の惨状は……。
これだけの汚れを放っておくなんて、一般的な感性をしていたら信じられない。
しかし逆にやる気が湧いてきた。子供の頃からずっと実家の家事を任されてきたネリネにとって、家事は唯一の取り柄だ。ここまで酷いと掃除する甲斐があるというものだ。
(これなら私の生活魔法が役に立つかもしれない……頑張ろう!)
ネリネは気合を入れて廊下の掃除に取り掛かった。
まずは箒を手に取って、唯一の取り柄である生活魔法を発動させる。
「いきますよ……『掃き掃除(スウィーピング)』! ていっ!」
魔力を練って箒で床を掃く。すると箒の先っぽに吸い寄せられるように、周囲の埃やゴミがくっついた。
箒の先を塵取りに入れて魔力を弱める。そうすると塵取りに全てのゴミが捨てられた。同じ要領で天井の蜘蛛の巣も除去する。時間にして、たった十分弱。ルドルフはぽかんとその様子を眺めていた。
「え……今のは何?」
「生活魔法の一つ、『掃き掃除(スウィーピング)』です。ゴミをすぐに集められるから便利なんですよ」
「へえ……凄いね! 他にはどんなことが出来るんだい?」
「じゃあ次は『拭き掃除(ワイプクリーン)』をお見せしますね」
ネリネはモップを手に取ると水拭きを始める。たった一拭きするだけで、廊下の汚れが簡単に落ちる。
水拭きが終わると今度は乾拭き用のモップを手に取り、廊下の端から端まで拭いていく。時間にして、やはり十分もかからない。廊下はあっという間にピカピカになった。
ルドルフは口をあんぐり開けて固まっている。
「……なにこれ? こんな魔法、初めて見たんだけど……」
「あ、やっぱりそうですよね……生活魔法しか使えない貴族なんて見たことないですよね……」
「えっ? 別にそういう意味で言ったんじゃないよ?」
「いいんです、いいんです。慣れてますから。私みたいな人間は他にいないですから……」
本当は自分だってもっと他の魔法を使いたかった。
たとえば妹のミディアのように、大勢の人々から認められる聖魔法を使えたらどんなに良かっただろう。
でもネリネには生活魔法の適性しかない。だからせめて自分に出来ることだけはしっかりやろうと頑張ってきた。
「そんな悲しい顔をしないでよ。大丈夫、アーノルド様は君のことを大事にしてくれると思うよ」
「そ、そうでしょうか……?」
「うん。アーノルド様は君を捨てたりなんか絶対にしない。ああ見えてお優しい人だからね。……君の方から逃げ出したりしなければね」
「えっ?」
「これまでも何度か人間の使用人を雇おうとしたんだよ。でも、みんなすぐ逃げ帰ってしまうんだよね。最長記録は三日だったかな?」
「そ、そんなに短い期間で……!?」
「人間にはこの館は恐ろしく感じるみたいだね。それなのに君は平気な顔をしてる。僕のことも怖がらないし嫌がらない。どうせ人間を働かせるなら、君のような子が長くいてくれたら嬉しいな」
「……ありがとうございます。頑張ります」
ネリネは照れながら礼を言う。するとルドルフはニッコリと微笑んだ。
「じゃあ続きに取り掛かろうか。次はどんな生活魔法を見せてくれるんだい?」
「では次は『窓拭き(ウィンドウクリーナー)』で窓を綺麗にしてみせますね」
「うん、楽しみだなあ!」
ネリネは窓を丁寧に雑巾で拭いて、ガラスに付いた汚れを洗い流す。そして最後に『仕上げ磨き(フィニッシュブラッシング)』で磨き上げれば、窓ガラスは水晶のように光輝く。
同じ要領で一階、二階、三階と次々綺麗にしていく。その様子にルドルフは終始驚きっぱなしだった。
「うわっ、本当に全部掃除しちゃったよ……」
「これで大体のお掃除は終わりましたかね」
「凄いよ! たった一時間で屋敷の掃除を終えるとは思わなかったよ!」
ネリネは掃除が好きだ。掃除をしている時は嫌なことを忘れられる。
掃除だけじゃない。他の家事でもそうだ。何かに没頭していれば嫌な現実から目を逸らすことが出来る。
だが実家では、いくら家事をしても誰も褒めてくれなかった。
やって当たり前。作業が遅ければ怒られる。だからネリネの作業効率は物凄く速い。
「さあ、どんどん続きに取り掛かりましょう! 次はどこをお掃除しましょうか!?」
「あー、うん。やる気になってくれてるのはありがたいけど、まずはアーノルド様にご報告しようね。掃除が終わったら報告しろって言ってたから」
「あっ、そうですね」
ネリネはルドルフに伴われてアーノルドの書斎に戻った。ノックをして、返事を待ってから部屋に入る。ソファに座っているアーノルドの前に立ち、緊張しながら頭を下げた。
「し、失礼します! お掃除を終わらせてきました!」
「ネリネか。早かったな。もう廊下の掃除を終わらせたのか」
「はいっ! 一階から三階まで、全ての廊下のお掃除が終わりました!」
「……本当か? この短時間で? 冗談ではないのだな?」
「はいっ! 嘘ではありません!」
「……分かった。そこまで言うのなら成果を見せてもらおうか」
「はい、御覧ください!」
ネリネは廊下にアーノルドを案内する。部屋を出るなりアーノルドは目を見開いた。
そこは先程までの廊下と様変わりしていた。床には埃一つなく、天井には蜘蛛の巣もない。床も壁も窓ガラスもピカピカだ。窓ガラスに至っては水晶のように輝いている。
「……これは驚いたな」
「ど、どうでしょうか? 私のお掃除はご満足頂けましたか?」
「ああ、素晴らしい仕事だ」
「やった……!」
ネリネは小さくガッツポーズをする。それを見ていたルドルフはクスっと笑みを浮かべる。
「まさか本当に屋敷中の掃除を終わらせるとは……。何をすればこの短時間で、ここまで綺麗になるのだ?」
「あの、生活魔法を使ってお掃除させていただきました」
「生活魔法? ……なるほど、君は生活魔法を扱えるのだな」
「はい。……あの、生活魔法をご存知ですか?」
「無論だ。俺は魔法や魔術を研究している。そうか、生活魔法か……それなら家事全般が得意だというのも納得だな」
「えっと、それで私は合格ですか?」
「ああ、文句なしに合格だ。よく働いてくれた」
「ありがとうございます!」
ネリネはもう一度深くお辞儀をした。
「そうだ、ネリネ。これからは俺の身の回りのことを君に任せたい」
「えっ……私が、アーノルド様の身の回りのお世話を!?」
「不満なのか?」
「いっ、いえ、とんでもないです! むしろ光栄です! ですが私などがそのような大役を担ってよろしいのでしょうか!?」
「問題ない。不満がないのなら頼む」
「は、はいっ。かしこまりました!」
ウォレス家に置いてもらう以上、主人の身の周りのお世話をすることで、少しでも役に立ちたいという気持ちがある。
アーノルドの身の回りの世話をするのは大変だろうが、やり甲斐もあるに違いない。
こうしてネリネはアーノルドの専属使用人に就任した。
実家では早朝から忙しく働いていた。だから夜明けと共に目覚める体質になっていた。ネリネは身支度を整えると、アーノルドの書斎へ向かう。
「アーノルド様。……失礼します」
ノックをしてしばらく待つが、返事はない。恐る恐るドアを開いてみると、アーノルドはソファの上で横になっていた。近付いてみると、彼は小さく寝息を立てている。
(……綺麗な顔……)
アーノルドは端正な容姿をしている。長いまつ毛が影を落とす瞼を、ネリネはまじまじと見つめてしまった。すると、瞼が開いて赤い瞳がネリネを見据える。
「……ああ、おはようネリネ」
「す、すいません! 起こしてしまいました……!?」
「いや、大丈夫だ。君の方こそ昨夜はよく眠れたのか?」
「はい! お陰様で熟睡できました!」
「それは良かった。それと……昨日はすまなかった。急に結婚などと言ってしまって」
「そ、そんな……! こちらこそ、お世話になるのに勝手なことばかり言ってしまって……本当に申し訳ありませんでした……!」
「謝るのは俺の方だ」
アーノルドはソファから起き上がると体を伸ばす。それからネリネの方に向き直ると頭を下げた。
「これからよろしく頼む」
「よ、よろしくお願いいたします……!」
「しかし使用人として働きに来たということは、君は家事に自信があるのか?」
「はい、もちろんです! お掃除にお料理、お洗濯でも何でも任せてください!」
「それは頼もしいな。なら早速仕事を割り振るとしよう」
アーノルドはネリネを連れて廊下に出る。
「君の使用人としての腕前を見たい。まずは掃除をしてもらおうか」
「かしこまりました。ところで掃除道具はどこにあるのでしょうか……?」
「む、そうだな。ルドルフを呼んでくるから少し待っていてくれ」
アーノルドは執事のルドルフを呼びに行った。しばらく待っていると、彼はルドルフを連れて戻ってきた。
「やっ、おはよう~。アーノルド様から話は聞いたよ。君、花嫁じゃなくって使用人だったんだって?」
「は、はいっ、その通りです! ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません……!」
「あー、僕は別に怒ってないからいいよ。そんなビクビクしないで。今日から同僚なんだし、仲良くやっていこうよ」
「あ、ありがとうございます……!」
「うん。素直でよろしい。……じゃあ、はい! 掃除道具!」
ルドルフから箒と雑巾とモップとバケツを渡される。
「それではルドルフ、後は頼んだぞ。ネリネに仕事を教えてやってくれ」
「はーい、かしこまり~!」
「ではネリネ、頑張れよ」
「あ、あのっ! ……その……色々とお心遣いいただきまして、誠にありがとうございます!」
ネリネが深々と頭を下げると、アーノルドはフッと微笑みを浮かべて立ち去った。
勘違いで迷惑をかけてしまったのに優しい。とてもいい人だ。ネリネはアーノルドに敬意を抱いた。
「それじゃ早速掃除しよっか! 掃除が終わったら朝ごはんだよ~」
「はい! 頑張ります!」
ネリネはまず廊下の掃除をすることになった。
昨日は緊張していてよく見ていなかったが、廊下の端には埃が溜まっている。天井には蜘蛛の巣が張り、窓ガラスは曇っている。
庭もロクに手入れされていないみたいで、植物が生え放題である。毒沼のような池もある。変な色のキノコも生えている。まるで冒険者の物語に出てくるダンジョンのようだ。
「あの……このお屋敷は、なんでこんなに荒れているのですか? 昨日見た限りですと、他にも使用人の方々はいらっしゃいますよね……?」
「えっ、そんなに荒れてるかな?」
「荒れてますよ! 誰がどう見ても荒れ果ててます!」
「あはは~、魔物の感性だと特に気にならないんだよねー。アーノルド様も身の回りの雑事に無頓着な人だし」
「え、ええぇ……? そうなんですか……?」
「うん。むしろ僕的にはこっちの方が落ち着くっていうか」
「……そ、そうですか……」
「そうそう。あっ、でもお風呂だけは別なんだ~。アーノルド様ってお風呂大好きだから、あそこだけは丁寧に手入れされているんだよ」
「ああ、なるほど……」
確かに昨日案内された大浴場は綺麗だった。きっと毎日丁寧に掃除しているのだろう。しかし、他の部屋の惨状は……。
これだけの汚れを放っておくなんて、一般的な感性をしていたら信じられない。
しかし逆にやる気が湧いてきた。子供の頃からずっと実家の家事を任されてきたネリネにとって、家事は唯一の取り柄だ。ここまで酷いと掃除する甲斐があるというものだ。
(これなら私の生活魔法が役に立つかもしれない……頑張ろう!)
ネリネは気合を入れて廊下の掃除に取り掛かった。
まずは箒を手に取って、唯一の取り柄である生活魔法を発動させる。
「いきますよ……『掃き掃除(スウィーピング)』! ていっ!」
魔力を練って箒で床を掃く。すると箒の先っぽに吸い寄せられるように、周囲の埃やゴミがくっついた。
箒の先を塵取りに入れて魔力を弱める。そうすると塵取りに全てのゴミが捨てられた。同じ要領で天井の蜘蛛の巣も除去する。時間にして、たった十分弱。ルドルフはぽかんとその様子を眺めていた。
「え……今のは何?」
「生活魔法の一つ、『掃き掃除(スウィーピング)』です。ゴミをすぐに集められるから便利なんですよ」
「へえ……凄いね! 他にはどんなことが出来るんだい?」
「じゃあ次は『拭き掃除(ワイプクリーン)』をお見せしますね」
ネリネはモップを手に取ると水拭きを始める。たった一拭きするだけで、廊下の汚れが簡単に落ちる。
水拭きが終わると今度は乾拭き用のモップを手に取り、廊下の端から端まで拭いていく。時間にして、やはり十分もかからない。廊下はあっという間にピカピカになった。
ルドルフは口をあんぐり開けて固まっている。
「……なにこれ? こんな魔法、初めて見たんだけど……」
「あ、やっぱりそうですよね……生活魔法しか使えない貴族なんて見たことないですよね……」
「えっ? 別にそういう意味で言ったんじゃないよ?」
「いいんです、いいんです。慣れてますから。私みたいな人間は他にいないですから……」
本当は自分だってもっと他の魔法を使いたかった。
たとえば妹のミディアのように、大勢の人々から認められる聖魔法を使えたらどんなに良かっただろう。
でもネリネには生活魔法の適性しかない。だからせめて自分に出来ることだけはしっかりやろうと頑張ってきた。
「そんな悲しい顔をしないでよ。大丈夫、アーノルド様は君のことを大事にしてくれると思うよ」
「そ、そうでしょうか……?」
「うん。アーノルド様は君を捨てたりなんか絶対にしない。ああ見えてお優しい人だからね。……君の方から逃げ出したりしなければね」
「えっ?」
「これまでも何度か人間の使用人を雇おうとしたんだよ。でも、みんなすぐ逃げ帰ってしまうんだよね。最長記録は三日だったかな?」
「そ、そんなに短い期間で……!?」
「人間にはこの館は恐ろしく感じるみたいだね。それなのに君は平気な顔をしてる。僕のことも怖がらないし嫌がらない。どうせ人間を働かせるなら、君のような子が長くいてくれたら嬉しいな」
「……ありがとうございます。頑張ります」
ネリネは照れながら礼を言う。するとルドルフはニッコリと微笑んだ。
「じゃあ続きに取り掛かろうか。次はどんな生活魔法を見せてくれるんだい?」
「では次は『窓拭き(ウィンドウクリーナー)』で窓を綺麗にしてみせますね」
「うん、楽しみだなあ!」
ネリネは窓を丁寧に雑巾で拭いて、ガラスに付いた汚れを洗い流す。そして最後に『仕上げ磨き(フィニッシュブラッシング)』で磨き上げれば、窓ガラスは水晶のように光輝く。
同じ要領で一階、二階、三階と次々綺麗にしていく。その様子にルドルフは終始驚きっぱなしだった。
「うわっ、本当に全部掃除しちゃったよ……」
「これで大体のお掃除は終わりましたかね」
「凄いよ! たった一時間で屋敷の掃除を終えるとは思わなかったよ!」
ネリネは掃除が好きだ。掃除をしている時は嫌なことを忘れられる。
掃除だけじゃない。他の家事でもそうだ。何かに没頭していれば嫌な現実から目を逸らすことが出来る。
だが実家では、いくら家事をしても誰も褒めてくれなかった。
やって当たり前。作業が遅ければ怒られる。だからネリネの作業効率は物凄く速い。
「さあ、どんどん続きに取り掛かりましょう! 次はどこをお掃除しましょうか!?」
「あー、うん。やる気になってくれてるのはありがたいけど、まずはアーノルド様にご報告しようね。掃除が終わったら報告しろって言ってたから」
「あっ、そうですね」
ネリネはルドルフに伴われてアーノルドの書斎に戻った。ノックをして、返事を待ってから部屋に入る。ソファに座っているアーノルドの前に立ち、緊張しながら頭を下げた。
「し、失礼します! お掃除を終わらせてきました!」
「ネリネか。早かったな。もう廊下の掃除を終わらせたのか」
「はいっ! 一階から三階まで、全ての廊下のお掃除が終わりました!」
「……本当か? この短時間で? 冗談ではないのだな?」
「はいっ! 嘘ではありません!」
「……分かった。そこまで言うのなら成果を見せてもらおうか」
「はい、御覧ください!」
ネリネは廊下にアーノルドを案内する。部屋を出るなりアーノルドは目を見開いた。
そこは先程までの廊下と様変わりしていた。床には埃一つなく、天井には蜘蛛の巣もない。床も壁も窓ガラスもピカピカだ。窓ガラスに至っては水晶のように輝いている。
「……これは驚いたな」
「ど、どうでしょうか? 私のお掃除はご満足頂けましたか?」
「ああ、素晴らしい仕事だ」
「やった……!」
ネリネは小さくガッツポーズをする。それを見ていたルドルフはクスっと笑みを浮かべる。
「まさか本当に屋敷中の掃除を終わらせるとは……。何をすればこの短時間で、ここまで綺麗になるのだ?」
「あの、生活魔法を使ってお掃除させていただきました」
「生活魔法? ……なるほど、君は生活魔法を扱えるのだな」
「はい。……あの、生活魔法をご存知ですか?」
「無論だ。俺は魔法や魔術を研究している。そうか、生活魔法か……それなら家事全般が得意だというのも納得だな」
「えっと、それで私は合格ですか?」
「ああ、文句なしに合格だ。よく働いてくれた」
「ありがとうございます!」
ネリネはもう一度深くお辞儀をした。
「そうだ、ネリネ。これからは俺の身の回りのことを君に任せたい」
「えっ……私が、アーノルド様の身の回りのお世話を!?」
「不満なのか?」
「いっ、いえ、とんでもないです! むしろ光栄です! ですが私などがそのような大役を担ってよろしいのでしょうか!?」
「問題ない。不満がないのなら頼む」
「は、はいっ。かしこまりました!」
ウォレス家に置いてもらう以上、主人の身の周りのお世話をすることで、少しでも役に立ちたいという気持ちがある。
アーノルドの身の回りの世話をするのは大変だろうが、やり甲斐もあるに違いない。
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